そして確かめる。
「セドリック?」
庭園に入ってすぐ、セドリックは見つかった。…というよりも、庭園に着いた後からセドリックの居る場所はなんとなく予想が付いていた。
「…プライド、第一王女殿下…。」
忘れもしない、一カ月前に彼と遭遇した場所だ。
あの時は掴み掛かられるし、私も蹴り飛ばしたし、彼はティアラからナイフ投げで牽制を受けるしでお互い散々だったけれど。恐らく絶対的な記憶力を持つ彼なら、ここだろうと思った。もともと、あの時も何故こんな人目につき難い場所に居たのか自体が謎だけれど。
試しに行ってみれば、今回はちゃんと護衛の兵士や我が城の衛兵も連れてきていたし、抜け出したような感じでもなかった。
私に気がついたセドリックは目を丸くしてこちらを振り向いた。背後のアーサーも以前のことを思ってか、若干すでに警戒するように私の背後から隣に控えてくれ、他の騎士達もそれに応じてくれた。…うん、まぁ当然だろう。
「ごめんなさいね、ちょうど部屋から貴方が庭園に出て行くのが見えたから。」
そう言って、表情を窺ってみせるとセドリックは「私に…何か、御用でしょうか」と少し表情筋をピクピクとさせながら返してくれた。反応がまた不吉だ。取り敢えず質問には答えず私は周囲を見回してみる。
「貴方、一カ月前もここにいたわよね。…何か理由でもあるの?」
そういえばあの時も何故セドリックが此処にいたのかは謎だった。私を探しに来たという感じでもなかったから余計に。考える暇もなかったし、大して気にもならなかったけれど。
私の問いにセドリックは少し目を逸らすと、そのまま手近な花を目で指してくれた。
「我が国でもこの季節にはよく目にする花です。…以前の部屋の窓からもこの花が見えていたので。」
確かに、言われてみればサーシスでも見た事がある気がする。花弁の大きな黄色の可愛らしい花だ。
確かに以前セドリックに用意した部屋からなら、ここら一帯の花がちょうど見えただろう。流石に私やティアラの姿は木々に隠れて見えなかったと思うけれど。…当時のセドリックのことだから、きっと人前に姿を見せたくなくて、こっそり目立たないように植木の裏側を選んだのだろう。そして、ちょうどそこが私とティアラのお昼寝場所と被ってしまったと。
「国のものがあると、幾分か心が落ち着くので」と続けるセドリックは、ちゃんと城の衛兵達や国王二人にも許可を得て庭園に降りてきたと説明してくれた。落ち着く…ということは、何か落ち着かないことがあるのだろうか。また嫌な予感がして、今度こそ本題に入ってみる。
「セドリック。…大分様子が変わったみたいだけれど、何かあったの?」
燃える瞳にしっかり目を合わせ、尋ねてみる。すると、一瞬だけグワリと目を強く見開いたセドリックは
頬を赤く火照らせた。
え。と、まさか風邪かと心配になるほどはっきりと。
流石にあからさまな変化に私も驚いてしまい、表情にそれを出してセドリックを見返してしまう。すると、セドリックもすぐに自覚したらしく右手で自分の顔を鷲掴むようにして覆うと、素早く私から顔を逸らしてしまった。「せ…セドリック⁈」と思わず私が声を裏返しながら名前を呼ぶと「し、失礼致しました…‼︎」と取り繕うように言葉を返してくれた。
……何だろう。取り敢えず一気に深刻感は激減したので、そこだけはほっとする。
今までのセドリックなら、追い詰められていたらもっとわかりやすかったし、こんな表情は見せなかったもの。
その後、ゆっくり私の方を向き直ってくれた時にはセドリックも少し顔が冷めてはいたけれど、まだ赤みも残っていた。顔面から右手を降ろし、口元だけ覆ったセドリックは一度肩ごと深呼吸をすると改めてゆっくり提案してくれた。
「このような場ではプライド第一王女殿下にとって要らぬ噂が生まれてしまう恐れもあります。…もし、失礼でなければ祝勝会の時に改めてお話の機会を願えませんでしょうか…?」
御心配頂いたにも関わらず申し訳ありません、と丁寧に謝ってくれるセドリックの言葉に私も納得し、少し反省する。
確かに。人影のない庭園から二人で出てくるなんて、護衛付きでとはいえ少し角が立つかもしれない。…にしても、やっぱり変だ。今は公式の場ではないし、以前のように敬語敬称の必要はないのに。
「わかったわ、私こそごめんなさい。……あ。でも、これだけは良いかしら。」
セドリックがこの場で話せないなら仕方がない。祝勝会では話してくれるつもりみたいだし、私も支度の為にのんびりはしてられない。ただ、せめてこれだけはちゃんと伝えておかないと。
私はセドリックの傍に歩み寄ると、背伸びをして彼の耳元に顔を近付ける。セドリックも察したらしく、口を押さえたままではあるけれど私の背に合わせて腰を曲げてくれた。その気遣いのお陰で彼の耳を引っ張りたい衝動は何とか抑えられ、私はその耳に強めに囁いた。
「私は良いけれど、祝勝会でまでティアラに冷たくしないでよ。一カ月前にあんなこと言ったばかりなんだから。」
自分の発言に責任くらい取りなさい!とティアラの姉としてセドリックに一喝する。…と、セドリックの顔がさっきとは比べ物にならないほど更に真っ赤に茹だった。
あっちゃー…と、思わず口から漏れそうなのだけを私は何とかとどめた。…なんか、本当に全く深刻そうではなくていっそ気が抜けてきた。
セドリックは口を押さえていた手をそのままに、顔どころか手まで若干赤くなってきていた。あまりに熱を帯びたセドリックに一歩引くと、アーサーが間に入りながら「プライド様⁈」と声を掛けてくれた。アーサー達に耳打ちは聞こえなかったみたいだけど、セドリックの赤面は明らかだったから驚いたのだろう。私もあまりの反応に口をあんぐり開けたまま言葉が出てこない。…ゲームでもこんな顔真っ赤のセドリックなんて見たことない。本当にたった一カ月で彼に何があったのか。
「…承知致しました。お気遣い頂いて申し訳ありません。」
失礼致します、と挨拶を返してくれたセドリックは私に、そしてアーサー達や護衛のジャックにまで丁寧に挨拶をしてくれると先に庭園から去ってしまった。なんか折角のひと時中に私が追い出したみたいで申し訳ない。
「プライド様、いまセドリック第二王子殿下に何か…?」
アーサーが目を丸まるにして私を見つめてきた。私が爆弾発言一撃でセドリックを茹でダコにしてしまったことを驚いているようだ。私が「ちょっと注意しただけよ」と伝え、急いで支度へと先を促した。
流石にティアラの話題になった途端にわかりやすく赤面しましたとは言えない。セドリックのあの爆弾発言を知っているのは私とティアラだけなのだから。
取り敢えず、セドリックに私が嫌われたわけでもティアラへの発言を忘れたわけでもないことは確認できた。残りは祝勝会でじっくりと話を聞くことにしよう。
そう思って庭園を後にする寸前、ふとセドリックが眺めていた花へと振り返る。黄色の可愛いお花。
彼にとっては自国を身近に感じられる貴重な存在。絶対的な記憶力を持つ彼だからこそ、自国との微かな共通点を我が城でも追ったのだろう。彼の記憶力は微かな相違点も共通点も見逃しはしないのだから。
もし、当時に様々なやらかしで居場所を失っていた彼の部屋からあの花が見えなかったら。
もし、偶然あの花と木々の陰に、身を隠せるような木々や芝生がなかったら。
私がセドリックとあんな風に関わることも、…ティアラがあそこまでセドリックを毛嫌いすることもなかったかもしれない。
でも、
「…良い花ね。」
誰へでもなく呟いてしまう。
何となく、花弁を指先で撫でてみると、するりと柔らかな触り心地だけが表面に残った。
…あれ以上拗れる前に、彼の暴走に気づけて良かった。
今度こそ、私は庭園を後にする。
セドリックのあの反応を思い出し、まだ暫くは平和が続きそうだな、と鼻歌交じりに安堵しながら。




