298.貿易王子は破壊する。
「…それにしても、ジルベール宰相も思い切るよね。」
サーシス王国、港。
ガチャン、ガチャン、ガチャンとアネモネ王国の船から金属音が何度も響く。慣れた動きで、騎士達が僕の指示通りにそれを動かした。
一から百まで微調整を繰り返してくれる彼らに目配せしつつ、背後から僕を睨むヴァルに声を掛ける。
彼の両脇にいるケメトとセフェクは騎士達が操作してくれるそれを珍しそうに目を輝かして見つめていた。「うわ〜」「すごいです…!」と子どもの純粋な眼差しは本当に可愛いなと思う。
僕らを特殊能力で船まで運んでくれた彼らは、そのままジルベール宰相の指示通り僕の船に乗り込んだ。「主からの仕事をさっさと終わらせる為だ」らしい。確かに彼へのプライドの命令を聞いても、ただ闇雲に二国中を駆け回るよりもこちらの方が効率的だろう。…むしろ、ジルベール宰相がそうなるように仕組んだとも考えられる。
「まさか標的があっちだなんて。僕はてっきり」
「口動かす暇がありゃあさっさと進めろ。…こっちは待たされて苛々してんだ。」
僕の独り言すら許さないような発言に、そうだねと笑みで返す。腕を組み、舌打ちを鳴らし続ける彼はとうとう足で床までタンタンと鳴らし始めた。この場で留まっているのも不満なのだろうし、更に言えば結果的にジルベール宰相の言葉に従っている現状も不本意なのかもしれない。
『では、敵兵の規模を減らしましょうか。』
ジルベール・バトラー宰相。
とても優秀で頭の切れる宰相だと、以前からプライド達に聞いてはいた。
人を動かすのに彼ほど優れた人間はいない、その能力はステイル王子も羨むほどだと。…そして、僕もいまその事実を目の当たりにしている。
ガチャン、と。最後の微調整が終わり、騎士からも完了の合図が返ってくる。あとは着火だけだと息を吐くと、今度は別の方向から騎士が「サーシス王国城より準備完了との報告が来ました!」と教えてくれる。早い、全ての完了まではまだ時間がかかるものだと思ったのに。
「わかりました。では、こちらも。」
彼らに頷き、標的方向を眺める。僕の合図を待つ彼らに、ひとつ一つ標的座標を確認も含めて唱える。火薬の量も、方向も角度も間違いない。そして最後に、標的の名を宣言する
「目標、サーシス王国城門前。」
放て。
僕の合図の直後、ドンという振動と響きが至る所から耳を劈き、耳鳴りのように一時的に聴覚が塞がれた。
我がアネモネ王国の誇る大船に搭載された大砲全てがいま、放たれる。
サーシス王国の城前に集う、敵兵に向けて。
……
サーシス王国 城前。
突如として、地盤そのものを砕き割るような轟音が響き渡った。
城前には、既に城への侵攻をと集っていた敵兵以外は誰もいない。城門はもともとカラムが銅像で塞いだ後からは兵士も騎士も周囲にはいなかった。代わりに城の周りを固めていた騎士や兵士も、今はまるで門前は捨てたかのように負傷者を含めて全員が混戦場所を城の東方西方にと移動していた。
ジルベールの、采配によって。
一向に防がれたまま侵攻が叶わない正面扉の警備を割いただけだと考えた敵兵は、今こそとその膨大な数の兵量を門へと集中させていた。…そこに遠方から大砲を撃ち込まれるとは思いもせず。
あくまで被害を受けたのは、城自体ではなく城前だ。あり得ない程の正確さで大砲は全て城ではなくそこから数十メートル離れた位置へと撃ち込まれた。
城自体は爆風で敵兵が壁に叩きつけられた以外は何も損害はない。だがその為、城の周囲を守る為の柵は折れ曲がり、外れ、吹っ飛び、敵兵が既に破壊した外壁は更にガラリガラリと崩れ落ちていった。
中に敷き詰まっていた、敵兵ごと。
まさか、己が本陣に。更には結果として城の一部を破壊するような行為をするとは誰もが予想もしなかった。敵兵も、自軍側がまた自分達ごと城を破壊する為に爆弾を投げ込んだのではないかと勘違いしたほどだ。
「砲撃の許可、ありがとうございました。ファーガス摂政殿、ダリオ宰相殿、…そしてヨアン国王陛下。」
国王が不在の為、助かりました。と笑うジルベールに彼らはそれぞれ言葉を返した。結果として、城を飲み込もうとしていた敵兵の多くを無力化し、更には自軍兵や騎士には全くの損害はなかった。そして自分達も、国王不在の中それを承知した上で城前の壁や柵ごとの被害と砲撃の許可を下した。だが、それでも茫然とした頭で考えてしまう。
何故、我々はこんな綱渡りのような反撃の許可を下したのかと。
もし、大砲の狙撃手の腕が悪ければ。
少しでも照準が外れれば。
アネモネ王国がこちらを裏切れば。
城の周りに運悪く兵士や騎士が取り残されていたら。
その被害は尋常ではなかった。それどころか、場合によっては敵兵に城を明け渡すような最悪の一手になってしまった可能性も充分にある。
なのに、何故か説得されてしまった。
ジルベールの言葉に、摂政と宰相だけではない。国王のヨアンまでもが納得し、頷いてしまったのだ。ジルベールの前で、信じられないように口の中を飲み込む摂政と宰相と同じように映像越しにヨアンも皿のような目でジルベールを見つめていた。そして、ヨアンの隣に並んで座るプライドはその様子に無理に口端を引き上げたまま、心の中だけで唸った。
…流石、天才謀略家。
見事に思い通りに判断させられてしまった。
そう思いながら、プライドは改めて前世のゲームで知っていたジルベールの設定に息を飲む。ヨアンの隣で話を聞いていたプライドさえ、ジルベールの砲撃許可の話には一度納得と成功の確信をしてしまった。…いや、正確にはジルベールが、納得した上でそれが最良だと彼らが判断するように誘導した、というべきだろうか。
説得なんて優しいものではない。城前を大砲で攻撃するという無謀な策を語る前に、アネモネ王国並びにサーシス王国の現状を説明し始めたジルベールがそう〝仕向けた〟のだ。ヨアン達が自分の意思で、その方法がある、こうすべきだと考えるように。
まるで催眠術でもかけたかのようなその物言いは、ステイルが聞けば確実に九年前を思い出しただろう。城中の上層部にプライドの悪評を浸透させたジルベールの手にかかれば、容易い〝説得〟だった。
当然、ジルベールには成功の確信とその為に幾重にも計算した予備策や予防線を張り巡らせてはいたが、それでも本来ならば国王と第二王子が不在中に降ろせる許可ではなかった。
だが、降ろさせた。結果、城に多少の損害は出したが、一気に敵兵の大規模な掃討ができた。この後、たとえランスやセドリックがこの事を追及しようとジルベールは同じように納得させてしまうだろう。何より結果として、自軍の人間は全員無傷。敵兵だけに大きな損害を与えることができた。
……そういえば、ジルルートでも最終決戦でプライドの足場もろとも城の塔を攻略対象者達にがっつり破壊させて倒していたような。
だいそれてるなと思いながら、プライドは引き攣った口元を更に痙攣させた。
「さて、今のでかなりの敵兵が一掃されたことでしょう。残り程度ならば東と南に一時避難した騎士と兵士達で充分に対処できます。」
これもレオン第一王子の腕前のお陰ですが。と軽い調子で語る彼は、再びレオンの元に通信を繋げた。もともと大軍の敵兵達すら少人数で抑えていたフリージア王国の騎士だ。負傷し、連携が崩れた上に数まで大幅に減った嵩増しの兵など敵ではない。
「ありがとうございました、レオン王子。砲撃は無事成功です。本当に見事な腕前でした。」
『いえ、とんでもありません。僕らの大砲の射程距離範囲内で可能な標的座標を指定して下さったジルベール宰相の功績ですから。』
僕は何も。と謙遜したレオンは笑みで返す。そのまま、この後の予定を簡単にジルベールと打ち合わせると通信兵に切らせる前、ふと思い出したようにレオンが口を開いた。
『ところで、ジルベール宰相。…プライドは、今はどちらに居るのでしょうか。』
この後、通信を繋げたいと思ったのですが。と続けるレオンに、ジルベールは笑みを崩さないまま固まった。
レオンの元にいる通信兵は一人。更に船へ場所を移動してから、アネモネの船へ映像を送っているのは今の時点でジルベールのみ。
彼は、アネモネ軍は未だプライドの負傷を知らない。
そして、未だ教えてはならないと。ジルベールは理屈抜きで第六感で確信した。
アーサーや他の騎士達に隠しているように、レオンにも軽率にプライドの負傷については話してはならないと。
動揺の種は、戦場で自軍にばら撒いてはいけない。一つの動揺や不安は、そのまま本人だけでなく周囲の被害や死に直結するのだから。
だが、協力者であり第一王子であるレオンに嘘をつく訳にもいかず、ジルベールが笑みのまま言葉を繋げ、脳内で必死に最良の返答を考え出した時だった。
『ッおいレオン‼︎いつまで長話してやがる⁈さっさとしねぇと置いてくぞ‼︎』
突然、レオンからの映像から聞き知った怒声が響いた。不意を突かれたように目を丸くしたレオンが一方向を振り向き「今行くよ」と穏やかに声の主へ返した。
『申し訳ありません、では僕はここで失礼します。』
ええ、宜しくお願い致します。と穏やかにレオンへ返しながらジルベールはほっと胸を撫で下ろした。予想外のところでヴァルが活躍したことに、心から感謝する。最後に挨拶を済ませた後、レオンは滑らかな笑みと共に通信を終わらせた。
プライドに、『任せて』と。ジルベールへその一言の伝言を残して。




