Ⅲ270.来襲侍女は窺い、
ー─どういうこと?!
レオナルドの発言を前にプライドもすぐには頭が処理しきることはできなかった。
言葉を疑うようにレオナルドよりもステイル達へと視線を配る。しかし驚愕に目を見開く彼らから見ても、やはり自分が聞き取ったことは間違いないのだと確かめる。
一拍遅れ、周囲の幹部達までもが「どういうことだ?!」と声を荒げ出す。彼らにとってもレオナルドが戻ってくることは確信に近かった分、フリージア王国へ同行すると聞こえるレオナルドの発言には耳を疑った。エルドも口が俄に開いたまま固まる中、唯一平然としているのは発言者であるレオナルドだけだ。
片手の酒をグビリとまた飲み込みながら「漲る」と笑う彼は、誰とも目を合わさず余裕の笑みを維持する。足を組み替え、早々に酒で顔に熱が回ってきていることで自分が本調子ではないことを自覚する。周囲の投げかけも聞こえないように軽く手を振った。
「片付けることがあるからよ、それだけ終わらせたら合流ってことで良いだろ」
そりゃたくさんあるでしょうよ!とプライドは心の中で絶叫する。
一度は首領をエルドに譲った立場とはいえ、貧困街をそのままにというわけにいかない。引き継ぎや今後の方針に、何より貧困街の住人達への納得いく説明も含めれば一日で終わらせるのも難しいと考える。
合流の具体的な場所を自分から指定してくれば、ちょうど国境区だ。明日の自分達の予定から考えても都合の良い場所ではある。まるで飲みに行くくらいの気軽さで提案してくる彼に、本当に自分達に同行する意味をわかっているのだろうかとステイルは少し顔を顰めた。あまりにも話す言葉全てが無責任にも聞こえるレオナルドに、その発言を信じて良いかも悩ましい。合流場所だけ決めて姿を現さない可能性も、何かの罠を仕掛けてくる可能性も鑑みる。
今は被害者として関わっているが、実際は軽犯罪組織の首領だ。しかも騎士に対しても良く思っていないと考えれば、自分達をからかっている可能性の方が色濃く思えてきた。
「場所は問題ありませんが」とステイルがプライドにも聞こえるように低めた声で一言返せば、そこでやっと堪えきれないように幹部の一人が「待ってくれ!」と声を上げた。
「どういうことだレオナルド!自由になったんだ!!戻ってくるんじゃねぇのか?!」
「戻る戻る。明日までな」
明日まで・・?!とそこで幹部の声が擦れる。あまりにも当然のような口調で切り捨てる首領の発言が、冗談ではないと関係が古い幹部ほど理解してしまう。
絶句しそれ以上は続きが出ない男に、今度は女性の幹部が「冗談はやめてよ!」と強い口調で目を釣り上げた。レオナルドが捕まっていた経緯も収容所でのひと月も考えれば自分達に見切りをつけたことも仕方ないと思ってしまう反面、しかしその程度で今更彼が見切りをつけるわけがないと思うからこそ声を荒げる。しかしそれもレオナルドは言葉どころか手の動きだけで払い流し、幹部と目も合わせない。
それよりも今はステイル達と話を優先すると、態度の全てが物語っていた。「決まりだな」と言葉を切り、そこで今度は自分が向き直るプライド達を促すようにパラパラと友好的な軽さで手を振った。
「これで良いだろ。じゃ、今日のところは帰りな」
「!待って下さい。オスカーをっ・・・」
オスカー?と、プライドの思わずといった声に初めてレオナルドは怪訝に眉を動かす。まだ貧困街の状況を全ては聞いていないレオナルドにとって、初めて聞く名前だった。
レオナルドの発言の手の平返しに戸惑ったプライドも、彼がフリージアに戻ること自体に問題はない分強く追求しようとは思わない。あくまで彼の悲劇を止めることが先決だっただけで、全てを全て更生させられるとは思っていない。
彼が自ら貧困街を去るという選択肢に疑問は浮かんでも、自分にはそれを強く止める理由がない。しかし、ここでこのまま去るわけにもいかない。そもそもレオナルドを救出した表向きの理由の一つはオスカーだ。彼を無事に連れ帰る為に、自分達はレオナルドが目を覚ますまでここで待ち続けたのだから。
てっきり本当にここで終わると思っていたレオナルドも、これには聞き捨てられない。事情を知っているであろうエルドに上目を向ければ、その顔色は明らかに何かを知っていた。いつもならばここですぐに口を動かす筈のエルドが黙していることに違和感を覚えつつ「エルド」と指名する。
「どういうことだ?説明しろ」
「……毒の主犯です。廃棄置き場に縛り上げています」
「おー見つけたのか。で?どうこいつらと繋がんだ?」
まだ生かしていたのか。と、むしろ捕まえたというのならばそちらの方が意外に思いながらレオナルドは改めてステイル達を指で差す。
そもそもエルドと自分達との関係もまだ聞かされていないのだと、プライド達は静かに思い返した。首領というにはあまりにも雑破に思える状況把握に、今だけはエルドの方が首領らしいとすら思えてしまう。更には、捕まえた相手は自分が奴隷になる原因でもある男だ。その存在を掲げられて尚、平然としている首領にアーサーは堪えきれず首を押さえ捻った。もっと怒るもんだろと思うが、レオナルドの顔色からは取り繕いが見えないから余計に気になる。
「それは」とプライドが口を開き掛けたところで、ステイルが手を上げ「説明しましょう」とプライドの代わりに名乗り出た。説明をするのは補佐である自分の役目だ。
この場でエルドとの交渉者としても不自然ではない。ここでエルド側の視点で説明されるよりも自分達が先手を打つに越したことはなかった。あくまでレオナルドは貧困街側の人間であることは変わりない。
自分達はオスカーを探していた。彼が貧困街に捕まったと知り、身の代と引き替えにレオナルドを救出すると約束を交わしたと。オスカーを引き取るのに必要な部分だけを抜粋し簡潔にすれば、レオナルドも口を閉じて耳を傾けた。
「彼は特殊能力者で、井戸の件も事故です。だからといって許せないとは存じますが、約束通り引き渡して頂きたいのです」
その為に自分達はここにいる。と、そう断言したステイルに、レオナルドも「へぇ」と息を漏らす。井戸の件が本当に故意ではなかったのかまでは懐疑的だが、それよりも自分と同じ特殊能力者の犯行だったことの方に関心してしまう。
説明に齟齬がないかを確かめるように視線を他の幹部、そしてエルドへと最後に向ける。誰一人肯定もしなければ否定もしない。
全員が沈黙する中、レオナルドはまたエルドに呼びかける。
「お前はそれで納得したのか?」
「っ……納得はして、いませんが。承諾は俺がし、ました」
「へー」
責めるような口調にしては棘のない声に苦々しく返すエルドは、言葉こそ忠実に返すが顔は合わせない。今はそれどころじゃないだろうと心の中では悪態付くが口には出せない。
本来、自分もまた井戸の主犯は嬲り殺すと決めていた。そこを無理矢理レオナルドを引き替えにされて頷かずいられなかった。そう思い返せばいくらでも言い訳できたが、その言い訳を最後まで聞いてくれるレオナルドではないことも嫌と言うほどよく知っている。今も、もっと説明を求めるべきところをたった一音で済ませてしまった首領に、言い訳の期待など求めるだけ無駄だ。
頭を掻き、数秒だけ口を閉じたレオナルドの思考は短かった。少なくとも目の前の男達の言い分は、貧困街側とも違いはないらしいとだけ理解はできた。
「……ま~お前が今は首領だ。決めちまったなら文句は言わねぇ。死んだ連中も戻ってこねぇしな」
薬も手に入ったし俺も自由になれた。そう、自己完結するように続けるレオナルドは最後に髪を掻き上げた。
特殊能力が制御しづらいものであることは自分が身を以て知っている。自分が戻って来れた以上、ここで無駄にごねる気にもなれない。
「それで良いのか」と尋ねたくなるほどに聞き分けが良いレオナルドに、ステイル達の方が彼の本心を疑った。仮にも自分達の組織を壊滅近くに追いやり、しかも自分が奴隷になる原因を「もう決めたから」で認められてしまった。器が大きいようにも思えるが、ステイルはやはり信じきれずアーサーへと振り返り険しい表情で目を合わせた。しかしアーサーからも首を横に振られれば、罠ではないらしいと判断する。
何も考えていないのか、脳天気なのか、寛大なのか、それをこの場で見定めるにはまだ自分達は彼のことを知らない。
レオナルドの出方にカラム達も静かに身構える中、レオナルドは再び彼らに向けて手を振った。
「良いぜ、連れ帰っちまいな。ツラ見たら殺したくなるから俺に会わせる必要もねぇ」
場所はわかるか?と、案内まで付けようとするレオナルドにプライドは目を見張る。
ステイルが場所はわかっているのでと断りを入れる中、何か企みがあるのではとレオナルドを理解しているつもりの自分まで穿ちすぎて身構えた。今この状況でオスカーの顔も見ようとしないのも予想外過ぎた。
パラパラと手を振り今も自分達に別れを告げるようなレオナルドに執着の様子もない。拾った猫を返すような気軽さだ。
それを受け、今度はあれだけ不満を露わにした幹部達までもが文句の一つも言わず口を噤み黙認した。




