整理し、
「姉……ジャンヌを見送った理由は皆さんもいくらかは察しがついていると思います。僕自身〝も〟平静ではなかったこともあり、信用できる妹に托しました」
平静ではなかったと。それを、エリック達も頭の中で浮かべそして飲み込んだ。
無理もない、たった数時間の間にあまりにも彼女に降りかかったものが続けざまに大きすぎた。ティペットに遭遇し、そして予知でティペットの関係者がサーカス団にいることを知り、そしてノアに誘拐監禁され、ティペットが奴隷被害者であることを知った。
その間、彼女の思考と感情がどれほど慌ただしく混沌としたか知るすべはない。
今ここは彼女を護る国ではない。和平を翻したばかりであるラジヤ帝国の一角だ。
そして、ティペットに遭遇しただけでもフリージアへ王女が逃げ帰る理由は充分過ぎる。全ての予定を白紙にして全体帰国しても良い事態だ。
それをもともとは、予知したティペットの関係者を見分けることができるのは自分だけだという理由で残り、安全な筈の医務室テントで待つだけという条件だった。なのに、その関係者に誘拐監禁され、救出されたのも束の間に今度はティペットを見つけて会わせると、あろうことかその誘拐犯に約束する。
様々な状況や事情があったことを踏まえても、一言で言えば「自分を狙っているかもしれない指名手配犯を探しに行く」だ。ついさっきまで逃れようとしていた相手を逆に自ら探すなど有り得ない。
しかも第一王女、つい数ヶ月前に自分達が命をかけてやっとの想いで救い出した王女だ。
流石のステイル達もそこで何も言わず後に続くことは難しかった
「妹ならあのカードを読めば必ず彼女を休ませてくれます。あの人も妹には弱いですし、場所も移せばいくらかは諦めもついて身を休めることに集中してくれると判断しました」
補佐として。その言葉を息の音に近く潜めて付け足した。
ただ安全確保の為ならば女王も騎士団長も騎士団もいる宿でも良かった。しかし、この地にいる限りプライドが心安まることはない。壁一枚向こうにはいつどこにティペットが現れないかと身を隠すではなく〝探して〟しまう。
国単位で場所を移せばもうプライドにできることは殆どない。ティアラがカードを読んでくれれば自分の望む通りの流れでプライドを引っ張っていってくれるだろうとステイルは考える。今自分がいくら「ティペットに近付くのは危険です」「逃げましょう」と言ったとしても、きっと彼女は止まらない。むしろ頑なになるかもしれない。もう今の彼女には自分を拐うかもしれない誘拐犯と拐った誘拐犯が、別の姿で書き換えられてしまっている。
それが彼女の長所でもあるとは知っているが、今は一度頭を冷やして欲しい。その後にならば、自分達もどちらの選択肢にも従える。
「本来ならばアーサーと、皆さんの内でどなたかをジャンヌに同行させたかったのですが……その前にどうしてもきちんとお話しをしておきたかったので」
そして、ステイル自身もあそこでプライドを正しく説き伏せられる確証が持てなかった。
場所と状況もあるが、何より自分自身がまだ正しく彼女に何が起きたかを客観的には把握できていない。プライドがティペットに遭遇した時も必要な情報だけで自分が傍にいたわけではない。そしてその後もプライドを動かさない為に自分が代わりにサーカス団で聞き取り調査に入っていた。その間に誘拐騒ぎで、自分が知った時にはもう終わった後だ。
一秒でも早く、そしてアーサーがプライドを救出してくれたことには心臓がこのまま終わると思うほどに安堵したが、同時にアーサーとエリック達がどういう理由であれ彼女を危機的状況に追いやったことも事実であり、自分はまた彼女の大事な時に駆けつけられなかった。
ノアを捕らえてからプライドが目覚めるまでも、何より彼女の身になにが起きたかを詳細にノアに語らせることで時間を使い切ってしまった。彼女が自分の身に起きたことを心にしまっておいてしまうかもしれないからこそ、加害者本人に全て聞かないと安心などできなかった。
結果、聞けば聞くほどに自分の中の殺意を研ぎ澄まされたのだから、プライドの口から言わせずに済んで良かったと思う。彼女はきっと、形にない傷は自分のことだと飲み込んでしまうとステイルは理解する。
「報告やジャンヌと話す際と重なるとは思いますが、皆さんからご意見を聞かせて頂けますか」
そう、自分だけではない当事者達に意見を望む。
本来ならばこの場にプライドもいて話したかった。しかし今の彼女の状態を考えても、そして彼女の身に降りかかった全てで頭に血が上っているだろう自分一人でもきっと正しい事実は掴めない。
ステイルからの言葉に、一度は近衛騎士達も目配せをし合った。発言をするか否かの是非ではなく、どこから、そして誰から話すべきか悩む。互いの間合いを読んでいる間にも、そこでハリソンが「私が医務室テントに来た時には」と話を飛ばそうとするからカラムが止める。
ステイルと、そして自分達も近衛騎士同士で情報を正しくまとめたい気持ちは同じだ。まずは最初にプライドと共にティペットのいる市場に同行していたアーサーとエリックにと促せば、そこでステイルに近い位置に立っていたアーサーの隣にエリックも進み出た。何から話せば良いか、感情が上回って考えあぐねるアーサーの代わりに挙手をし口を開く。
「自分はお恥ずかしながらティペットにも気付けず、アーサーの異変でやっと気付きました。その時は酷くジャンヌさんは怯えていた様子でした。アーサー、お前もジャンヌさんの異変で気付いたんだろ?」
「!はい。……明らかに顔色が変わったンで。けど、姿は自分も確認できませんでした。透明になったのか、人混みに紛れたのかはわかりません」
エリックに促される形でアーサーも自分の記憶を辿っていく。医務室テントでも情報共有はしたが、プライドの様子については本人を前に話せなかったことの方が多い。
ふとアーサーが振り返り、最後方にいた彼にもまた怪しい影は見なかったかと確認すれば、ヴァルも一言で答えた。もともと見張りではなくあの時に自分は控えていただけだ。騎士と違い、正確にはプライドの護衛とも違う為、注視していたわけではない。
この時点ではプライドも安全確保と撤退を認めたが、同時に予知により宿にではなくサーカス団へ向かうことを希望した。アーサーとエリックにとっても、ステイルや近衛騎士のいるサーカス団との合流は選択肢の一つとしては認められた。
「医務室テントへ我々がエリック達と合流した時にはジャンヌさんもいくらか落ち着いておられましたが、やはり顔色は優れておられませんでした」
「ティペットとの遭遇よりも、どっちかっていうとティペットの関係者を思い出したことの方を優先されてましたけど」
エリックとアーサーの状況説明から、襷を受け取るようにカラムとアランが続く。
自分達の目にもプライドの動揺は明らかだったが、ティペットの目撃と同時に彼女への手がかりがあるのならば得たいと思った。彼女の関係者がラジヤとも繋がっているかはわからない。しかしどちらにせよ野放しにするよりも遙かにプライドの安全確保にも繋がると思えた。第一王女が自分も確保に関わりたいと望み、顔を見て判定できるのは自分しかいないと断じたら従うしかない。結果としては更なる荒波を呼ぶだけだった。
カラムとアランよりさらに前、ステイルが駆けつけた時にもプライドの顔色は改善されてはいたがまだほんの少しだった。そうステイルからも告げれば、エリックは僅かに顔が強張った。少し悩んだがこわごわ第一王子と隊長二人の話に一度割って入る。
「恐らく先輩方がいらっしゃった時には、……人が増えて安心されたのだと思います。温度感知の者もあの時はいませんでしたし、アーサーがいてくれましたがフィリップ様が駆け付けられるまで、自分達だけできっと、その、……心細い、ところもあったのかと」
「!いえプッ、ジャンヌ、さんはエリックさんのこともすっげぇ信頼してますし!!そういうわけではないかとっ」
「しかし温度感知不在ということは、不安材料ではあっただろう」
「いやでもそれは俺らが駆けつけても一緒だろ?」
ああしまった。と、エリックは気付かれないまま口の中を強く噛む。つい、言葉に歯に衣を着せてしまった。遠回しに言いすぎたせいで、本題を言う前にアーサーが弁護に入ってしまった。
エリックにとって、謙遜でも自虐のつもりでもない。ただそれよりも、……当時のことを思い出すだけでも自分まで胸が絞られるように痛んだ。
言葉にするだけで今この場にいないプライドの傷に塩を塗りたくるような錯覚を覚えてつい言葉を選びすぎてしまった。言ったことは嘘ではない。だが、自分が言いたいのはそういうことではないのだと。
しかし、一度話が流れてしまった以上ここでまた蒸し返すこともできない。ステイル達が「温度感知も暫くは彼女から離れないようにするべきでは」から更に話しを進めてしまった。
「今回は我々も少々足並みが乱れた責任があります。ノアが診察をするという時点で、それを終えるまで我々護衛全員が動くべくきではありませんでした。そしてエリック、アーサー!どのような状況であろうとも本人の声による確認を怠るな。お前達がそれを厳守するだけでも誘拐までは防げた筈だ」
「飲まされたのが毒だったら死んでたことも忘れるなッ」
申し訳ありませんでした……!そう、カラムとそしてアランからも鋭く低めた叱責を続けられ、エリックとアーサーは深く頭を下げ全員に謝罪する。今まで張り詰めていたものがしなり、急激に血流が遅くそして下がった。もうエリックも話を蒸し返せる状況ではなくなる。
続いてカラムとアランもステイルへ「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。今にも飛び出しそうなプライドを押し止める為に自分達が動かなければならないという意思が先行してしまった。自分達が動けばプライドはあの場に留まってくれると考えた結果、そこをノアにつけ込まれた。
アーサーとエリックも、カラム達の叱責には深く後悔する。自分達の力不足で二人にまで謝罪をさせてしまっただけじゃない。あそこにいたのが自分ではなくアランやカラム、ハリソンだったら間違いなく一度はプライドの姿か声は確認したのだから。
四人が深々とステイルへ頭を下げる中、つんと頭を上げたままなのは医務室テントに到着した時にはもうプライドは不在だったハリソンと、そして騎士ではないヴァルだけだった。むしろハリソンにはアーサーがハッと息を飲んでから改めて頭を上げ、また謝罪した。あの時、プライドの安全確認を直接しようとしたハリソンを止めたのは他でもない自分だ。
アーサーからの謝罪に、欲しくないとばかりに銀髪の頭を掴み突き飛ばすように起こさせるハリソンと同じタイミングでステイルもアラン達に頭を上げるように命じた。
今ステイルが欲しいのは騎士の謝罪ではない。アーサーとエリックの失態は咎めても、あの時テントをすぐに飛びだしたのは自分も同じ理由だ。
「純粋培養すぎる聖女の逆行~闇堕ちしかけたけど死んだ仲間に会えて幸せなので今度は尊い彼らを最善最優先で…って思ったのになんで追いかけてくるんですか?!~ 」
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こちらは引き続き毎日20時更新連載中です。
略称は「ぴゅあ堕ち」になります。
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