そして知る。
「あいつも特殊能力者だったんなら都合が良い。化物は高く売れるからな?売れる程度に痛めつけた後は奴隷商で金に換えてやる」
「それならばこの場で僕らが相応の値で引き取りましょう。被害者の命には換えられませんが、せめて今後の生活と薬を買えるだけの補償額としてお支払いします」
「へぇ?言い値か?流石成り上がり商人だな」
ハハッと嘲りの笑いが掛けられる。
「値段によります」とステイルが黒い気配を放ったまま笑顔を作ると、次の瞬間には子どもが言うような莫大な提示額がエルドに掲げられた。元王族の彼でもその額が普通ではないということはよくわかっている筈だ。貴族どころか王族でもそんな額簡単に動かせない。
つまりは金で解決する気はないという意思表示だろう。ステイルも社交的な笑顔をピキリと固めたまま、黒い覇気が鬱蒼と色濃くした。
どういうつもりかは、エルドに聞かなくてもわかる。オスカーがお金になるなら殺さず売る方が有用だと認めた上で、それでもあくまで〝報復して〟かつ〝酷い目に遭うという前提〟で売りたいのだろう。それを明らかに彼を無事引き取りたいと言っている私達に高値で売りつけてお胸のわだかまりが消えるわけではない。ここまで来ても全く引かないエルドの意思はわかる。わかる、けど……私もまた引くことはできない。
オスカーは確かに酷い規模の被害を出した。けれど、それは彼の意思じゃない。そして、彼は一度も悪意を持って人を傷付けたことがないのもゲームの設定で私は知っている。報復というのなら、既に縛り付けられて手痛い報復もいくらかは受けた後だ。もちろんそれで気が済むものじゃないのもわかるけれど、……彼もまた自分の特殊能力で苦しんでいる一人だ。
ゲームでは貧困街に捕まったなんて語られなかったけれど、きっとこのままにしておけば流れは一緒だろう。奴隷商に売り飛ばされゲームでは恐らくオリウィエルに……
「先ほども申しました通り、フリージア王国の奴隷は現在売買は禁止され返還が義務付けられています。もうお忘れですか?」
「買ってくれる経路なんざ探せばいくらでもあると言った筈だ。お前こそもうお忘れか?」
バチバチと再び火花のようにステイルとエルドの冷戦が勃発する。きっとずっとこんな流れなのだろう。
そう考えていると、不意にアラン隊長が私に振り返り動いた。ステイルの傍から身体の向きは変えずにそっと足の動きで私の傍に来てくれるアラン隊長に、どうかしたのかしらと目を向ける。オレンジ色の瞳と目が合えば、そこで少し屈み気味に私に顔を近付けてきてくれた。「どうしましょうか」と声を潜める彼に、私も耳を傾ける。
もうずっとこんな感じで、と。言うアラン隊長に心中お察しする。エルドの言い分もわかるけれど、このままオスカーを売らせるわけにも殺させるわけにもいかないことはステイルから聞かずともアラン隊長達も察してくれている。きっと、オスカーが故意にではないこともだろう。
「運び方さえ選べば、俺かハリソンで無理矢理確保することはできますけど……」
「そうね……。……だけど、……」
オスカーは我が国の法であれば、きっと余罪がない限り刑罰〝は〟免除されるだろう。けれど、エルド達貧困街にとっては泣き寝入りなど冗談じゃない。両者の言い分も気持ちもわかるからこそ判断が難しい。
ここは我が国でもなく、そして今私達が話している相手は言ってしまえば裏世界の住民だ。彼らには彼らの倫理も生き方も、許せないこともある。
我が国であれば裏稼業は討伐対象でも、今は私達が部外者。オスカーも我が国の民であっても、今はラジヤに流れ着いた住民でもある。貧困街に酷い被害を与えた事実も変わらない。ここでエルドや貧困街が折れてくれるか、もしくは私達が身を引く以外に平和的な解決法はない。ただ、正式な法律を以て考えれば当然こちらに分はある。
まずフリージア王国の王族としてであれば、ラジヤの植民地国相手にいくらでも正式な彼らの兵を動かすことはできるだろう。
レオンがしたように、圧力をかけてここの国の公式機関を動かして解決させれば良い。言ってしまえば貧困街そのものを壊滅させ、我が国の民であるオスカーを回収することもできる。権力行使この上ないし、その場合は罪も無い貧困層の人達も酷い被害が出るけれど。
何より、……もう私達はこの貧困街に住んでいる人達が全員悪人というわけではないことも知っている。それを、オスカー一人の為に彼女達やその生きるすべまで奪いたくない。
もしくは、オスカーが売られた直後にこちらで買い取る……いや、それどころかレオン方式で我が国に強制返還させることもできる。ただし、その場合はオスカーは命だけあるような状態で酷い目に遭わされた後だ。自分の意思で傷付けたわけでもない彼が、これ以上酷い目に遭うのを指をくわえて見放したくはない。
彼だって、特殊能力さえなければ我が国にいたか、もしくはこの貧困街の仲間だったかもしれないのに。
言葉を濁す私に、アラン隊長も「ですよね……」とすぐに柔らかい声で受け止めてくれた。
アラン隊長の言う手段も一つの手だ。真正面からでも実力行使でこのままオスカーを誘拐……もとい救出することは簡単だ。まだ彼の特殊能力の詳細を知らない時点では近衛騎士達にも難しいかもしれないけれど、私は彼の特殊能力について詳細も知っている。あとはハリソン副隊長の高速の足や、アラン隊長の単独でもきっと彼を白昼堂々連れ出すことは可能だ。そうでなくてもステイルの瞬間移動を使えば一瞬かつ確実だ。明日には仮の存在ごといなくなる私達は追われる心配もない。
いっそ一番乱暴な手段を選び、この場で戦闘を繰り広げたらラジヤを動かす必要もなく貧困街を壊滅させることもあっという間だろう。ただ、その場合……この貧困街の人達の気持ちはどうなるか。
何人も死者を出して、大事な人を失ったら恨むのも当然だ。それを何の咎めもなく主犯を奪われて、納得いかずに一生呪い続けるかもしれない。
できることなら、貧困街の人達全員に円満とは言わずとも納得か了承を得てオスカーを連れ帰りたい。フリージア王国に連れ帰れればきっと、彼の人生は大きく変えられる。
けれど、主犯であるオスカーがやり直すのをエルド達貧困街は許さない。
「ッ金の問題じゃねぇんだと!!いちいち言わねぇとわからねぇのかこのクソ商人ッ!!!」
急激にまた声を荒げたエルドの声に肩が上下する。俯き掛けていた視線を上げれば、また彼がステイルに向けて歯を剥いているところだった。目を血走らせ、いい加減にしろと言わんばかりに顔色まで血色が赤くなる。
胸ぐらを掴もうとしたのかエルドが伸ばした手を、届く前にアーサーが素早く掴み、止めた。指先すらもステイルには届かせない。
笑顔も消えて無表情で睨み返すステイルは一歩もその場から動かずエルドに正面を向けていた。
もう何度も何度も繰り返された一触即発が今にも爆発しそうになっている。
ここで私が〝予知〟を含めてもオスカーの立場や主張を説明してもきっと無駄だろうと口にする前からわかってしまう。貧困街には裁判所もなく、首領であるエルドが王様みたいなものだ。貧困街の住民も許せず、そしてエルド本人もまた譲ってくれる気配はない。金の問題じゃないと、今度は値段をつり上げる意味ではなくきっとこちらが彼の本心だ。
放せッ!とアーサーにも歯を剥いたエルドだけれど、アーサーもまた微動だにさせない。口を結んだまま険しい表情でエルドを見つめ返した。
アーサーにとってもやっぱり現状は難しいのだろう。エルドが反対の手で今度はアーサーに武器を振りかぶったけれど、途端に今度はアーサーも反対の手で掴み返しそのまま捻り上げた。手首を肩ごと捻られるエルドが痛みに呻きながら武器を手から落とした。アーサーに捻った手を戻されてもまただ彼は顔を歪め、激痛に耐えるかのように食い縛った口で「ふざけんな!!」と唾を飛ばし怒鳴る。
「薬は買えてもくたばった連中が生き返るか?!金をいくら積んだところで遺された連中が納得させられると思うか?!できるもんならやってみろ!!俺らに金だけ握らせて人殺しの化物だけが化物の国で平和に暮らすってな!!!」
「気持ちはわかる、と。何度も言っている。だが、彼を凄惨な目に遭わせたところで亡くなった者が生き返るわけでも、遺されたものが今後の生活を保障されるわけでもないことも、お前も首領なら理解しろ」
お前ッ!!と、そこでまたエルドが拳を振り上げる。ぱしんとアーサーに片手のひらで防がれて、また掴まれた。今度はそこで止まらず足まで出そうとするエルドを、エリック副隊長が背後に回って羽交い締めにして押さえつけた。二歩下がり、足がステイルに届かない位置まで後退させる。
放せ、無礼者、化物がと罵倒を繰り返すエルドに、ステイルは表情を変えない。
ステイルも、彼らの心情も理解していないわけがない。それでも、互いの意見……いや、私の意思とそしてオスカーの為に一番納得できる方法を提案し続けてくれている。ただ、平行線のまま捻れ捩れ歪む話し合いは互いに歩み寄ることがなく意味を成さない。
もう時間がないのに、今日一日で説得できるような事態じゃない。首領としてエルドが引かないのも、彼の自己満足だけではないのもわかってる。貧困街全体の意思で、今日この日の為にどれだけの労力を割い
「こっちは首領を失ってるんだ!!!」
…………え?
自分でも、瞼がなくなっていくのがわかった。妙に動悸がうるさくなって、息を引く音が私以外からも確かに聞こえた。今、エルドはなんて。
口が中途半端に開いたままエルドを注視する。エリック副隊長に取り押さえられながら暴れる彼は、目を真っ赤にしたまま喉を反らしまだ怒鳴る。「最低でも同じ目に遭わせてやらねぇと気が済むものか」「今度はあのガキが売られる番だ」と叫ぶ彼はステイルが投げかけた声も上塗って聞こえていない。ステイルも、彼の今の発言に違和感は覚えてる。いや、全員わかる。
バクバクバクと、妙に大きい動悸音はきっと私だけだ。あれ、おかしい、なんか今すごい嫌なものが過ったような。
胸を両手で押さえつけ、耳を外からはエルドの怒鳴り声で、内からは自分の鼓動の音で塞がれ潰される。一気に頭の中に記憶が流れ込んで血の気が引いたら背後から肩を支えられた。多分アラン隊長、と思いながらもそれ以上思考が働かない。
私がふらついて倒れ込んだのか、それとも気付いて支えられたのかもわからない。あれ、この感覚ってさっきもあった……でも、なんで。
〝貧困街〟〝首領〟という、ここに来てからずっと聞き慣れていた言葉が無数に思考に浮かぶ。いや、でも第四作目にそんなキャラ
「レオナルド…………?」
ぴたりと。口からその名がまだ輪郭ももたずに溢れたその瞬間、あれだけうるさかったエルドの怒号が止まった。
嫌でも怖いくらい刺さる視線に目の照準を合わせれば、今にもこぼれ落ちそうな目を翡翠から赤に染め上げ私を見ていた。信じられないものを見るその目に尋ねる必要も、苦しくなるほど感じない。心臓が一瞬止まるような錯覚を覚えながら私は呼吸の方が確実に止まった。
「何故お前が」と、絞り出すようなエルドの言葉に。
オスカーそして、……レオナルド。
第三作目レナードに憧れ、求め、目標とし続けた、第三作目の登場人物に繋がりを持つ人。犯罪組織にいた過去を持ちながら裏稼業を第四作目の誰よりも嫌う人。
第四作目の攻略対象者五人分の名が、揃った。
本日2話更新分、次の更新は木曜日になります。
よろしくお願いします。




