315.冒瀆王女は迎える。
「プライド…様ッ…‼︎」
ステイルがアーサーを瞬間移動で連れて来てくれたのは、私がカラム隊長から現状の説明を受けてから間もなくだった。
北方の最前線に向かってから、ずっと安否がわからなかったから凄くほっとした。カラム隊長から騎士の死者は居ないと聞いていたけれど、負傷者までは未確定だったから。
瞬間移動で現れたアーサーは、既に大分動揺しているようだった。…恐らく、ステイルから既に私の足について聞いていたのだろう。
アーサーの無事に笑顔で迎えたかったけれど、その表情を見た途端に先に胸が痛んだ。
ティアラの言葉で、今はもう充分過ぎるほどわかったから。
「…ごめんなさい、こんな格好で。」
言葉が見当たらず、変な謝罪だけが出てしまう。苦笑したように自分でも眉が下がって無理に笑っているのがよくわかる。
アーサーは首を横に振ると、まるでティアラやアラン隊長達すら目に入っていないかのように一歩一歩踏み出した。
「あの、足っ…、…ステイルから、聞いて…。」
私と同じようにアーサーも言葉にならないらしい。ベッドの布越しに私の足を見て、私の返答より先に顔を辛そうに歪めた。
「…ええ、私が少し無茶をしてしまって。でもアラン隊長とカラム隊長が居てくれたお陰で助かったわ。……今はもう痛くもないし、数日で治るそうよ。」
アーサーを落ち着けるように、ゆっくり話す。
私の言葉にアーサーが、はっと顔を一度アラン隊長とカラム隊長に向けた。二人がどんな表情をしているかはわからなかったけれど、次の瞬間にはアーサーが凄い勢いで頭を二人に深々と下げていた。
「すみませんっ…俺、プライド様がそんな時に、…居なくてっ…」
「何言ってるの?…ちゃんと、私の大事な人達を守ってくれたじゃない。」
騎士団長も皆、騎士が生きている。それをカラム隊長から聞いた時、すごく嬉しかった。アーサーがきっと頑張ってくれたのだと、その名前を聞かなくても確信できた。
言葉に詰まりながら顔を俯かせたままのアーサーに何とか手を伸ばす。前のめりになってやっと、右手の指先が彼の髪に触れた。掠れるように撫で「もっと近くに」とお願いすると、ゆっくり顔を上げてくれた。
「騎士団長も、騎士達も皆…私の大事な人達だもの。…守ってくれてありがとう。」
心からの感謝を伝えると、私の手が届くくらいまで傍に来てくれたアーサーが、ぐっと歯を食い縛った。険しい表情をそのままに、鎧を着込んだままの拳が強く握られた。
「ッそれでも…!俺は貴方もっ…ッ守りたかった…‼︎」
泣くのを耐えるように肩を酷く震わせ、必死に抑えたのであろう声は激しかった。
アーサーの詰まらせるようなその叫びに、ティアラが小さく呻いて目を覚ました。左手を握り締めてくれていた手が自然と緩められ、離れた。
驚いた表情のままアーサーとステイルに気づいたティアラはそっと立ち上がると、まるでアーサーに場所を譲るようにしてステイルの方に数歩引いてあげていた。
「すみませんっ…!」と繰り返すアーサーが食い縛った歯で更に音を立て、耐えられないようにまた俯いた。
責任感が強いアーサーは近衛騎士として第一王女の私の怪我を気にしてくれている、彼はすごく優しい人だから。
…と。数時間前の私ならきっと、そうとしか思えなかっただろう。
「……ごめんなさい。」
もう一度、アーサーに謝りその頭に手を伸ばす。突然触れられたことに驚いた彼は、ビクリと肩を揺らした後に顔を上げた。一瞬惑うように光る蒼い瞳が見えて、頭ごと私はそれを抱き締める。
「辛い想いをさせてごめんなさい、心を痛めてくれてありがとう。」
ちゃんと言葉にしないといけないと思った。
抱き締めたアーサーの手が震わされながら、次第に私の両肩へと添えられた。引き離したいのかと思ったら、そのまま優しくぎゅっと引き寄せるように肩に力が込められた。
…今は、わかる。
アーサーは私のことを想って、傷ついてくれていることが。
「アーサー達が無事で嬉しいわ。たくさん、戦ってくれたのでしょう?…六年前の、…やっと届いたのよね。」
はい、はい、と一つひとつの返事が意味を宿して放たれた。彼の喉の奥から何度も、何かを飲み込むような音が聞こえてきた。
六年前に、騎士団長を助けたいと泣いていたアーサーが、自ら北の最前線に向かって騎士団長と一緒に戦えたことが嬉しかった。
「もし、予知で私自身がこうなることを知っていたとしても…私はアーサーに最前線へ行って欲しいと思ったわ。……アーサーも、きっとそうしてくれると信じてる。」
アーサーがどれだけ最前線で健闘してくれたかは未だ知らない。でも、アーサーが不在だったことで命を落としていた騎士がいたら、きっと私もアーサーも後悔する。だって…
「身体の傷は癒えるもの。…アーサー達が頑張ってくれたお陰で、戦争は終息したわ。私はいま凄く幸せよ。本当にありがとう。」
アーサーを抱き締める手を緩め、そのまま私の肩を握る手に重ねる。
今度は重ねられた指がビクリと動いた。微弱に震える彼の指を包むようにして手を取り、左右それぞれ握り締める。するとゆっくりとアーサーは私にその顔を上げてくれた。
泣きそうだったその顔が、唇を噛み締めたまま堪えるようにして向けられた。さっきよりずっと強いその眼差しに、私から笑みで応えた。
「これから先も、ずっとずっと頼りにしてるから。」
目が見開かれると同時に、さっきまで強く閉ざされていた唇が小さく開いた。ここに来た時には青ざめていた筈の顔色が、今は赤く紅潮していく。どうしたのかと思い手を緩めた途端、逆にアーサーがしっかり握り締めてきてくれた。
「…次はっ…絶対に間に合ってみせます…‼︎」
部屋中に響くアーサーの静かな叫び声に、思わず身を硬くした。六年前のあの時のように、私の手を取って声を上げてくれたアーサーを言葉も出ないままに見つめ返す。
緊張のせいか顔を紅潮させていたアーサーは、昔みたいに涙は見せなかった。でも、あの時と同じくらい強い意志で私に宣言してくれた彼は、…気付けば私より二歳も年上の男の人だった。
さっきまで熱していた筈の彼の瞳が静けさを取り戻す。私の両手を掴む力を緩め、指の数を数えるようにして何度も優しく指の腹で撫でてくれた。
「………ゆっくり、休んで下さい。プライド様が元気で居てくれるだけで…俺らはすげぇ、幸せなんで。」
これ以上なく優しい言葉に、思わずまた泣きたくなる。私の手に視線を落としたまま柔らかく笑んでくれるアーサーは、最後に鎧を外した大きな手で丸ごと包んでくれた。すごい熱量の温かさで、それだけでもほっとした。
ふと、至近距離でアーサーの顔を覗くと頬に泥がついていた。じっと見つめると、アーサーが気づいたようにその方向に目をやり、慌てて片手の甲で頬を擦った。怪我はなくてもボロボロの格好のアーサーが、どれだけ必死に戦ってくれていたか見るだけでわかる。
「こんなになるまで…ありがとう。」
思わず言葉が漏れる。すると、私の言葉に少しアーサーが目を丸くした。私の前で顔が汚れていたのが恥ずかしいのか、顔をまた少しだけ赤くさせた。
泥を擦った手は私の手にはもう重ねず、その分ずっと包んでくれていた方の手に力を優しく込めてくれた。そのまま、輝くような柔らかい笑みと眼差しが私に向けられた。
「プライド様の為なら何度でも命を賭けます。…ンで、絶対帰ってきます。」
ぎゅっと握られた手が、熱い。落ち着いたその顔つきは騎士団長にも似ていて、すごく…大人だった。
そこまで感じた直後、とても大切なことに気づいて視線をアーサーからベッドの向こうで見守ってくれているティアラとステイルにも向けてしまう。突然の私の視線に気づいて数回の瞬きを返す二人を私は片手で手招きする。少し戸惑い気味の二人はすぐ歩み寄ってきてくれた。アーサーもそれに気づいて何やらハッとしたように息を飲むと、少し急ぐようにして私の片手から自分の手を引いた。
アーサーを挟むようにして並ぶステイルの左手とティアラの右手を私はゆっくり掴む。そのまま、ぐいっと引き寄せるとステイルとティアラ、そしてアーサーが巻き込まれるようにして私の方に倒れ込んできた。私の上に乗り掛からないようにとアーサーが片腕でティアラの体重を支え、ステイルが片腕をアーサーの背中に回して寄りかかるよう堪えてくれた。それでも今だけは構わず、私はこの両手いっぱいの幸せを抱き締めた。
「おかえりなさい、三人共。」
戦場へ三人を見送った私が、こうして三人にまた会えた。三人共、無事な姿で帰ってきてくれた。それが、凄く嬉しかったから。
腕の力を緩めると、ティアラが嬉しそうに私の首に飛び付いてきた。「ただいまですっ!」と声を上げてくれて、そのまま顔だけをステイルとアーサーに振り返った。私も釣られるように目を向けると、二人とも体勢を整えてから私とティアラへ向けて微笑んでくれた。「ただいま戻りました」と若干重なるように返してくれて、二人で同時に頭を下げてくれる。
『だって君は、こんなにも愛されているのだから。』
さっきのレオンの言葉を思い出す。
私なんか、とも思ってしまうけれど、それでも今は胸の温かさの方が勝った。もしレオンの言う通り、彼らがそんな風に私という人間を大事に思ってくれているのなら
私はきっと、世界一の幸せ者だと思えるから。




