Ⅲ238.来襲侍女は頼み、
「母上、失礼致します」
ノックと許可の後、扉が開かれる。
女王ローザと、そして補佐であるヴェストも控える部屋は宿の中でも最も厳重に警備されていた。
プライドがステイルと共に帰還したことは一足先に知らされていた女王は、彼女達が来たと聞いてすぐに入室の許可を与えた。女王付き近衛騎士であるケネスを傍に置きながら、落ち着き払った動作で娘を迎えたローザだが、胸の中は正反対に動悸した。
ステイルから経緯は聞いても、プライド本人を前にするのはまた違う。アルバートからは通信兵を介して彼女が少し混乱しているとは聞いたが、今目の前にいるプライドはいつもの緊張感こそあっても他は落ち着いているように見える。
上がった肩でローザを見返すプライドは、改めて自分の口でティペット遭遇と、その後に予知をしたままサーカス団でティペットの関係者を見つけ出したことも報告できた。今は衛兵に捕えられている、後ほどサーカス団に引き取られる予定だと。ここまではローザもヴェストも傾聴を徹底した。しかし問題はその後だ。
「話はわかりました」と一度区切ったローザの金色の眼差しと、摂政ヴェストからも研ぎ澄ました眼差しがプライドへと集中する。
「プライド。今、この地が貴方にとって危険になったことはわかりますね?」
「……はい。ティペットがこの地にいた理由はわかりませんが、彼女一人とは限りません」
「ならば、ただちに貴方だけでも帰還をするべきでしょう。彼の者が貴方を追ってきた可能性もあります」
ンぐ、と。ローザの言葉にプライドは口の中を飲み込んだ。
想定したとはいえ、やはり母親もその隣に立つ叔父も意見は同じなのだと理解する。それ以外の選択肢があるわけないと、自分で自分を思考の中で叱責する。もともと母親の用事に便乗させてもらっているだけ。問題が起きれば撤退すべきだということもわかっている。……しかし。
「いいえ、私には役目があります。……危険は承知ですが、お許しください」
お願いします、と。
はっきりと言い切った直後には深々と頭を下げた。プライドに合わせ、傍に控えるステイルも同じ角度に揃えた。プライドの意思を確認した今は最善を尽くすことは決まっている。
役目、という言葉が何を指しているかは聞くまでもない。彼女がこの地に足を運んだそもそもの理由しか、まだローザ達は聞いていない。ローザから事前に許可を得たヴェストが今度は柔らかな眼差しを厳しく寄せた。
「プライド。もう最悪の事態は回避したのだろう。今はお前の方が回避すべき立場なのだぞ」
ローランドから報告は聞いている、と。王族への報告役でもあった近衛騎士の名を挙げる。透明化はしていても殆ど行動を共にしていた騎士だ。当然プライドもそれはわかっている。
オリウィエルのことも報告済みであることも理解した上で、それでも首を横に振る。「それでも完全ではありません」と静かな声で自分は結果に満足をしていないことを示す。
オリウィエルのことが報告されていれば、同じようにまだ〝予知した〟奴隷にされていた特殊能力者達の現状も据全ては把握できないことも伝えている。残り日数でどこまでできるかはわからないが、それでも諦められないと示すプライドは次の反論を受ける前に自分から返す。
「危険なのは、母上達も同じ筈です。アダムとティペットに襲われたのは私だけではありません」
「私達は貴方の為ならばただちにこの地を去る覚悟もできています」
ん、とこれにはプライドも口を一度閉じた。迷いなく返されたローザの言葉に、その返しは予期していなかった。
アダムに被害を受けたのは決して自分一人ではない。母親のローザも叔父のヴェストも昏倒させた実行犯はアダムだ。被害者の一人であり、そして国の最大権力者であり守られるべきローザもこの国に滞在して予定を遂行するならば第一王女である自分もと、……言いたかった二の手を封じられてしまう。
母親も今は自分の付き添いでも小旅行でもない、公務として国外に出ているにも関わらずだ。
しかしローザもヴェストも、その程度の予定変更の覚悟はラジヤに足を踏み入れると聞いていた時から決まっている。
敵の庭で襲撃を受けるくらいならば、外交の一つを無碍にして撤退するのは当然選択肢の一つだ。あくまで一番危険なのはアダムに利用され粘着されていたというプライドだがらこそ彼女の避難を最優先にしているが、彼女がもし「母上達も残るなら残ります」と言うのならば、迷わず全体で帰還を進めることは視野に入っていた。
ローザの言葉にヴェストも無言で頷く中、プライドは一度降ろした手にぎゅっと力を込める。大丈夫、今の自分はティペットを追うつもりはないのだからを己に言い聞かせ胸を突き出す。
「私の予知した民は、今もどこかで密かに奴隷にされて助けを求めているかもしれません。今はまだ所有者がオリウィエルでないだけかもしれないのです。私でないと、彼らが我が国の民だと気付けないかもしれません……!」
単なる一斉摘発ならば今も捜査に回っているフリージア王国騎士団でも難しくはない。既に敗戦したラジヤはフリージアからの摘発も捜査も無条件に受け入れるしかないのが条約で決まっている。しかし、フリージアの人間を見つけることは簡単ではない。
同じ国民同士なら顔つきで判断できる場合も多い。しかし、それも確固たる基準があるわけではない。髪の色も目の色も統一性はない。特殊能力をみせれば自国の民とわかるが、そうしなければ他の奴隷に紛れさせられることも容易ではある。
だからこそプライドの〝予知〟して見た民を救えるのは、その姿を思い出せる可能性があるプライドしかいない。それは誰もが最初からわかっていたことだ。
しかし、罪なき民と王族でその価値も、優先順位も大きく違えてしまうことも残酷だが現実だ。
お願いします、と。最後は頼み込むしか方法はない。相手は母親でも、国の最高権力者で自分はその後継者だ。
残り二日だけ、決して深追いしません、認めて下さいと。王女として、頭を深々と下げ最上層部へ許可を求めるプライドに、ローザもヴェストも一蹴はできない。予知しておきながら救えなかった民の存在はローザも忘れることができなければ、そのローザの苦悩もヴェストは隣で見てきている。
更には政治上も特殊能力者が本当に今も奴隷としてラジヤで密かに捕らわれているのならば、その特殊能力の内容と使い方によっては国家を揺るがす大事態にもなり得る。今渦中の中心であるティペットが、城の警備を突破し最上層部奇襲を可能にしたのと同じように。
個人的にも、そして国としても当然プライドの捜査を最後までやらせる理由はある。しかし、それ以上にこれ以上第一王女でありプライドという存在をラジヤに置いてはならない理由も重く存在する。
ローザもヴェストも互いに顔を見合わせることもしないまま、頭下げるプライドを見つめ沈黙で思考する。第一に考えたいのがプライドの安全であることはこの場の全員変わらない。
「……姉君が、ティペット・セトスに至近距離でも気付かれなかったことは事実です」
緊迫とも呼べる張り詰めた空気感の中、気付かれないように短く息を吐いたステイルが一歩前に出る。
眼鏡の黒縁を押さえながら、あくまでティペットを探す為ではないという第一王女の言葉を信じ補佐としてヴェストと同じ主君の隣に立った。
第一王子の専属従者の特殊能力により姿も異なれば、今はこちらのゴーグルもとネイトにより提供された発明も手で示す。注目されている今では実証することは難しいが、この場でステイルが嘘をつくとはヴェストも思わない。
ステイルが味方に付いてくれたことに、プライドは大きく目を見張りながら胸を押さえた。天才策士の弁護に自分は余計なことを言わないようにと唇を絞り、見つめる。
「明日はどのような場合にも近衛騎士の内四名は常に行動を共にさせ、一時的に離れるのも一名のみかつ短時間のみ。更に温度感知の特殊能力者も護衛に付かせます。そして僕も誓って姉君から離れません。何か緊急の事態が起きた時は姉君だけでも城に帰します」
ここからは打合せにない提案だ。ステイルもローザとヴェストに向き合いつつも、目で何度も細かくプライドの顔色をうかがいなかがゆっくりとした口調で提案する。あくまでプライドの意思に反しないかを確認しつつ、最上層部へ代案を提示する。
捜査の延長をしたいプライドも、これにはステイルにわかるようにはっきりと頷きや顔色で目を合わせ示した。ティペットを誘い出すならば別だが、あくまで攻略対象者を探す為に自分の警護を固めることは問題ではない。むしろ今の状況では必要不可欠な条件でもある。
「騎士団長ともこの後僕が責任持って相談します」と重ねた上で、上層部二人が耳を傾けてくれたままである状況にステイルは更に一押しする。
「明日はティペットに遭遇した場所だけでなく、姉君と僕は一般の市場全般の立入を控えます。予知した民が奴隷として捕らわれている恐れだけに集中し、奴隷市場や奴隷取り扱い店、奴隷収容所などそういった場所に絞って行動しましょう」
「明日の夜は何があってもこちらの宿に日時が過ぎる前に戻り、更に明後日は予定を三時間早めミスミに出発する。……それは頷けるか?」
ローランドも明日は女王の近衛騎士に戻り、明日はプライドには付けないと。
つまりは必ず帰れという意味だ。
「純粋培養すぎる聖女の逆行~闇堕ちしかけたけど死んだ仲間に会えて幸せなので今度は尊い彼らを最善最優先で…って思ったのになんで追いかけてくるんですか?!~ 」
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こちらは引き続き毎日20時更新連載中です。
略称は「ぴゅあ堕ち」になります。
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