そして腹を抱える。
「……取り敢えず、ティアラにもちゃんと説明しましょうか。」
そう言って私が視線の先にいるティアラを手招きしようとした瞬間、突然セドリックから「いやっ…それは‼︎」と上擦った声での待ったが入った。
なにかと思い振り返れば、セドリックがまた伏し目になり、口を噤んでしまった。黙り込む、というよりも何やら言葉を選んでいるようだった。………なんか、また赤面が悪化している。
「…何か話したらまずいの?」
「いえ!話す事は大いに私も同意致しますが、まだ…こ、心の、準備がっ…‼︎」
…今更何を言っているのか。
相変わらず世話の焼ける子だなと思いながらセドリックの顔を覗くと、目が凄く泳いでる。一番不敬を犯した張本人である私と敬語で話せるのに、何故ティアラとは話す事すら…、…。…………あれ。
まさか、と。むしろ今まで何故気づかなかったのかと思う疑問が頭に浮かぶ。「まさか、貴方…」と、なんだか一ヵ月前にも似たような言葉を彼に掛けたなと思いながら彼を見る。
セドリックも脳内で照合されたのか、少し不思議そうに私を見返した。
「…まさか、ティアラが視界に入るだけで恥ずかしくて上手く話せないとかそういう…?」
ボンっ‼︎!と。
一気にセドリックの顔が沸騰した。…もう聞くまでもない。
セドリックは震わした唇ごと自分の顔を掌で覆うと、一歩後退ってしまった。もう湯気が見えそうなほど赤い顔に、なんだか色々察してしまう。
…だから、最初の挨拶の時にもあんな素っ気ない態度だったのか。恐らく、彼があの場で赤面を耐えて取り繕う限界がアレだったのだろう。私の隣にはステイルと一緒にティアラも並んでいたし、ティアラに関しては目すら合わせられていなかった。恐らく視界に入れただけで駄目だったのだろう。
「……初めて会った日にはあの子の前で私に口付けまで迫ったくせに。」
「〜〜ッおやめ下さい‼︎顔から火がっ…‼︎‼︎」
呆れてしまう私の言葉に、セドリックが顔を背けたまま悶絶するように顔を上半身ごと俯けた。しまった、また彼の黒歴史を抉ってしまった。でも…
「……ふっ…」
思わず、声が漏れてしまう。
駄目だ、一回意識してしまうと一気に込み上げて肩が震えてきた。ワインが零れないようにと手先に意識を向けながら、堪える。それでももう止まらなかった。
「ふっ…フフフッ…ハハッ…フフフフフフフフッ‼︎」
せめて淑女らしい笑い方を口元を隠して耐えるけど、もう死にそうだ。
必死に声を抑えても、やっぱり私の甲高い笑い声は広間には響きやすかったらしく、近くの騎士だけじゃなく私の様子を見守っていたステイルやティアラまで視線を向ければ驚いたように目を丸くしていた。
セドリックも気付いて「プライド様っ!」と潜めながら私に声を掛けるけれど、私は既にお腹を片手で抱えながら笑いを堪えるのに必死だった。
セドリックが!あのオレ様ナルシストの王子様が‼︎私の髪どころか唇まで平然と奪おうとしてたあの子が!好きな子が…ティアラが傍にいるだけで上手く話もできないなんて‼︎目すら合わせられないなんて‼︎
もう、おかしくて堪らない。これじゃあ前世のゲームのセドリックルートのような甘々イベントなんて無理だなと思えば余計におかしくなってしまう。
なんとか笑いを落ち着けて、私も残りのワインをゆっくり飲み干した。それからやっとセドリックを見上げる。セドリックはセドリックで赤面したまま口を結び、目だけで私に訴えていた。たぶん、前の口調で話せたら「何がおかしい⁈」とでも声を荒げていた筈だ。私は口元を軽く上げ、セドリックに正面から悪戯っぽく笑ってみせる。
「可愛いわね。」
なっ⁈と、目を見開いたセドリックから私は視線を逸らす。
今度こそちゃんと振り返るとティアラに向けて手招きをした。すぐに私に気がついてくれたティアラは、一瞬躊躇うように視線をきょろきょろさせたけれど、そのまま少し早足で私の方まで歩いて来てくれた。
ティアラが一歩一歩近づく度に、背後のセドリックが凄く狼狽えているのが見なくても息遣いだけでよくわかる。今にも逃げ出しそうな足取りのセドリックを目だけで見上げ「私の髪への口づけの仕返しよ」と笑いながら声を掛けると、その足がピタッと止まった。
「お姉様…お呼びでしょうか…?」
恐る恐るといった感じで歩み寄ってくるティアラの背中に私から手を添え、そっと彼女の背後に回る。
真正面にティアラを迎えたセドリックが、顔を赤くしたまま完全に固まっていた。ティアラも上目でセドリックの顔を睨んでいるけれど、そこからは無言で身動ぎひとつしなかった。
取り敢えず、誤解だけは解いておこうと私からセドリックがマナーや教養を頑張って身に付けたこと。その結果私への不敬に気が付き、恥ずかしくなって私達に上手く話せなくなっていたことを説明すると、やっとティアラの目つきがパチパチと丸くなった。少し呆れも入っているようにも見える。
その後、ティアラの背後から私がセドリックに目で言葉を促すと、彼はやっと口を開いた。
「今朝は…失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした。当時の醜態を貴方にも目にされていると思うと、…言葉にもなりません。ですが…」
少ししどろもどろではあるけれど、必死にセドリックがティアラに弁明し始めた。
真っ直ぐにその言葉を受け止めてくれたティアラが、彼が言葉を切るとまるで嫌な予感のようにピクリと肩を震わせた。ティアラを前に赤面しきったセドリックが再び言葉を紡ぐ。
「それでも…貴方への想いは変わりません。別れ際にお伝えした、あの誓いも言葉も取り消すつもりはありません。」
ド直球。
私の前だからか、少しはオブラートに包んでいるつもりなのだろうけれど完全に意思表示を言葉にしてきた。
彼は遠回しな愛の言葉を知らないのだろうか。顔色よりも赤く燃えた彼の瞳が真っ直ぐと私の目の前にいるティアラへと注がれた。あまりにも熱い視線を間近にして、まるで私に向けられているような錯覚まで覚えてしまう。
ティアラの肩に添わせた手がなんだか温かくなり、見ればティアラの顔が真っ赤だった。あまりに直球な台詞が恥ずかしいのか、それとも一度ならず二度までも懲りずに口説いてきたことに怒っているのか。ポポポッと赤くなったティアラの肩をそっと摩って落ち着かせる。まずい、セドリックだけならまだしもティアラまで赤面していることに気付かれたら、それこそ二人が恋仲じゃないかとか変な誤解や噂が流れてしまう‼︎
壁際だから正面からティアラの顔が見えるのはセドリックだけだろうけれど、真っ赤なティアラの顔色が周りに見えないように私が身体を使ってそっとティアラを隠す。
「わっ…私は…き、きらいですからっ!」
今度はティアラが上擦った声で、辿々しく言葉を放った。
小さな声だったけれど、傍にいた私とセドリックにははっきり聞こえた。突然の嫌い発言に、セドリックがショックを受けると思い、思わずティアラから彼へ目を向けると「存じております」と間髪入れずに言葉が返ってきた。その表情も赤くはあるけれど、全く瞳は揺らいでいなかった。
少しそのまま沈黙が流れ、俯いてばかりのティアラが心配になり、私が肩からそのまま抱き締めるように腕を回すと、ティアラがキュッと私の手を握り返してきた。それからやっと深呼吸するように肩を数度上下させると、再びティアラが沈黙を破った。
「そっ…その、言葉遣いっ…早く直して下さいっ…!」
俯いたまま、小さな声で早口にセドリックへ訴えた言葉は凄く可愛らしかった。
決して肯定的な言葉じゃなかったけれど、ティアラからの別の返事を受けられただけでセドリックは嬉しそうにその眼差しを緩ませた。「畏まりました」とさっきよりも遥かに柔らかに発せられた言葉に、ティアラがセドリックの方へ顔を上げないまま「ですからっ…その、言葉をっ…‼︎」と耳まで赤いまま怒ったように小さく声を荒げて返していた。言葉を返すと同時に私の腕を掴む力が更に強まっている。よくわからないけれど、どうやらセドリックの今の言葉遣いに違和感を感じるのは私だけではないらしい。…でも、ティアラは殆どセドリックとの会話は敬語だった気がするのだけれど。
そのままじっと黙り込んだティアラが、数分間の沈黙を越えて、やっと顔の火照りが和らいだ。…セドリックはティアラを前にまだ赤いけれど。
ふと、何やら刺さるような視線を感じて小さく振り返るとステイルとアーサーだった。
いつの間にか合流していた二人は、遠目からじっと私達の様子を窺っている。会話に交ざれなくて寂しいのか、私がまた不敬をされてないかと心配してくれているのか、それとも可愛いティアラと仲良さげなセドリックにヤキモチを…いや、少なくとも今までの二人の様子から、会話が弾んでいるようにはとても見えないか。
…じゃあ、心配してくれているのかな。
そう思うと少しくすぐったくなりながら、私はステイルとアーサーに向けて手を振った。二人とも鋭い眼差しを向けて私に頭を下げて応えてくれた。
「私はそろそろ他の人達との挨拶に行ってくるわ。ティアラとセドリックはどうする?」
セドリックに激怒中のティアラを置いていくのも色々悪いし、ティアラの気持ちもわからないうちからセドリックだけを応援するわけにもいかない。
下がる前にと二人に確認すると案の定ティアラもセドリックもが「わ、私も他の方との挨拶がまだありますのでっ!」「結構です、まだティアラ様も他の来賓との御時間が必要でしょうから…!」と同時に断られてしまった。
そうしてティアラが足早にその場を離れると、セドリックも去…ろうとした足を突然止め、別の方向へ直進しだした。見れば、近くにいたエリック副隊長達へと声を掛け、手を差し出していた。…折角ティアラと別れたことで治り出していた顔を再び火照らせて。たぶん、エリック副隊長に見られた自分のやらかしを鮮明に思い出しているのだろう。
「エリック・ギルクリスト副隊長殿。この度はまことにありがとうございました。」とセドリックがフルネームで呼ぶと、エリック副隊長が少し目を丸くして驚いていた。
彼が名前を紹介されたのは初対面で私がセドリックに紹介した一回だけだから当然だろう。エリック副隊長と握手を交わしたセドリックは、そのまま凄く丁寧な言葉でひと月前の非礼を謝罪していた。
その後も代理近衛騎士の三人に目を向けては「貴殿は、我が国に援軍でいらっしゃった方とお見受け致します」「お初にお目にかかります。サーシス王国が王弟、セドリック・シルバ・ローウェルと申します」「兄への援軍の際は、ティアラ王女と共に参じて下さり心より感謝致します」と一人ひとりピンポイントで挨拶をしていた。…ほんと流石だ。
既に我が国の騎士もパッと見で誰が初対面で誰がどこで活躍していたかも全て覚えているのだろう。自信満々に防衛戦に参加していない騎士を見分けて「初めまして」と言えちゃう辺り、凄まじい。思わず驚きで足が止まったままの私に、セドリックは周囲を見回したあと、肩を落として振り向いた。「アラン・バーナーズ隊長殿とカラム・ボルドー隊長殿が御不在なのが残念でなりません…」と低い声で呟くと、最後に私にまた礼をして先程の話途中だった上層部の方へと今度こそ戻っていった。
私も壁際を後にしながら、途中で空になったグラスを取り替える。視線の先にはステイルとアーサーが並んでまだ私の方を見返してくれていた。
ティアラはセドリックにはまだ怒っているみたいだし、ずっと一緒にいたステイルやアーサーを凄く慕っている。レオンとも仲が良いし、ヴァルなんて実はナイフ投げの師匠だ。あの子が将来の伴侶に誰を選ぶかはわからない、けれど。
「心配掛けてごめんなさい。少しセドリックの様子が気になって。」
たとえあの子が誰を選んでも選ばなくても、それが最高の幸福な結末に繋がっていればこんなに嬉しいことは無い。
セドリックの変化への不安が杞憂に終わったことに安堵しながら、私は二人に笑いかけた。
私に笑みを返してくれたステイルとアーサーの
…心中が恐ろしく穏やかでないことも知らず。




