199.非道王女は叱られる。
「!…プライド…第一王女、殿下。」
母上と挨拶を交わし謁見の間を出た後、私の部屋の前にセドリックが立っていた。恐らく、私が戻ってくるのを待っていたのだろう。私の姿を確認した途端にこちらに向き直り、正面から私を見据えた。…母上の元へ連れてすぐに説明を丸投げ放置したのを怒っているのだろうか。
「〝プライド〟で構わないわ。…貴方も、私の名なんて敬称すら付けたくないでしょう?」
お互いそういうのはもう無しにしましょう、と私から提言すると、彼は私から言われたのが不服だったのか眉を寄せ、また顔を顰めた。
「…プライド。…すまなかった、俺のせいで色々と手間を掛けさせてしまった。」
まだ私と目を合わせたくないのか、視線を床に落としながら言う彼を、私の両隣へティアラとステイルが立って警戒してくれた。背後ではアーサーとエリック副隊長が武器を構える音が聞こえる。
「別にそのこと自体はどうでも良いわ。」
駄目だ、頭でわかっていても変に喧嘩腰になってしまう。誰か私の後頭部を叩いて欲しい。
見れば、セドリックが私の言葉に少し驚いたように眉を上げた。続きの言葉を待つように黙りこくる彼に、仕方なく私は言葉を続ける。
「…貴方の守りたい人や民が救われるなら、別に私がいくら手間をかけても構わないわ。私が怒っているのは貴方がその手間を自身の矜持を守る事の為に使っていたからよ。」
いくら自分の容姿に自信があるからって、私を惚れさせて優位に同盟を結ぼうとするなんて。「愛しいセドリック様の国がピンチ⁈なら助けなきゃっ!」なんて展開を期待していたのだろうけども、もうその考え方自体が恥ずかしい。
言い方が無意識にキツくならないように細心の注意を払って話す。私の言葉に気がついたようにセドリックが喉を鳴らし、また目を伏せた。再び小さな声で「すまない…」と再び謝罪が聞こえた。
「あとはー…。」
流れのまま言葉を続け、ふと止まる。
言おうとした途端にまた沸々とあの時の怒りを思い出す。気持ち的には「取り敢えず一発殴らせろ」だけど、第二王子にそんなことを言える訳もない。…本当に食べ物の恨みって怖い。
「…どうすれば良い?」
ぽつり、と突然今度はセドリックから言葉が漏れた。小さくもはっきり聞こえたその言葉に、今度は私が眉間に皺を寄せる。
「どうすれば、俺はお前に許される?」
まるで、初めて怒られた子どものような顔だった。眉を落とし、どこか悲しそうな瞳が微かに私に向けて揺れていた。一瞬、また形勢が変わったから下手に出ようとしているのかとも思ったけれど、その表情はどう見ても交渉下手の彼が計算してできるものではなかった。
「もう、お前には断りなく触れない。お前の料理や私物にも。今までの無礼についても何度でも詫びよう。……それでも、駄目か…?」
…なんだろう。この、捨てられた子犬のような瞳は。
駄目か…?と呟く彼は、弱々しく微かに目を潤ませて私に向けていた。ゲームのスチルでも見たことのなかった表情だ。ゲームでも弱っているシーンはいくつもあったけど、こんな複雑な表情は見たこと無い。
ずっと彼に怒っていた筈なのに、そんな風に言われてしまうと言葉に詰まる。さっき涌いてきた怒りが嘘のように、食べ物のことくらいで根に持って彼に強く当たってしまったことの罪悪感すら感じてしまう。
ゔ…、と言葉を詰まらせる私に、そっとステイルが前に出た。今は別にセドリックに何かされそうな訳でもないのに。
「僕も詳しく全ては知りませんが、貴方が姉君に働いた数々の無礼は到底許されるべきものではありません。母上への口添えは姉君の慈悲。…どうか、それだけはゆめゆめお忘れ無く。」
ピシッ、とまるで鞭を振るうかのようなステイルの言葉に私まで肩を揺らしてしまう。
何故だろう、ステイルが凄く敵意満々だ。やはりアーサーの料理の恨みなのか、ここまであからさまに敵意を見せるのはジルベール宰相相手ぶりかもしれない。
ステイルの言葉にセドリックは「そうか…」と哀しそうに視線を落とすと「部屋前で失礼した」と呟いてそのまま私達に道を開けた。ステイルとティアラに促されるまま私が部屋に入る。その間もずっとセドリックはその場に佇んでいた。…一体、どうしたのだろうか。せっかく母上との交渉が上手くいきそうなのに全く覇気がない。それどころか大嫌いな私に詫びるなんて。まさか、私が知らないだけでまだ彼には隠し事や頼み事でも…
「許す必要などありませんからね、プライド。」
扉を閉められた途端、ステイルが私に強めに言葉の鞭を振るった。思わず「えっ⁈」と聞き返すと腕を交互に組んで、ため息混じりに私へ視線を投げかけた。
「セドリック第二王子の事情は分かりました。プライドが予知し、更には弁護したということは彼の話は本当なのでしょう。ハナズオ連合王国との同盟は俺も賛成です。…が、それとセドリック第二王子が犯した無礼は別です。」
ステイルの言葉にティアラやアーサー、エリック副隊長が何度も頷く。…なんだか、私が怒られているような気分だ。
「俺も、…セドリック第二王子がプライド様にやったことは許せません。プライド様を利用しようとして、上手くいかなかったら暴力を振るって、…最低の奴がすることです。」
私の部屋とはいえ城内だからだろうか、若干声を潜めながらアーサーがステイルに同意する。そのまま視線だけで隣にいるエリック副隊長に尋ねた。
「自分も、そう思います。王族の方にこのような言い方は不敬だと重々承知ですが…今も自身にとって都合が良くなったから己が行動を省みているだけかと。プライド様への数々の不敬はそのように簡単に許すべきことではないかと。」
アーサーに続いてエリック副隊長まで、意外に厳しい。それでも、エリック副隊長の言葉にステイルは大きく頷いて「その通りです」と相槌を打った。
「そうです!お姉様はもっともっと怒って良いのです!私だって、セドリック第二王子には怒ってます!」
主人公まで‼︎心優しいティアラにまで怒りを買ってしまうなんて、食べ物の恨みはやはり絶大だ。いや、どちらかといえばアーサーやステイルへの贈物を駄目にされたことだろう。私だって、それに関しては未だに根に持っている。
「プライド。この際ですので、はっきりと言っておきます。」
再び強めなステイルの言葉に「はいっ⁈」と思わず肩に力が入ってしまう。なんだか表情が怒っているように見えるのは私の気のせいだろうか。
「〝甘さ〟と〝優しさ〟は違います。セドリック第二王子に手を差し伸べたのは貴方の優しさですが、彼の今までの行いを許すのはまた別です。むしろ!謝罪程度で彼を許してはなりません。」
だろう⁈とそのまま投げるようにアーサーの方にステイルが振り返る。自分に振られたことに少し目を開きながらアーサーが私の方に向き直る。
「ステイルの、言う通りだと思います。…俺は、プライド様への非礼や何もかもが、反省して謝れば許される…なんて思われたくはありません。貴方は俺達の、…国の大事な御方ですから。」
真っ直ぐに私の目を見て言ってくれるアーサーの言葉に、何も言えなくなる。なんか、本当に申し訳ないことをした気がして思わず目を伏せてしまう。
「プライド。貴方はもう十七歳の第一王女です。どうか、…許さないことも必要だと今の内に胸に留めておいて下さい。せめて生半可なことで、彼を許してはいけません。」
ステイルに窘められて、完全に肩を落としてしまう。なんだか自分がもの凄く情け無い。確かに、皆の言う通りだ。私だって怒っていた筈なのに、彼の事情や設定とかを思うとどうしても…。
「…わかったわ。……ごめんなさい。」
いい年して、まさかこんな風に叱られることになるなんて。気の重さからか前屈みの姿勢で思わず溜息をつくとステイルが少し慌てた様子で「いえ、プライドを責めている訳ではっ…」と言ってくれた。
そうだ、私はもう成人した第一王位継承者なのだから。
レオンだって立派に次期国王として成長しているというのに私ばかりずっと子どもではいられない。ちゃんと許さないことも必要だ。私自身、つまみ食いの恨みはがっつり残っているのだから。……たかが私のことで第二王子を皆で責めることには罪悪感が沸くけれど。ッいや、私は第一王女なのだから皆が怒ってくれるのも当然でっ…、…。…なんだか自分の事だと思うとどうしても重要度が低くなってしまう。これが主人公で第二王女のティアラのことだったら、私も全力で許さない態勢になれるのに。
でも、同盟関係を結べば、きっとこれからは式典とかでも会う事が増えるし、ずっと険悪のままという訳にもいかない。…まぁ、会うのは主に国王である彼のお兄様に、だろうけども。
ランス・シルバ・ローウェル国王。
ゲームではあんな出番しかなかったけれど、この世界ではきっと大丈夫だろう。
そう思いながら私は一人息を吐く。
この時の皆からの忠告を三日と待たずに破ってしまうことになるとも知らずに。
たった一枚の書状を、きっかけに。