そして居合わせる。
「どうしましょうか……。テントで待つか、それともエルドを追うか。言付けを残して終えるのも一つの手です」
独り言にも聞こえる口調で間違い無く私に向けて尋ねてくれているステイルからの選択肢に、そうね……と私も顎に指関節を添えて俯いた。
テントに無理矢理……というかまぁ入って待てば、きっとその内エルドは戻ってくる。そうじゃなくても彼の弟であるホーマーに伝言を残すのも一つの手段だろう。私達は時間がない。
もしくはエルドをこのまま追うか。失礼ではあるけれど、この面々でエルドに追いつかない人は多分一人もいない。私も足の速さには自信はある。今は幸い……というか皮肉というか、レオンもいないしエルドを深追いしてもホーマーと相対しても問題はない。ホーマーが事情を尋ねてすぐ答えてくれるとも思わないし、ここは一度周囲の民家……という名のテントに訪問して女性や子ども達に尋ねてから考えるのでも良いかもしれない。
今まで私達やセドリックが聞き込みした相手も女性や子どもだし、今は家の中で動けない分きっと話す時間もくれる。それからホーマーのいるテントか、エルドを追うかを考えよう。
エルド達が向かった先も、私達が安易に首を突っ込んで良い範囲かわからない。あくまで私達は国としても、貧困街としても部外者だ。
そう判断を終え、ステイル達にも伝えようとしたその時だった。
「首領!!ッおいどこだ?!ホーマー!!首領どこだ?!!やべぇんだ!!」
バタバタと数人の男達が一直線にホーマーのいるテントへ飛びこもうとして、入口で他の幹部に止められた。
もうエルドはいないと聞いたのか、息継ぎの間ですぐにテントの奥に見えたのだろうホーマーへ大声で呼びかける。「イサクのとこか」「アンネスは」「ウラド爺さんとこじゃ」とついさっきの情報まで交錯しながら真っ青な顔と汗をかいて報告する男達に、ホーマーは中に招くよりも自分がテントから飛びだしてきた。そのまま彼らの話を聞き、彼まで血相を変え出す。
あまりの大声の報告に、私達も駆け寄るまでもなく注意を向けるだけで充分聞き取れた。……かなりまずいという状況は。
ホーマーは男達にエルドが去って行った方向を指差してから、テントの中から呼びつけた幹部らしき人を走らせた。
最初の時にもいた一番身体が大きかった人だ。報告にきた男達の内半数がエルドの去った方向に向かい、もう半分が幹部を案内するように別方向へ駆け出した。血相を変えたホーマーがテントに戻ることもなく歯を剥き出しに食い縛って焦燥を露わにしていた。
二手に分かれた男達に、私もそして恐らくはステイルも判断が決まった。私と同じことを考えたのだろう振り返ったステイルと目を合わせ、頷く。私が口にするまでもなくステイルから「彼らを追いましょう」と騎士達へ指示が放たれる。別行動もできない今、皆で幹部と男達の後を追いかける。
逆戻りするわけでもない、民家を横切る形で集落の奥へと入っていく。確か流し場のある方向だ。
すれ違う人達も、今度は私達も走っている所為で軽くぶつかることはあっても向こうからも避けられる。
よく見ると幹部を連れた男達は、誰一人武器を持っていなかったことに気付く。さっきまですれ違った男は皆武器を掲げていたのが殆どなのに、きっとエルドを一秒でも早く呼ぶことを優先させたのだろう。
洗い場から二十メートルしか離れていない場所にあるテントに、幹部は先導される。そこだけは大勢の人がテントの外に集まっていた。
しかもさっきまで殆ど見当たらなかった女性や子どももテントの外には大勢集っている。
大勢の人混みに私達も紛れる形でなるべくテントの近くへと押し進んだ。ぎゅうぎゅうと詰まるけれど、お互い様な分別段こちらだけが嫌な目はされない。騎士達が壁になって私やステイルが人混みとぶつからないようにして守ってくれる。特にアーサーが「失礼します」と私の肩に腕を回すと全身を使って囲ってくれたから、お陰で安心して進むことができた。
まさか貧困街でこんな混雑に襲われことになるとは思わなかった。
エルドの周囲が血気盛んな騒々しさとすれば、こちらは不穏そのものの騒めきだった。
さっきのホーマー達の会話で状況はざっくりわかっているけれど、こちらは心配を口にしている人達ばかりだ。力強い騎士達のお陰で、すぐに幹部が通されたテントの入口に辿り付く。
入口は布一枚下ろされていたけれど、隙間を覗き込むまでもなくテントの中の会話ははっきりと聞こえてきた。案内した以外にも中に数人いるのだろう、男達と幹部の会話が耳を澄ませなくても怒鳴り声になってこの騒々しさでも耳に飛び込んでくる。
「ッ金がねぇって言ってんだろ!!!資金なんざ尽きちまってんだよ!!」
「ンなこといって取っといてんだろ?!随分と大金だって聞いたぞ!!」
「うるせぇ!!エルドがねぇって言ったらねぇんだよ!!!」
「じゃあ今すぐ盗りに行くぜ!!もう補充もねぇんだ!!エルドがよこさねぇってんなら俺達で奪っ……」
「アァ?!首領の決めたやり方に文句あるってんなら先にテメェらぶち殺」
「ぶち殺してみろよ!!その前にジェリコが死んじまう!!」
『毒だ!!薬がもうねぇ!!』
熱気にも似た怒りの感情がテント越しでも伝わってくる中、幹部の声を上塗る怒鳴り声に集まっている人達も皆が慄き女性は口を覆う人も多かった。皆青い顔で目を丸くして互いの顔色を確かめ合っている。
さっきホーマーに大声で報告された言葉を思い出しながら、私はステイルと目を見合わせる。
貧困街とはいえ、組織であって街ではない。集落に必ずしも、薬師や医者がいるわけもない。資金のその殆どが食費に回されているのも生命維持として無理もないことだ。もともとのお金がないのだから。
特にここ数日は私達との契約で盗みも犯罪行為もしていない。今もその期間中だから、恐らく首領の許可なく盗みにいくわけにもいかないというところだろうか。……ただ、セドリックが支払った代金を思い返すと充分以上に余っていておかしくない筈なのだけれど。
全て食費に変えてしまった……にしても、その場合は変えすぎじゃないだろうか。普通あれだけの額を手に入れたら食費と一緒に薬関係も買っておくかもしくはいくらか緊急時用に数割残しておくものだ。ただでさえセドリックが支払った大金をこの期間内だけで食事に使い果たそうとすれば、私達が訪れた時にも皆もっと飲めや歌えやしていてもおかしくない。なのに今、薬一つ買うお金もないという幹部の言い分はちょっと引っかかる。まだ首領であるエルド本人から直接発言を聞いたわけじゃないけれど、まさか彼
「……ジャンヌ」
ひそりと、ステイルが呼びかけてくれた声でハッと我に返る。いつの間にか目の前から隣に移動してきてくれたのにも気付かなかった。
テントの先では今も殺し合いになりかねない怒鳴り合いが続いている。薬が底をつきてる、金をくれ、くれないなら盗みにいくぞと、お互い一歩も譲れない中で確かにこれは首領であるホーマーでないと収拾がつかない。なにより毒と聞けば、猶予もないと考えられる。
ステイルの視線に意図を理解し、私からもはっきりとわかるように頷いた。それを受けた途端、ステイルは一度息を吐き目を閉じ、肩を下ろした。それから騎士達に守られる狭い空間の中で今度ははっきりと聞こえるように彼へ呼びかけた。
「アーサー、様子を見てきてくれ」
手を貸せ、と。ステイルに指名されたアーサーも、若干怪訝というか不安そうではあったけれどちょっと予想もしていたように肩が揺れたのが回された腕から伝わった。
促されるまま手の平を上にして伸ばしたアーサーに、ステイルは懐から何かを出すとグーの形のままそれを握らせた。「見られるなよ」と念を押されたまま手の中身もわからず受け取るアーサーは目をぱちくりさせていたけれど、握ったままステイルに質問はしなかった。
「わぁった」とだけ言うと私から離れる。そして入れ替わるようにそこにアラン隊長が立ってくれた。
「失礼しますね」と私の肩に腕を回して引きよせ守ってくれるアラン隊長も気になるようにアーサーの手の中に視線を向けていたけれど……多分、あの拳の中身自体に意味はない。
私達はここにいる、と。カラム隊長もいない今分断行動もできない私達はテントの外で待つ中、アーサーはそっと気配を消しながら入口に布をめくり中に入っていった。
その瞬間、怒鳴り続ける男達と横たえさせられているのだろう人の足も見えた。みんな喧嘩している幹部達を青い顔で凝視している中、入口の布がおりた後も怒鳴り声は聞こえてもアーサーを気にする声は全くしなかった。アーサーの気配を消す技術もさることながら、……ネイトの発明の恐ろしさを改めて思い知る。本当これ、悪用されなくて良かった。
今すぐ盗みにいくか、殺し合いか、力尽くでも止めるか、見殺しかと一行に平行線のままの怒鳴り合いが
「気がついたぞ」と。
急激な復活で驚愕一色に塗り変わるのは、間もなくのことだった。
……病を癒やす特殊能力は、期待通り毒にも効果は抜群だった。




