Ⅲ240.騎士達は並び、
「ッ馬鹿者!!!」」
ギン、と扉の向こうにまで轟く怒声に、大勢の騎士達が同時に振り返り顔色を変える。
王族が宿泊する、高級宿。王族を守る騎士達の控える一室である広間に近い部屋からだと誰もがその声だけで理解する。騎士団長ロデリックが与えられた個室だ。そしてその個室へ、ついさっき四名の騎士が入っていくのを大勢の騎士が目撃していた。
騎士団長へ定期報告にとちょうど部屋に近付いていた騎士は、思わず肩を上下させ硬直した。
部屋の前に控えている騎士二名もまた、同様に起立したまま誰に注意されたわけでもないのに背筋が伸び、奥歯を噛み締める。騎士団長の怒声だけはどの騎士も平然とはしていられない。
そしてそれは、ロデリック直々に呼び出しを受けたアーサーとエリック、女王付き近衛騎士であるローランドそして通信兵であるドミニクもまた同様だった。
申し訳ありませんでした、と。
そう、ロデリックへ示し合わせる必要もなく全員が深く頭を下げ、謝罪した。
ロデリックの怒声を受けることは決して初めてではない。しかし、ロデリックが怒鳴るほどの叱責を放つことも決して頻繁なことではない。そして怒鳴る時は必ず、相手にそれだけの理由がある時だけである。
それを、騎士四名も痛いほどよくわかっていた。今もロデリックに怒鳴られた余波で鼓膜がビリビリと痺れながらも、決して耳を塞ぐような不敬は犯さない。両手をおろし身体につけ、そして騎士団長の顔が見れないほど深く首から腰まで角度を固定する。
ハァ、と三人の揃った謝罪にロデリックは一度大きく短いだけの溜息を吐いた。机の前に一人座ったまま眉間を押さえ、それからうちの一名に視線を向ける。
「ドミニク、ローランド。お前達はもう良い、下がれ。何が間違えたかは、言わずともわかっているな?」
はい、と。許可を得たドミニクとローランドだけが顔を上げ、それからゆっくりと下げた姿勢から起立に戻した。
言わずとも、という言葉に、つまりは指摘されるまでもない簡単で大きな過ちをしたのだと静かに思い知る。温度感知の特殊能力を買われ、プライドのもとに護衛に駆けつけることを許された。しかしプライドのいるテント内を安全確認する前に、温度感知の特殊能力だけでプライドを確認したつもりになり、周囲の安全確認にすぐその場を離れてしまった。配備された周辺を把握と安全確認する為にも見回りは間違ってはない。しかし、あの緊急事態ではしっかりとプライドのテントから離れず監視するべきだった。
再び「申し訳ありませんでした」と一礼し、近衛騎士二名にも一礼し退室した後、ローランドは険しい表情のまま一度扉を振り返る。
自分もまた、己の非はちゃんと自覚している。ただしそれは部屋の残された近衛騎士達とも反省内容だけで言えば同じである。更には自分は女王付き近衛騎士として女王から直々に任された任にも関わらず、プライドを見逃してしまった。それを、自分もここで返されて良いのかと不安になった。
しかし女王にもこれから謝罪に向かわなければと、そう考えたところで認識そのものが変わる。自分を直接叱るべきであり、処分を決めるべきなのはロデリックではなく任命した女王本人になるのだと。…………最悪の場合、早々に除名処分も想定しながらローランドは重い足取りで女王の部屋へと向かった。
「………アーサー、エリック。お前達も、己が失態は自覚しているな?」
はい、と。怒鳴り声とは打って変わり、静かな声に再び戻ったロデリックに、未だアーサーもエリックも頭を上げられないままだった。
プライドが帰還してから就寝時間になり、護衛を他の騎士達に任せ休息を取るように命じられたプライドの近衛騎士達だが、その中で呼び出しを受けたのはアーサーとエリック二名のみだ。
部屋に入ってから二人も頭ごなしに怒鳴られたわけではない。最初は、四人全員を揃えての経緯と事実をロデリックの口から確かめられた。帰還してからアランとハリソン、そしてアーサーによる報告で全て把握したロデリックだが、念の為に当事者であるエリック達にも再度確認し、全員から「間違いありません」と認められた上での怒声だった。
頭を下げている間も尚、アーサーとエリックの顔色は悪い。プライドが見れば一瞬で体調を按じるような血色は、ロデリックの叱責で失態の重みを痛感した瞬間に切り替わった。
プライドを無事部屋に見届けるまでの護衛としての感覚が、今の怒声で今度こそ完全に途切れた。
「軽傷で済んだのは幸いなものの……お前達は近衛騎士になった意味を忘れたのか?」
ごくりと、変わらず続く厳しい言葉に、アーサーは思わず喉を鳴らした。エリックも口の中を飲み込んだまま、汗が薄く額を濡らす。忘れるわけがない、自分達が近衛騎士になった理由も、その権限もわかっているつもりだ。
ただ近くにいるだけではない、傍でいかなる時もプライドを守ることこそが近衛騎士の使命だと、迷わず言うことができるほどには理解もしている。それでも、ここで簡単に返せるほどに今の責任も、ロデリックからの叱責も軽いものではない。
わかっています、と、その返事だけを返す二人に、ロデリックはまだ頭を上げることを許可しない。
「プライド様に信頼されることも、親交を深めることも否定はしない。しかしそれは〝手抜き〟をする為ではない。……プライド様のお側にただ付いていたいだけならば、騎士ではなく従者を選べ」
淡々と、怒鳴るでも声を荒げるでもなく告げるロデリックの低い声と、告げられた言葉に今度はアーサーとエリックは心臓が共に大きく恐怖を覚えるほどに脈打った。
ロデリックが決してそれを嫌味として言っているわけではないとエリックも、そして父親が言うことは常に正論であることをアーサーも知っている。
従者、と。その言葉はいっそ罵倒よりも斧のように重く響いた。決して従者を軽んじているわけではない。王女付きの従者が目指して簡単になれる職務ではないことも、自分達にはない技能を必要とされることも当然知っている。
しかし、つまり自分達は今日
─ 〝騎士〟としての任が、果たせなかった……!!
そう、エリックは口の中を鉄の味がするほどにきつく噛み締める。
考えれば頭に血がのぼり、目の奥が酷く揺れて感じた。騎士として驕っていたつもりはない。それでもまだ驕りがあったのだと、見開いたままの目が揺れ、定まらない。
「近衛騎士を認められたお前達が、プライド様のお傍を怠ってどうする」
発足されたばかりの近衛騎士制度だが、王族を相手に周囲の騎士や衛兵が躊躇うような場面で、むしろ〝近衛騎士だから〟進言できる状況も場面もあるとロデリックは考える。
特にプライドのような行動力があり過ぎる王女には必要だとも。それなのにアランの報告でも、アーサー自身の報告でもやはり近衛騎士の方がむしろプライドの傍を躊躇った。「配慮した」と言えば聞こえは良いが、ただ傍で気遣うだけならばそれは騎士でなくともできる。
近衛騎士が、特にアーサーはプライドと近い関係性があるからこその過ちだと理解したロデリックだが、だからといって小言で済ませて良いような失態ではない。何より、今自分が言うべき〝以外〟の叱責は既にアランとカラム、そして仕置きまでハリソンが済ませていた。
「残り明日、プライド様は引き続き予知の民の捜索と調査をされるおつもりだと聞いている」
明日も引き続き護衛は任じることになるだろうと、続けられても今は二人も安易に安堵できる余裕はなかった。
口を一文字に結んだまま、浅い呼吸すら躊躇する。頭を下げたまま、息を吐き音すら漏らさず緊張を張り詰めたままの二人の反応に、ロデリックは表情には出さないものの少しだけその態度に安堵する。ここで単純に「やった」と喜んでいれば、二度目の怒声を飛ばしていた。
プライドの近衛騎士に任じられることは誉れに思うことは許されても、褒美では決してない。それだけプライドの安全を死んでも守る義務がある。むしろ今は、その護衛任務という重さを思い知るべき時だ。
頭を下げ続ける二人に「予知の件も当然だが……」と声色は変えず、続ける。
「明日からお前達がプライド様の近衛騎士として最も留意すべきことは何か、わかるか?」
普段であれば、すぐに二人も当然のような口調で答えられた。今も当然、頭には浮かんでいる。〝プライドを守ること〟それこそが近衛騎士として護衛としてすべき第一優先事項だ。
しかし、そんな当然の答えをロデリックは求めているわけがないと、それも二人は理解する。唇を結び、他の正解を探り思考する二人に、ロデリックは充分に思考の時間を与えてから口を開いた。
「あの御方の在り方が、たかが一日で変わると思うな」
鉛、どころではない。断頭台のような鋭く重い言葉だった。
息を飲む音が抑えきれずに溢れ、そして瞬きも忘れ二人は許可も関係なく顔が上げられない。瞬きを忘れた目が僅かに血走った。騎士団長の告げるその言葉の意味は、確認せずとも理解してしまえた。
言葉の表面上を撫でるだけではない、それ以上の重い意味が首にのし掛かる。
プライドが反省をしないという意味ではない。しかしロデリックはとうに知っている。奇しくも〝そういう人間〟である第一王女の本質を。
「お前達が従者ではなく騎士としての在り方を選ぶように、あの御方もまた己が在り方の根本を変えはしない」
たとえ自分にどれほどの危険があろうとも。
そう言うまでもない。
核心ばかりを告げるロデリックに、アーサーは瞼をなくしたまま目が眩む。
─ そういう人だって、わかってた筈なのにッ……!!
なのに何故あの時自分はと、感覚が戻るほどに目眩まで覚え両足で意識的にぐっと力を込め、踏みとどまる。
自分も、わかっているつもりだった。そんなプライドを尊敬し、だからこそのその在り方を貫けるように守りたいと思ったのは誰に言われたからでもなく自分自身だ。
「今日あったことが、明日起きないとは決して思い込むな」
さらにロデリックから杭を打たれれば、下ろしたままの拳を思わず握った。
むしろ、この二日間は特にその危険性が高いのだと、当然のことに酷く胸騒ぎが起きる。




