そして念を押される。
「今回の失態を決して忘れるな。今後の処分がどうあってもだ。プライド様に関わらず護衛任務全てに関わる際は嫌でも思い出せ。今日この日が、女王陛下がプライド様のお声を聞いた最後の日になっていればと最悪の結末を考えろ」
ぞわりと、ロデリックの僅かに響かせる声に煽られるように二人の肌が総毛立つ。
今、脳裏で強制的に想像してしまった。そんな事態が、決してたとえではなく本当に起きる分岐点に今日立っていた。
エリックも、言われずともわかっていた。既にもう騎士団長に呼ばれるまでに言われるべき反省点も後悔も全て頭に巡り省みた後だ。それでも、騎士団長に言われれば更に鋭利に深く刺さり、そして想像も恐ろしいほど鮮明に浮かんでしまい一瞬思考が明滅し、消えかけた。
今回、ノアがプライドを誘拐だけが目的だったからこそすぐに取り返せた。しかし、他の目的であればどうなっていたか。プライドを守り救うどころか、自分達がプライドを〝殺していた〟のだと、その事実を真っ直ぐにロデリックに突き付けられた。
エリックと、そしてアーサーも微弱に首から肩まで震わせる姿に、ロデリックは眉間を狭め、今度は声を強める。
「その後悔を忘れるな。忘れて良いのは騎士を辞めた時だけとする。これは命令だ。我々騎士団は〝王族〟を守る使命があり、お前達近衛騎士には特にその重責がかけられている。プライド様の為ではない、王族とそして我が国の民の為にプライド様を御守りする使命を持つのが近衛騎士だ」
〝王族〟と……そうロデリックが敢えて言葉を強調したのが、床を睨む二人にもわかった。
当然のことだ。自分達は騎士であり、プライドは王族なのだから。それでも、………………まるで自分達がその事実を〝忘れていた〟かのように強調され、二人は閉じた口の奥を噛み締めた。恥、という言葉がよぎり、身体が熱くなる。騎士団長であるロデリックに、新兵ではない本隊騎士である自分達が念を押される意味など一つしかない。
「もう一度言う」の言葉に、先にわかってしまったエリックは一秒だけ強く目を瞑り瞼に力を込めた。
「お前達はプライド様の従者ではない。ただ、プライド様のお傍に立っていることしかできないのであれば、騎士団長としての権限を使ってでもお前達を近衛騎士からは除名する」
騎士団長から、そして尊敬し目標とする父親からの厳しい言葉に、アーサーは大きく目を見開き直後に表情筋全てに力を込めた。「はっ!」と、エリックの返す声に一瞬だけ遅れ、揃わなかった。
自分自身の力で得られた筈の近衛騎士の称号を、自分自身の未熟故に失ってしまう恐怖に指先の感覚がなくなった。指の先が切り落とされたように感じず、そして頭が燃やされるように熱く、痛む。目は開いているのに上手く焦点が合わせられない。
申し訳ありませんでした、と。再び声を合わせ謝罪をする二人に、ロデリックは音に出さず息を吐く。
ここまで言ったものの、二人を近衛騎士から除名することは仮にできても、自分の権限全てかけてでもプライドに撤退を強く進言できないことには自分自身歯痒いと感じてならない。プライドの安全を第一優先なのは当然だがしかし、自分達騎士団は未だプライドの予知した民も、そしてティペットのことも発見できていないまま日が過ぎているのもまた事実だ。
王族の護衛に許された大規模人数で訪れた騎士団が可能な限りの人員で捜査と調査の範囲を広げても尚、有力な情報は得られなかった。
それが当然だ。たかが短期間で、そんなに簡単に見つけられたら苦労はしない。
しかしプライドはほぼ同期間で元凶の女性とその真相まで突き止め、更にはアレスという被害者も一人見つけている。王族の予知がそういった能力に優れていることは昔からだが、しかしあまりにも結果の差が明らか過ぎる。
もしここで、騎士団でも何かしら予知に関しての成果を単独で上げることが出来れば、自分からも「こちらで充分ですから任せてお帰りください」と進言をとも考えていたが、やはり〝予知〟は歴戦の騎士の調査能力も遙かに凌いでしまう。
顔を上げろと、初めてロデリックから許可が出る。二人揃いゆっくりと頭を上げれば、すぐに騎士団長の蒼色の眼差しと目が合った。二人を厳しい眼光で順番に見据えるロデリックは、最初にアーサーへと目を合わせる。
「……アーサー。近衛騎士としてはお前が古山だが、騎士としてはアランとカラムの方が経験も長い。護衛や警護についても場数が違う。八番隊とはいえ、一番隊と三番隊の騎士隊長に学ぶことは多い。隊長になれたからといって、経験がまだ浅いことも忘れるな。お前が騎士隊長になれたのは、八番隊の性質によるものが大きいことは周知の事実だ」
はい……!!と、アーサーから噛み締めるような声が迷わず放たれた。
父親としてではなく、騎士団長として終始叱ってくれるロデリックに感謝した。ここでそれをされていれば、ここまで思い知ることはできなかった。
自分が経験が浅いことも、そして隊長になれたのが他の隊長格と同じ条件ではないこともわかっている。しかし言葉にされれば改めて自分の落ち度だけでなく未熟さも思い知る。
「私はこれから今回の件を報告に行く。処罰については帰還後に決定されるだろう。それまで集中して護衛として務めろ。私に今日この時にお前達を外すべきだったと後悔させるな」
はっ!!と、今度は強い発生が二人から放たれる。
ビリビリと再び騎士団長の覇気に押されながらも、その眼光から決して目を逸らさない。護衛を許されたことに安堵するところでもなければ、明日からは一層引き締めなければならないという意識が首へとかかる。今、自分達にできる最善はそれしかない。そして迷い落ち込む暇はないのだと、覇気に押されるように思考が切り替わった。
「エリック。お前に関しては騎士隊長のアランが、自分の教育責任だと私に進言した。しっかりと感謝しておけ」
はッ………とエリックの声が途中で擦れるように上擦った。
一礼の為頭を再び下げながら、全身が強ばる。アランがそうすることも、既に想像はできていた。しかし本当に自分を庇ってくれたのだと、その事実にエリックは喉が干上がり手足が疼いた。自分のせいで、落ち度のないアランにまで謝罪させただけではなく、迷惑をかけてしまった。
しかもロデリックの口からこのタイミングで言われるということはと、自分だけでなくアランにも何らかの処罰が下されるのだろうこともエリックは理解する。今の今まで自分の責任として負うべき処罰は負うべきだと覚悟していたエリックだが、どうかアランが降格されるほどの処分にならないで欲しいと強く願ってしまう。
「話は以上だ。引き摺るのは帰国してからにしろ。今夜は自主鍛錬も酒盛りも禁じる。しっかり休め」
申し訳ありませんでしたと、再び二人の声が重なった。
目を見開いたまま頭を下げる二人の背中が丸まっていないことを確認し、ロデリックはそれ以上は口を動かさず二人の退室まで見届けた。殆ど音もなく扉が閉じられ、その気配が微かな足音を残し遠退いていくのを聞き届け、………息を吐く。
ハァァァァ………と長く深い溜息と共に、そこでロデリックの首が落ちた。
─ 少し脅し過ぎたか?
副団長のクラークがいないとついこうなると、己を自覚する。
少なからず息子であるアーサーに甘くならないようにと意識し過ぎた部分もあるのではないかと考える。
本来ならば今回は手短に叱責、帰還してからしっかりと咎めるのも考えた。しかしプライドは帰還せず、まだ二日も動き回ると聞けば今夜言うしかない。
自分の口でも言ったように、いつプライドがまた今日と同じような事態に見舞われるかもわからないラジヤの支配下国に自分達はいる。必要な指摘をアラン達がしたのであれば、自分がすべきなのは過ちそのものよりもその考え方そのものの矯正だ。
ただでさえ今回は失態をしたのが根が真面目過ぎる二人で、隊長格としての経験も浅い。アランやカラムのように完全に切り換えられる騎士ばかりではない。しかも今回はプライド関連だ。
「クラークだったらもっと上手くやったのだろうが……」
ハァと、殆ど口の中で呟いた後にはまた溜息が溢れてしまう。
厳しく叱るあまり、このままでは近衛騎士から除名するぞと脅したようにも聞かれた可能性もある言い回しになってしまった。
アーサーは聖騎士の為王族も処罰しにくく、そしてエリックはアランが庇ったことにより騎士を除名されるほどの重罰にはならないだろうとロデリックは冷静に考える。近衛騎士に関しても、恐らくはステイルとプライドが除名されないように手を回すのだと、それは期待ではなく明確な予測だ。
最悪でも降格処分、女王と摂政の判断次第では謹慎か減給処分で済むだろうとわかりながらも敢えて口にはしなかった。それよりも、アーサーとエリックには自分が〝いない〟ことの重みを思い知らせることを優先した。プライドの強さを知る二人だが、しかし近衛騎士は護衛という立場であり、警備や護衛面で正しい判断ができるのは守られる本人ではなく騎士である二人の方だ。
「報告に行かなければ……」
ハァァ………、とまた長く深い溜息が漏れる。腰を上げる前に、眉間の皺を押さえてしまう。
プライドがティペット捜索ではなく本来の目的に立ち直ってくれたのは良かったが、それでも今後何も起きないとは決して限らない。むしろ今日のことなど匙たるものを思えてしまう最悪が待っている可能性もある。
騎士団全隊にも厳重に注意と警戒を念押さなければと、そう考えながら立ち上がる。アーサーとエリックを呼び出す前に纏められた報告書を手に、静かに姿勢を自分も正した。
今回、騎士団の失態を直接確認し報告するのも騎士団長の義務であり、そして失態を犯した部下を咎め、正すのも上官の役目であり、そしてアランがエリックの責任を取ったように
─ 部下を守るのも、また役目だ。
そう思考だけで唱えたロデリックは、厳しい表情のまま扉を開けて部屋を出た。
あと二日、ではない。フリージア王国に帰還するその時まで気が抜けないと自分を律しながらロデリックは女王への報告に向かった。




