そして背を向ける。
「貴方のその〝目的〟が我が国に誤認されていると言っているのです‼︎‼︎」
甲高い声が耳に響いたか、流石に顔を顰めた彼の顔がその直後、今度は信じられないほど大きく見開かれた。まるで猫のように大きな瞳がパッチリと開き、苦々しげに歪んだ顔が元の形に伸びた。
「…なん、だと…?」
パチリパチリと瞬きし、私の言葉を確かめる。その表情すら腹立たしく、勢いに任せて彼を突き飛ばすようにして胸倉から手を離し、距離を取った。
思い切り叫び過ぎたせいで息が苦しい。今度は私が肩で息をせざるを得なくなる。
「昨日…ジルベール宰相から貴方は何と聞きましたか。」
必死に自分を落ち着かせようとする私に対して、彼は虚をつかれたように大きな目を未だに瞬きさせながら放心したように淡々と口を動かした。
「フリージア王国は、コペランディ王国がハナズオ連合王国を訪問したこと。更にはアラタ王国とラフレシアナ王国が戦準備を始めていることを知っていると。…だから我が国との同盟交渉を凍結させたのだろう。」
「その後、…ジルベール宰相は貴方に詳しい話を聞かせて欲しいと望みませんでしたか。」
私の問いに、分かりやすく彼の視線が顔ごと動き、泳いだ。いや、まさか、そんな、と小さくぼそぼそと呟き声が聞こえる。覚えはあるに決まっている。私自身、昨日あの後からジルベール宰相に確認を取ったし、ちゃんとその為のやり取りがあったことは知っている。…彼が、ジルベール宰相の言葉を完全に突っ撥ねて帰国しようとしたことも。
「…セドリック第二王子。いい加減、回りくどい言葉は無しで話しましょうか。貴方もその方が楽でしょう?私のことも好き勝手にどうぞ呼んで下さい。貴方にどう呼ばれようとも私は気にしません。」
どうせ、どう転ぼうと私も彼も互いが嫌いなのは変わらない。きっと王道主人公ルートの彼とラスボスの私は絶対相容れない運命なんだと勝手に結論付けることにする。
私の言葉の意図を理解できないように眉を寄せる彼を深呼吸してから思い切り睨みつけてやる。
「…セドリック。」
敢えて彼を呼び捨て、低い声で切る。突然のことに彼が小さく顔を後ろに反らせ、目を皿にした。
「貴方は今、我が国と同盟を結び、陥れようとしていると思われているわ。コペランディ王国と結託し、同じくコペランディ王国と繋がりのあるアラタ王国、ラフレシアナ王国と共に他国に攻め入ろうとしていると。もしくは同盟交渉という名目で我が国に単身で乗り込み、三国と結託してフリージア王国に侵攻しようとしていると。」
今まで歯に衣を着せてきた疑惑を、はっきりと私はセドリックに言い放つ。彼には遠回しな表現は伝わらないともう理解していたから。
すると、私の言葉を聞いた彼はみるみる内にその顔色を変えて言った。
「なっ⁈何だそれは‼︎何故そんなことを兄貴がっ…我が国がしなければならない⁈」
やはりだ。彼は私の言葉に狼狽えながら、血の気が引いた顔で私に一歩詰め寄った。彼の背後にいる侍女や衛兵達が必死に無実を訴えようと首を横に振っている。
「ずっと引きこもっていたハナズオ連合王国が突然コペランディ王国の訪問を許したら誰だって同盟か親交関係があると思うわよ‼︎」
「ッ勝手に決めるな‼︎我が国が何故選りに選ってあの奴隷国の」
「奴隷制を廃止していないアネモネ王国とは交易していたじゃない‼︎」
「アネモネは元々奴隷制を奨励はしていない‼︎奴隷の取り扱い自体は禁じ!更には今も奴隷制を撤廃すべく動いている‼我が国がラジヤ帝国の手先などと︎同盟や親交などあり得る訳がッ…」
「だったら何故ジルベール宰相に聞かれた時にそう言わなかったの⁈」
「宰相が聞いてこなかっただけだ!」
「聞いたでしょう⁈詳しく教えて欲しいと‼︎」
「あのような国と我が国が!同盟か親交を持つかなどとは聞かれていない‼︎コペランディ王国の訪問はそのようなものでは断じて」
「それも含めて!説明しろとジルベール宰相は聞いてくれたんでしょうが‼︎」
ぎゃあぎゃあと我ながら子どものような口論が続く。むしろ動物の縄張り争いのように吠えあっているだけだ。
「しかも‼︎コペランディ王国と同じラジヤ帝国の植民地のアラタ王国とラフレシアナ王国が同時期に戦準備していたら!三国とハナズオ連合王国が手を組んでどこかの侵略を狙ってると思うに決まっているじゃない‼︎」
私の言葉に言い返しが思いつかないように、セドリックが拳を握った。私が声を荒げる中、「我が国がッ…そのような疑いをっ…」と冤罪がショックだったのか唇を僅かに震わせた。
「だから!母上は同盟交渉を凍結させたのよ‼︎同盟締結した後に、ハナズオ連合王国とラジヤ帝国との結び付きが明らかになって我が国が不要な他国への侵略に関わらないように‼︎同盟を結んだら、戦争でもその繋がりが発揮されるのは貴方も望むところだったでしょう⁈」
もしサーシス王国と同盟をした後に、ハナズオ連合王国が他の三国と一緒にラジヤ帝国の望むように何処かの国を侵略しようとしたら。フリージア王国も同盟の名の下に兵を挙げざるを得なくなる。
実際、今まで無かった話ではない。過去に国同士の争いが活発だった時はフリージア王国の特殊能力者目当てに和平の同盟を結び、その後すぐに他国への侵攻を決め、我が国がその侵略戦争に巻き込まれたこともあるらしい。フリージア王国には全く何の得にもならないその戦で、多くの民が犠牲になった。
同盟はただの仲良しの約束ではない。様々な条約と共に互いが敵にならないことを誓う契約だ。互いの国に侵攻しない、強行しない、そしてどちらかの国が戦争などの争いに関わる場合は必ず互いの国の味方になると。
「貴方がちゃんと最初に正直に話せばこんなことにはならなかったわよ‼︎貴方が馬鹿みたいに下らない矜持に気を取られなければ‼︎」
ゲームの回想シーンのように訴えていれば。そう言いたい気持ちをぐっ、と堪えて彼に詰め寄る。何故、彼がこんなに回りくどいことをしてゲームのように動かなかったのかはわからない。
ただ、今回のことは彼が最初に隠し立てしたせいで生じた誤解。それだけは確かだった。
私からの暴言にセドリックが唇を震わせたまま目を剥いた。また掴み掛かられるのではないかと身を硬くしたら、その前にアーサーとエリック副隊長が私とセドリックの間に入ってくれた。
「〝馬鹿〟…〝下らない〟…だと…⁈」
わなわなと行き場のない拳を震わせて私を睨む。すると今度はステイルとティアラが私を守るように隣に並んでくれた。
だからこそ私は、皆に礼を伝えてからその前に立つ。また目と鼻の先にセドリックが立ち、私はそれを正面から迎え撃つ。
人を壁にしてそれ越しの言葉では、きっと彼には届かない。
すーっと息を思い切り吸い上げ、再び彼に向かって声を張る。
「下らないわよ‼︎大馬鹿よ‼︎貴方は何の為に単身でフリージアに来たの⁈別に私と恋する為でも我が国より優位に立つ為でもないでしょうが‼︎」
今度は飛び込み、両手で彼の襟元を掴み上げ、私の方に引き寄せる。彼が小さく声を上げたが気にせず力の限り握り額を打ち付けたまま、大火となって燃える彼の瞳をゼロ距離から覗き捉える。
「己が目的を改めなさい‼︎恥も外聞も全部かなぐり捨ててそれでも守りたいものがあるから来たのでしょう⁈だったら初めからそうしなさいよ‼︎」
叫び過ぎて顔が熱い。きっと怒鳴り過ぎて私の顔も真っ赤だろう。私の王女らしからぬ形相に驚いたのか、セドリックは見開いた目をそのままに私から目を今度は一度も逸らさなかった。
「それなのに下らない上に甘い作戦に縋って!無駄に立場悪くして!それで大事な人達を守れなかったら何も残らないでしょう!だから馬鹿だと言っているの‼︎」
はぁ、はぁ、ぜぇ、と全て言い終わった後には情け無いほどに息が上がっていた。私が引き寄せたままのセドリックの顔が、ポカンと口を開いたまま固まっている。今度は突き飛ばさずにゆっくりと手を緩めてから数歩距離を取った。その途端、さっきまで堪えていたかのように再びアーサーとエリック副隊長が間に入り、ステイルとティアラが駆け寄ってきてくれた。
暫くは、そのまま沈黙だけが流れた。
私も息を整えるのに必死で、セドリックもポカンとした表情のまま動かない。私が引き寄せた状態の中腰体勢のまま固まっている。
数分たっぷり使って私は息を整えきり、最後の言葉を彼に放つ。
「……これから、私は母上の元へ行きます。貴方も付いて来るのならば勝手にしなさい。これを逃せば貴方が母上と直接語らう機会は無いと…、…いえ。」
途中で話すのを止める。彼には、はっきりと言わないと伝わらない。私は姿勢を正し、胸を張って彼を捉え、言い直す。
「もう一度だけ、今度こそやり直したいなら今しかないわ セドリック。これから一生自分を恥じて生きたくないならばさっさと私について来なさい。」
その言葉を最後に、私は一気に彼へ背中を向ける。もう彼に迷う時間など許さない。私が扉まで容赦なく歩めば近衛兵のジャックが扉を開けてくれる。私が扉を潜り、そのまま母上の元まで歩めば誰もが何も言わずに続いてくれた。パタパタと足音が複数重なり、セドリックが付いて来ているかどうかもわからない。それでも私は振り向かずに構わず進む。
私の隣をステイルとティアラが並んでくれる。いつもと違い、一歩引き、私を第一王女としてたてるように歩いてくれた。
彼が大嫌いな私のお膳立てなど嫌だと、この列について来なければそれまでだ。
きっと、本当に彼は同盟の機会を…本当の目的を果たす機会を完全に失うことになる。その時は私がこのまま母上に予知と言って事情を話すしかなくなる。私の言葉だけで決まるかどうかはわからない。
でも、来てくれると信じたい。
例えゲームの一年前であろうとも
俺様ナルシストで無知であろうとも
彼は
心優しい兄想いの王子様なのだから。




