Ⅲ241.来襲侍女は覆い隠し、
「それでは姉君。……何か問題あればすぐに騎士の方々へご用命くださいね」
僕もすぐに駆けつけます、と。
大勢の騎士達に囲まれた中で眉を下げながら真剣な眼差しで言ってくれるステイルは、寝室前まで付き添ってくれた。今日は色々あった所為で、宿に帰ってからはレオンとセドリックからの情報統合も含めても私よりも忙しかった筈なのに。
母上達への報告を終えて、再びレオンとセドリック達の元へ戻った後には私から改めて巻き込んでしまったお詫びをした。
二人ともそんなことよりもって気にしないでいてくれたけれど、今度はヴェスト叔父様が私達の部屋に訪れ、レオンとセドリックに明日は宿にいて欲しい旨が話された。
私は変わらずステイル達と一緒に捜査をだから、二人も同行したいと言ってくれたけれどそれでもやっぱりヴェスト叔父様からの説得の方が強かった。丁寧な口調で第一王子と王弟相手に要約すれば「王族が複数人出るのは危険だから我慢してください」と説き伏せてしまった。
代わりに万全の警護とできる限りの待遇も約束すると、その言葉に二人も渋々ながらも了承してくれた。
レオンは、アネモネ王国の騎士と着替え持参の侍女を複数人宿に招き入れることを条件に。
全員レオンが顔も性格も把握している騎士や侍女だけで、彼が大丈夫というのならば紛れ込んでいる心配もない。
セドリックは、……ヴェスト叔父様に通信兵の特殊能力使用許可と、そして何故か私とステイルにすごく改まった口調でティアラと話せるかと相談された。あくまでティアラ本人同意さえ得られればという大前提でのお願いだったけれど、まるで娘さんを下さいくらいの勢いで言われてしまったから私もステイルもこれには少し苦笑してしまった。
そして最終的に、宿に招き入れたレオンの侍女と騎士の面通しをステイル、……だけでなくステイルの強い希望で記憶力最強のセドリックも一緒に行ってくれ、更にティアラへのセドリックとの通信許可もステイルが取ってくれた。
他にも私がセドリック達と暫くお茶をしている間に、ステイルは部屋の外で最上層部にティペットの指名手配を〝生死問わず〟から〝生け捕り優先〟の交渉、そして明日の予定共有やジルベール宰相とも改めて通信兵を介して明日の予定を練ってくれた。
私が、騎士達と無事に可能な限り予知した特殊能力者捜しを進めることができるように。
更には明日のセドリックとレオンについてもステイル自ら根回し済みだ。
「あと、…………その。ヴェスト叔父様からはああ言われましたが、もし、本当に何か緊急のことが起きた時は合図を。俺でも、アーサーでも構いません」
こそこそと、さっきまでとは違うお互いにしか聞こえないように顰めた声のステイルに、ちょっと笑みが溢れてしまう。
わかったわ、と言いながらもしもの時は指笛で駆けつけてくれるという言葉に救われる。ヴェスト叔父様には外出禁止の意味で禁じられてしまったのを気にしてくれていたらしい。ステイルの方が絶対私よりも疲れているのに、起こす方が申し訳ない気がするけれど。
だって私はもう今日三回は仮眠を結果として取っているのに対して、ステイルはほぼずっと頭も動かし続けてくれていたのだから。
ちらりと、改めて扉の外へ目を配る。
いま、廊下にはアーサーどころか近衛騎士達は誰もいない。代わりに廊下の端にずらりと整列する形で大勢の騎士が控えてくれている。隣の母上やその先にあるヴェスト叔父様の寝室も含めて私達の護衛用の部屋だ。一つ下の階にあるステイルやレオン、セドリックのいる部屋の前にも廊下にびっしりと騎士が夜通し護衛で控えてくれている。
近衛騎士のアーサー達は私達と同じで休息を取らないといけない。
明日はほぼ全員私が率いて歩くことになっているし、護衛側としてもゆっくり休んで欲しいと思う。私が寝衣に着替えている間も見張りの騎士達に引き継ぎをしてさっき去ったばかりだから、これから騎士団長への報告もがっつり残っているのだろうけれども……。
「ありがとう、ステイル。貴方こそゆっくり休んで。明日もよろしくね」
「はい。明日は絶対に離れませんから、何か気になることでもあればいつでもご相談ください」
そう言いながらも、いつもみたいに扉から引いていこうという素振りをしないステイルにやっぱり心配してくれているんだなと思う。着替えを手伝ってくれたロッテ達もステイルの後方でこちらを見つめてくれているもの。
いつもは着替えを始める時点で自室に戻るステイルが、今日は着替えを終えるまで廊下で待ってくれていたのもそういうことだろう。
マリーとロッテも「本当に大丈夫ですか」「何かありましたらいつでもお呼び下さい」と言って、持ってきてくれていたらしい普段の香水や香油、寝衣まで今日くらいは安心できるようにとお気に入りを用意してくれた。お陰でステイルの目には、いつも通りの王女の姿の私だろう。……寝衣パ姿だからちょっぴり恥ずかしいけれども。上着の羽織もあるから問題ないと思いたい。
ぽつぽつとした立ち話が、間違い無くいつもよりも長く続いてしまう。
原因はステイルだけじゃない、私自身もなんだろうと自覚はある。このままだと私も、ステイル達もお互い夜が明けるまで動けないままな気がしてしまう。
見張りの騎士の一人が大勢の内の一人の交代に訪れたから彼をきっかけに「それじゃあ、そろそろ」と一歩部屋に引く。途端にステイルが僅かに眉を動かして漆黒の瞳を不安げに揺らしていたけれど、気付かないふりをする。
ありがとう、おやすみなさいと笑って手を振れば、ステイルも礼と共に返してくれた。騎士達により扉が閉じられ、パタンという音も立てずに分厚い扉に廊下からの音が塞がれる。
扉が閉じられた後も、その場を動く気にならなくてじっと固まっていたら廊下の方もまた気配が動かないなとわかった。
一分、二分、それ以上だと思う。時間が経過してから、静かで規則正しい足音が三人分遠のいていった。目を閉じ、耳を澄ませて彼らの去る音を聞き届けてから深く息を吐く。
私もまた、ずっとここに居たと廊下の騎士達に気付かれないように気配を消してベッドへと進んだ。ランプの明かり一つの薄暗い部屋で、厚いカーテンも閉じきっているから余計暗さは際立つ。
上着を脱いで掛け、ベッドに腰を下ろすところで気が抜けてしまい、ぼふんと音を立ててしまった。扉からは離れているから平気だと思うけれど、結局今のでバレてしまったら恥ずかしい。
「………………母上は、もう眠れているかしら」
腰を下ろした状態から、枕まで進む気にもなれず上体だけをベッドに倒す。そのまま横に転がって膝を抱えて丸まれば、もうこのまま眠れてしまえば良いのにと思う。
母上には、……本当に悪いことをしてしまった。こんなことにさえならなければ、きっと親子としての時間を作ってくれようとしたのだろうとわかっている。素に戻ると時々母上の方が甘えっ子なところもあるし、初日に髪を解いてくれたのも擽ったいけど嬉しかった。私が帰ってくるまで寝ないで待っていてくれて、帰りが遅くなったり外泊になると連絡して、……前世の母親を思い出すくらい。
ティアラにも母上に甘えてねと言われたけれど、肯定できなかった。
ティアラに言われた瞬間、今日だけは一人で部屋で過ごさなきゃと思ったから。きっとティアラは絶対、それにステイル達も薄々は勘づいていながら触れないでいてくれたのだろう。
そこまで考えたら、ぞわりと嫌な予感がした。慌てて毛布を掴み恥から胸元まで引っぱり込む。ロッテとマリーがせっかく綺麗に整えてくれたのに申し訳ないけれど今は仕方が無い。
毛布に包まれば宿のものとは違う、お気に入りの香水の香りがした。大きく深呼吸を繰り返し、毛布の柔らかさに目を閉じる。うん、これなら風邪も引かないし眠れるかもしれない。
……今日は、何度も眠った所為か一日で三日くらい経過したような感覚がする。レオンとセドリックと話して、母上と話して、城でティアラと話して、父上に怒られて、先生が攻略対象者で、先生とまさか監禁イベントまで起きちゃうし、睡眠薬まで嗅がされて、市場で──
「っ…………」
まずい。
せっかく持ち直したのにやっぱりまた来た。また考えてしまった。
ぞわぞわと足下から這い上がってくるように気持ちの悪いものが背筋にせり上がる。毛布の中で更に足を屈ませ小さくなる。毛布に鼻から下まで埋めて強く目を瞑る。いっそ頭からもぐってしまおうか。




