348.男は抹消する。
「そんなっ…‼︎お待ち下さい!何故っ…!」
コペランディ王国。
国王…国の総統括をラジヤ帝国より任じられた者も含み、国の上層部の者達は誰もが声を荒らげていた。
その部屋の最も豪奢な椅子には、国王ではなく〝更に上の立場の者〟が足を組んで座っていた。驚き、狼狽え、嘆く彼らを楽しそうな笑みで眺めている。
「それでは我々が一方的に不利益を被っただけではありませんか‼︎」
「コペランディ王国の独断などっ…!我々はっ…!」
彼らがそれぞれ声を上げる。たったいま、突きつけられた事実に納得できるものは誰一人いなかった。そしてその内の一人が、詰まらせた言葉を今度こそ放とうと、息を吸い上げ声を張る。
「我々コペランディ王国の侵攻は全て!貴方様からの指示に従ったまでです‼︎アダム様!」
ケラケラと、せせら嗤いながらアダムは玉座の背凭れに寄りかかる。「し〜らねっ」と軽い口調で返しながら、腕を振るって部下達に部屋の扉を固めさせた。
ガチャン、と扉に鍵をかけられ、内側からもラジヤの兵士達が並び、集まったコペランディ王国の上層部達を逃がさないようにと封鎖する。
明らかに部屋へ閉じ込められたことに上層部達は振り返り、息を飲む。「まさかっ…」と声を漏らしながらもう一度、高い位置で座るアダムを見上げる。
「だって仕方ねぇだろ?ラジヤが関係してたってバレたら、ますますあの国に警戒されちまう。だ〜から、今回ラジヤは全くお前らとは関係ありませ〜ん!コペランディの馬鹿共が勝手にラジヤの名を使ってハナズオを侵略しようとしました〜!…てことで。」
はい、決定ー!と笑いながら語るアダムに上層部は震えが止まらなかった。
こんなのは身勝手以外の何物でもない。「ふっ…ふざけるな‼︎」と国王がとうとう堪らずに声を荒げた。ギロ、と暴言を吐かれたアダムの眼差しが不愉快そうに湿り気を帯びて国王へと向けられる。だが、それでも怒りで顔を真っ赤にした国王は怒りのままに声を荒げ続ける。
「我々の立場はどうなる⁈アラタ王国にもラフレシアナ王国にもラジヤ帝国の意思として協力を仰いだ!なのに、これだけの被害を受けさせておきながら全てが我々の独断とされれば我らは」
「だぁ〜から。…お前らが全部責任取るっつってんだよ馬鹿共が。」
先程までの明るい口調とは打って変わった、低い声色に誰もが肩を揺らし、身体を強張らせた。
その反応を眺めたアダムは、まだ満足できないようにゆっくりと湿らせた眼差しのままに玉座から立ち上がった。
「お前らが全部やらかして俺様は清廉潔白でむしろフリージアの連中は無実の俺らに要らねぇ疑いかけてきた馬鹿共でそこにこのアダム様がコペランディ黙らせてハナズオとの仲裁をしてやればフリージアのバケモン共に恩も売れるしもっと近づけるだろうが馬鹿屑塵共が俺様に偉そうに意見してんじゃねぇよ。」
殆ど一息で言い切ったアダムは、そのまま国王に歩み寄る。妖しく目を光らせて、己の発言を後悔する国王の怯えた眼差しを味わいながらその手を伸ばし
「ッあ⁈あ、ああああアアアアァアアァアアアアアッ⁈‼︎」
突然。国王は頭を抱え、その場に膝から崩れ落ちた。絶叫しながら両足をバタつかせ、最後は仰向けに倒れ込む国王に、駆け寄る者は誰もいなかった。その場の誰もが怯え、一歩も動かずに顔を蒼白にさせた。アダム一人だけが「やっぱ素質ねぇな」と冷めた目で王を見下ろした。
「大体さぁ…お前ら、全く自分が悪くねぇと思ってんの?」
タン、と国王へ既に興味を無くしたアダムが一歩彼らへと踏み出した。
「聞いたぜ?フリージアの女王から。なんでもフリージアの邪魔する為に何人も刺客を放って、ぜ〜んぶ玉砕されたんだって?俺が女王と対談中にも間抜けが一人捕まったとか報告来たしさぁ。」
何してくれちゃってんの?と口元だけが笑いながらアダムは彼らを睨む。狐のような細い目が俄かに鋭く開かれ、怖気が増した。
「お前らが余計なことしなきゃ、べっつにラジヤが噛んでるってバラしても良かったのにさぁ…。そのままラジヤの侵略にフリージア王国が横槍入れてきたっつったらそれでもう奴らに貸しを作れたってのに。せっかくの商売邪魔されたけどフリージアの為に我慢してやりました〜って貸しも作れたってのに、なのに、なのになのにさあ⁈」
また手近な一人へアダムが手を伸ばす。次の瞬間には再び叫喚が増え、部屋中に響き渡った。
「テメェら馬鹿共のせいでラジヤがフリージアに喧嘩売ったことになったらどうしてくれんだ塵共‼︎‼︎」
今度は足で思い切り別の男を蹴り飛ばす。彼の腕ばかりに怯えていた男はそのまま床に背中を打って倒れ込んだ。すかさずそこにアダムは再び手を伸ばす。
「し〜か〜も〜!…今回、わざわざウチから大量の奴隷も送ってやったよな?爆弾も俺様の秘密道具も貸してやったし気球の奇襲作戦指示も与えてやって散々御膳立てしてやったよなぁ⁈なあ⁈」
アダムが怒鳴りながら彼らへ手を伸ばす度、アアアアアアッと叫喚だけが増え続け、重なった。
「わざわざフリージアの戦力削るために俺がわざわざあのバケモン王国に足まで運んでやってさぁ⁈」
アダムから怯え、逃げようと数人が扉に向かう。だが、既にラジヤの兵に包囲され、銃を突きつけられた彼らに逃げ場はなかった。
「なのに全〜部台無しにしやがって!せめて俺様の邪魔するくらいなら、フリージアのバケモン共ぶっ殺すかハナズオ完全殲滅ぐらいの功績立てろよ屑‼︎お陰でお前らの負け戦に俺様が仲介してやっただけの恩しかフリージアに着せれなかったじゃねぇか‼︎」
せめて殲滅した後に俺様が仲介してやったとかなら格好もついたってのに‼︎と、発狂し無抵抗になった男を何度も踏みつけた。そのまま男が血を吐き出したあたりから「し!か!も‼︎」と更に声を荒らげる。
「なんで俺様がわざわざ九日繰り上げさせたかわかるか?あのフリージアに助けを求めに行きやがったクソ王子がフリージアとの同盟交渉に三日間もかけられねぇで!報せが届いてすぐ帰国しても間に合わねぇでフリージアの援軍出せても着いた時にはどっちも焼け野原でした〜って最高のギリッギリの日を調整したってのにさぁ⁈お前らのお陰で俺の楽しみすら台無しじゃねぇか‼︎」
また一人、また一人と悲鳴を上げて崩れ落ちていく。
セドリックやプライド達が防衛戦に間に合ったことだけは彼らの責任ではなく、先行部隊の功績だがそれを言える者は既に誰一人として転がってはいなかった。
最後の一人がガクガクと震え、身体中を湿らせながら既に座り込んでいると、やっと頭の熱が冷めたように彼は笑った。
「ほんとはさぁ…お前らの国ごとグッチャグチャにして属州にしてやりたかったんだけどなぁ…?でも、それじゃあフリージアに口封じってバレて警戒されちまうだろ?だからお前らの命だけで我慢してやるよ。」
ニタァァァと笑みを広げ、無抵抗に怯え続ける男にアダムはゆっくり手を伸ばす。怯え、死を覚悟しきれない男の表情を味わいながら。
「一人で食うも話すもできねぇままに狂って飢えて生き恥晒して死んでいけ。」
…こうして、コペランディ王国上層部独断の暴走は、ラジヤ帝国アダムの〝仲裁〟により終幕を迎えた。
そしてラジヤ帝国の不興を買ってしまった上層部は恐ろしさのあまり乱心。コペランディ王国は国王を含み全上層部を一新。コペランディ王国上層部に騙され、巻き込まれたアラタ王国、ラフレシアナ王国はコペランディ王国より相応の賠償、三国によるハナズオ連合王国不可侵の条約を結ぶことをラジヤ帝国に言い渡された。




