345.騎士隊長は受け、
「すまないな、時間外に呼び出してしまい。」
ハナズオ連合王国を発って四日。早朝に騎士団は無事、フリージア王国に帰国していた。
女王への事後報告や、怪我人の処置や救護棟への手配。使用済みの武器の確認や補充、各隊ごとの報告などで慌しく一日が過ぎていた。そして、その日の深夜。
アランとカラムは騎士団長室まで呼び出されていた。
いえ、とんでもありません、と答える二人に頷きながら騎士団長であるロデリックは横に並ぶ副団長のクラークと一度目を合わせた。
「先ずは、…アーサーと共にエリックの不在中も変わらず近衛騎士業務、御苦労だった。まだ数日エリックは安静だが、その間は引き続き三人で近衛を回してくれ。」
二人の短い了承の言葉が返ってくる。
ピリピリと肌が痺れるような緊張感が部屋中に漂っていた。誰か一人でもゴクリ、と喉を鳴らせば四人の耳には確実に届いてしまうだろう。数秒の沈黙で、ロデリックからまだ続きがあることをアランもカラムも理解していた。
「そして、お前達もわかっているであろう件のプライド様負傷についてだが…。」
来た、と。二人はすぐに理解した。
第一王女であるプライド・ロイヤル・アイビーの両脚の負傷。近衛を任された騎士としては失態以外の何物でもない。今朝から女王に謁見と報告を済ませていたロデリックが、二人の処分についての判断も受けたであろうことは理解していた。
これは女王陛下だけでなく、私とクラークの判断でもあると続けながら重々しくロデリックは語り、そしてとうとう本題を言い渡した。
「アラン、カラム。お前達は一カ月間の謹慎処分となった。」
以上だ。と一度言葉を切るロデリックに、二人は目を丸くした。
え、と言葉を出して良いのか悩み、ただロデリックとクラークを交互に何度も見つめた。「それだけですか」と問いたい気持ちを抑え、言葉を待った。
本来ならば、隊長格からの降格や騎士の剥奪。それ以上すら二人は覚悟していた。だというのに、たった一ヶ月の謹慎処分だ。騎士団内で乱闘騒ぎ起こした程度の処罰に、二人とも何かの間違いではないかと思ってしまう。
二人の疑問に答えるべく少しの間をとってから、腕を組むロデリックに代わり今度はクラークが口を開いた。
「今回の防衛戦で、陛下からのお咎めは殆どなかった。プライド様だけでなくステイル様、ティアラ様がお前達の弁護をして下さったらしい。」
ステイル様が。と、最初に二人はそう思った。ティアラならばまだわかる。だが、プライドが負傷した時に酷く取り乱し、怒りを一度は自分達に剥き出しにしたステイルが。……折角与えてくれた近衛騎士の任と信用を裏切ってしまった自分達を弁護してくれたことは予想外だった。
すると、二人の顔色を見て笑んだクラークが今度は一歩前に出る。
「確かに怪我を負わせたことは失態だが、同時にプライド様の御命をお守りした。それに関しての勲章や褒賞は取下げになるが、同時に減刑をとの陛下と…ロデリックからの図らいだ。」
そう言って肩を叩いてくるクラークに、ロデリックは「お前の意見でもあるだろう」と返しながら目だけで見やった。
ありがとうございます!と二人で声を合わせ深々と頭を下げたアランとカラムは、それでもまだ納得がいかなかった。「宜しいでしょうか…?」と窺うように小さく顔を上げるカラムに、ロデリックが発言を許す。
「処罰は、謹んでお受け致します。ですが、…本当に騎士団長、副団長はそれだけで良いと御考えでしょうか。」
女王からの判決があっても、そこから騎士団長の一存で処分を与えることはできる。
降格や近衛騎士、騎士資格の取り下げはと敢えて口にして尋ねるカラムにアランも頷いた。すると、ロデリックは大きく肩で息を吐き、再び口を開いた。…今度は、苦々しげに。
「その問いへ答える前に、私からも質問がある。」
ロデリックの言葉に、アランとカラムは一気に顔を上げ、再び背筋を伸ばした。足の先まで緊張させ、続きを待つ。ロデリックが何を問うか知っているクラークは、少し眉の間を狭めて彼を見つめた。
「アラン、カラム。…お前達から私とクラークに己が身辺について告げておくべきことはあるか?」
重い、言葉だった。
思わず二人はロデリックから目を逸らせないまま言葉に詰まり、唇を強く噛み締めた。
理解は、する。つまりは〝処罰〟という形ではなく本人の希望により〝自主的に退任〟する意思はあるのかという意味だ。受け取り方によっては、ロデリックが自分達に自らの退任を迫っているようにも聞こえる。
そして現にアランもカラムもそうするつもりだった。
あの、時までは。
「ッ…、…申し訳ありません!自分は何もありません‼︎」
「私もッ…同じく、です。」
勢いよく再び深く頭を下げたアランに、カラムも続いた。ロデリックからの返事があるまでこのまま頭を上げまいと二人はじっと自身の足を睨み付けた。
〝退任をするつもりは無い〟と、その強い意思を込めて。
ロデリックとクラークが視界に入らないまま沈黙を貫くと、どちらからともなく息を吐く音が聞こえてきた。呆れられたのか、それとも困らせたのかと。騎士団長と副団長という責任の大きな立場にいる二人への悔恨が胸を
「…ならば、良い。」
ほっ、と。落ち着いた温かな言葉がロデリックの口から掛けられた。投げ遣りな言い方ではない、心から安堵したような声だった。
驚き、ゆっくりと顔を上げて見ればロデリックもクラークも先ほどと打って変わり、穏やかな表情でアランとカラムへ目を向けていた。
「お前達が自ら退任を望むようであれば、また諭すべきことも変わっていたが…そうでなければ問題はない。」
やれやれと若干力が抜けたかのように思えるロデリックの表情にアランは何度も瞬きをし、カラムは開いた口が塞がらなかった。
そんな三人を眺めながらクラークは「お前達が残ってくれることを選んでくれて良かった」と静かに声を掛けた。
ロデリックもクラークもプライドや周囲の騎士、そして二人の話から、今回の負傷がプライドの行動とその場の状況から避けられなかった事態であることは理解していた。アランとカラムが最善を尽くし、その上で最悪の結果を回避したことも。
だが同時に二人がそれに責を感じ、処分に関わらず自ら退任を申し出るのではないかとも案じていた。そして、一度それを決めれば彼らは無理にでも騎士団を去るであろうことも理解していた。
だからこそ、先にその意思を問う必要があった。
しかし彼らは騎士を放棄せずに自らの役目を全うし続けることを選んだ。自分の杞憂に終わったことに安堵しながら、ロデリックは驚く二人をよそに改めて先程のカラムの問いに答え始めた。
「今回の件、…確かにどのような理由があろうともプライド様に怪我を負わせたことは騎士として失態以外の何物でもない。」
ぐ、とロデリックの言葉に二人は驚愕から再び表情を引き締めた。彼ら自身それは身に沁みて理解している。思わず視線を落としそうになる二人へロデリックは「しかし」と大きめに言葉を続けた。
「…お前達も今回のことで痛いほどに思い知っただろう。あの方の、…プライド様の異常なまでの危うさに。」
どくん、と。二人の心臓が強く脈打った。目を強く見開き、顔を硬直させる二人の表情を返事として受け取り、ロデリックは小さく頷いた。
「六年前から、…あの方の行動は時に酷く自棄を孕んでいる。」
六年前の騎士団奇襲と崖崩落。
当時を知る騎士団の中では、伝説的に記憶されたプライドの活躍だ。そして殲滅戦と、今回の防衛戦。思い出せば確かにそれは勇敢ともとれるが、同時にロデリックの〝自棄〟という言葉にも二人の中で強く当てはまった。
「まるで己が価値を〝その程度〟とでも思い込んでいらっしゃるように見える。」
気付けばアランは喉を鳴らしていた。カラムも自身の鎧越しの手が湿っていくのを感じた。
二人はロデリックの言葉を聞きながら、今回の防衛戦について思い出した。血の誓いでは自らを引き換えに民を奮い立たせ、今回の負傷も元はと言えばプライドが自身よりもセドリックや衛兵を優先させて動いた結果でもある。
〝他者想い〟〝優しい〟〝勇敢〟…例えようはいくらでもある。だが、二人が同時に思い起こしたのは南の棟が崩れ、プライドを救出の為に二人が駆け付けた時に放たれた言葉だった。
『来ちゃ駄目です‼︎』
確かに、彼女はそう叫んだ。
考えるまでもない、救出に来た自分達を巻き込まない為だ。だが、あの時だけは彼女だけでどうにかなる枠を超えていた。あそこで自分達が運良く見つけられなければ、確実に命を落としていただろう。つまりあの時に彼女は
〝自分だけは死んでも良いと思っていた〟ということになる。
ぞわっ、と二人の背筋に恐ろしく冷たいものが走った。
勿論、そこまで深く考えていなかっただけの可能性も大いにある。心優しく慈悲深い彼女が、他者を巻き込むことを恐れて思わず声を上げてしまっただけだと。だが…
〝自棄〟
何故、彼女が。
多くの民に愛され、信頼を受け、第一王位継承者として疑う者など誰もいない彼女が、何故。
「本人に御自覚があるかどうかは私にもクラークにもわからん。第一王女としての意識や自覚はあるにも関わらず、…あまりにも自身を粗末に扱い過ぎる。」
まるで死に場所でも探しておられるかのようだ、と続けるロデリックの言葉にアランもカラムも額から汗が滴り落ちた。言い知れない不安と恐怖が浸み込むように全身を侵す。
「………だが。…やっと、己が身を顧みるようにもなって下さった。」
少し緊張の解けたロデリックの言葉に二人はやっと息を吐いた。圧迫された肺が解放されたように自然と呼吸を繰り返す。
『自分の為に、…誰かが死ぬような事態に巻き込まれるのは…、…。………凄く、辛いわ』
指先を震わせながら語ったその言葉は間違いなくプライドの本心だった。
やっと、他者に映る己を顧みてくれたのだと、あの時ロデリックは心の底から安堵した。
「プライド様の御身に危険を及ばせることは許されない。だが、…あの一件でとうとうプライド様はそれを自覚された。あの方自身の〝他者を犠牲にした〟という痛みと引き換えに。」
薬になった、と軽く呼べるような事ではない。だが、プライドが自身を省みるきっかけとなったのは間違いなく、自分のせいで二人を巻き込んだという事実だった。
プライドの心にそれほどの痛みを与えてしまったという事実に、アランもカラムも口の中を噛み締めた。結果的にはそれが良い方向の理解に繋がったが、つまりはそれだけ彼女にとっての心の傷になったとも言える。
「まだ、僅かな理解だ。このまま行けばこの先も、…女王戴冠された後も、何度も己が危険を冒し、その手を伸ばすだろう。そしていつか、……本当に己が身を犠牲にする日もあり得る。」
二人とそしてクラークにもそれは容易に想像ができた。
それこそ無関係の人間の為に盾となって死ぬくらい今の彼女ならば躊躇いなくするだろうと、確信に近いものまであった。更に三人の考えを読んだかのようにロデリックが「その内、護衛の騎士を庇って命を落とすことも容易に考えられる」と語った途端、余計に現実味を帯びてきた。恐怖心の後に全身がザラつくような不快感だけが残った。
「…そして恐らく、……。…もし、今回のことでお前達が騎士を辞すようなことがあれば、再びプライド様は責任を感じ、自己への価値を無くされただろう。」
自分などのせいで騎士を辞めざるを得なくなった、と。その言葉に今度はプライドから自分達に投げかけられた言葉を思い出す。
〝賞賛〟の証を残した直後、彼女は彼らにどんな言葉を残し、…そしてどれほどに心を痛めてくれていたか。それを二人は誰よりもよく知っている。逆にそれがきっかけで己が行動を省みて、二度と危険に身を投じなくなる可能性もあるが、…それ以上に今度は誰にも助けを求めなくなってしまう可能性の方が大きく感じられた。
例えば、また同じように瓦礫の下敷きになりかけた時。…今度はひと言も声を上げずに敢えて助けを拒絶するか、いっそ誰も最初から巻き込まないようにとこれから先、護衛を付けること自体を拒絶するかもしれない。
それこそが慈悲や優しさだけでは説明しきれない、彼女の根幹だった。
プライドが手の届く相手ならば躊躇いなく伸ばす人間だということは騎士団の誰もが周知している。そして、己が身よりも他者を必ず優先するということも。
「だが、そのようなことは許されない。あの方は次世代の女王だ。何よりもこの国に欠かせない存在となられる。」
はっきりと、二人の戸惑いを吹き飛ばすようにロデリックは声を張った。それに応じるようにアランとカラムも強く頷く。
「だからこそ、お前達二人に私から言い渡す。これは騎士団長命令としても構わん。…何か責任が生じた時は、私の名を出せ。」
ギン、とロデリックの眼差しが強くなる。同時にさっきまでは感じなかった凄まじい覇気が立ち込め、二人もそれに押されるように声を張って彼に応えた。
ロデリックは人差し指を順番にカラム、アランに向けて指し示し、そして静かに低い声で彼らに命じる。
「あの方の犠牲を許すな。」
短いその言葉には多くの意味が込められていた。
思わず順々に口の中を飲み込めば、喉が生々しい音を奏立てた。
「あの方を守るだけではない、時には阻め。犠牲となる前に窘め、無理にでもお止めしろ。そしてあの方に、…プライド・ロイヤル・アイビー殿下への犠牲も出させるな〟」
まるでこの場が戦場の中心かのような錯覚までする。それほどまでにロデリックからは並々ならない緊張感が溢れ出ていた。その覇気に怖気まいと二人もまた声を張る。
容易なことではない。
第一王女であるプライドの行動を騎士でしかない彼らが止めなければならない。そして守るのはプライドだけではない。彼女の為による犠牲が出ることで再び自己への価値を軽んじさせないように、彼女の周囲全てを守らなければならない。
その全てを理解した上で、彼らは躊躇いなくそれに応えた。
プライドを今度こそ間違いなく守る、その為に。
「私やクラークも注意はするが、…最もそれが可能なのは近衛騎士のお前達だ。」
二人の返事にやっとロデリックからの覇気が落ち着いた。ハァ…と溜息交じりに発すると、そのまま己の膝に両手を置く。
「良くも悪くもプライド様が少し変わられるきっかけとなったお前達だからこそ、頼めることだ。……しっかりと目を光らせておけ。」
そう締め括ると最後に、謹慎処分はエリックが復帰してからであること。そして明日は急遽隊長会議を行うことになった為、近衛騎士はアーサーと代わりの騎士を配属させることを告げて二人に退室を許可した。
パタン、と扉が閉じる直前に「失礼致します」と二人は再び深々と頭を下げた。




