Ⅲ237.来襲侍女は謝る。
「レオン、セドリック!二人ともごめんなさい、色々大変なことになってしまって」
帰還を待っていた多くが部屋の中で声を上げる中、プライドも片手で胸を押さえながらも笑みで返せた。
てっきりローザやヴェスト、もしくは騎士団長の下に直行だと思い心臓の覚悟をしていた分、近衛騎士達や気心知れた面々しかいない部屋にほっと息を吐けた。
自分達が現れた瞬間、席を立ったレオンとセドリックへとまず最初に歩み寄る。ステイルから宿で安全保障をされているとは聞いたが、こうして顔を合わせるとそれだけで顔がほころんだ。
大丈夫か、怖かっただろう、ステイル王子から聞いた、と。二人から声を掛けられる中、むしろじっと無言で自分を見つめてくる騎士達やヴァルの視線の方がチクリチクリと気になってしまう。
彼らに自分を責める意思はないのだとわかりながらも、まずは謝罪からを考えてしまう。
「……ステイル様」
プライド達へと注意を向けたまま、カラムはそっとステイルの耳へ姿勢を近付けた。僅かに前屈みになりながら「失礼します」と、一言囁く声で前置いた。
カラムからであれば、今だからこその話なのだろうとステイルもすぐに背後に付く彼へと身体を僅かに傾けた。視線はどちらもプライド達の方に向いたまま抑えた声で囁き合う。
「いかがでしたでしょうか、プライド様は」
「大丈夫です。ティアラとジルベール宰相が期待に応えてくれました」
ほっ、とそこでカラムは音もなく胸を撫で下ろす。二人の接近に気付いていたエリックもその様子に良い結果だったらしいことは察した。まだ具体的には聞けないが、それだけでも張り詰めた空気の中で息が通ってくる。まさかティアラとジルベールだけでなく、自国の王配まで動いたとは知りもしない。
既にステイルから聞いていた分レオンからもセドリックからも経緯は求められなかったプライドだが、目の前で心配してくれる二人とそして部屋中の視線を浴びると一気に時間の経過を感じてしまう。
ステイルの瞬間移動には慣れている筈なのに、さっきまでフリージアで父親達と一緒にいたのが夢だった錯覚まで覚えた。目の前の美しい中性的な顔と男性的な顔で目がチカチカするのもその要因の一つかしらとまで考える。
プライド、と。再びレオンから自分の名を呼ばれれば、二人を目の前に一瞬でも呆けてしまったことに「はい?!」と肩が上下した。皆がこんなに心配してくれていた間、自分はひとっ風呂浴びてティアラと膝枕にお茶会をしていたことが申し訳なり、顔が青くなりかける。
「だけど本当に君が無事で良かった……。ステイル王子から聞いたよ。深追いしないでくれて正解だ。……いつどれが罠かなんて、全てはわからないのだから」
また少し顔色悪くなったかい?と、レオンが翡翠の瞳を揺らしながらプライドの頬へと手を添える。直接は触れず、ほんの二ミリの間を置いた位置の手の平からはそれでもレオンの体温が薄く、そして同じくらい冷たく感じられた。
ティペットと市場で遭遇したことを言っているのだろうレオンの言葉に、まずどこまで話したのかと逆に自分がステイルに確認したくなったが、翡翠の瞳から目が離せない。悲しげに表情を萎ませる彼が、今までもどれだけ自分のことで心を痛めてくれてきたか忘れられない。
一国の王子を巻き込んだだけで飽き足らず、宿の部屋に待機までさせてしまったことを謝りたかったが、ひたすら「怪我は」「気分は」「触れられなかったかい?」と自分の身のことばかり尋ねてくれるレオンにそれを言うのは逆に失礼な気がした。
今彼は謝って欲しいのではないと、それはティアラからも教えられたことだ。
「ありがとうレオン」
自分から手の平を当てようとしないレオンに、プライドの方から手を伸ばす。
自分の頬にかざしてくれる女性のように細い指と、そして男性らしさもある逞しさもある手にそっと重ねた。指先に少し力を込めれば、応じるようにレオンからも指先の力だけで握り返された。
レオンの言葉に、ステイルがどこまで自分の意図を話したかは推測して難しい。しかし、どちらにしてもとプライドは一度口の中を飲み込んだ。目の前にいるレオンにだけでなく、この部屋にいる全員に聞こえるよう、声が小さくならないようにだけ留意する。
「心配かけてごめんなさい。……そうね、深追いしなくて良かったわ。アーサー達が傍にいてくれたからこそ助けられたもの」
〝深追いしなくて良かった〟と。その言葉に、部屋の全員が一瞬息を飲む。
いなくなる前まではティペットを探しに行こうとしていた彼女とは正反対の言葉だ。しかし、憂いを帯びながらもレオンに向けたその笑みは偽りには見えない。
ステイルは思わずそこで二人しかいない近衛騎士の方向に振り返った。まだアーサーの姿は無く、しかし彼もきっと今のプライドの顔は取り繕いがないと判断するだろうと思い直す。それほどに柔らかな笑みだ。
まだプライドの口から直接ティペット捜索の意図を聞いてはいないレオンもこれには大きく瞬きをした。遠回しにティペットを追って欲しくはないと伝えたつもりだが、予想した返答とも違った。良かったと思う反面、また隠し事をしていないかと心配にもなる。しかしプライドの表情に曇りは見えない。
優しく握られた温もりを確かめる。ぽかりと小さく口も開いたままになってしまうレオンは彼女の手をこのままずっと握っていたいと、気を抜くとすぐ指の力を強めそうになる。
「本当に、そう思うかい?」
「ええ勿論よ。こうして無事に戻れたのだもの」
軽く首を傾け、今度は力なくも苦笑まじりになる。
時間が経過すればするほどに、今何事もなかったことが奇跡的に思えてしまう。レオンの温度だけでも、ちゃんと今自分が夢ではなく現実でここにいるのだとわかる。
「心配してくれてありがとう」と握り返された片手からそのまま両手で包み、やっぱり今日宿に戻ってきて正解だったと思う。こんなに心配をしてくれたレオンを待たせてしまったこと自体に今でさえ胸が痛んだ。
「プライド、……ティペットを捜索したいと聞いたが」
口を閉ざしていたセドリックが半歩にも満たない分、さらに前に出る。
もともとレオンに並び眼前にいた為、僅かな前進でもプライドには圧がかかる。男性的に整った顔を険しく強めたその表情は真剣そのものだった。冗談どころかぼやかした答えすらできない、彼の立場なら当然だとプライドは理解する。
苦しげにも見え、どれだけ待たせてしまったかと自分まで釣られるように眉が寄った。
やはりセドリック達も聞かされていたのだと、プライドはもう一度周囲を見回した。その答えを、明確な答えをこの場の全員が聞きたいのだと確信する。
「心配かけちゃったわね」と最初にセドリックへ謝罪まじりの声色で笑い掛ければ、次の言葉を言う前にセドリックが両目の焔を揺らめかせた。
「ティアラに会ったのだろう?彼女にも話したのか。きっと生きた心地がしなかった筈だ」
そしてその上で、姉を励ます為気丈に振る舞ったのだろうとも。
いつものように明るく笑い掛けたのか、それとも強く真摯に引き止めたのか、不安のままに訴えかけたのか。プライドがティアラの元にいると聞いてから何度も何度も思い巡らせた。
一生を掛けてでもプライドの為に血の滲むような努力を続けたであろう彼女が、プライドの話を聞いて何も思わないわけがない。
降ろした両手のまま拳を強く握り、微かに震わせるセドリックにプライドも偽ることなどできるわけがない。ティアラのことだけではない、ティペットを助けたいなどと自分が言ってあっさり受け入れられるような立場や心境ではない。
うん、と。一度頷き口角を小さくあげる。ティアラがどれだけ一生懸命になってくれたかは自分が一番知っている。
肩が上がるほど一度大きく息を吸い上げ、そして吐き出した。きちんとこの場で言葉にすると、今覚悟を決める。
「それなのだけれど、……」
ティペットを探すことはしない、……と。
そう一音一音丁寧に言葉にしたプライドの言葉に、全員が呼吸もやめて聞き入った。
「純粋培養すぎる聖女の逆行~闇堕ちしかけたけど死んだ仲間に会えて幸せなので今度は尊い彼らを最善最優先で…って思ったのになんで追いかけてくるんですか?!~ 」
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こちらは引き続き毎日20時更新連載中です。
略称は「ぴゅあ堕ち」になります。
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