350.高飛車王女は首を捻り、
「プライド様、いま馬車が到着するとのことです。」
ハナズオ連合王国の防衛戦から、一カ月。
近衛兵のジャックが、私に声を掛けてくれた。
部屋で手紙を整理していた私は返事と同時に手を止め、彼らと一緒に部屋を出た。
ジャックが扉を開けてくれ、ティアラが私と並び、背後をアーサーと、…更に三人の騎士が守ってくれている。
二週間ほど前。エリック副隊長の完全復帰と同時に、アラン隊長とカラム隊長が一ヶ月の謹慎処分を受けた。
私やステイル、ティアラの弁護と母上や騎士団長達の計らいで減刑され、謹慎後は降格も除名も無しになった。その後に本人達の意思でどうするのかがわからず、母上からその話を聞いても減刑を単純に喜んで良いのかわからなかった。けど、謹慎前最後の夜、去り際に彼らは
『では、プライド様。〝一ヶ月間〟御迷惑をお掛け致します。』
『〝代理〟の騎士達は皆、近衛騎士四名と騎士団長、副団長で選別した者です。どうか御安心下さい。』
〝一ヶ月間〟〝代理〟…そう語ってくれた。
その意味がどうか私の望み通りの意味であって欲しいと思う。
その場で確認したかったけれど、私がまた期待して二人の意思にこれ以上反してしまうのが嫌で聞けなかった。お陰でこの二週間ちょっとの期間も凄く長く感じてしまった。
ただ、代わりにエリック副隊長の復帰はすごく嬉しかった。
久々の近衛任務に来てくれた時はティアラと一緒に心から復帰を喜んだし、歓迎した。……けど、ティアラにまでお祝いされたのは驚いたのか、それとも第一王女第二王女にダブルで祝われたのが恐れ多かったのか駆け寄って声を掛けた時点で若干既にエリック副隊長の顔が赤かった。アーサーと交代する際に、彼の肩に触れていたし風邪ではないとは思うのだけれど。
暫くはエリック副隊長とアーサーのどちらかが、必ず近衛騎士として控えるという形で騎士四人体制の護衛が続いた。ステイル曰く「あのお二人の代理が騎士二人では到底足りませんから」らしい。騎士団長達も同じ意見らしいけれど、なんだか私の為に騎士をこんなに独占するのは…、まで考えて止めた。早くこの考え方から改めないとと最近は少し思うようになった。
そうして少し違う形態で私の護衛が続く中、二週間あまりが経ち、とうとう今日我が国に新しい同盟国としてハナズオ連合王国の国王が訪問に来てくれることとなった。
新しい友好関係と防衛戦の祝勝会も含めて、今夜は城内でささやかながらパーティーも開かれる予定だ。
そしていま、とうとうハナズオ連合王国の馬車が城に到着したらしい。
「……ティアラ、大丈夫⁇」
歩きながら、こそこそとティアラに耳打ちをすると「はいっ⁈」と裏返った声と同時にピンッととティアラの背筋が伸びた。…やはり大分緊張しているらしい。少し反応が可愛いくて、笑ってしまうとティアラが焦ったように「だっ…大丈夫ですっ!」と言葉を返してくれた。そのまま誤魔化すように私の手を握ってくれる。
正面玄関まで出ると、扉の前でステイルが待っていてくれた。ヴェスト叔父様から案内を任されたらしい。私とティアラも一緒に並んで玄関から外に出る。見れば、ちょうど馬車が庭園に停まろうとするところだった。ゆっくりと馬車が速度を落とし、城の前で完全に停止する。
臣下や兵士が別の馬車から先に降り、それぞれ国王の乗る馬車の扉へ同時に手を掛けた。ガチャリ、と音がして開かれた扉からゆっくり彼らが姿を現した。
ハナズオ連合王国
チャイネンシス王国国王 ヨアン・リンネ・ドワイト
サーシス王国国王 ランス・シルバ・ローウェル
二人が同時に別々の馬車から姿を現した。私達の姿を確認してすぐに笑みと共に挨拶をしてくれる。私達からも挨拶を返した時、ランス国王の背後から更にもう一つの影が現れた。
事前に今日の訪問については書状のやりとりもしていたから、私もティアラもステイルも知っていた。
書状に書いてあった訪問者はサーシス王国の国王とチャイネンシス王国の国王、そして…
馬車からランス国王に控える形で、とうとう彼が現れる。以前我が国に訪問した時とは違い国王と、そして摂政を始めとする多くの臣下を引き連れて。
更にその格好も、こうして遠目でわかるほど全体的に装飾が減っていた。私達と一度目が合うと、挨拶の動作を落ち着いた表情のまま返し、国王達の背後に控えた。
〝王弟〟セドリック・シルバ・ローウェル。
第二王子だけではなく、書状には彼のことは〝王弟〟と記されていた。…それだけでも彼が以前とは違うのだということがわかった。
騎士達が馬車から正面玄関までの道を左右に控えて作り、その真ん中をランス国王、ヨアン国王、そしてセドリックがゆっくりと歩み出す。
「お久しぶりです、プライド第一王女殿下。」
「ランス共々、この日を待ち望んでおりました。」
国王達が順々に私に、そしてステイルとティアラへ挨拶をしてくれる。
握手を交わしながら言葉を返し、そして最後にセドリックが国王の次に私達の前へと進んだ。相変わらずの金色の髪を靡かせてはいるけれど、ライオンのような髪のボリュームが大分抑えられ整えられていた。そして何より装飾品が本当に減った。国王同様に礼儀程度はちゃんと身に付けているけれど、もう歩いてもジャラジャラ音がしない。私にくれた指輪があった親指とティアラに渡したピアスの耳にも何も付けていなかった。大人しめになった髪型と装飾が、彼の男性的な整った顔立ちを更に際立たせていた。
「お久しぶりです、プライド第一王女殿下。ご機嫌麗しゅう。この度は兄君共々御招き頂きまして心より感謝致します。」
ん?
整った言葉で丁寧に挨拶してくれるセドリック。私やティアラが手を差し出すと流れるように手の甲に口付けをして挨拶をしてくれた。私達も釣られるように公式の言葉遣いで挨拶を返すと、整った笑みで返してくれた後は国王の背後にさらりと下がってしまった。
しかも、私やステイルには目を合わせてくれたけれどティアラに対しては目すら合わせていない様子だ。…といってもティアラもティアラでセドリックへ目を逸らしたまま、決まった挨拶を返した後は唇をきゅっと結んでいたけれど。国王二人は若干セドリックの様子に苦笑気味だった。
…んんー?
なんか…違和感が。
いや、まぁセドリックも前のことがあるし、人前ではちゃんと振る舞おうとしているだけだろう。一カ月前の時とは比べ物にならないほどの落ち着きと礼儀に不意をつかれたけれど、当時だって母上の前では立ち居振る舞いや言葉遣いもちゃんとしてたもの。
そう思いながら横を見ると、ステイルも同じような顔をしていた。
国王を謁見の間まで案内すると、途中でステイルがアーサーに小さく肘を当てるのが見えた。アーサーが何やら微妙な顔をして首を振っていたけれど、どうしたのだろう。
母上との挨拶では、国王と女王との厳かな挨拶が続いていた。同盟に関する条約については結んだ時に確認はし合っているし、条約通り一年以内には我が国へハナズオ連合王国は国を開き、金や鉱物の取引をするべく準備を進めてくれているらしい。
更に、今回の防衛戦で協力をしてくれたアネモネ王国へサーシス王国の金だけでなく、チャイネンシス王国の鉱物も取引するつもりだとも言ってくれた。
元々ハナズオ連合王国自体、国を開く準備は進めていて、それが整い次第サーシス王国の港を通して貿易や関わりを広げる予定だったらしい。…確かに、ハナズオ連合王国の周囲は殆どラジヤの支配下だし、海を渡って探した方が得策だろう。
恐らく、アネモネ王国に続いて我が国と貿易を進める頃には他国とも少しずつ貿易や関わりも広がる。母上からも同盟国として他国への紹介や協力も惜しまないと話してくれた。
今夜の祝勝会も是非お楽しみ下さいと締め括られ、夜の時間までと国王達が衛兵によって来賓用の部屋へと案内された。
会合中セドリックは挨拶以外何も言わなかったし、始終落ち着いた様子…というか大人しかった。部屋に案内される時もランス国王とヨアン国王に控え、信じられないほどに目立たないまま退室していった。
通常ならば、このまま支度も含めて祝勝会までは部屋で旅の疲れを癒すことになるだろう。…けど。
良いのだろうか、これで。
いや、正しい‼︎すっごく正しいし特にセドリックに至っては大人しくしてくれる方がありがたいくらいなのだけれど‼︎ただ…前回の別れがアレだっただけに、このままだとなんかセドリックがティアラに失礼な気が
「お姉様っ、兄様っ!今夜の祝勝会楽しみですねっ!」
あ、案外元気だ。
セドリック達が去った後、満面の笑みでティアラが話しかけてくれた。…若干、ほっとしている気配まである。ステイルやアーサー達もティアラの異変に気がついたのか微妙な顔をしていた。周りに聞こえないように小さな声で「大丈夫…?」と聞いてみたらティアラからは「もちろんですっ!」と返って来た。
…けど、やっぱり少し心配だ。
ティアラは祝勝会の準備にと部屋へ足早に戻って行ったし、ステイルもまたヴェスト叔父様付きに戻ってしまった。てっきりセドリックの性格上会ってすぐに何かしらアプローチでもあるかと思ったのだけれど、実際は恐ろしく何もない。いや、それはそれで良いのだけれど!…ただ、私にもティアラにもまだ一カ月しか経っていないというのにあんなに他人行儀にされちゃうのは少し寂しい。それに、……それだけじゃない。
…なんか、あの反応に覚えがある。
眉間を人差し指で押さえ、考え込む。
前世のキミヒカのゲームで確かこんなイベントがあった気がしてならない。必死に記憶を辿り、頭を捻るとセドリックルートのある場面が頭に思い起こされた。
『おはようございます、ティアラ第ニ王女殿下。ご機嫌麗しゅうございます。今日も貴重なひと時を共に過ごさせて頂き、心より感謝致します。』
淡々と語る、セドリックの声の感じからさっきとそっくりだ。
…確か、セドリックが婚約者として一時帰国後にフリージア王国へ戻ってきた後のイベントだ。
本当ならばそのままティアラはセドリックがサーシス王国に連れ帰る筈だったのだけれど、もともとティアラを殺させることが目的だったプライドの命により、セドリックはそこから更に二週間フリージア王国に滞在することになる。…それが、自国を救う最後のチャンスだと。
でも更に数日過ごして、ゲームがセドリックルートに進むと、セドリックからティアラは急に距離を置かれてしまう。
プライドに命じられて自国の為にティアラを恋に落とし、殺そうとしていたセドリックが本気でティアラを愛してしまったからだ。そして殺せない、殺したくないと苦しんだ結果、彼は自らティアラから距離を置いてしまう。
彼女を殺したくない、自分に恋さえしなければ殺さずに済むと。
その途端、オレ様系の振る舞いでティアラに迫っていた態度から一転し、ティアラに一線を引いてしまう。
自国を救いたい、でもその為にはティアラを殺さなければならない。だけどそれはできないと。
様々な要因に挟まれたセドリックの姿と、最後にはその真実を語った彼を責めるどころか一人苦しんでいたことに胸を痛めるティアラはまさに女神様のようだった。
…って、だからまだゲームスタートの日にはなってないというのに‼︎
頭が痛くなりながら部屋に戻る。着替えや支度の為、アーサー達近衛騎士は部屋の外でジャック達と同じように控えてくれていた。
専属侍女のマリーやロッテが支度を進めてくれる中、閉じられる前のカーテンの向こうの景色に何となく視線を向ける。
使用人達によって庭園からハナズオの馬車は既に別の場所へ移動させられていた。この時期になると咲く花の種類も多く、遠目からでも色とりどりの花があるのがよくわかる。赤色や青色、ピンク色や
……金色。
「…へっ?」
思わず声が漏れてしまう。突然の私の反応にロッテが「どうかなさいましたか?」と声を掛けてきた。でも私は返事する暇も惜しく、窓に齧り付くようにしてその金色を凝視してしまう。一瞬ランス国王かなとも思ったけれど、違う。やはりセドリックだ。どうやら庭園に向かってるらしい。
何故そんなところに?とも思ったけれど、この機会を逃す手はない。マリーに確認するとあと数十分くらいなら部屋を空けても祝勝会には間に合うと言ってくれた。
このまま窓から飛び降りようかとも思ったけれど、身体を動かすよりも先にマリーに捕まった。振り返ると「因みに、出口はあちらとなっております」と扉の方を示されてしまった。…流石ベテラン侍女様。
仕方なく、改めて扉の向こうに控えてくれているアーサー達に声を掛ける。するとすぐに騎士四人が「どうかなさいましたか⁈」と扉を開いて入ってきてくれた。
「ごめんなさい、少し先に用事を済ませておいても良いかしら?」
…大丈夫、急いで階段を降りてもまだ間に合う筈。
必死に自分へそう言い聞かせながら、私はアーサー達と一緒に庭園へ向かった。




