Ⅲ269.来襲侍女は聞く。
「よっしゃあ酒だ!酒持ってこい!!葉巻も忘れんなよ!」
ハハハハッ!と大笑いを上げながら早速周囲に腕を振るう彼に、私は今日だけで何度目かの頭を押さえる。
オスカーの無事を確認してから、首領テントでレオナルドが目を覚ますのを待つまでの時間が一番長かった。先にオスカーを返してもらえないか交渉するか、一度宿に帰ろうかとも何度か本気で考えた。
七番隊の騎士であるマートの診察によると、予想はできたことだけれどレオナルドは見かけと威勢以上に重傷だった。本人は平気なふりをしていたけれど、肋骨を含めた骨折が複数箇所。殆どはヒビ程度だったけれど、一本はがっつり折れていたと言われた時は私だけでなくステイル達も頭を抱えた。
更には栄養失調の症状もあって、恐らくは長期間最低限以下の飲まず食わずに近い状態を維持させられていたのでしょうと言われれば、もう何故あれほどまでに体力を無駄にしたのかと喉まででかかった。「どれだけ無理をするのですか」とステイルが眉間に皺を寄せて苦言を得る度達に言ったほどだった。…………全員、無言で顔をそらしたけれど。
いつもは一言二言は言い返してくるエルドまで腕を組んだまま無言だった。
まぁそれ以前に私達がオスカーの元から戻った時点でずっと無言だったけれども。どうやらレオナルドのこういう無茶は今回に始まったことではないらしい。今だけは彼らが苦労人にちょっぴり見えてくる。
私達がオスカーに会いに行って戻ってくるまでの間すら、首領テントから外していたエルドはまだ〝首領〟としての仕事に追われていたらしい。正確には、首領レオナルドが戻って来たことでテントの外どころか貧困街全体が混乱に近いほど沸き立っていたからその説明と整理が主だろう。首領が戻って来たのか、生きているのか、死んでいるのかと、私達がテントにいる間も水にお酒に、・・・お見舞いではない方向であろうお花にとなかなかの混乱ぶりだった。運ばれてくる時に意識を失っていたから情報の錯綜も無理もない。
それからレオナルドが目を覚ますまで数時間、日が暮れるまで私とステイルは騎士に囲まれながら待ち続けた。
七番隊のマートが目を覚ました後の処置についてもすごく丁寧に説明してくれたのに「このまま首領が目を覚まさなかったら約束は反故にする」とエルドが頑なだから結局待つことになった。死なないと言っているのに!!ゲーム設定では毒にある程度耐性があるくらい丈夫な人なのに!!
やっと目を覚ましたレオナルドは、最初こそ記憶が混濁している様子で戸惑っていたけれど、ここが貧困外で私達から状況を説明すればわりとすんなりと理解してくれた。幹部達も心配して、目を覚ましてくれて良かったと喜んでくれる中、レオナルドの最初の要望が「酒」だった。そこはスープをと、マートが言っているのに聞こえないと言わんばかりに酒をご所望だ。
しかも、テントの外からそれを聞いた貧困街の住民達まで「酒です!」と待ったましたと言わんばかりに泣け無しの食料でもある筈のお酒を瓶ごと差しだしてくるから余計に困る。この人達、流石というか当然のことながらレオナルドのことをご理解しすぎている。
マートもしっかり止めてくれたけれど、酒どころか「葉巻ぃ!」と酒よりも悪そうな葉巻を部下から受け取りプカプカふかし出した時点で、もう知らないぞと言わんばかりに息を吐いていた。彼はあくまで騎士として診察してくれたけれど医者というわけでもない。自己責任、という言葉を彼の目が口よりも妙実に語っていた。
「おいそこのでっかいの!アンタも飲めよ?遠慮するな運び代だ」
「失礼ながら、貴方を救出したのは彼だけではありません。そんなことよりもそろそろこちらの質問に付き合っていただけませんか」
目敏くテントの外からこちらをヴァルが覗いたところでレオナルドがまたかまい出す。一瞬げっとした顔をしたヴァルだけれど、首領の許可を得てそばにいた住人がお酒を勧めたら遠慮無く受け取っていた。既に蓋の開けられた瓶に直接口を付ける彼は、もうここでは私も目を瞑ることにする。
それよりもとステイルが、働いたのはヴァルだけではないことを主張しながらレオナルドからの関心を引っ張り寄せた。同じ首領テントに、というか目の前に私達がいるのに殆ど無視をする彼に、いい加減こちらの都合も聞いて貰わないと困る。最初は幹部達に遠慮して様子を見たけれど、お酒に戯れるくらいならばもう別だ。
「ああそうだったな。あーーなんだっけか。まぁ助かったぜ、ありがとよ。途中寝ちまって悪かったな」
寝ていたのではなく気絶していたのでしょう。と、心の中で呟きながら今は私達全員我慢する。そんな言い合いをしている暇はない。
寝かせられていた毛布の上にあぐらを組み、本当に全回復を疑いたくなるほどの声を張りを見せるレオナルドはお酒のお陰か血色も大分良い。正直マートの診断を思えば、まだ横になっているべきなのだけれど、他の誰でもなく本人がそれを良しとはしないだろう。
テントの外から「首領!」「レオナルド!!」と声を掛けられる度に軽く手や酒瓶を振って見せる彼は、まるでどこかの王族のような威厳もある。
「それで俺に何が聞きたい?」
「先ずはあの地下に閉じ込められるまでの経緯を聞かせてください」
「経緯、ねぇ・・・」
ぺろりと、上唇を濡らした酒を舐めるように舌を踊らすレオナルドはステイルからの淡々とした問い掛けに軽く視線を浮かせた。
途端に目を合わせられたのであろう幹部の何人かがテントの外に向かって人払いを始めた。お前らちょっと離れろ、大事な話があるとレオナルドが目を覚ましたことを大声で告げながらテントから出て行く。
ちょっと心配になって私もテントの外へと姿勢を低くして覗いたら、幸いにもアラン隊長達やヴァルは人払いには含まれていなかった。むしろ人口が減った分、こちらに注視しやすそうに覗き込んできてくれて、またちょうどニカッと笑うアラン隊長に手を振って貰いほっとする。私からも軽く手を振り返すと、そこで途端に背後から「気が利くだろ?」と得意げな声がレオナルドからかけられた。ニヤリと首領らしい悪人めいた笑顔は国王というよりもヴァルに近い。酒瓶を三分の二まで減らした彼は、今度は潜ませた声色に変わっていた。
「お前らが知りてぇのは俺がどう売られたかってとこだろ?それなら俺よりもエルドに聞いた方が良い。何せ俺を売り飛ばしたのはコイツだからな」
ハァ?!と直後には複数人の叫びが重なった。
あんまりにもすんなりとカミングアウトされて私も表情が強張ったまま固まってしまう。それそんなさらっと言っちゃっていいこと?!
しかも売ったのまさかのエルド!!そこまでは私も知らなかったから思わず顔ごと彼に向いてしまった。私が知っていたのはあくまで彼が自分の意思で売られたということだけだ。さっきレオナルドが目を覚ます前に説明していたステイルとアーサーは私と同程度の驚きでエルドを注視するだけだったけれど、カラム隊長は目を大きく見開いていた。
幹部達も知ってはいたらしく、気まずそうに目を逸らしていた。エルド本人も私達に明かされるのは不快だったのだろう、さっきまでは無表情に近かったのに今は表情筋全てに力がこもっているように険しい。
「別に公認だ。俺一人じゃ売られてやっても金を受け取る奴がいねぇからよ」
なんでもないことのように言うレオナルドだけれど、声の潜ませ方から察しても実際はそんな簡単なことではないとわかってはいるのだろう。自分達の首領を売り払ったのが次の首領だなんて「へぇ」で済むことではない。国でいえば最悪の事件だ。
ゲームでも、そうだった。レオナルドがサーカス団に所属するまでの過去として主人公ティペットに語っていた。お金がどうしても必要で、その為に自分を売ったと。自分を邪魔に思っている人間は多かったし、何よりも自分は特殊能力者で良い金額で売れたと他人事のように語っていた。
軽やかに語る彼の口調に反し、過去そのものは物悲しいことばかりで心優しいティペットが相槌でも笑うことが出来ず、心を痛めていたほどだ。
そう思い出している間にも、ゲームと同じような軽い口調でレオナルド自身も説明する。自分が売られて金をエルドが受け取って、その後は流れに流れて自分を恨んでいた奴隷狩り達に痛めつけられあの地下にいたと。本当に、本人がそんな笑い話にして良いことではないのだけれども。
更に「なぁ?」と酒飲み話のようにエルドにまで投げかければ、レオナルドからの呼びかけにエルドも沈黙し続けた口を開いた。
「……その通り、です」
「結局いくらになったんだったか?覚えてんだろ」
エルドが低めた声で、初めて言葉を整えた。
今までの偉そうな態度が嘘のように、私達から目を逸らしながらもレオナルドからの問いかけには素直に返した。レオナルドを売った値段もしらばっくれることもなく、すんなりと具体的な金額で教えてくれた。人間一人の価値として相応かは置いて、かなりの大金だ。セドリックが支払った額に近い。そして、そのお金を何に使ったのかは、……聞くまでもない。だからこそオスカーは彼らに恨まれているのだから。
『こっちは首領を失ってるんだ!!!』
「貧困街の被害は?」
「薬は無事行き渡らせました」
「おぉよくやった」
いいえ、と。ついでのように褒めるレオナルドに、淡々としたエルドが頭を下げる。わかっていたつもりだけれど、本当にレオナルドの方が首領なんだということを思い知る。エルドも、自分の立場が戻っても本当に不満はないのだろうかと、いっそ不思議なくらいに従順だ。……彼の過去を思えば余計に。
「俺を売ったのは幹部のエルド、そして俺自身だ。捕まる前も色々やらかしちゃあいるが、犯罪奴隷になった覚えはねぇ。これで良いだろ?」
「収容所でのことも聞かせて貰います」
簡単に話を纏めようとするレオナルドに、カラム隊長が断った。そうだ、当然そこでの内容も聞かせてもらわないといけない。あの所長の態度からも明らかではあるけれど、本人の言質は必要不可欠だ。
レオナルドを特殊能力者とわかった上で引き取ったのか、売ろうとしたのか、他にも囚われていた被害者二人についてもどうだったか。そして奴隷狩り達と収容所の関係について。一つ一つカラム隊長の詳細な質問に、レオナルドが大まかな口調ではあるけれど必要な返答はくれた。
一応手帳に記録もするカラム隊長の横で、アーサーが時々手持ち無沙汰のようにオロオロ視線を泳がせていた。ステイルがドンと肘で突く度に肩を上下させながら私の護衛としてくっついてくれたけれど、きっとアーサーのことだから自分も何か手伝いたかったのだろうなと思う。
残った幹部とエルドが見守る中、自分が痛めつけられたことについても軽く語ったレオナルドに、カラム隊長から「最後に」とフリージア王国の騎士としての問いかけがかけられる。
「貴方はこのまま滞在を望むとのことでしたが、もし今回の件で一度我が国に帰還し奴隷被害者として記録すれば、相応の保証は受けられます」
「保証⁇金でもくれんのか?すげぇなフリージア」
いいえ、と。正確には違うことをはっきりと首を横に振って否定するカラム隊長に、私とステイルも自然と同じように首を動かした。
お金ではなくあくまで保証だ。保護所での一定期間の生活や治療、故郷への送迎や仕事の手引き。ただし、今回の件で同行しないのであれば、後からやっぱりと城に来ても保証は受けられない可能性は高いと告げれば、その途端に「めんどくせぇな」と悪態をつかれた。お金だけだったなら同行するつもりだったのかしらとこっそり思いつつ、彼が興味を持たないことは意外ではな
「まぁわかった一日だけ待ってくれ。明日の日没、それくらいまでなら待てるだろ?」
……え?
救出時と言っていることが違う彼に、今度は私達だけでなくエルド達もまた言葉がすぐには出なかった。
「バッドエンドから一年後~誰にも期待されない魔法使いの私が、伝説の精霊魔法使いに実力を認められ王子を救う~」 略して「バドいち」連載中です。
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