Ⅲ232.来襲侍女は固まり、
「ごめんなさいねフィリップ。貴方まで呼び立てちゃって……。突然でびっくりしたでしょう?」
「いいえとんでもないことでございます」
コンコンと、ノックの後に許可を得て部屋に入ったプライドはティアラと共にソファーへかけるより前に壁際に直立する従者に苦笑いしてしまう。
ステイルの専属従者である彼は、まるで自分は家具ですと言わんばかりにガチガチに固まっていた。もともとは、主人である第一王子か帰還するまでの間、城内の従事として仕事をこなしていたが、急に王配の部屋へ珈琲をと命令を受けた時から嫌な予感はしていた。
宰相であるジルベールから頻繁に呼ばれることもあったからその延長線上とは思ったが、いつもの宰相室ではない王族の執務室だ。
まさか自分の未熟な珈琲を王配にまで飲ますつもりではないだろうとジルベールを信じつつ入れば、そこには今ラジヤ帝国にいる筈の第一王女が第二王女と共にソファーに寛いでいた。事情も全て置いて、一度彼女の特殊能力を解いて欲しいとジルベールに頼まれてすぐにプライドの特殊能力を解いたが、そこで彼への仕事が終わるわけではなかった。彼女が再びステイルに迎えに来られる時にまた特殊能力を掛ける為、その場で待機が命じられた。
国の最上層部である王配の執務室に。
しかも姿が戻った途端ティアラが侍女達と共にプライドを湯浴みに連れて行ってしまった為、彼女達が戻ってくるたった今までずっと王配の部屋で全身に緊張を走らせながら待機をする羽目になった。
つい十分前まで部屋の主であるアルバート本人が別室で女王との連絡で留守だったことが唯一の救いだった。姉妹が部屋を出た後に、自分とジルベールだけが残されたがそれでも全く部屋の緊張感が変わらないのもまた怖かった。比較慣れた相手だったつもりのジルベールにすらいつもの気さくさはなく、王配の机の傍らで小さなカードを睨み続けていた。
淹れてくれた珈琲を自分が受け取るまでがジルベールに今できる最大限の配慮だった。
プライドとティアラが戻る十分前にアルバートが部屋に帰ってからは特に綿密な打合せと、いつもと違う低い声色にフィリップは両耳を塞ぎたいくらいだった。
従者が部屋の端に有事まで待機させられること自体は珍しくもない。実際、廊下には他の従者や侍女、そして騎士までもが大勢控えているのが現状だ。廊下に出たいと何度も思ったが、しかし廊下で衛兵や騎士までびっしりと並び殺気立っているところに並ばされるのもそれはそれで辛いものがある。フィリップにとってはどちらにせよ針のむしろのような状況だった。
プライドとティアラが湯浴みから帰ってきた今は少し空気が華やいだ気はするが、それでも顔色の白さは誰の目にも明らかだった。
「プライド。そこに座りなさい」
「ッはい!」
いつまでもフィリップの顔色ばかりを覗いてソファーに着こうとしないプライドも、父親に促されれば慌てて座った。その隣へティアラもくっつくようにして座る中、アルバートは向かいの席ではなく執務室の自分の席に掛けたまま彼女達を見た。
ジルベールもまたアルバートの隣に立ったまま、どこにも落ち着こうとしない。
プライドが元の姿に戻されてから湯浴みに向かう前にもう一度娘を抱き締めたアルバートだが、今はその時の温かみのある表情は大分冷えていた。
王配としての威厳ある眼差しが、更に研ぎ澄まされたまま娘に向けられる。更に隣に並ぶジルベールも切れ長な目が笑っていなければ、プライドも喉が短く引き攣った。戻っても侍女として扮する必要がある為着替えもまた侍女の衣装に変わりないこともあり、王族としては恥ずかしい格好で父親の前にいることが余計に心臓を危うく収縮させる。せっかく血色の良くなった顔色がふたたび青に近くなる。
ステイルからのカードの要件を考えれば、ここで娘の時間を報告で費やさせるわけにはいかない。だからこそ手短に済まそうと、アルバートは一息吐いて心を落ち着けてから再びプライドへ言葉を掛ける。
「先ほどローザにお前のことは報告した。ローザもヴェストも、とてもお前のことを心配していた」
ステイルに瞬間移動されて城にいると聞いた時は目眩を起こしかけるほどに安心していたと、そこは妻の威厳の為に少し飲み込んだ。
宿でも護衛の騎士に囲まれ素を出せないままの会話だった為に女王としての威厳を保ち落ち着き払っていた妻だが、その金色の瞳が酷く揺れ一瞬だけ意識が遠ざかりかけていたのもアルバートは通信兵の特殊能力を介して確認した。もしいつもの二人きりの場であれば、自分に泣きついていただろうと思う。
ローザだけでなく常に厳粛な摂政のヴェストも、心から安堵している様子だったと続ければプライドも首を丸めて眉を垂らした。ステイルが報告したのだから母親も叔父も知っていることだとはわかっていたが、父親の言葉にとても申し訳ない気持ちで胸が痛んだ。肩を狭め「申し訳ありません」と謝罪をすれば、アルバートも手で止めた。今はそこを説教しているわけではない。
ティペットに遭遇したのも偶然であれば、深追いも騒ぎにもせずに撤回したこともそれ事態は正しい判断だ。
「何故まだ宿に合流しなかった?ティペット遭遇から時間も大分経っていただろう」
「さ……サーカス団に。予知を、しました。ティペットの関係者がいると……そのサーカス団に。なので、予知をした私が顔も確認しなければと思い、宿ではなくサーカス団に……」
予知、という言葉にアルバートは一度口が固まった。ジルベールも息を引き、ティアラも口を覆う中、予知の発言を聞いたフィリップは必死に目を逸らす。自分が聞いて良い場面ではないことはわかる。自分はいないものとして話は進められていると頭に言い聞かす。
プライドの予知の数は多いが、それでもフリージア王国にとって予知は軽いものでは決してない。しかも今回はあのティペットの関係者と聞けば、当然聞き逃せることではなかった。どういう理由であれすぐに宿に戻らなかったことの方を咎めようと思っていたアルバートも思わずすぐには返せなかった。ティアラに当てられたカードの内容を思い出せば、そういう繋がりかと微かに悟る。
ティアラから「いたのですか?!」と声を上げれば、プライドも重くゆっくりと首を縦に振った。ティペットの関係者を見つけたと、その事実にジルベールの目が鋭くなる。主であるアルバートさえいなければ「その者は今どこに?」と誰よりも先に尋ねていた。
「話を聞くことはできましたが、その後にすぐラジヤの衛兵に連行されたので次に話をするとしても、潜入を終える日になるかと思います」
「?!連行だと。それは、先にラジヤに奪われたということか?」
「いえ、……少々諍いがおき、法に則り逮捕されました」
詳しいことはステイルが話してくれると思います。と、アルバートからの言及にひっそりプライドは逃げた。まさか自分が一時的にとは捕らえられましたとこの場で言えるわけがない。
プライドの言葉に、ジルベールは静かにカードの書面を思い出す。あのステイルがティアラとは別に自分に托した内容を考えれば一度瞼をぐっと閉じてしまう。プライドが言葉を濁しステイルに〝言い訳を托す〟事態など今までの経験からいくつか想像できる。
ここは敢えて自分も黙するのが正解なのだろうと、ジルベールは今度は意思を持って言葉を閉ざした。
アルバートが「その者は件の予知とも関係者か」と尋ねれば、間を持ってからプライドは首を横に振った。ノアは攻略対象者だが、今回はあくまでティペットの関係者である我が国の民として予知をしたことになっている。
アルバートとジルベールもそこで一度短く肩が降りた。ならばその関係者は奴隷被害に遭う者でも遭う筈だった者でもない。つまりはただ偶然そのサーカス団に所属していた人間ということになる。奴隷被害者を異国から取り戻すことには取り組んでいるフリージア王国だが、〝自分から国を出た民〟にまで保証をするわけではない。
その者がラジヤに貴重な情報源として捕まったならばいくらか手を打つ必要も考えたが、あくまで法に則り裁かれるのであればフリージアの関与することではない。
「ならば、……その者の処分についてはそのままで良いということだな?」
もし奴隷にする為に不法逮捕されたのであれば別だが、そうでないのならばと確認を取るアルバートにプライドも頷いた。
プライド本人からも処分が正当であると確認できれば、アルバートは少し頭が痛くなった。ティペットの関係者ということならば自国に招いてでも詳細を聞いて情報を聞き出したいとも考えたが、なかなか人間性に問題はあるのだろうと今から考える。ラジヤで捕らえられるようなことをする罪人だ。
プライド達が話を聞けたという話からもそこでこと足りれば良いがと、眉間の皺を深くする。更に鋭くなってしまった目で時計をちらりと確認し、それからまた娘に合わせる。一時的に戻ってきた娘に、聞きたいことは山ほどある。しかしステイルが今プライドをこちらに寄越した理由を考えれば、そこはぐっと堪えた。
「ティペットの、……ことについてはまたローザからも聞けるだろう。プライド、お前は残りの日数はどうしたい?」
「!はい。今日のところは宿に戻り体勢を立て直そうと思います。ティペットの捜索も行われているでしょうし、明日からは私もティペッ……、…………」
ティペットを探そうと思います、とそう言おうとしたところでプライドの口が止まった。
引き攣った位置で固まったまま、お湯に温め緩められた頭で「まずい」と思う。まだティペットが奴隷被害者であることも、どういう状況かの可能性も話していない。
その状況で今「ティペットの捜索に行こうと思います」と言えば、この場がどうなるか容易に想像できた。取り敢えず隣に座る可愛い妹にはものすごく怒られるだろうとわかる。
ティペットに近付くことがどれほど危険かは自分が嫌というほどわかっているつもりだ。
ならば先にそこから話そうかと、優秀な頭脳で報告内容を再構成する。しかしその処理速度もたたき折られる。
「明日からは、なんだ?」
実の父親から、強めの声で言及された。
途端にぞわわっと背筋が勝手に伸びる。思考が一瞬停止し、ああ子どもの頃によくこんな風に怒られた時期があったなぁあと大昔を思い出す。
そして思い出せば思い出すほどに抗えない。最近までの王配として厳しく怒る叱り方ではない、過去を彷彿とさせる眉間の皺とそして真正面からの圧に怯んだ。
「てぃ、ティペットを、……。探そうと……思いました……。彼女は、奴隷被害者で、我が国の民で、実は関係者が……」
「聞こえないぞプライド。私の目を見て言えないことか。プライド、お前は何の為にわざわざ危険を侵してまでローザに同行した?」
『聞こえないぞプライド』
『私の目を見て言えないことか』
『プライド、侍女達は何の為にお前の傍にいると思っている?』
うああああぁぁぁぁぁああああああああ……と、もう忘れていても良かったくらい幼い頃の記憶が鮮明に蘇る。
まさかこの年にもなって、子どもの頃の怒られ方をするとは思わなかった。
「純粋培養すぎる聖女の逆行~闇堕ちしかけたけど死んだ仲間に会えて幸せなので今度は尊い彼らを最善最優先で…って思ったのになんで追いかけてくるんですか?!~ 」
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こちらは引き続き毎日20時更新連載中です。
略称は「ぴゅあ堕ち」になります。
是非、楽しんでいただけると嬉しいです。




