325.第二王子は動き出す。
…何度も、何百、何万と考える。
何故、俺はあんなにも彼女を信じられたのか。
「国王陛下!城下の被害状況です。城門も含め、建物の崩壊は著しいですが…」
「ランス様、破壊された国壁は全て補修されておりました…。恐らくは、フリージア王国の」
『ヨアン国王陛下。サーシス王国ですが、城下の安全を確認できた為、避難していた民に合図を』
『ああ、わかった。ランス、僕の方は避難指示を解くよ。君達の方は?』
サーシス王国。
防衛戦を終えた翌朝。俺と兄貴は、自国の兵と共に城に帰ってきていた。昨晩から殆ど休みなく兄貴と兄さんの元には両国の被害状況や復興状況が報告されていた。
サーシス王国の城下は、チャイネンシス王国ほど酷くなかった。投爆が殆どなかったことが大きいだろう。城の方は城門や南棟の被害が甚大だったが、幸い死者は確認されなかった。……フリージア王国のお陰だ。
「ああ、構わん!もし、必要物資があれば言ってくれ。こちらは有り余っている。ただ怪我人がいくらか出ているが。」
『なら、医者をこちらから派遣しよう。僕らの方は兵士以外殆ど被害が無いから。』
フリージア王国による通信兵。彼らの特殊能力によって、兄貴と兄さんがそれぞれの城に居ながら両国で連携を取っている。
サーシス王国は元々、民に避難指示は出していたが民の殆どが城下内の避難所への避難だった。いくらか敵兵の襲撃や発見された避難所があり、結果として民の数だけで言えばチャイネンシス王国よりも被害が出てしまった。……それでも、両国とも死者が殆ど出なかったことは奇跡だ。重傷者すら、両国合わせてもたったの数十人。あれほどの規模の戦だったにも関わらずと考えると現実味すら薄れる。戦中、救助隊が動員されたことが大きいらしい。やはりこれもフリージア王国、そしてアネモネ王国が深く関わっているとのことだった。
俺達の国は、援軍国によって救われた。
更にはフリージア王国のステイル王子やジルベール宰相、そして騎士団からは今も何かできることはと申し入れがあった。もう充分以上の功績を残してくれたというのに。
そこまで甘えるわけにはいかぬと断ったが、今朝からは特にそれでも是非にと願われてしまった。騎士団の被害状況やフリージア王国への報告が一区切り終えたらしい。…恐ろしい仕事の早さと手腕だと誰もが舌を巻いた。
ジルベール宰相とステイル王子の言葉に甘え、今朝からは我が国の被害状況整理や怪我治療、救助隊の為の騎士まで派遣を依頼することになった。お陰で今、ハナズオ連合王国は恐ろしいほど迅速に復興作業が進んでいる。
フリージア王国の善意も勿論あるだろうが、同時に今この場に不在のプライドの分、貢献せねばと思ってのことだろう。…その怪我が、俺の責にも関わらず。
「……プライド。」
思わず彼女の名が口から零れた。ステイル王子の話では、今はティアラと共に部屋で安静にしていると言う。
本来ならば今すぐにでも挨拶をと兄貴も兄さんも望んだが、ステイル王子には国を優先して欲しいと断られた。
だが、そろそろ兄貴も兄さんも一区切りつくだろう。そうすればすぐにでも、プライドとの面会に向かう筈だ。
…この俺が身も心も傷つけた、彼女に。
『大ッッッッ嫌い‼︎‼︎‼︎』
多くの無礼を犯し、泣かせ、……嫌われた。
許されぬ事をしたのだと、何度も思い知らされた。
彼女が俺に復讐こそすれ、救う理由など一つもない。
『馬鹿じゃないの⁈』
俺の目論見を見通していた彼女に、フリージア王国を追い出されても当然だった。…頭に血が上り、暴力まで振るったのだから。
…にも関わらず、彼女は何度も俺を庇った。
俺が彼女に犯した非礼。その全てが彼女の手により秘匿され続けていた。俺の知らぬところで語られているのではないかとも思ったが、…すれ違う城の人間の口の動きを見ても、誰一人俺の非礼について語る者は居なかった。
俺を嫌いながら、何故庇ったのか。…ずっと、疑問だった。
『私の予知では、チャイネンシス王国が他国に侵略を受けていました』
〝予知能力〟
フリージア王国における王の啓示。
…彼女は知っていた。俺の本来の目的も、そしてこの戦すら。
故に彼女は俺を庇っていた。
俺を、ではない。兄貴を、兄さんを、…ハナズオ連合王国を守る為に。その為に何度も何度も何度も俺の無礼や暴力に耐え続けてくれた。…一番被害を被り、不快な思いをしたのが己だというのに。
彼女が一言でも報告をすれば、俺は同盟交渉前に国から追い出されていただろう。…なのに、俺は理解していなかった。
俺は彼女に追い詰められていると錯覚し、既に何度も救われていたことに。
『もう一度だけ、今度こそやり直したいなら今しかないわ セドリック。これから一生自分を恥じて生きたくないならばさっさと私について来なさい』
あの、時まで。
彼女は、嫌っている筈の俺の前に現れ、手を差し伸べた。
それまで俺を庇い続けた彼女に感謝するどころか逆恨みまでしかけていた、この俺に。
『下らないわよ‼︎大馬鹿よ‼︎貴方は何の為に単身でフリージアに来たの⁈別に私と恋する為でも我が国より優位に立つ為でもないでしょうが‼︎』
…嗚呼、その通りだ。
『己が目的を改めなさい‼︎恥も外聞も全部かなぐり捨ててそれでも守りたいものがあるから来たのでしょう⁈だったら初めからそうしなさいよ‼︎』
…守りたい。
俺がどうなろうとも構わない。兄貴と兄さんを、ハナズオ連合王国を守れるのならばどんな事でもする。
無知で無力で無能な俺が、兄貴と兄さんの役に立てるというならば。
だというのに、俺は。
『まぁ、他国の王族に無礼を働くなど最低限の禁忌事項は万国共通なのでご安心下さい』
『あの御方に何かあれば、それこそ我が国を敵に回すようなもの』
『私に気に入られれば〝本当の目的〟を話してもすんなり同盟が通ると本気で思っているの?』
『…セドリック第二王子殿下、我々に何か伝え損ねていることはありませんか』
余計なことしか、できなかった。
愚行を重ね、状況を悪化させ、ただその場を掻き乱すことしかできなかった。
今だからわかる、見目など意味がない。
いくら容姿が良くとも、頭が無ければ不興を買う。力が無くては、大事なものも守れはしない。
…だからこそ、思う。
自国に籠り、全ての人間が俺の容姿に歓喜すると信じて疑わなかった俺は。
見目さえ美しくあれば、全てが上手くいき、この手から零すことなく永遠に失わずに居られると信じて疑わなかったこの俺は。
なんと愚かだったのだろう、と。
そして愚かで無力でしかないこの俺に、常に手を差し伸べ続けてくれていたのが他でもないプライドだった。
俺に好意など微塵も無い。むしろ嫌悪しか無いであろう彼女が、誰よりも俺の為に…我が国の為に動いてくれた。
……だから、俺は。
『セドリック・シルバ・ローウェルッッッ‼︎‼︎』
兄貴の乱心、チャイネンシス王国からの同盟破棄、侵攻の猶予短縮。
全てに狼狽し、どうすれば良いかもわからなかった。ただ兄貴の、兄さんの、自国へと戻ることしか頭になく、……もう駄目だと思ったあの時に
他でもない、彼女に縋った。
他国に言えることではない。自国の恥も沽券も、何より国の重大な機密事項だ。それくらい俺にも理解できていた。
それでも、今まで何度も俺を庇い助けてくれた彼女ならばと。…プライドだから。俺はあの時、打ち明けることができた。
兄貴と、兄さんしか信用できなかったこの俺が。
そして、だからこそ思う。
プライドでなければ、と。
あの時、彼女でなければ俺は何も打ち明けられなかった。
確実にあのまま自国へ帰りたいと喚き続け、何も叶わず終わっていただろう。いや、彼女でなければ同盟交渉も、……それどころか国から追い出されていた。
あれほど不敬を犯した俺に、手を差し伸べてくれた彼女だからこそ
放っておけば一人沈んでいく筈だった俺を、引き上げてくれた彼女だからこそ
信じられた。
〝同盟交渉の一時凍結〟〝侵攻までの期間短縮〟〝兄貴の乱心〟〝チャイネンシス王国による国境の断絶〟…何度、もう叶わぬと挫かれたことだろう。
なのに何度も
『〝救えない〟なんて言わせない。最後の最後まで足掻きなさい』
何度も、彼女は俺の手を掴む。
もう本当に駄目だと、叶わない、間に合わない、全てを失うのだと。
兄貴も、兄さんも救えぬのだとしか思えなかった。
ただ己が無力を嘆くしかできない俺を、彼女だけが窘め、救ってくれた。ただひたすら地の底にしか目を向けられなかった俺を掴み上げ、天へと向けろと叱咤した。
「救える」と。……あの時の言葉自体がどれほどの救いとなっただろう。
もう叶わぬと地に這い蹲ることしかできなかった俺を、彼女だけが掴み上げてくれた。
理解もできぬほど、何度も。
彼女に救われた数は、両の手では数えきれない。
何故、あれほど何度も俺の手を掴むのか。何度考えても分からなかった。
今迄出会った令嬢のように、俺に好意を抱いてくれていたのならば理解できる。だが、
彼女は俺が嫌いだと。…許さないと、言っていた。
〝なのに〟
『ッ私を‼︎助けて下さい‼︎‼︎』
我が国を救う為に、騎士団の前に立った彼女の姿は…これ以上なく美しかった。
何故、こんなにも美しく在れるのか。
彼女の眩さに目を奪われた時の、ステイル王子の言葉を思い出す。思わず口から零れた言葉に、彼はひと言返してくれた。
『…その美しさを、永久に穢さぬ為に僕らがいるのです』
どれ程に、神聖な存在なのかと思った。
あのように広大な国の豊かな都に、あれほどに大規模で荘厳な城に住まい、多くの民に慕われる。
…そしてこの俺がそれを汚そうとし、傷付けかけた。
何度詫びても許されぬ罪を犯したのだと、あの時改めて思い知った。
〝なのに〟
『世界で一番貴方を嫌う私が、貴方の味方になってあげる』
何度も
『一人で泣くのに夜は長過ぎるもの』
何度も彼女は
『全部、護り抜きましょう』
傍に、…居てくれた。
嫌いならば近づかなければ良いだろう。
俺自身、未だに恨みの消えぬあの時の大人達や上層部とは近づきたくない。いくら困っていようとも助けたいなどとは思わないだろう。
〝なのに〟
『…もう、大丈夫だから』
また、手を差し伸べる。
『約束通り来たわよ、セドリック』
見捨てず
『…大丈夫。もう、きっと守れるわ』
慰め
『私に付いて来なさい、セドリック』
導き
『私が貴方の世界を変えてあげる』
俺を、救う。
…彼女の存在が、今の俺にはあまりにも大き過ぎる。
兄貴や兄さん以外、こんな存在に出逢えるなど思いもしなかった。
感謝や懺悔、恩などでは言い表せられない。この十二日間で何度俺は、この胸に彼女の名を唱え続けたことか。
この強い想いがどのようなものかを、俺は知っている。だから、………わかる。
「……………俺は、…プライドを…。」
呆けた頭で、気がつけば声に出た。
兄貴達と同じくあまり睡眠をとっていないせいか、寝言のように口から漏れてしまった。
「?どうした、セドリック。」
なんでもない、と聞き返す兄貴に首を振る。ちょうど、兄貴が映像越しにチャイネンシス王国に居る兄さん、そしてステイル王子と話をしているところだった。
兄貴は目線を俺から再び映像に戻し「失礼した」と短く詫びて、ステイル王子へ言葉を続けた。
「…それで、こちらも区切りは付いた。故に、許可さえ頂ければ今すぐにでもプライド第一王女殿下に面会を願いたいのだが。」
『ええ、勿論喜んで。僕はいま長くは手が離せないので、ジルベール宰相をお付けすることになりますが。…ですが、その場を国王が二人も離れて大丈夫でしょうか?』
兄貴の言葉に映像の向こうでステイル王子が兄さんの隣で尋ねる。兄貴も兄さんも一頻り指示は終えたが、ならば今度は報告が返ってくるだろう。その時に王である兄貴や兄さんまで不在であれば、一気に流れが滞る。
『そんな長く離れなければ大丈夫です。もしもの時には摂政と宰相も居りますから。』
今度は兄さんが答える。今は両国の摂政も宰相も各地の指示に出ている。恐らく、彼らを一度本陣まで呼び戻すつもりなのだろう。
兄貴が、急ぎプライドと面会を臨む理由は勝戦だけではない。一時間程前の、チャイネンシス王国の衛兵から通信を通して聞いてしまった〝アレ〟のせいもあるだろう。…俺も兄さんも口を噤んだが、流石に隠し通せることではなかった。
聞いた途端の兄貴の顔色は凄まじいの一言だった。兄貴が早くプライド本人から確認をしたい気持ちはわかる。…だから。
「必要ない。…両国とも兄貴達が不在の間は俺が報告を請け負おう。」
いきなり三人の会話に割って入ったからか、兄貴や兄さんも、ステイル王子まで目を丸くした。邪魔な髪を搔きあげ、俺は一歩前に踏み出し兄貴の隣へと並ぶ。…指示までは叶わんが、報告を受けるだけならば俺でもできる。あとは兄貴と兄さんに最後報告するだけだ。
「一時的に総指揮を預かる。…別に指揮はせん。チャイネンシス王国からの報告もこの通信から俺が受け取っておく。その間に兄貴と兄さんはプライドの元に行って来てくれ。」
俺は後で良い。そう言っている間に衛兵が玉座の横に俺の椅子を運んで来てくれた。
映像の向こうの兄さんが「大丈夫かい?」と心配そうに小首を傾げた。今まで俺が公務に携わったことがないのだから当然だ。
「セドリック、お前一人で二国分の報告を受けるのは」
「大丈夫だ。〝全て覚えられる。一字一句違わず〟な。」
無駄に指示を出して系統を狂わせたりはしない。そう繋げれば、二人とも言葉を失ったように呆けた。…言いたいことはわかる。ずっと俺はこの記憶能力を人前で晒さなかったのだから。
「…そうか。ならば、お前に任せよう。」
兄貴は俯きながら小さく笑うと、俺の背を大きな手で軽く叩いた。「指示が必要な時は必ず私かヨアンに仰げ」と言いながら、玉座から立ち上がる。
映像の向こうのステイル王子が「今、僕がお迎えに上がりましょう」と言ってくれる。兄さんが部下達に暫く報告は俺にするようにと指示を出していた。
ステイル王子が瞬間移動で兄貴を迎えに現れる。兄貴は臣下達に俺への報告を指示し終えると、去り際に最後、俺の肩へ手を置いた。
「流石は私の弟だ。」
その言葉があまりにも誇らしく、……息が詰まるほどに嬉しかった。




