そして真白の王は迎える。
…きっと僕は諦めていた。ずっと、ずっと初めから。
民の為、国の為に立ち上がると宣いながら。
己が命と、…そして大国の王女の命まで賭けながら。
それでも諦めていた。
期待してはいけない、欲を出してはいけないと己に言い聞かせ続けた。
犠牲者が最小限で止まりますように。
ランスとセドリックの想いに応えられますように。
矛盾した望みこそが、何よりの僕の本心だった。
サーシス王国は標的にされなかった。
ランスが目を覚ました。
セドリックが無事に帰ってきてくれた。
最期に、ハナズオ連合王国として戦えた。
それだけで、十分過ぎる筈なのに。
チャイネンシス王国を守りたい、民を奴隷にしたくない、大事な人を誰一人傷つけたくない、被害を広げたくない、巻き込みたくないと。相反した欲求を際限なく持ち続けながら、城に匿われ続ける僕は
きっと、誰より欲深い。
…勝利の報告に、耳を疑った。
まさか、まさか、こんな突然と。どうしようもない自身の妄想だとも考えた。
掠れ行く意識の中、クロスを握る手に力を込めてそれを保つ。兵に援軍許可と勝利の鐘を指示しながら、頭の中は理解も追いつかず必死に現実を飲み込もうとした。……これが敗戦であれば誰より冷静でいられた筈なのに。
『っ………れた…?…』
護れたのか。
それすらも、素直に受け入れられることが難しかった。飲み込もうとする度に、そんな訳がない、冷静になれと反芻するかのように理解が丸ごと押し返された。
信じられない。
思わず縋るように僕の隣に座る女性に目を向ける。
…プライド・ロイヤル・アイビー第一王女。
セドリックが連れてきた援軍国の王女。
王女であるにも関わらず、躊躇いなく前線に身を置き、そしてサーシス王国の兵士を助ける為に両足に傷を負った彼女は。
己が功績をひけらかす事なく、ただ僕を見つめていた。
『我がフリージア王国は、同盟国となったハナズオ連合王国を必ずや明日、守り抜きます。叶わなかったその時は、国王陛下と共に炭へとこの身を変えましょう。』
何故、あんな身を投げ出すような行為を彼女はしたのか。
〝血の誓い〟がどのようなものか、わかった上で彼女はそれを僕と民の前で行った。
負けたら己まで死が待っているというのに、彼女の姿は信じられないほどに落ち着き払っていた。
彼女があの時誓ってくれたからこそ、僕はここに在れた。
彼女は勝利の報せも当然のように受け入れ、喜び、ここにいた。
圧倒的な戦力を持つ騎士も、アネモネ王国からの武器と援軍も、間違いなく彼女のものだった。
彼女の姿こそが、我が国の勝利が夢ではない何よりの証だった。
…助かったのだと。
国が、生き長らえた。文化も名も民も、もう何者にも汚されない。
また、チャイネンシス王国として
また、ハナズオ連合王国として生きていける。
昔は自国のことなんてどうでも良かった。
どうせ未来がないのだと。このまま篭りきり、世界に何の跡も残さず消えていくのだと。それでも、今は、今は、今は今は今は今は今は今は‼︎
窓の外に手を伸ばす。
今まで顔を出すことすら許されなかった窓から、城下の景色を覗き込む。
次目にする時は、更地と化しているかもしれないと何度怯えたことだろう。何度も何度も思い描いては覚悟した。
なのに、変わらない。
城下は荒れてはいたものの、確かにそこに存在した。沈みかけた太陽が優しく照らし、日に焼けたそれは見慣れた僕の城下だった。
いま、彼らはこの先の何処かにいる。
ランス、セドリック。
この上なく大切な僕の友であり家族。
こんな冷めきった僕を導いてくれた、必要としてくれた。幾度も助けようと手を伸ばしてくれた。
国も違う、血の繋がりもない僕をあの二人は何度も何度も引き上げてくれた。
会いたい、と渇くように彼らを求め、この目に彼らの姿がはっきりと浮かんだ。
ここから見える筈もない、見つかる筈もないとわかっているのにどうしようもなく彼らを欲した。
僕一人だけが、何もできぬまま此処にいた。
まるで今まで押し殺していたものが噴き出るように涙と共に嗚咽を漏らす。
もう駄目かと思った。僕のせいでと何度も思った。時間を戻したいと、戻りたいと何度も願った。役に立たないとはわかっていても、僕も兵士と共に戦いへ身を晒してしまいたかった。何もできない自分がどうしようもなく歯痒く惨めで憎悪した。
会いたい、会いたい、会いたい、会いたい、会いたいと。
ランスは口癖のように言っていた。この世界は広いのだと。そんなこと僕だって知っていた。それでも、こんなに途方もない世界で僕を一人にしないでくれた、並んでくれた、眩い世界をくれたのはランスたった一人だけだった。
〝兄さん〟と。僕を呼んでくれた。セドリックにとっては大したことない当て付けから始まった筈なのに、僕にとっては大きかった。
近しい存在に、してくれた彼の言葉が。
彼に寄り添いながら、ひたすらに寄り添われたのも満たされたのも僕の方だった。
いくら歴代の王で優秀だと持て囃されても、褒め称えられても空虚だった。寂しくてつまらなくて何も誇れない。
それを知ってくれていたのは彼だけだった。
国を民を文化を信仰を幸福を自由を友を弟を。
全てが大事で欲しくて選べない。全てを得られる訳もないし、一つを守ることすら難しいと痛いほど理解していた。
なのに今、その希望全てがここにある。
神に、感謝する。
手を結び、組んだまま祈りを捧げる。
神は僕らを見放してはいなかった。
今までの人生ずっと神に祈り、感謝し、祈り、願い、縋り、祈り、祈り続けた。
返事なんて返ってきたこともない。それでも祈るだけで気持ちは楽になり、心は洗われ、幾度もなく救われた。
感謝を、途方もない感謝と、祈りを。
どうか一人でも多くの民が、ハナズオとフリージアの民が無事でいてくれますように。
そしてハナズオ連合王国の永遠の繁栄を。
ー 神よ、どうか欲深いこの僕をお許し下さい。
僕は、もう手離したくはありません。
あれほど覚悟したつもりでも、やはり失いたくありません。
この身は変わらず貴方に捧げます。それでもどうかお許し下さい。
生涯の友と共に貴方がお与えて下さった〝ハナズオ連合王国〟の、王であり続けることをお許し下さい。
ー ガラァンッ…ァン…ガラァン…
…まるで、神に応えられたかのようだった。
全身が激しく泡立ち、震えが止まらず、閉じた瞼から止め処なく涙が溢れた。
鐘の音が今までにないほど美しく響き渡り、国を、僕らを祝福する。
強く、優しいその鐘の音は僕の願いを肯定するかのように温かく降り注いだ。
鐘の音に返すように、息より先に祈りを続けた。
終戦の感謝を。
フリージア王国を、プライド王女を我が国に御導き下さったことに。
この戦の終結を生きて見届けさせて下さったことに。
そして覚えている限りハナズオ連合王国の民の名を、フリージア王国の民の名を、そしてランスとセドリックの名を繰り返し何度もひたすらに唱え、祈り続ける。
彼らがどうか無事に帰ってこれますように、どうかその行き道を御守り下さい。そして、叶うならばもう一度彼らに
「ヨアン‼︎」
まるで朝陽を浴びたかのように、目が醒めた。
顔を上げ、気がつけば沈みかけてた筈の太陽がほとんど沈み、城下全体が暗く陰っていた。
鐘の音だけはひたすらに鳴り響き、全てが夢ではないことを示してくれた。
眩しい声に頭より先に身体が動き、振り返る。すると、幻かのような二人がそこにいた。また幻覚か夢ではないかと疑い、目を背けられないまま言葉に詰まった。すると、今度は「兄さん」とその幻は今にも泣きそうな顔で息を切らして僕を見つめた。
「ランス…セドリック…。」
僕の友、家族。
疑うようにその名を呼べば、二人は僕の方へ駆け出してきた。驚きのあまり声も上手く出せない僕の背を、ランスが腕を回して引き寄せた。セドリックが「怪我はないか⁈」と声を上げ、僕の肩に触れた。
この温もりは間違いない。幻覚でも夢でもない、紛れも無い現実だった。
…笑ってる。
僕の、大事な人達が笑って目の前にいる。
気がつけば、手が伸びた。
僕よりも身体の大きなランスとセドリックへ左右それぞれ両腕を。二人の肩を、身体を掴み、力の限り抱き締める。二人は驚いたように声を漏らし、それでも殆ど同時に僕の背や肩に腕を回し、強く抱き締め返してくれた。
「…っ。…ッ良かった…二人とも、無事でっ…本当に…‼︎」
二人に抱き締められ、やっと安堵が身体を満たす。言葉が紡げ、単純な気持ちだけが先に溢れでた。「…っ、それはこっちの台詞だ。」「兄っ…達、より…先に、死ねるものかっ…!」と二人らしい言葉に余計に涙が込み上げてくる。肩や頭に僕のではない水滴が何度も溢れてきて、込み上げ続けるものを耐えるのもやめてひたすらに声すら上げて泣き続けた。
…僕は、この国に生まれて良かった。
この時代に、この時に王族として生まれて来て本当に良かった。
広過ぎる筈のこの世界で、神と彼らに出会えたのだから。




