335.男は嘲った。
22days ago
「は〜い!それじゃあオシゴト確認しまーす!」
敢えての明るい声が馬車の中に響く。彼がこういう声色の時、それは全く愉快な内容でないことを部下二人は嫌という程に理解していた。
「まず〜チャイネンシス王国に入る前に予定場所でティペットを拾う、んでそっからお前らは城に殲滅宣告…じゃなくって期間短縮を通告して来い。良いか?ゆーっくり、ゆ〜っくり帰れよ?あくまで国門を潜るのは俺が合流した後だ。この俺様を置いて行ったら殺すからな?」
相手の都合も聞かず一方的に命令するアダムは、まるで指揮をするように人差し指を左右に振った。
部下の男二人は頷きながら、彼の機嫌だけは傾けないように細心の注意を払う。
既にコペランディ王国から二日掛けてチャイネンシス王国に到着する寸前だった。国門から少し外れた場所にある国壁に寄り掛かるようにして、頭まで深くフードを被る人物が佇んでいた。その姿を確認すると、アダムは馬車を寄せることもなくその場で停め、扉を部下に開けさせた。馬車の中から手招きだけで、フードの人物を呼びつける。
「こっちだこっち。さっさと急げよ鈍間。…ったく遅ぇなあ⁈速くしろって!」
長期の単独任務をしていた部下を労う素振りもなく、馬車の中に駆け込んだフードの人物を遠慮なく足蹴にした。
「ったくさぁ…ティペット。本当にお前は使えねぇなぁ?俺様に感謝しろよ?お前みたいなのの餌場所まで用意してやったんだからさぁ。あのハム…ハ〜…何だっけ?まぁ良いや。あのジジイの飯はどうだった?美味かった⁇なぁ、なあ⁇」
ティペットを足蹴にして遊びながら、アダムは改めて馬車を国門へと走らせた。その間も「ちゃんと仕事はしてたのかよ?城内での監視は⁇ずっとあのジジイんとこでサボってたんじゃねぇだろうなぁ?」と一方的にティペットを言葉と足で打ちのめした。
国門の門番まで辿り着き、同乗している使者が「門番が来ます」と声を掛けた。アダムは少しだけ気が済んだように無抵抗のティペットの腕を乱暴に掴み上げながら、押し黙った。
部下の二人が門番に語り掛ける。「急遽、国王に予定の変更を伝えに来ました」「嫌なら構いませんが、知らずに後悔するのは貴方方です。我々は親切で伝えにきて差し上げただけですから」と。四日前と同じように不安を煽る話し方をすれば、すぐに門番は動き出した。
チャイネンシス王国の門番が馬車の中を覗き込む。人数を正しく把握し、国王に報告をする為に。
「…コペランディ王国の使者〝二名〟だな。直ちに国王に確認をとる。…暫し、待つように。」
厳格な衛兵の言葉に、アダムは笑いを噛み殺した。馬鹿な門番と無能な警備を嘲笑う。何度同じ手を使っても、彼らには通じるのだろうとその確信に笑いが止まらない。
暫く経ち、馬車が動き出す。ゆるやかに速度を上げ、四人を乗せた馬車はチャイネンシス王国の城まで進んでいった。
災厄を乗せ、一歩一歩確実に。
……
「ああーーーーっ…つーかーれーたぁあああああ‼︎…ったく、なぁにが「どちらも同じ国だというのに」だよ⁈気持ち悪いっつーの!たかが国もどきの弱小集落が偉そうにさぁ!」
馬車がチャイネンシス王国の国門を潜り終えて間もなく。アダムは苛立ちのままに向かいの席に座る使者を構わず足蹴にした。「きーもーいー!」と声を荒げ、途中でピタリとその足が止まる。
まるで感情が入り混じるように今度は背を丸めて「くくくっ…」と可笑しそうに喉を鳴らした。
「でぇもさぁ、…おんっっもしろかったなァあの国王!無関係のチャイネンシス王国までわざわざ来てさぁ…おかげで呼び出させる手間も省けたし。自分から殺されに来るとか最高じゃね?」
馬鹿かよ!と腹を抱えるように笑いを零しながらバタバタとまた足を振る。その度に向かいの席にいる使者にぶつかるが、全く本人は気にしない。
「来なかったらあのなよっちぃ国王にするつもりだったけどやっぱアレで良かったわー。もうマジ最高。発狂した途端にすげー声上げんの。もぉ笑い堪えるのに苦労してさぁ…!」
ぷくくっ…と口を片手で覆いながら顔を歪めて笑う。
本当に、彼にとってはどちらでも良かった。
ティペットからの報告でサーシス王国の第二王子がフリージア王国に援軍を望みに行ったと知り、チャイネンシス王国に向かった。
元凶であるサーシス王国、その国王を無力化すれば例え援軍にフリージア王国が来たとしてもまともに機能をする訳がない。国王が発狂したような国と同盟を組むこと自体あり得ないのだから。知らずに同盟を組んだとしても、戦争前には必ず国王の不能は知られることになる。
そんな連携も叶わないような国の為にわざわざフリージア王国が戦う訳がない。
更に言えば、フリージア王国に居る第二王子もその報告を聞けば同盟交渉など放って帰国せざるを得ないだろう。そうすれば…
「ぶっ!!ハハハハハハハハッ!ハハハハハッ‼︎」
可笑しくて可笑しくて仕方がない。考えただけでアダムは気持ちを抑え切れずに腹を抱えて笑い続けた。バタバタと足を振り乱し、足蹴にされてる部下はひたすら黙ってそれに耐えた。
「あ〜〜…最ッ高。ほんとは戦争始まってから、ブッ飛ばしたかったんだけどさぁ…指揮系統ぐちゃぐちゃ滅茶苦茶になってオロオロしてる間に一気に制圧されるサーシス連中とチャイネンシス連中の泣きっ面見たかったんだけどさぁ⁉︎まぁ俺も仕事入っちゃったし仕方ねぇよなぁ⁇」
なぁ?なあ⁈と返事を求めるように、今度は隣に座るティペットを肘で突く。頷いて答えるティペットに、アダムはゲラゲラ笑いながら足を組む。
「ちゃ〜あんと両国潰せよ?チャイネンシス王国だけで満足すんなよ?その為にラフレシアナとアラタの指示権まで与えてやったんだからさぁ。三国であの二国まとめてぶっ潰せ。」
アダムの言葉に部下がそれぞれ頷く。勿論です、お任せ下さいと返しながら当初からの作戦を頭の中で思い返す。
「た〜のしみだなぁ?自分らだけは助かると思い込んでるサーシスも、神なんかに祈っていりゃあ何でも何とかなると勘違いしてるチャイネンシスも、ぜ〜んぶぐっちゃぐちゃにしてやるのがさぁ!」
ハハハハハッ‼︎とまた足をバタつかせる。アダムのその言葉にひたすら同意しながら部下達は足蹴にされる下肢の痛みに耐え続けた。彼の機嫌を損ねれば、死ぬのは自分達だとわかっている。
サーシス王国の国王は死んだも同然。
チャイネンシス王国は既に降伏の意思を固めているのは明らか。
更にサーシス王国は自国が最初から狙われているなどとは考えてもいない。
例え万が一、国王不在の中サーシス王国がチャイネンシス王国の防衛の為に抗ったとして、その時は手薄になった自国が先に滅びるのみ。
ハナズオ連合王国の全滅は揺るがない。
「ど〜しよっかなぁ、チャイネンシスが植民地になったら〜…取り敢えず国王は引き摺り下ろして民に八裂きにさせるかぁ。属州なら〜いっそ奴隷にしちまうのも…あー、なら前みたいに公開処刑とかー。サーシスはぁ…せ〜っかく面白いことにしてやったんだし、暫くは何ヶ月保つか観察してぇなぁ。第二王子ってどんなヤツだ?まぁ良いや。余計なことしやがった馬鹿がぐっちゃぐちゃになるのも見てぇし、いっそサーシスだけ属州に…ああ〜…悩むなぁぁあ…。」
馬車の中で唯一発言権を持つアダムは、ひたすら独り言を続ける。周りの同意や感想など尋ねてはみても本人は心からどうでも良かった。例え自分が何を言っても、誰もが頷くことはわかっているのだから。
「…ま、最悪の場合でも俺には美味しいし。」
最後まで騒ぎ続けた後。最後にポツリとアダムは呟いた。目の前にいるコペランディの男二人に聞こえるか聞こえないかくらいの声量で。
もし万が一、フリージア王国が台頭してきた場合〝自分だけは〟損がないように。
そうなった場合の、自分一人の旨味に想いを馳せる。今度は口に出さず、頭の中で反復し続けた。
気味の悪い笑みだけを隠す事なく、そのままに。




