282.配達人は返却する。
クソが。
思い出しただけで腑が煮え繰り返る。
道中に拾った国の連中を能力で運びながら、気がつけば舌打ちが止まらねぇ。
なんで俺がこんなことをしてやらなきゃなんねぇんだ。
主がまた馬鹿なことをやらかしたとは聞いたが、来てみりゃあ状況は最悪だ。
あの王子に瞬間移動されて来てみりゃあ、目に入った途端に主がぎゃあぎゃあ泣き喚いてやがった。…何であの女は毎回他人のことで泣きやがる。
近衛騎士なんざ心底どうでも良かったが。……主の泣き顔は、反吐がでる程気分が悪かった。
何で泣いてやがる、何で泣かせてやがると苛立ちと憤りが沸き上がり、気がつけば主の視線の先に能力を走らせた。
単純な話だ。不快な原因をひっぺがえして主に叩き返せば、簡単に主も泣き止み、俺の気も済んだ。
…と思えば今度は怪我だ。どんだけ俺の腹の中を揺らせば気が済むんだと怒りさえ覚える。
ケメトとセフェクを失いかけた時みてぇに気分が悪くなり、吐き気がして胃の中がグラグラ揺れた。身の毛がよだち、視界すら暗く狭まりやがった。
怪我自体に慣れてねぇ筈の主が、口を開いたと思えば今度は民を助けてだ。冗談じゃねぇ、人の気も知らねぇで俺にあの場を去れだ、他の連中の元に行けだ勝手ばかりほざきやがって。その上テメェはここに残りたいだ宣いやがる。さっさとあの腹黒王子を呼べば一瞬で安全な場所に帰れるってのに。
……さっさと帰ってくりゃあ良い。
バケモン王女だが、つくづくあの女に戦場は似合わねぇ。
傷も苦痛も包帯も弱った姿も、…涙も。何もかもが似合わねぇ。
テメェの国で平和にヘラヘラ笑ってやがる方がずっとお似合いだ。
「ッだから…‼︎」
思った途端、削れるほどに歯を食い縛る。ガキィ、と音がして頭まで歯の音が響く。俺の両脇に掴まっているケメトとセフェクが顔を上げるが無視をする。別にコイツらに言った訳じゃねぇ、ただの独り言だ。
大分加速したからか、段々と姿がはっきりしてきやがった。最高速なんざ滅多に出さねぇが、配達で慣れたお陰かこの速さでも周囲の景色が捉えられるようになった。こんな高速中の視野なんざ、ケメトが居なけりゃ先ず役にもたたねぇが。
「さっさと終わらせやがれッ…‼︎」
さっさと戦が終わりゃあ良い。
主の宣誓の真偽なんざどうでも良い。さっさと勝ってさっさと主を寝床に押し込んじまえ。治療して休ませて、…慣れた寝床で寝かせりゃあ良い。
それで俺のこの苛立ちも吐き気も痛みも治る。
目的地との距離に合わせて速度を落とせば今度はセフェクとケメトが声を合わす。見えた、着いただうるせぇったりゃありゃあしねぇ。コイツらまで主みてぇな怪我負ったらどう責任とってくれると余計に苛立ちが募る。
俺らが突入してるのに気づいて何人かが武器を構えてきやがる。クソが、いっそこのまま能力で一飲みにしちまいてぇ。
「フリージア騎士団がッ‼︎‼︎」
間抜けなツラした騎士の連中に怒鳴り散らす。主やあの腹黒王子がいねぇと説明もクソもありゃあしねぇ。近衛騎士共はと荒げれば、騎士の群れからそれぞれ見慣れた騎士が二人出てきやがった。
「ヴァル!何故ここにいる⁈」
「何しにきやがった⁈」
近衛騎士と騎士のガキがそれぞれ俺に敵意剥き出しで睨みを利かせる。俺より先にケメトが「ステイル様と主の命令で救助に回ってます!」と声を上げた途端、どいつもこいつも目を丸くしやがった。
何人かは俺のツラを覚えてる奴もいるのか、ざわざわとした騎士共の声が耳障りで仕方がねぇ。〝配達人〟と、俺が仕事中に回収した野盗だの人身売買の連中だのを引き渡した時に顔を合わせた連中か、俺達のことを知った騎士もいた。値踏みされるような感覚に胸糞悪くなる。
「ついでに拾ったこの国の人間も既に積んでる。さっさと使いもんにならねぇ騎士共と治癒の特殊能力者を寄越せ。」
背後を指して言えば、俺の言い方に腹が立ったのか、騎士の連中がどいつも顔を歪めて武器を握る。警戒と敵意が肌について、お陰で少しは愉快な気分になる。…が、今は騎士のガキのツラだけには嫌気が差した。
近衛騎士共がどう説明するかうだうだと悩んでやがる。こうなったら問答無用で攫っていくかと考えた時。
「騎士団長っ‼︎」
「ロデリック騎士団長‼︎」
騎士共の喚き声が上がる。いっそ耳を塞いじまいてぇほどに唸りを上げる。見れば騎士共の群れを割るみてぇに奥からもう一人騎士が出てくる。俺の姿に憤慨でもすりゃあ気分も良かったが、軽く眉間に皺を寄せて普通に話してきやがった。
「…いま、プライド様とステイル様から報告が入った。アーサー、エリック、お前達は顔見知りだったな、案内しろ。」
顔見知りってだけならテメェもだ、と言いてぇところを腹のなかで堪える。近衛騎士共と騎士団長を見比べ、すぐ顔を逸らした後にも舌打ちが止まらねぇ。
回収した連中ごとの移動はデカ過ぎるからと一度特殊能力を解いて騎士共に任せる。俺とセフェク、ケメトで歩き、一度運ぶ必要のある騎士連中の具合を確認に行く。
「…でぇ?何でさっさと突入しねぇんだ。騎士団ならその辺の兵士なんざ雑魚だろ。なにを悠長にしてやがる。」
近衛騎士と騎士のガキに先導されながら、騎士共を睨み返すようにして周囲に目を向ける。見れば武器の補給も足りてるし、陣形も整ってるようにしかみえねぇ。
「…最初に大規模な投爆があった。今、最前線は敵侵攻軍と我々の間に爆心地が隔ててる。見ろ、足元から崩れ落ちているだろう。先に真っ向から爆心地に降りれば上から狙われて圧倒的に不利だ。」
仕方がなさそうに答える近衛騎士が指す先をみりゃあ、確かにでけぇ穴ボコが空いてやがる。そのまま近衛騎士は、穴ボコを避けて遠回りして進軍する予定だとご丁寧に俺へ続けた。
「良いねぇ、六年前までの仕事を思い出す。」
鼻で笑い、敢えて声に出して言ってやれば一気に近衛騎士二人から殺気が湧きやがった。が、何も言い返して来ねぇ。代わりにセフェクが横から蹴りつけてきやがった。つまらねぇ野郎共だ。…折角晴れ掛けた苛つきが、勝手に渦を巻いて増してきやがった。
「治療は粗方終わっているが、重傷者もいる。くれぐれも丁重に送れ。」
案内された仮設陣営に着けば、わりといい人数が座り込み寝転がり特殊能力者の治療を受けていた。…一瞬、さっきの主の姿が脳裏に過ぎって舌を打つ。
「さっき俺達が運んできた連中の所に運べ。一度に全員田舎町まで連れていく。」
「テメェが運ばねぇのか?」
「俺が騎士相手に丁重なんざできると思うか?」
騎士のガキの言葉に舌打ちを混じえて返せば、もう片方の近衛騎士が先導しながら他の騎士達に命じて一人一人のろのろと怪我人を運び始めた。騎士のガキがその場から俺を睨んだまま動かねぇ。睨み返して「なんだ」と聞けば、むくれるような表情で口を開いた。
「…………………助かる。」
「……あー?」
意味不明の言葉に目を見開いて聞き返す。聞き違いかと思ったが、俺への返答みてぇに「これで安心して騎士全員が戦闘できっから」とほざきやがった。
これ以上ねぇ気味の悪さで吐気が込み上げる。
舌打ちを繰り返し、騎士のガキに背を向ける。俺の服にしがみつくケメトとセフェクが引っ張られ、前のめりになりながら俺に続く。この苛立ちをさっさと吐き出したくて仕方がねぇ。
「!おい、ヴァル!何処行くン」
「もう騎士団の連中は戦う準備ができてるんだったなぁ?いや、もう進撃するところだったか。」
騎士のガキの言葉にをわざと上塗りするように声を上げる。意味がわからねぇらしく、肯定だけしてきやがった。そうしてる間にも一人また一人と手早く負傷者が他の騎士の手で運ばれていく。それがなんだと俺の後を追う騎士のガキを無視して俺は勝手に続ける。
「本当なら俺の手で敵兵全員ぶっ殺してやりてぇが、…残念ながら主に禁じられたままだ。」
隷属の契約で俺は基本的に危害を与えることはできねぇ。
敵兵の方向を睨みながら、また舌打ちが零れる。それに良しとされたとして、ケメトの力を借りての大量虐殺は頂けねぇ。俺は何人ぶち殺そうが構わねぇが、ケメトに殺しをさせんのは…、………まぁセフェクもどうせ許しはしねぇだろう。
何言ってやがる⁈と怒鳴る騎士のガキを一蹴してそのまま陣を抜ける。穴ボコの淵ギリギリまで立って覗きこんでみりゃあ、なかなかの深さだ。むしろこの規模の爆発でよく死人が出なかったもんだと感心する。…そういやぁ、俺が崖から奇襲した時も死人は出なかったんだったか。
「ハッ、…バケモンの弟妹もバケモンなら、その騎士共もバケモンってか。」
覗き込んだまま、鼻で笑い飛ばしてやれば、セフェクとケメトが興味深そうに穴を覗き込もうとしやがった。敵兵の死体の山があるってのに、だ。ガキ共が視界に捉える前に背後から襟首掴んで引き戻す。「何もねぇよ」と言えばケメトは頷いたがセフェクは不満げに俺を睨み返しやがった。見たら見たで痛い目合うのは自分だってのにめんどくせぇ。
「おい、そこの騎士のガキ。今すぐ開戦準備を始めろと騎士共に伝えて来い。」
ハァ⁈と俺が返事しねぇことに苛々といきり立つ騎士のガキが声を荒げる。「テメェが決めンな!」とガキらしい怒声を背中で受けながら俺はセフェクとケメトに腕を回す。
「俺が受けた仕事は民や負傷兵、騎士共の救助と避難だ。それ以外は何も命じられていねぇ、つまりこれから俺がすることは」
俺の意図を察したのか、セフェクとケメトが俺の裾を、腕を掴む。騎士のガキが何か気づいたのか、吠えるのを止めてその場に突っ立った。まさか、と小さく声を漏らした瞬間、ガキの間抜けなツラを拝む為に初めて振り返ってやる。予想通りのツラに、口を引き上げ嘲笑う。
「単なる憂さ晴らしだ。」
ガッゴォォオゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ‼︎‼︎
俺の意思通りに地鳴りが響き、俺達の足場から騎士共の陣地までが揺れ出す。
突然の地響きに騎士共が騒ぎ、声を上げ、気持ちの良い叫び声を上げる。
騎士のガキが揺れる足場にフラつきながら、何かを喚く。足場ごと騎士共を慌てふためかせながら、さっきの腹黒王子の話を思い出す。
『これを知れば、お前はさぞかしアーサーへの借りが不快なものとなるだろう。』
あの腹黒王子、余計なことを教えやがって。知らなけりゃここまで不快に胃が湧くこともなかった。主のこともあるってのに余計に胸糞わりぃ材料放り込みやがって。
さっさと返しちまえば良い、この気味の悪りぃガキへの借りを。
「前借り全部、釣りが出るほどくれてやる。」
地を、揺らす。
目の前の爆心地になった地が迫り上がり、盛り上がり、底が持ち上がる。
窪んだ穴を埋めるように地が狭まり、穴ボコの塵ごと窪みを埋める。上がり、埋め立て、湧き上がる泉のみてぇに地が穴を内側から埋め尽くす。次第に騎士共の喚き声が気づいたみてぇに感嘆の声に変わる。アレを見ろ、爆心地が、これはと馬鹿みてぇな感想ばかりを零しやがる。敵軍とこっちを分ける溝が無くなり、向こうも向こうで喚いた。当然だ、真っ向から来られりゃあフリージアの騎士団に敵う連中なんざそういねぇ。
爆心地を完全に埋め尽くし、平坦な地形に再生する。若干足元は歪だが、崩れる心配はねぇだろう。
騎士共からうるせぇ歓声があがり、振り返れば騎士のガキが信じられねぇように口を開けたまま固まっていた。
さっきと大して変わらねぇ間抜け面を睨み返し、敢えて肩をぶつけて通り過ぎる。ドンッと馬鹿正直に肩が当たってよろめいた騎士のガキが、遅れたように「っおい‼︎」と声を上げた。
「もうここには用がねぇ、俺らは荷物持ってとんずらするぜ。…さっさと終わらせろ。」
騎士と国の連中、あとは治療用の特殊能力者を安全な田舎町に運べば良い。その場所さえわかれば、あとは往復するだけだ。
返事がなく、俺が先に歩んでも棒立ちのまま騎士のガキは動く気配すらねぇ。苛立ち、一度立ち止まって「聞こえなかったのか?」と釘を刺す。
「さっさとテメェの親父に伝えに行け。邪魔な負傷者も穴も消えた。…あとはテメェら騎士共の仕事だ。」
歯を剥き振り返って睨めば、騎士のガキが目を見開いた。うざってぇ、なんでこのガキがと足を速めながら改めて腹黒王子の話を思い出す。
『六年前にお前等が嬲り殺そうとした騎士団長はアーサーの父親だ。』
知りたくもなかった。ンなふざけた繋がりなんざ。
騎士の何人かに声を掛けられたが構わず無視して突き進む。引き止めようと手を伸ばしやがった騎士の手を能力で砂を操り、阻む。
『見比べてみろ、アーサーは父親似だ。』
あの時の騎士のツラなんざ記憶に留めてすらいなかった。だが当時のアレが騎士団長なことも、…そいつが未だにその席に居座っていることも知っていた。
しかも、ああして並べて見りゃあ完全に生き写しだ。せめてもっとわかりにくけりゃあ疑いようもあったものを。
『二年前のあの時、アーサーがお前に復讐する機会などいくらでもあっただろう。理由を付けてお前を見殺しにすることも、セフェクとケメトの救出を妨害することも容易かった筈だ。』
だがしなかった、と続けた王子の言葉に歯を噛み締めた。あの時は騎士のガキへ、怒りにも似た苛立ちが指先まで染みた。
…別に親子だからって、何とも思わねぇ。俺もセフェクもケメトも親に捨てられた。〝親〟への特別な情なんざ毛ほども感じねぇし、理解もできねぇ。が…
〝家族〟は。
「…俺なら、見殺しどころか八つ裂きにしても足りやしねぇが。 」
気がつけば無意識に俺の手を握るケメトと、その手を掴むセフェクに目が向く。俺の独り言が聞こえたのか、二人して同時に俺の方へ顔を上げてきやがった。
なんでもねぇ、と返せばケメトが無言で笑いながら俺を握る手に力を込めた。
…贖罪じゃねぇ、胸糞悪りぃ借りを返した。
ただ、それだけだ。




