Ⅲ253.貿易王子と王弟の会談。
「……そうなるますと、やはり費用から考えてもケルメシアナサーカス団が買えるのはせいぜい中級奴隷といったところでしょうか」
「そうだね。ステイル王子達が調べてくれた内情を考えても、むしろ現状は売上げが好調な方なのは間違いない」
テーブルを挟み客間で談義する王子二人を控え、部屋にはフリージアの侍女とそしてフリージアとアネモネの騎士が壁際に控えている。
廊下にも護衛が並び、温度感知の騎士が一名目を光らせる中で、セドリックとレオンは周囲の目も耳も気にしない。大勢の騎士に厳戒態勢を取られた宿の一室で信用できる侍女と護衛だけだ。王族として護衛や使用人達に囲まれる生活は慣れている。
二人の王族が共に話しをしたいと一室に固まる際、同室警備を任された騎士も全員が一度は彼らと調査で行動を共にした騎士であることもまた彼らにとって安心材料の一つだった。
レオンと行動を共に宿まで護衛し続けたアネモネ王国の騎士、そしてフリージア王国の騎士であるジェイル、マートだ。ある程度見知った人間が護衛に置くのは、フリージアからの配慮でもある。
プライド達が実質最終日の調査に出てから、朝食後間もなく互いの意見を煮詰めるべく話し合いの場を作ったレオンとセドリックの談義は途切れることなく長時間を有していた。
話し合いと情報整理の為に用意した紙の束とペンが、手つかずのままテーブルの隅に置かれている。絶対的な記憶力を持つセドリックも、そして王族として優秀なレオンもまた紙に書き起こす必要もなく全ての情報を把握した上で談義を進めていた。互いに共有した筈の情報や考えに齟齬はないか、初日から全て確認し終えたのはつい十五分前のことだった。
冷める前に飲みきった紅茶のおかわりを侍女に断り、口を動かし続けた彼らは今も侍女に新しい紅茶を求める気にはならなかった。それよりも集中すべき難題が目の前にある。
プライド達が外出している間、動けない自分達だからこそ改めて情報を時間を掛けて精査する必要がある。ステイルやプライドも優秀な王族であり、情報の把握に間違いはないということも大前提。しかし、彼女達はここ連日時間を掛けて情報を精査考察する時間がなかったこともまた事実だ。
だからこそステイルにも任された。
「現状あのサーカスは演者として特殊能力者を一名確保していた。一時は不在だったという猛獣使いもいて、彼もオリウィエルの支配下でもきちんと舞台には出ていたのだからね」
「動物もライオンに虎、狼と象と手に入りにくいとされる高級な生き物も所有しています。長らく不在だったという経理も今は担い手が付き、組織としてもサーカスを運営するに充分な人数がいます」
演者とは別に下働きや演奏家に子どももぎりぎりとはいえ面倒を見ることができる状況。更にはセドリックがサーカステントでの座席数とチケット一枚の値段を換算すれば、一度に得られる利益は莫大なものであることも理解した。
現状で、サーカス団は集客に困らない程度には興業地での名声を高めていることからも収入は安定していると考えられる。ただその分支出が多すぎるだけだ。
自分達が合流した際に、一日の食事にも困るほど切迫していた理由も団長の〝無駄遣い癖〟とそしてひと月もの公演を行わなかったことにより収入が全くなかったこと。それさえなければケルメシアナサーカスの総収入は今も安定していた。
更には今回ノアを釈放する為の罰金をサーカス団の資金全て擲ってでもと語っていたことからも、サーカス団の一回の満席状況での公演二回でどれほどの資金が残るのかはあらかた予想できる。
しかしその資金で買うことができるのは、いくら安く見積もっても少し良い中級奴隷くらいだと。元奴隷容認国であるアネモネ王国王子レオンは推察する。実際、奴隷市場を巡っても相場は大して一般的な奴隷国と変わらなかった。相手の足下を見て釣り上げることはあっても、とても特殊能力者とわかった奴隷を投げ売りするようには思えない。
基本的に特殊能力者はどのような能力でも上級か特上。そのような額の奴隷をあのサーカスが容易に買えるとは考えにくい。
「やはりサーカス団に所属するまでは特殊能力を知られていなかった生活だと考えるべきでしょうか」
「フリージア王国の人間であれば特殊能力がなくても他国の民よりは価値はあるけれど、それでも中級奴隷だからね。相場も上級奴隷とは天地の差だ」
プライドの予知では特殊能力者の奴隷は複数人。たった一人を買えるかもわからないサーカス団の資金規模で、複数人買うことなど不可能。しかし、中級奴隷を買ってそれが全員偶然特殊能力者だと判明するなど、どれほどの確率かと二人は考える。
たとえば大陸中の奴隷市場でフリージア人の中級奴隷を全員集められたとして、その中で後から特殊能力者だと判明する人数の可能性は砂粒以下だ。
二人も当然そんな偶然を可能性にいれたりはしない。奴隷商人でも、フリージアの人間を顔だけで特定することは一流と呼ばれるほど見飽きてなければ難しい。単にフリージアの人間に接する数ではない、〝商品〟としてフリージアとそれ以外を見比べる機会と数が必要だ。特殊能力者に至っては、事前情報や本人の自白がなければ知ることも不可能だ。
サーカス団に所属し、そこで偶然特殊能力が発現した団員。それをオリウィエルが奴隷化したのか、それとも買い取った時点で奴隷だったのか。しかし、彼女にそのような目利きはない。そして見分けられるような特殊能力を持っているわけでもない。彼女は既に魅了の特殊能力者だ。
「あとはサーカス団が人狩りをしていた可能性かな。……正確には未来ではする筈だった、という話だけど」
レオンの静かな声に、セドリックの眉がぴくりと動く。
プライドの予知にもなかった先のことだが、確かにそちらの方が現実味はあるとセドリックも考える。移動型のサーカス団で、現状いるサーカス団員も多くが団長に勧誘された者だ。興業地を巡る中で、そういった特殊能力者を発見しては捕らえ個人的な奴隷にしていたという方法だ。
非道で許されない行為だが、費用も掛からない。プライドからの予知でも正式に手続きで購入した奴隷とまでは語られていない。今はサーカス団と和解したオリウィエルだが、彼女がサーカス団団長の権威を使いラルクやアレス以外にも力ある存在を支配下に収めて入ればどこまで暴走したか。
権利を得た人間も、権利を行使する人間も簡単に道を踏み外すことをレオンもセドリックも身をもって知っている。オリウィエルもそれは例外ではない。少なくとも一度は彼女が制御しきれない所為で団長はラルクに殺されかけた。
一体オリウィエルの暴走下で今のケルメシアナサーカス団がどれほど落ちぶれていったのか、想像するだけでセドリックは口の中が苦くなる。険しい表情をするセドリックに、レオンの方が「まぁそれでも海で真珠のピアスを見つけるくらいの可能性だけど」と自ら下げた。
フリージア王国の城下こそ特殊能力者は多いが、国外に及べば偶然出会える確率自体低い。
「まだプライドは具体的な人数までも思い出せておりません。残る人数が一名であれば、まだ可能性としてはあり得るのですが」
アレスとノア、三人でも充分複数とは言える。
まだプライドも攻略対象者が五人と誰にも打ち明けていない。はっきりと全員の顔と名前を思い出せない限り、人数を断言しても不利になるだけで意味が無い。
セドリック達が探しているのはゲームの攻略対象者ではなくあくまで〝予知した民〟だ。
セドリックの投げかけに今度はレオンが細く唸る。
予知がどのように見えるかわからない以上、自分達では想像も知れない。残り一名以上特殊能力者がいるとすれば、逆にケルメシアナサーカス団の方がこれから莫大な資金を得るのかと別方向も鑑みる。それならば上級奴隷を複数買うという方法で一応辻褄は合う。しかし奴隷市場でもまたフリージア王国の奴隷は裏でも表でも現状手に入りにくい。どちらにせよ引き当てる力が余程強くなければ、あのサーカス団が特殊能力者をこれ以上手に入れることは難しい。
プライドの予知したサーカス団での奴隷入手経路をどうにか絞り出せたらと思考を働かせたところで、同じような思考していたセドリックが先に口を開く。
「……もし、この地に未だ見ぬ特殊能力者……いえ、能力の有無関係なくフリージアの民がこれ以上奴隷として売られていた場合というのも、少々確率としては引っかかります」
「!確かにね。我がアネモネ王国の民までいたし」
アネモネ王国はフリージアと違いこの地の隣国でもないのに、と。レオンも少し瞼を大きく開いた。
フリージア王国の奴隷自体は自分達の足で発見できた。むしろそれが予知した民であれば納得できたが、予知ともまた無関係なフリージア王国の民だ。
それなのに、特殊能力者の奴隷がまだ複数人いる可能性。しかも既にフリージア王国の人間もアネモネ王国の人間も一度保護された後だ。ラジヤ帝国の保有地全ての市場でならばまだしも、フリージアの隣国に位置するというだけでそれだけ大勢の被害者がいるというのはどういうことかとその疑問はレオンも同意だった。
奴隷市場の商人もフリージアの民は実質手に入りにくいと語っていたことを思い出す。表の奴隷市場を捜索して、そこで予知でも関係ない奴隷が一人、アネモネを入れたら二人この一週間で発見できた。
「安売りが自慢の奴隷市場で、高額商品と思えるような隠し玉を殆どの店が持っていたのもちょっと意外だったかな」
お陰で昨日もエリックに負担を掛け、要領よく捜査が進まなかった。そう思い出しながらレオンは視線を一度宙に浮かせた。
アネモネが奴隷制度を廃止に動き始めてからも貿易の関係で異国の奴隷市場自体を見るのは初めてではないレオンだが、あれだけいくつも隠し球商品を挙って隠しているのは手こずった。
プライド達からの話でも実際荷馬車を見ればフリージアらしき奴隷ではない場合が殆ど。全ての店が全て荷馬車に高級な奴隷を隠し持っていたとは考えにくい。競売相手が多いからこそ、見栄を張って高級奴隷に見えるように下級奴隷を何人かわざとしまっていただけという方が遙かに現実的だった。
自分の目で確かめることができれば良かったが、自分は最初の店で当ててしまった所為で他の荷馬車はエリックに任せ確認できなかった。単純に在庫を抱えすぎている可能性もあるが、今のラジヤは敗戦したばかりでそこまで盛況とは思えない。
ほぉ、とこれにはセドリックも少し首を前のめる。奴隷市場など目にするのが初めての自分には、奴隷市場の一般的な姿や売り方などわからない。レオンから「普通に建物の店を構えている場合は別だけどね」と付け足されれば、やはり奴隷市場だけでなくそういった奴隷店を確かめる必要もあったかと考える。中級奴隷としてフリージアの民が店の奥に隠されている可能性もある。
「セドリック王弟、君は何か気になったことはなかったかい?」
「いえ、私は奴隷国自体始めてですので……。敢えて言うならば、奴隷ではない市場の方でしょうか」
奴隷ではない??と、レオンは小首を傾げる。
役割分担として、奴隷に耐性がないセドリックが通常の食べ物や日用品の売られている市場でも聞き込みを行っていたことは知っている。しかし、そこでも気になったことというのはとレオンも想像できなかった。自分も奴隷ではない市場は回ったが、別段気になることはなかったから余計にだ。
レオンからの興味深そうな視線にセドリックは「いえ本当に些細ですが」と告げながら手で払い、椅子に座り直した。言ったところでこれも奴隷国を知らない自分だからそう見えることだとレオンに教えられてしまうことも覚悟しながら、自分の膝に結んだ両手を置く。
「市場でもやはり奴隷が多かったのですが、……連れ歩いている者には明らかに富裕層である者が多くいました」
「ここはラジヤだからね。植民地とはいえ奴隷容認国の最大手だから、富裕層なら連れている方が多いよ」
「しかし今は旅行者が多い筈です。我々のように外部から訪れ、滞在している者です」
そして奴隷を連れている富裕層が見ていたのはどの店も日用品ではなく観光客向けの店ばかりだった。この地に住んでいる富裕層ならばわざわざそんな店に足を止めはしない。
もともと経由地として恩恵を受けている地ではある為、観光客は珍しくもない。ただその全てが富裕層とは限らない。商人や旅人、移住者、仕事の関係という者もいる。
上級層が訪れていることもまた、自分達と同じように不思議ではない。しかしセドリックの言うように、全ての要素を纏めると確かにレオンも自然と顎に指の側面が添い触れた。今度はセドリックの言葉を否定しない。
「それなのに先日のサーカスでは奴隷連れが少なく思えました。私が大幅に券を買い取ったことも要因でしょうが、層が異なった可能性も考えられます」
もともとケルメシアナサーカスには常連客が付いている。セドリックが大枚買いした席も合わせれば、他の観光客が少なかったことは頷ける。
これ以上は考えも及びませんが、と。そう切ったセドリックの言葉に、レオンは思考を巡らせる。どれも確かに気に留めるほどのことではないが、全てを纏めると確かに妙な違和感も覚えた。
奴隷を連れる富裕層となれば、当然奴隷に興味がある層だ。そしてケルメシアナサーカスでは、昔から団員が人狩りや奴隷狩りに狙われやすい。ひと月ぶりの公演となれば純粋な常連だけではなく、手ぐすねを引いた奴隷商人達が品定めと標的探しに訪れてもおかしくない。
そこで初めて二人の間で沈黙が流れた。どれだけ考えても、それがプライドの予知に結びつかない分思考に沈む。
五分以上静まり返り、それからどちらともなく息を吐いた。ちらりと視線がテーブルの上の空のカップへ移る。そろそろ新しいのを淹れて貰おうかとレオンが提案すれば、セドリックも同意した。
ひと呼吸の為の紅茶をと受けた侍女も一礼の後、速やかに部屋を出た。音もなく静かに扉が閉じられる。
「……そういえば、ティアラと連絡は取らなくて良いのかい?通信兵の許可は得たのだろう」
「!はい。今夜であれば可能と返事は受け取りました」
やはり忙しいそうです、と。セドリックは朝食時にフリージア側の通信兵からの伝言を思い出しながら言葉を返す。
平静なセドリックに、レオンも滑らかな笑みを浮かべた。確か忙しくても休息時間はある筈だけどと思いつつ、きっとティアラにはティアラなりの理由があるのだろうと察する。昨日の騒ぎで忙しいのも当然あるとは思うが、相手がセドリックだとそれ以外の理由を考えてしまう。
侍女が紅茶を運んでくるまでは小休止に互いに他愛のない話で流した。湯気のたった紅茶を手に一口味わってから、またゆっくりと思考が本題に戻ってくる。予知したフリージアの民が、今はどこにいるか。
「……あとは、貧困街に人知れず身を寄せている可能性も──!」
はっ、と。そこでセドリックは息を飲む。
つい湯気に流され口についてしまったが、今日一番レオンと語る際に気を払っていた部分だ。貧困街自体はフリージア全体で共有した情報だが、唯一アネモネの王子二人については伏せている。貧困街の首領と幹部としての報告で止めてはいるが、しかしセドリックとレオンにとってはそれだけではない。
申し訳ありません、と青い顔で思わず謝罪まで続きかけたセドリックに、レオンの方が遥かに落ち着き払っていた。右手を翳し、滑らかな笑みのまま首を横に振る。気にしなくて良いよと、言葉にせずともその動作で示す。
セドリック自身、レオンが弟達についてどのような心境なのか尋ねてみたい気持ちはあった。しかし、アネモネで当事何があったのかも知らない自分が掘り起こすにはどう考えても根深い。王子二人が優秀な兄を陥れようとしたことが判明し追放された、という事実しか自分は知らないのだから。
まだそんなレオンにとって軽いわけがない過去を尋ねられるほど、自分はレオンにとって深い仲と自信を持って言えない。安易に他者が触れて良いとのとも思わない。そう自分を叱責しながら視線かカップへ落ちた時。
「?何の騒ぎかな」
部屋の外の騒ぎにレオンは呟き、振り返った。
バタバタとした足音と、騎士達の報告し合いに少し耳を立てる。何か事態が動いたのかとセドリックも腰を浮かす。暫く待てば廊下に控えていた騎士の一人がノックを鳴らし、情報共有と報告へと訪れた。
プライド達の早々の帰還に、レオンとセドリックは殆ど同時に席を立った。




