265.騎士隊長は理解する。
「ッ…流石に、…この量は厳しいか…っ。」
アランとプライドを放り投げた後、カラムは落ちてくる瓦礫を避け、更には避け切れない大きさの瓦礫は怪力の特殊能力で受け止めていた。
ただし、普通の人間が押し潰されて当然の瓦礫の塊を両手で受け止めてしまえば、すぐにその上に更なる瓦礫が止め処なく積み上がってしまった。
放り捨てようにもそれをすればいま自分が支えている瓦礫の山が一気に崩れ、一瞬で自身が瓦礫に飲み込まれることは目に見えていた。
一か八か瓦礫を放り捨てて走るか、それともこのまま城の崩落がおさまるまで耐え続けるか。
どちらも、生き残る可能性はごく僅かだった。
今のところ瓦礫以外に人は誰も落ちてきてはいないことを目で確認し、カラムは小さく安堵する。
上階には誰もいなかったのか。城の本陣は無事なのか。ティアラ様やジルベール宰相、ステイル様、そして騎士や衛兵の彼らは。そしてプライド様は、アランは無事に抜け出せたのか、北の最前線は。
自分のことよりもただひたすらに、残される者のことばかりが気にかかる。
…騎士団長も、六年前はこのような心情だったのか。
不意に、六年前の崖崩落を思い出す。今回は敵兵が居ない分、そしてプライド様が巻き込まれずに済んだ分は良かったと言えるか。
…三番隊の騎士達は、皆優秀だ。
近衛騎士もアランやエリック、アーサーがいる。
私が居らずとも、ちゃんと皆は回る。
敢えて心残りがあるとすれば、…私を置いていくという決断をあの場でアランにさせたこと。そして恐らく私が死んだことで心を痛めて下さるであろうプライド様の
「おいテメェ。」
…ふいに、瓦礫に紛れて声が聞こえた。
瞬時に逃げ遅れた者かと顔を上げると同時に、聞いた覚えのある声だと考える。見れば、その先にはこの国にいる筈のない男が立っていた。
「お前はっ…ヴァル、何故ここにっ…。」
いつの間に現れたのか、俯いていた少しの間に目の前に佇むヴァルの両脇にはセフェクとケメトが彼の胴回りにしっかりとしがみ付くようにし、顔だけを私に向けていた。確か、この男の特殊能力は…。
そこまで考えてからふと、崩れないように両手で持ち上げ支えていた瓦礫から先程までのようなグラつきや更には瓦礫の上に更に落ち、積まれてくるような振動が全く感じなくなっていることに気がつく。まるで、例えここで私が手を離しても瓦礫がこのまま浮いて維持されていそうな…。
見れば、ヴァルが鋭い眼差しを更に吊り上げ、怒りで顔を痙攣させながら私を目だけで見下ろしていた。苛々とした感情がここまで伝わってくるようだ。
ヴァルが一歩、私の方へと足を浮かせる。同時に憤怒を乗せた言葉が私へと投げかけられた。
「人の主、泣かせてんじゃねぇよ…‼︎」
ダンッ!と。ヴァルが地面を踏みつけ、手を伸ばして私が支え持ち上げていた瓦礫の一つに触れた。その途端、積み上がっていた筈の瓦礫が私の手の中から浮き上がる。そのままヴァルが手を払うように横へ振るうと瓦礫が全てその方向へと弾き飛んだ。
助けられたことに驚く私を、ヴァルは何度も舌打ちを繰り返しながら睨み、崩落する城へと歩み出した。引き止めようかとも思ったが、すぐにあの男には不要の心配だと気がつく。
「ッなんでこのッ‼︎」
瓦礫が降ってくる。私の頭上に再び落ちると思えば、今度は地面が盛り上がり、私を丸ごと覆い、庇うようにして瓦礫を跳ね除けた。
「俺様がァッ!」
ヴァルの方に降る瓦礫も、彼らを取り巻く砂の塊が蛇のように畝っては小さい落下物は弾き、大きな落下物は私の時と同じように地面が盛り上がり、彼らを守った。
「よりによって騎士なんざッ…‼︎」
進み、崩落する城の麓まで歩み寄るヴァルは、その背中を見るだけでも怒りに燃えた覇気を漂わせていた。そして乱暴に彼はとうとう城壁へと手をつく。
「助けてやらなきゃなんねぇんだッ‼︎」
心から不本意と言わんばかりの声を張り上げ、同時に城の上階層ごとがゴトリと傾き、彼らの頭上に崩れ落ちようとした瞬間
「クッ…ソがァアァアアアアアアッッ‼︎‼︎‼︎」
雄叫びに近い怒声と共に、城の崩落が止まった。今まさに崩れ落ちようとしていた上階層が再びもとの位置へと戻り、まるでバラバラの部品を無理矢理組み合わせたかのように歪に、しかし確かに固まり、城の破片が積み上がっていく。落ちようとしていた瓦礫が浮き上がり、元の場所へと戻り、更に地面に散らばった瓦礫も近くのものはバランスを崩した城の所々を支えるようにして集まり、詰まった。
瞬く間の内に城がその姿こそ歪に変わり果てたが、崩落を完全に止ませた状態で佇んでいた。
呆気にとられる私を、ヴァルが遠目から再び睨んだ。城壁から手を離し、未だに怒りがおさまらない様子で足で地面をダンダンと踏みならしながら私に近づいてくる。
彼の手が私に届く範囲になった瞬間、彼は私の胸ぐらに手を伸ばしかけ、…不自然に手前で止まった。
一体どうしたのか。だが不快そうに舌打ちをして腕を一度引っ込めるヴァルは、殺意も滲んだ眼差しで私を睨み直した。
「ッ、…今からテメェを運ぶ。良いな?」
苛々と低い声色で脅すように尋ねるヴァルに疑問を抱き、…隷属の契約を思い出す。彼はプライド様との契約で人に害を及ぼすことも、本人の許可無しに無理矢理拐ったり連れ出すこともできはしない。
私が「あ…ああ。」と短く答え、助けられた礼を言うべきかと迷った途端、足元が再び揺れた。
私とヴァル、そしてセフェクとケメトの足元から周囲の地面のみが不自然に盛り上がる。更には彼ら三人の足ごと飲み込むように地面が持ち上がっていく光景に今度は何かと思えば、セフェクとケメトが再びヴァルの胴回りに両手で捕まり、更にはヴァルが乱暴に私の腕を掴んだ。
「舌噛んで勝手に死ぬなよ。」
突然理解不能の言葉を投げかけられ、どういう意味か尋ねようとした瞬間、
突然足元が加速した。
なっ⁈と、声が漏れる。
同時に、極秘訪問の時にヴァルが馬車を特殊能力で移動させたことを思い出す。あの時もプライド様が制止するまで信じられない速さだったが、今はその比ですらない。足で踏み締め、ヴァルに掴まれた腕で私からもその腕を掴み返す。
怪力の特殊能力で何とか掴まり吹き飛ばされずに済んだが、常人ならば振るい落とされてもおかしくない速度と重力だ。周囲に顔を向ければ、私の目でも過ぎ去る景色が追えなかった。先行部隊の軽く五倍はあるであろう速さに、思わず歯を食い締めた途端。
突然急停止し、今度は前のめりの重力に押された。
思わずフラつき、掴む手の力が緩んだ途端にそのままヴァルからも手を離され、放り出される。わけも分からず宙から体勢を立て直し、地面に両足で座り込む形で着地してやっと今の状況を判断する。
「カラム隊長っ‼︎」「カラム!」
目の前にプライド様と、プライド様を両腕に抱えたアランが目に入った瞬間に。
…そして、私の方へと手を伸ばし涙を浮かべて下さるプライド様に、全てを理解した。




