312.冒瀆王女は振り返る。
「お姉様っ!」
ご無事で何よりですと、ティアラが飛び込んできてくれたのは専属侍女のマリーとロッテに鎧からドレスに着替えさせてもらった直後だった。
チャイネンシス王国の城下にいるティアラ達とステイルが合流した後、王族であるティアラ、セドリック、ランス国王は一足先にチャイネンシス王国に瞬間移動して貰ったらしい。
護衛の騎士や兵士も数人は瞬間移動され、残りは引き続き国内の残党の捕縛と掃討に取り掛かっている。
セドリックとランス国王も、ステイルがレオンとヴァル達への報告から戻り次第、すぐに自国であるサーシス王国へ戻ることになる。
ティアラと騎士達は私の部屋前まで瞬間移動して貰ったけど、セドリック達はヨアン国王のいる本陣の部屋に瞬間移動されたらしい。…多分、あの状態のヨアン国王に気を回してくれたのだろう。もしくは、セドリックとランス国王にか。
私がランス国王やセドリックに会うのも、まだ先になりそうだ。ステイルからも「お気になさらず。どうか今は自国のことを」と二人に断りをいれてくれたらしいし、他国者の私との雑談よりも今は自国を優先すべきだ。
「ティアラ、無事で本当に良かったわ。怪我とかはしていない?怖くなかった⁇」
思わず過保護百パーセントで、ティアラの両肩に手をかける。そのまま鎧越しでも怪我はないか、血は流れてないかと見るけどティアラは笑顔で「大丈夫ですっ」と返してくれた。
「お姉様こそ何事もなくて安心しました。お兄様から我が騎士団の勝利と聞きましたっ!」
嬉しそうにその場で跳び上がるティアラは、そのまま「アーサー頑張りましたねっ!」と手を叩いた。笑顔のティアラに私まで「そうねっ」と思わず声を弾ませてしまう。
北の最前線の騎士団は、怪我人以外は準備が整い次第、敵兵の連行と国内の救助や掃討に加わるだろう。どちらにせよ、アーサーに会えるのも暫く後になりそうだ。
「アーサーやエリック副隊長達も無事だと良いのだけれど。」
二人とも優秀な騎士だし大丈夫、と思っていてもやっぱり心配になる。ベッドに腰を下ろしたままそう呟くと、ティアラが「大丈夫ですっ‼︎」と小さな両拳をぎゅっと握って見せてくれた。
「きっとお二人とも無事です!今はお姉様はご自身のことだけ考えて下さいっ!もう終戦しましたし、兄様やジルベール宰相にランス国王やヨアン国王だっています!もう戦う心配もないですし、爆弾とかも、…本当に、もう安全で、…大丈…、…………。」
はしゃぐように早口で語るティアラが、段々とその速度を落としてきた。
途中からは辿々しく、声のトーンまで低くなり、最後は視線を私から下ろしたまま、力なく腕を垂らして俯いてしまった。ティアラ?と突然のことに顔を覗き込もうと首をかしげると、ティアラは黙りこくったまま次第にその肩を震わせ出した。
ぽろぽろと大粒の涙を零した少女が、そこにいた。
彼女が泣いている理由がすぐにわかり、私は呼びかけるより先にティアラに腕を伸ばした。
そのまま細い背中に回してそっと抱き寄せると、同時にティアラが私の首に両手を回してくれた。顔が近づき、涙で真っ赤になってしまった彼女から、ひっく…と小さくしゃくりあげる声が漏れてきた。
「…ごめんなさい、ティアラ。怖かったわよね。」
大丈夫なわけがない。
初めての戦場で、人の生き死にを目の当たりにして、…沢山の殺意や武器を向けられてきたのだから。
ギギッ、と鎧の硬い触感がティアラの団服越しに伝わった。
私の言葉にティアラが激しく首を横に振る。それでも言葉が出ないのか、ひたすらに私を抱き締める腕に力がこもった。ひっく、と何度も嗚咽まじりに声が漏れ、彼女がどれほど怖い目にあったのか、危険な目に遭ったのかと考えただけで胸が痛んだ。ティアラの涙に首筋を湿らせられながら、柔らかいその髪を撫でる。すると、次第に鈴の音のような上擦った声が彼女の口から紡がれた。
「…っ、…っく。…お、…姉さまも…ッ…兄様もっ…、……生きててっ……良か…っ。…ほんとっ…に、…死ん…ったらと、怖かっ…。」
ぎゅぅぅ、と強く抱き締められて、身体よりもその言葉で胸が締まった。
力が抜けて、思わずティアラを抱き締めたまま一緒に仰向けにベッドへ倒れ込んでしまう。ボスンッと柔らかなベッドに沈み、上半身だけ私に乗りかかったティアラが驚いたように短く声を漏らした。
「お姉様っ…⁈」
…涙で濡れた顔を、私の方へと向けてくれる。
綺麗な瞳を丸くして、私の体調を気にしてくれる様子のティアラを、返事の代わりに強く鎧越しに抱き締め返した。マリーとロッテが、プライド様!どうかなさいましたか⁈と声を上げる。アラン隊長とカラム隊長まで心配そうにこちらを覗き込んだ。
「…っ…、……ごめんなさいっ…。」
天井を見上げながら、視界に映る全員へその言葉だけが胸の中に溢れかえった。
マリーとロッテも瞬間移動で現れた直後、私の足を見た途端顔を真っ青にして心配してくれた。
優しく肌を磨いて汚れを落としてくれて、着替え一つひとつをいつもの倍以上慎重にやってくれた。城から持ってきてくれた私のドレスに着替え終わってからも、凄く私の足を心配してくれた。
改めて部屋に入ってきてくれたアラン隊長とカラム隊長も、…私よりもずっと痛そうな表情だった。
そしてティアラが、怖い思いをしたことよりもずっと、私達の身を案じてくれていた。
みんな、心配してくれていた。
そしてきっと他の皆も私を心配してくれていると、…今ならそう思う。今まで、何度も理解して、反省だってした筈なのに。…今やっと、ティアラの言葉で嫌という程思い知る。
私が自分を粗末に扱えば扱うほど、きっと皆を傷つける。
何故、こんな単純なことにも気づけなかったのか。
ティアラを抱き締める腕にだけ力が篭りながら、鳥肌が立って今度は全身が震えた。
涙を隠すようにティアラの肩に顔を埋めながら、もう一度謝った。吐息のような声で、きっと誰にも聞こえない。枯れる喉を必死に震わせ、吸い上げた息をしっかり声にする。
「…心配、かけてっ…ごめんなさい…!」
やっと言葉になった。ティアラが一瞬息を止める音が聞こえて、次の瞬間また泣き出した。さっきみたいにしゃくり上げるのではなく、言葉にならない高い声を小さく漏らし続けた。
どうしていつも、私は誰かを傷つけることしかできないのだろう。
この後私に会いに来てくれる人達の中には、心から私を心配してくれる人もいるだろう。
…今度こそ、ちゃんと気付きたい。
私なんかを、想ってくれる人達の優しさに。




