292.第二王子は並び、
「…何故、貴方がそれを…?」
私の言葉に、ヨアン国王が目を丸くした。アラン隊長やカラム隊長まで不思議そうに私とヨアン国王を見比べている。二人が知らないのも、…ヨアン国王が驚くのも無理もない。
〝神子〟
本来ならその名を私が知っている訳など無いのだから。でも、本当のことなど言える訳もなく、予知しましたと軽く返して笑ってみせる。
「いつかはわかりません。ですが、来たる未来で彼はその異名を自ら受け入れられるようになります。」
そう言ってみせれば、ヨアン国王の目が更に大きく見開かれ瞳が激しく揺れ動いた。セドリックが…と呟くその唇が、願うかのようにきゅっときつく絞られた。
セドリック・シルバ・ローウェル。
〝神子〟の異名を持つ第二王子。
一目見ただけでその全てを一生記憶し、そして可能な限りの全てを身に宿してしまえる生まれ持っての天才。
…だから彼は、勉学から逃げ続けた。
自ら知を捨て、兄に王の道を開ける為。
愚者になり堕ち続けることを彼は自ら選んだ。
ゲームでも彼は、悲劇のたった一年後に立派な王子に成長した。それまで勉学を避け続けた彼が、たった一年…いや、ランス国王が乱心してからずっと国を支えたのだから実際はもっと早くから王子として急成長していることになる。
それまで殺し続けていた〝神子〟の才能によって。
だから私は、あの時セドリックを城から連れ出した。
彼が今、変わりたいと願っていたから。
城の外に飛び出し、その目で私や騎士達の戦闘を間近で見ればきっとその技術を吸収してくれる。
ゲームで、女王プライドと渡り合った彼ならば。
自身の才能を自覚している彼なら、きっとそれが自信に…踏み出すきっかけにも武器にもなると思えた。
そしていま、彼は。
……
「ッい…一体何なんですか⁈貴方っ…いま…!」
ティアラは馬の上から目を丸くしてセドリックへと声を上げた。
自身に背中を向けながら騎士達と並び、剣を振るうその姿は先程までの彼とは全くの別人だった。驚きのあまり、茫然としてしまうティアラに代わり騎士達がその剣で彼女を敵兵から守る。
「ッどの話だ⁈剣か?銃か?それともナイフか⁈」
騎士達と連携を取りながら立ち回る彼は、ティアラに背中を向けたまま力強く笑い声を上げた。ティアラがそれに怒ったように「全部ですっ!」と声を荒げるとセドリックは可笑しそうに、ハハッ!と笑いながら敵兵をさらに一人斬り伏せた。
「先ほど学んだ!剣も銃もプライドや騎士達が見事な立ち回りを目の前で披露してくれたからな‼︎」
それを真似しただけだ!と言い放つセドリックにティアラは言葉を失う。まるで当然のことのように語るが、それが異常なのはティアラにもよくわかった。真似って…とやっと口から溢れるが、それでもまだ理解が追いつかない。
「何故貴方がっ…」
「ナイフはティアラ!お前のを見た‼︎」
興奮した様子で声を上げるセドリックが、騎士達が踏み込むタイミングを見て敵兵に銃を放った。パァンッと音が響き、敵兵が仰向けになって倒れた。
「ナイフ投げなど初めて見たが、手数がすぐ無くなるのが不便だな!」
やはりこちらの方が楽だ‼︎とセドリックが敵兵の骸から銃を拾う。両手で二丁構えながら飛び上がると、振り返りざまにティアラ達の背後に迫る敵を撃ち抜いた。一拍置いてティアラが団服の中からナイフを数本出して構えるが、既に敵兵は無力化されていた。
「ッ余計なお世話ですっ!」
ナイフをセドリックに放りたい気持ちを抑えてティアラが怒る。初めて御披露目したナイフを駄目出しされたような気がして顔が熱くなる。まだまだたくさんありますからっ!と叫べばセドリックが楽しそうに笑い声を上げた。
「だが利点も多い!何よりナイフ投げができる王女など世界広しと言えどお前くらいのものだろう!」
「先日まで国から出たこともなかった貴方に言われても説得力がありませんっ!」
その通りだな!と叫びながらセドリックが剣を再び構えた。騎士達が再び踏み込むのに気付き、合わせるように敵兵へと斬りかかる。
騎士達が斬りかかったタイミングから敢えて一拍セドリックは攻撃をずらした。そして敵兵を斬り倒した騎士達が引こうとする瞬間に前に出る。騎士の隙を狙おうとする敵兵の急所を的確に狙い、横一閃に首から斜めに斬り裂いた。
まるで一人で騎士三人分の動きを真似るように、身体を捻らせ剣を振るい、怯んだ敵兵の懐に入り込み、次の瞬間には首を刎ねた。
「ティアラ!お前は俺が嫌いだろう⁈」
寸前の命のやり取りを繰り返しながら、まるでまだ余裕かのように背後の彼女へ声を張り上げる。突然の声掛けに驚いたティアラが息を飲み、それから小さく振り返り、円らな瞳でセドリックを睨んだ。
「ええっ!嫌いです‼︎お姉様を泣かせた貴方が大嫌いっ‼︎」
「ハハッ!そうか‼︎他にはどうだ⁈」
自分への悪態を軽快に笑うその姿は、彼ら王族をよく知る兵士にはサーシス王国の国王を思い出させた。
セドリックの言葉に後押しを受けるように、ティアラが息を吸う。ナイフを更に五本、一気に馬上から敵兵へ放ちながら、騎士と競り並ぶセドリックへ声を上げる。
「甘えっ子で!非常識で‼︎礼儀知らずで!泣き虫で‼︎あと大事なお料理食べちゃって!クッキーまで食べて‼︎お姉様の大事な大事な人達のものだったのにっ‼︎」
食いしん坊!食いしん坊‼︎ばかばかばかっ‼︎と怒りを思い出したようにティアラが繰り返して声を荒げる。それを背中で聞くセドリックは、心から楽しそうに笑い声を上げた。ハハハハッ!と一頻り笑い、更に騎士達と共に敵兵を薙ぎ倒しながら「奇遇だなッ!」と声を張った。
「俺もっ…そんな俺様がずっと嫌いだ‼︎」
ザシュッ、とまた二人の敵兵を無力化したセドリックが一度だけティアラの方を見上げるように振り返った。
血の滴る剣と、頬も血で汚しながら陰りなく彼は笑う。あまりのセドリックの変わり様に驚いたティアラが目を丸くする。
敵兵がセドリックを狙い銃を構えたが、騎士より先にティアラがナイフを放ち、一撃で無力化した。その間を息を切らしたセドリックは笑みを崩さずティアラを見上げ、向き直る。
「……プライドのような美しさが、俺もずっと欲しかった。」
真っ直ぐと取り繕いもないその言葉に、ティアラは目を見開いた。
ただ調子に乗っただけとも思えた振る舞いの彼は郷愁のように瞳の焔を燃やし、馬上のティアラを見上げる姿勢のまま再び口を開いた。その唇が言葉を紡ごうとした瞬間、セドリックはティアラの
さらに上空へと目を見開いた。




