311.義弟は通達する。
「…おい、レオン。さっきからこのうるせぇ音は何だ?」
煩わしそうに片手で耳を塞ぎながらヴァルは顔を顰めた。
先程からハナズオ連合王国内を右往左往している中でも、変わらず鐘の音が聞こえ続けている。ケメトとセフェクも初めて聞く大きな鐘の音に丸くした目で周囲を見回していた。
「確証はないけれど…。恐らくは終戦の合図かな。さっきから行き来する中で喜んでいるハナズオ兵士が時折見えたし、こちらが勝ったと考えて良いと思うよ。」
冷静に周囲を見回しながら返すレオンに、ヴァルは「それを早く言え」と舌打ち交じりに返した。
「なら、もう主のところに帰れますか⁈」
「え?でも田舎町に避難させた人達は迎えに行かなくて良いの⁇」
ケメト、セフェクの言葉に生返事をしながら「五体満足ならテメェの足で帰れんだろ」とヴァルが悪態つく。むしろ勝ったとはいえ未だに残党が残っている可能性のある城下町に戻した方が危険かもしれないとレオンも考えた。
腕を組み、高速で移り変わっていく周囲を見回しながら「取り敢えず次の救助が終わったらどこかの騎士か兵士に確認をとろうか」と提案した、その時。
「失礼致します、レオン王子。」
突然背後から聞きなれた声がかけられ、レオンだけでなくヴァル達も同時に振り向く。
見れば、高速で滑り続ける地面の上に彼は悠然と立っていた。レオンの次にヴァルとも目が合った途端「ヴァル…セフェク、ケメト…⁈」と今度は自分の方が驚いたように目を見開き、眼鏡の黒縁を軽く押さえた。片眉を上げて睨み続けるヴァルの代わりにレオンが滑らかな笑みでそれに答える。
「どうも、ステイル王子。国門の防衛が終わり、今はヴァルと共に両国の救護活動に加わっていました。…やはり、この鐘の音は。」
変わらず頭の上に降り続ける鐘の音に紛れない程度の声量でレオンが言葉を掛ける。「そうですか…」と返しながら、ステイルはレオンからの疑問に静かに頷いた。
「はい、我が軍の勝利で終結しました。レオン王子率いるアネモネ王国騎士にはいち早くお伝えすべきと思い、僕がこうして伺いました。」
わぁっ!と喜ぶセフェクとケメトに対し、ヴァルは眉間の皺をそのままに、軽く息だけついた。
レオンが「それは良かった」と笑みを浮かべて手を差し出せば、ステイルも「これもレオン王子率いるアネモネ王国のお陰です」と返し、その手を握った。
「…なら、もう俺らはお役御免ってことだ。主はどこにいる?」
王子二人のやり取りを面倒そうに見るヴァルは、緩やかに地面の速度を落とした。ヴァルの単刀直入な言葉にレオンもそれは聞きたかったことだと、ステイルへ視線を向けた。
「…姉君は、今はチャイネンシス王国の城に居られる。だが、お前にはまだ仕事を頼みたい。」
城の中。そうなるとヴァルは自身で侵入することはできなくなる。隷属の契約で無断で他人の所有する家や屋敷に入り込むことを許されない彼に、城など門を潜ることすら叶わない。
予想できていたこととはいえ、その事実に舌打ちをするヴァルは、更にステイルからまだ仕事があると言われて苛々と身体揺らしながら「アァ⁈」と八つ当たるように怒鳴った。
「チャイネンシス王国の国門、南部、サーシス王国の南部。それぞれ破壊された国壁をお前の特殊能力で修復して欲しい。」
敵兵による破壊。戦争が終結した今、掃討が行われてはいるが再び侵攻や侵入を受ける可能性も大きい。その為にも少しでも早く侵入可能経路は塞ぐ必要がある。敢えて命令と言わず、依頼をするステイルにヴァルは無言のまま濁った眼差しだけを向けた。
「ああ、それは名案だ。救助を待っている合図もちょうど残り二、三箇所だけだし、彼らを救助した後に行こう。僕も付き合うから。」
ヴァルの不機嫌を気にしないようにレオンは笑むと、上着の中から閃光弾を三つ取り出し上空へと高く放り投げた。
素早く銃を取り出すとパンパンパンッと簡単な様子でそれを撃ち抜いた。三つの閃光弾が破裂と同時に一際大きな光を放ち、暗くなり始めていた空を照らした。「いま、アネモネの騎士達にも終戦を伝えたから大丈夫。指示は既にしてあるから」と二人に告げると、再び銃を懐にしまった。
「…いくら俺に仕事押しつけりゃあ気が済むんだ、王子サマってのは。」
やってられっかよ、ととうとうその場に足を組んで座り込んだ。うんざりとした表情のヴァルは不満を全身から主張している。ケメトが小さくなったヴァルの背中に掴まりながらセフェクと一緒にレオンとステイルを見比べた。
「別に強制はしていない。それに無関係のお前達が尽力してくれたのは感謝している。…だから。」
冷ややかな眼差しでヴァルに返すステイルが、途中で言葉を切った。見れば、本人も少し惑うように大きく溜息を漏らしていた。だが、すぐに気を取り直すようにステイルは再びヴァルに目を向け、言葉を放った。
「残りの救助と仕事さえ終われば、…チャイネンシス王国の城に居られる姉君との面会を望むだけ許可してやる。」
レオン王子と共に来ると良い。と続けるステイルの言葉に、最後ヴァルは目を見開いた。




