そして向かう。
「卸される場所が場所だ。化物の首領本人が捕まっている今、どうやっても今の貧困街戦力じゃ返り討ちだ」
今も自分達が潰されないのも首領が捕まえたことを大手が秘匿していることと、貧困街も前首領の損失を隠しているからに他ならない。
そうエルドに説明されながらプライドは少しだけ深く息を吸い込み、ゆっくりと首を縦に動かした。貧困街が何故存在を許されているのかは不思議だったが、今ではなく前首領が抑止力になっていたというのならば納得できた。
貧困街の誰も前首領を存在すら語らないのも、不在を外部に漏れることを防ぐ為に他ならない。もともと貧困層の人間を集めた、人狩りの格好の餌を囲っている組織だ。抑止力を失い貧困街が瓦解すれば、奴隷狩りの被害に遭うのは自分達だ。いくら聞いても気配すら感じず子どもの口からすら語られなかったことも当然だった。彼らは人生と命が掛かっている。
アーサーもエルドの話を聞きながら、以前にノーマンから聞いた話を思い出した。貧困街が何故出来上がったのか、その疑問もエルドが〝戦力〟として語る前首領の特殊能力者が関係しているのだろうと思う。
「とうとう明日、売りに出される。情報公開されたら最後、今まで抑えていた奴隷狩り連中にうちが狙われるのは時間の問題だ。大方の勢力組織はここ数年で首領が根絶やしにしたが、生き残りの雑魚小勢力もあの化け物がいなくなった以上馬鹿にはできねぇ。その前にも体制を立て直さねぇといけねぇんだ。当然、あの毒ガキの始末もその一つだ」
いなくなった奴を惜しんでいる余裕はねぇ、と。そう妙にはっきりとした口調で言い切るエルドに、ステイルも眉が寄る。
本音か、それとも首領となった立場としての物言いかは判断できない。しかし、現状では確かな正論ではあるとそこは認める。
不在になった首領を取り戻すことが不可能ならば、嘆くよりも生き残る道を考えるしかない。
井戸の主犯を見つけることも、その首領が捕まったことを知られる前に済ませたかったのだろうと思う。街中に蔓延る奴隷狩りを相手に防衛しながら捜査などできるわけがない。そして犯人の意図もわからなかった以上、その意図や後ろ盾の有無を確認し不安要素を排除するのは必要なことだ。いつ自分達の後ろ首を狩られるかもわからない。
単独犯ならば余計に、今日この場で殺して終わらせるのは最適解だとステイルも冷たくなってきた思考で結論付けた。
そして犯人捜しに重ね、また一つ自分達の申し出を金で受け入れた理由を理解する。ある意味、自分達が資金を提供したからこそ彼らも全員が首領の情報集めと井戸の犯人特定に至ったのだとすれば皮肉も感じられた。
結果として今、プライドが助けだそうとしている少年を窮地に追いやっているのは自分達だ。
エルドの話を聞く限り今日中にも始末を付けたいのだろう少年の引取と、更にはもう一人予知した自国の民の救出。ただ挨拶に来ただけで、恐ろしく状況が変わってしまったステイルは、静かに思考の中で昨晩練りに練った一日の予定計画を破棄した。良くも悪くももうそんなことをしている場合ではなくなった。
ハァァ……と、早くも諦めに似た目と力ない息が溢れる。アーサーからも察するようにポンとその肩に手が置かれたその時。
「ならばこちらでレオナルドを自由の身にすると言えばいかがでしょう」
凜としたその声に、エルドは「ハァ?」と間の抜けた声で顰めた顔を彼女に向けた。
自分の話を聞いていなかったのかと思いながら、心底馬鹿にする目で彼女を見る。「収容所の場所を教えて下さい」と確認の意図も含め続けられても、答える気にならない。
違法組織である貧困街でも動けず、更にはフリージア王国の騎士の前で何をほざこうとしているのかと思う。異国とはいえ、騎士が法を犯すことを認めるわけがない。そんな簡単な相手であれば、もっと早く自分が彼らに依頼を鑑みていた。
騎士の力を使えば、あの収容所を襲撃どころか解体もできるのと思う。だが、それはあくまで違法組織が相手だった場合だ。法で認められた組織に襲撃など、バレたら国家間の問題にもなる。
しかし彼女は強い眼差しで、今は自らの足でフラつくことなく歩み酔ってきていた。その背後の騎士二人をまるで従えているかのように堂々とした佇まいで見据える。彼女の丸い筈の目が、今は鋭く光っているようにエルドは錯覚した。
「へぇ。……お前のご主人サマは随分と羽振りが良いんだな。フリージアは側室制度はなかった筈だが、侍女じゃなくやはり愛人だったか?」
「収容所の所在地。そして返事を聞かせてください。レオナルドを収容所から救い出せばオスカーをこちらに引き渡すと。それまで、彼には指一本危害を加えないと約束してください」
奴隷として買い戻すつもりかと判断し嘲笑したエルドの嫌味を、プライドは聞き流す。彼の眼前、ステイルの隣に並びぴんと伸びた背筋で正面に手を重ねエルドと向き合う。
可不可の問答もなく条件を突きつけてくる侍女に、エルドの眉が動いたがしかし今度は拒絶の言葉はなかった。沈黙を一分以上続け、半開いた冷たい眼差しで彼女を見る。背筋を伸ばされると自分よりもやや高い背だと、今更ながら思う。本当に女かと聞きたくなったか、凜然とした響きの女性声が否定を消した。
貧困街に首領を取り戻すではなく〝自由の身〟という言葉が引っかかったが、その上で飲み込んだ。自分にとってはどうでも良いことだ。
主犯を殺し首領を諦めるか、主犯を捨て首領を取るか。その選択肢を急に掲げられ、今度はすぐに切れずに視線を地面へ逸らし下唇を噛んだ。
憎々しさはない、それなのに表情筋に力の入った険しさを滲ませるエルドはその表情を彼女達に見せるのも嫌だった。垂らした手をそのまま拳を握り、何度も口の中を飲み込みまた結ぶ。自分でも気付かぬうちに肩が僅かに丸まった。
利益と損失、シンプルなその思考でも結論は決まっていたが、拳を解いたら髪をグシャグシャと今までになく酷く掻きむしる。クソッとまた当て先もなく吐き捨てながら頭を捻り、少しでも負けを認めない言葉を時間をかけて選ぶしかなくなった。
「……やってみろ。場所は教えてやるが俺達は関わらねぇ。首領が、……前首領の売買が公表されるまではそこのガキの始末を待ってやる」
「無傷で、指一本手を出さない、あくまで捕虜として。……それも、約束してください」
間髪入れず抜かされた条件をもう一度突きつける侍女に、今度はエルドも背中を反らしながらも肯定を返した。
ステイルが不安ならばカラムとの合流を待って騎士を一人見張りに置くか、もしくはヴァルをと考える。もしくは今から騎士を一名派遣するのも手だ。
プライドがこれからどうするつもりなのかも、天才策士はあらかた予想できた。フリージア王国の商人にはできずとも、別の立場であればできることも変わってくる。四年前の殲滅戦とは違う、今回は違法組織ではないからこその責め方が存在する。
「決まりですね」と、告げたプライドに侍女として出過ぎだと思ったが、それだけ切迫している状況も騎士達は確認するまでもなくわかった。明日売りに出される奴隷を、きっと彼女は明日まで待つ気がないのだと理解する。
「すぐに戻ります」
そう告げた彼女は、響く声で宣言した。
唇を曲げて首を傾けるエルドから店の名を聞き出し、ステイルと目を合わせる。彼女の声を拾ったヴァルも、そこで寄り掛かっていた土壁から腰を起こし荷袋を肩に掛け直した。このまま待っていようかと過ったが、今日は離れないのだと思い出す。
まだ面倒なことになったと思いつつ、ぐらりぐらりと身体を揺らしプライド達の元へ歩み寄り、……途中で止めた。振り返った先に首を回し、後ろ足で砂を掛けるような気軽さで特殊能力を使う。途端、オスカーを囲っていた小さな土壁のドームがぱさりと崩れ、地鳴りを帯びて更に強大なドームが広範囲と高さでオスカーを囲い包み出す。
貧困街の住居テントよりも、周囲の瓦礫や木もまるごと包む土壁に、縛られたままのオスカーが目を丸く口を開けている姿が一瞬プライド達の目に入った。しかしそれも一瞬に、あっという間に形成されたドームは慄き退がるエルドもプライドも押しのけすっぽりとオスカーだけを囲み今度は天井もなくし囲い込んだ。
ヴァル!!と、いきなりの大規模な特殊能力の使用にプライドは声を上げ掛けたがしかし唇を絞り堪えた。流石のエルドにもこの状況では特殊能力を使ったのが彼だとバレるだろうと文句を言いたくなったが、今はそれよりも自分達が離れてもオスカーが安全でいられる空間が確保されたことを認める。
範囲が広ければ天井を埋めても空気は持つ。パッと見た限りでも、この範囲なら自分達が戻るまで呼吸もできると確信できた。
再び自分達の方に歩み始めたヴァル本人は、何事もないかのうようにぐわりと大きく欠伸を溢すだけだ。視線の先でプライドやステイル達が明らかに「やり過ぎた」と言わんばかりの目で睨んできていると気付いてから初めてニヤリと不快に見える笑みで見返した。どうせエルドにしか見られていない上に、今の自分はプライド達と同じ仮の姿だ。
呆れもまじり肩が上下するほどにプライドは大きく息を吐く。しかしこれで交渉は成立したと、それだけを安心材料に彼女は貧困街の外へと向けて歩き出した。
「参りましょう。フィリップ様?」
「そうですね。〝ご相談〟しなくてはなりませんから」
カラムと合流しそしてその後はと、説明も必要なかった。




