349.使役王女は訪ね、
「!…ああ、やっと来た。」
ふふっ、と笑いを口の中に留めて彼は笑う。
ちょうど通り掛かった回廊の窓から見えた馬車に、目が釘付けになる。事前の連絡通り、時間通りの訪問に彼は顔を綻ばせた。この時間が来るのが楽しみで楽しみで、毎月のことなのにどうしても朝から落ち着かなかった。
そうして窓から馬車が近づいてくるのを鼻歌交じりに眺めていると、衛兵の一人が駆け込んできた。名前を呼ばれ、振り向けば、衛兵は跪いてから張りのある声で彼に伝えた。
「只今、フリージア王国の馬車がこちらに到着されるとのことです‼︎」
その言葉に、知っていたとはいえまた笑みが零れる。そうですか、と言葉を返しながら彼は衛兵を労った。では僕もすぐに。と衛兵や護衛と共に玄関に向かって足を進めた。
窓から風が吹き込み、軽く彼の長いまつ毛を撫でた。軽く目を閉じ、同時に乗せられてくる外の香りにゆっくりと深呼吸をした。
「今日も、船出日和だなぁ…。」
城から見える穏やかな景色と、そしてフリージア王国の馬車を重ねて見ながら、ふと今日の貿易はどうなっているだろうかと港に想いを馳せた。
……
「!レオン、お出迎えありがとう。すごく会いたかったわ。」
馬車から降りるとすぐ、玄関の前にレオンが待っていてくれた。
今日は月に一回のフリージア王国からアネモネ王国への訪問日だ。防衛戦が終わってからレオンに会うのは今日が初めてだった。
「レオン王子、本日も宜しくお願い致しますっ。」
私に続き、ティアラがドレスを広げて綺麗に頭を下げた。
今日もヴェスト叔父様の手伝いでステイルはお留守番だけど、ティアラが私と一緒にアネモネ王国の訪問に付き合ってくれた。私とティアラの挨拶にレオンが滑らかな笑みで返してくれる。
「僕も会いたかったよ、プライド。そしてティアラ、来てくれて本当に嬉しいよ。」
こちらこそ宜しく。とレオンは流れるようにそのまま私とティアラの手の甲に口付けをしてくれた。相変わらずの色気が至近距離で感じられて、思わず顔が火照って照れてしまう。隣を見れば、ティアラも顔が赤いまま唇を絞っていた。相変わらず、レオンの最強お色気王子様、恐るべし。
挨拶を終えたレオンは、優雅な動作で今度は私の背後に視線を向けてくれた。
「アラン、カラム。君達もようこそ、我がアネモネ王国に。」
心から歓迎するよ、とそう言って滑らかな笑みを向けられたアラン隊長とカラム隊長が姿勢を正してレオンに頭を下げた。
アーサーやエリック副隊長もそうだけど、会う頻度が増えていくに連れてレオンはアラン隊長やカラム隊長にまで呼び捨てで語らうようになった。
勿論、式典とか公式の場では敬語だし、アラン隊長達の方からは変わらずずっと敬語だけれど。流石コミュ力最強。そう思うと、私の方が逆にいつまで経ってもアーサー以外の近衛騎士に敬語なのが申し訳なくなる。いやでも、騎士相手ならまだしも三人共誉れ高い騎士隊長、副隊長様だし。……まぁそれを言ったら私は王女で、敬語で話していないアーサーも今や立派な副隊長様なのだけれど。
「防衛戦の時は本当にありがとう。お礼が遅くなってごめんなさい。」
「いや、良いよ。あれは本当に同盟国として、君の盟友として当然のことをしただけだから。」
一度客間に通して貰った私達は、改めてレオンにお礼を伝えた。
お礼ならあの時ちゃんと言ってもらったしね、と優しく笑うレオンはそのまま出された紅茶を一口味わった。
「でも、アネモネ王国のお陰で国門も守れて、たくさんの民も救助できたもの。武器の補給だって、あんなに…本当に感謝しても足りないくらい私達もハナズオ連合王国も感謝しているわ。」
「ありがとう。君に言って貰えると凄く誇らしいよ。…また、困ったらいつでも頼ってくれるよね…?」
だろ?と滑らかな笑みのまま首を傾げて見せてくれたレオンの翡翠色の瞳が、一瞬妖艶に光った。なんだか押されてしまって「ええ、勿論」と返したら、そのまま私に向けて小指をぴょこぴょこと曲げ伸ばししてきた。
「約束だよ…?」
その途端、またさっきは一瞬だった妖艶な笑みと共に、レオンの色気が薔薇の香りのように広がってきた。思わず私もティアラも噎せるように顔が赤くなってきてしまう。だから何故こんなところで色気放出するの‼︎
ティアラと一緒に何度も頷きながら返すと「良かった」と言われて、またいつもの滑らかな笑みだけが返ってきた。その後も話しながら、今度行う予定の祝会についてもお誘いをしてみたけれど、それはきっぱりと理由をつけて断られてしまった。残念…、と肩を落としてしまうと素早くレオンが「ところで」と話を変えるべく紅茶のカップを一度テーブルに置いた。
「今日はどうしようか。お茶だったら色々また珍しい食べ物を取り寄せているし、港なら今日も何隻か船が見られると思うし、城下ならまた王都で新しい店が開業するらしいよ。」
素敵すぎるレオンの話に、私もティアラも同時に息を飲んで目を輝かせた。
アネモネ王国に行くと、毎回レオンが珍しいお菓子や食材を味見させてくれたり、その日の王都でのイベントを紹介してくれるから本当に飽きない。しかもどれも楽しそうに説明してくれるし、語りも上手だから選ぶだけでもレジャー気分だ。
どうしましょうっ!と顔を綻ばせるティアラに私も釣られる。そうね…、と返しながら悩んでいるとニコニコと楽しそうなレオンの笑顔を正面から受けた。「時間が許すなら全部でも良いよ」と言ってくれたから、たぶんどれを選んでもレオンは上機嫌で対応してくれるのだろう。
以前も全部と答えたら本当に丸一日使ってバスツアーもびっくりの充実観光をさせてくれた。
「ちなみに、新しいお店というのは…?」
王都にできた新しいお店。レオンからわざわざ抜粋されるということはそんなに凄い名店なのだろうか。
以前に聞いた新装開店のお店の時は、貴族御用達の紅茶専門店だった。港で輸入した各国の紅茶が楽しめるという、ガイドブックがあったら絶対載るレベルの素敵なお店だった。ティアラも気になっているのか、コクコクと頷きながらレオンに視線を向けた。
「小さい店なんだけどね、異国の文化を参考にした服屋らしいんだ。凄く珍しいデザインも多くて、若い女性には既にかなり興味を持たれているらしいよ。」
異国!服屋さん‼︎と私とティアラが同時に顔を見合わせる。毎日用意されたドレスを着ている私とティアラだけれど、異国と聞くと凄く気になる。しかもレオンの話だとあくまで異国を参考にしてるだけでアネモネ王国の人のお店らしい。余計にどんなアクセントを入れているのか気になる!それは是非見てみたい!
ティアラが「とても気になりますっ」と声まで輝かせて、私もそれに頷いた。レオンが「決まりかな」と笑むと、早速馬車を用意させてくれた。
レオンも護衛と一緒に馬車へ乗り込み、私達も乗ってきた馬車に再び乗りながら、アネモネ王国の馬車に続いて城下へ向かった。
王都だからそんな時間はかからないけれど、楽しみだと思うと凄く気持ちが逸ってしまう。ティアラも同じらしく「とっても楽しみですね!」と落ち着かない様子だった。
「もし似合いそうな御洋服があったら、兄様にも買っていってあげましょう!」
きっと喜びますっ!というティアラの案に私も賛成する。…あ、それなら。
私はふと思い付き、目の前にいるアラン隊長とカラム隊長に目を向けた。
「折角なら皆で選びましょう。男の人の意見が聞きたいもの。」
良いかしら?とカラム隊長達に尋ねると「我々で宜しければ」と快諾してもらえた。アラン隊長が少し楽しそうに「アーサーの分も選びましょうか?」と尋ねてきた。カラム隊長がすかさず「王女殿下相手に催促のような真似をするな」と叱ったけれど、催促の相手はアラン隊長じゃなくアーサーだし、ティアラも私も笑って「良いですね」と返した。ティアラや騎士隊長達が選んでくれたと聞いたらきっとアーサーも喜んでくれるだろう。
…でも、アーサーの私服ってどんなのだろう。
騎士を目指してた時はステイルと稽古とかの時に見たことがあるけれど、あれからもう何年も経ってるし。それからは殆ど騎士の格好しか見ていない。
そんなことを話して花を咲かせていると、馬車がゆっくりと動きを止めた。どうやら噂の服屋さんに着いたらしい。
ちょうどお客さんがはける頃だったらしく、アネモネ王国の騎士が事情を話して一時的に封鎖…というか貸切にするように交渉へ行ってくれた。折角のオープン初日に申し訳ないと思ったけれど、レオン曰く「アネモネ王国とフリージア王国の王族が来たと知られれば、良い話題になると思うから大丈夫」と言ってくれた。確かに前世でも芸能人が来たら翌日から凄い繁盛するなんてあるあるだったし、なら元を取らせる為にも何か一着は買わなくてはと気合をいれる。
店自体もレオンの言った通り、王都にしては小さめ…でも服屋としては中規模くらいのお店だった。
装飾からしてヒラヒラした印象があり、窓からはレースもあしらわれていて、ピンク色の屋根が可愛らしい。パッと見はお洒落なカップケーキのようなお店だ。
ティアラが嬉しい吐息を吐いてお店を眺めていると、背後から気のせいか「おぉ…、…」とアラン隊長のくぐもった声が聞こえてきた。振り向いて見ると、若干口端が引きつっている。こういう可愛い店は男の人には入りにくいのだろうか。心配になって、大丈夫ですかと聞いてみると「いや俺は大丈夫です‼︎」と慌て気味に返された。カラム隊長が前髪を軽く指で整えながらと「とても…女性らしい店だと思います」と続けてくれる。
「プライドは何か買いたいものはあるのかい?」
帽子とか、ドレスとか。とレオンが私に尋ねてくれた。
やっぱり折角ならドレスとかを見たいけれど、言われてみると小物とかも見てみたい気がする。それに私なんかよりも、やっぱり可愛いティアラに似合う服とかも選んでみたいし。それを伝えた後、レオンにも馬車の中で話したことを伝えると急に目が丸くなった。
「ステイル王子と、…アーサーにかい?」
「ええ、似合いそうなのがあればどうかなと思って。」
ステイルはともかく、やはりあくまで騎士であるアーサーにまで高い贈り物は公には駄目だろうか。と少し心配になりながら言うとレオンは何やらぶつぶつと「ステイル王子なら…恐らく。…アーサーは、…いや、でも物によれば……うん」と少し真剣な表情で呟いていた。
私が首を傾げているとレオンが気がついたように顔を上げて「なんでもないよ」と笑いかけてくれた。
「それなら、僕はプライドに何か選んでも良いかな。贈物になるとドレスは意味深になってしまうけれど、選ぶだけでもさせてもらえると嬉しいな。」
おぉ!センス抜群のレオンに選んで貰えるなら凄く助かる!私自身も正直このラスボス顔のせいで似合う服とか未だよくわからないし、選んで貰えるなら嬉しい。是非とも、とお願いしたら凄く嬉しそうな笑顔が返ってきた。
「お姉様っ!レオン王子!準備ができたみたいですっ早速入りましょう!」
ティアラが興奮いっぱいの笑顔で私とレオンの手を引いた。なんだか大はしゃぎのティアラを見たらそれだけで楽しくなってきちゃって、言葉もなくレオンと顔を見合わせて笑ってしまう。
三人でティアラを先頭に入ってみると
……思わず、声が漏れた。
店中がレースとピンクとヒラヒラとレースとレースのオンパレードだ。前世で言えば結構ゴスロリ?のジャンルのどれかに当てはまりそうな系統の服という感じだろうか。私達が着るドレスとまた違った、凄く綿菓子のような可愛らしい服が勢揃いで、視界がチカチカする。
ティアラが嬉しそうに顔を火照らせて、両手を胸の真ん中に置いたまま飾られているドレスを眺めていた。確かにティアラには絶対似合う。むしろティアラの為の洋服店だと思えるほどだ。
まずは自分の分をとティアラが一目散に白や淡い系の色のドレスに飛びついていた。私も一緒に見れば、普段着ないようなモフモフのドレスもあって、ティアラが可愛い可愛いときゃあきゃあ嬉しそうに喜んでいた。途中、うさ耳がついたロシア帽子のようなものをを見つけて「これとかお揃いにいかがですか⁈」と渡されてしまった。すっごい可愛いし、ティアラとお揃いは魅力的だけれど、…ちょっと私には似合いそうにない。
それでもティアラのご希望で試しに二人で被って鏡の前に立ってみると、すごく前世の遊園地を思い出した。ティアラは凄く似合って本当にリアルうさぎ姫だったけれど、私が被ると〝遊園地テンションで買っちゃいました〟感がすごい。「お姉様すっごく可愛いです‼︎」と優しいティアラは誉めてくれたので、一応モフモフで可愛いしぬいぐるみ代わりにはなるかしらと一人被ったまま考える。すると、…鏡越しに背後が見えた途端にアラン隊長とカラム隊長が顔を真っ赤にして口元を手で腕で押さえているのが目に入った。はっとして振り返ると、二人に思いっきり顔ごと逸らされた。
「〜っ…アラン!今までは平気だっただろう…⁈」
「いや無理いまは無理。だってもうなんかすげぇとにかく無理。」
二人で何やら声を潜めて話しているけれど、聞こえる部分だけで解釈すると私のうさ耳は見てる方が恥ずかしくなるほどに見るに堪えないらしい。
なんか居たたまれなくなり、顔が火照り切る前に私はそっと戸棚に戻した。




