Ⅲ231.義弟は見送り、
「……ス、フィリップ!ジャンヌさんどこやった?」
「〝見送った〟と言えアーサー。安心しろ、俺が安全の確証を持てない場所であればお前だけは絶対共に見送っている」
プライド・ロイヤル・アイビーを消えてすぐ二秒だけ騒然とした医務室テントには今、関係者しかいない。プライドが護衛を一人も連れずに瞬間移動されたことへ、最初に声を上げたのはアーサーだった。
ステイルに限ってプライドを危うい場所にとは思わないが、ステイル自身もそして近衛騎士を誰も瞬間移動させないことに今のこの一秒二秒すら歯痒く落ち着かない。そんなアーサーの心情を察した上で、敢えて平静を意識した声でステイルも見返した。自分以外全員がプライドの行き先を報されるのを待つように固唾を飲む様子に、ステイルももったいぶることはしなかった。
アーサーが口を閉じ、そして温度感知の特殊能力を持つ騎士に安全確保を改めて確認させてからすぐに潜めた声で行き場を告げる。服の中からカード二枚とペンを取り出し、ひっくり返っていない机を選び使う。
「妹の元にいる。今ならば父上達も共にいる時間だろう」
妹、という言葉に、それだけで全員からほっと息が漏れた。少なからず予想はできたことだったが、ステイルの言葉から確定されれば肩の荷も下りる。今も自分達の目の前で堂々と書いているカードの内容は妹に当てての言葉だ。
隠す様子もなく書き綴るステイルの書面を騎士達も覗いたが、あまりにも的確な連絡事項だと思う。これを受け取ったティアラがどうするか考えれば、アーサーは口端が少し引き攣り頭を掻いてしまう。ティアラのやつ怒るだろうなと思えば、姉妹喧嘩の傍に確かに自分は邪魔である。
更に続けて二枚目のカードを綴れば、てっきり王配に向けてかと思った文面は目を疑うほどに乱暴だった。
筆跡すらもティアラ当てより遙かに走り書きに近く、内容も命令口調だったところでやっと相手が父親ではなくその補佐にだとカラム達は理解する。ステイルが敬語も無しで話す相手など数えるほどしかいない。王配が傍にいるとなれば、もう一人傍にいると考えられるのは宰相だ。
カードを二枚書き終わったところでそれぞれ片手ずつ摘まんで騎士達へ書面を見れるように自分からも掲げ、それからまた手慣れた動きで瞬間移動と同時に握りつぶすような動作で拳を作った。特殊能力だとはわかっていても、ステイルの手の中から消えたカードに騎士達も目を見張る。
「突然申し訳ありません。僕らはこのままいつもの手段で移動しましょう。皆さんには引き続き僕の護衛をよろしくお願いします」
ヴァルお前も来い、と。騎士達へ言葉を整えた直後には後方に立っていた存在にも王族として命令する。
ステイルからの命令に、ヴァルも舌打ちをしつつも荷袋を拾い肩にかけた。今までは常にアネモネの宿を間借りしていたヴァルだが、ステイルに正式に命令されれば逆らえない。そして、今回ばかりは自分も文句がなかった。むしろ腹の底を悟られた可能性も充分ありえるとステイルに思いながらも、今は文句は言わずに従う態度だけを見せた。
温度感知の目がある今ならば、このまま全員で瞬間移動しても良いとも考えるステイルだが大人数が急に消えれば不審がられてしまう。その為にもここは一人消えたくらいが限界だろうと思う。ネイトのゴーグルで存在感は消すことができても、実際にいなければ当然違和感に気付く者はいる。特にこのサーカス団には顔が割れすぎた。
眼鏡を外し、首元に卸していたゴーグルを改めてステイルが掛ければ、アーサーも思い出したように額の上のゴーグルをかけた。「行きましょうか」と先頭を進むステイルへ、ぐいぐいとアーサーが早足で隣に並ぶ。
「ンで?なんであの人だけ」
「サーカス団の敷地内を出てからにしてくれ。今はお前にもこっちにいて欲しかった」
あくまで話すのは聞き耳を立てられる心配のない場所まで出てからだと、そう主張するステイルにアーサーも口を結ぶ。それでも蒼の眼光はじっとステイルを真横から捉えたままだ。
プライドを瞬間移動させた理由はカードの内容とステイルの性格からいくらか察せられたアーサーだが、それにしても何故プライドだけ瞬間移動したのかはまだ納得していない。ティアラの元であれば城の中でも特に安全だということはわかる。近衛兵のジャックも向こうにいると思えば、やっとプライドも一息吐ける。
自分の気持ちだけで言えば、いっそこのままプライドは城へ強制送還のまま安全な場所にいて欲しいとも思うアーサーだが、それをステイルはしないのだろうとも。プライド自身がまだ動き続けることを決めている以上、ここで彼女の意に反して無理矢理押し込むような真似はもうしない筈だと信用する。そして、自分自身もまたプライドの意思に反してそれはして欲しくない。
この場では話せないと言うステイルに、代わりに「いつ向かえに行く?」と尋ねれば「二、三時間で充分だろう」と即答だった。
それだけ時間があれば王族の宿にも戻って報告後に着替えをしてもまだあまりがある。独り言のような呟きで自分に返したステイルの言葉を、アーサーは振り返ると他の先輩達に向けて「二、三時間後で合流です」とだけ告げた。
ステイルと会話するアーサーの言葉の意味に、必要最低限だけで誰との合流かは理解したエリック達も頷きで返した。アランとカラムは胸の底ではそのままプライドは待機も良いのではないかと思うが、今は口にはしなかった。それを決めるのはプライドを瞬間移動させたステイルではなく、プライドだ。自分達の意見も言うのであればプライド本人に言わなければ意味がない。
医務室テントを後にし敷地内を抜ける間、舞台テントの方から「先生が?!」「先生の知り合いなんか今まで聞いたこともねぇのに!」「怪我すんなって無理だろ」と騒ぎ声が途切れることなく聞こえてくる。途端に気配を消したステイル達は無言のまま横切り、敷地を抜けた。
団員に途中で合わなかったことを幸いと思いつつ、その後の通りでもまだ会話はしない。市場に出るまでの通りは貧困街の縄張りだ。約束通り絡まれることはなく通れたが、話せばいつどんな形で貧困街の彼らに伝わるかもわからない。
通りを抜け、やっと日中騒がしい市場に出る。途端にそこで身体付きの良い男達が少人数で連携の取れた動きで走り抜けるのを見た。上着を羽織っていたが、ハリソン達は一目でそれが騎士団であることを理解する。
アランが「おっ」と軽く手を振れば、班で一番後ろを駆けていた騎士が気がついた。あれは!と目を見張り、駆け抜けようとしていた一班が方向を変え駆け寄った。最初はネイトのゴーグルをしているステイルに気付けなかったが、アランを始めとする近衛騎士と共に行動している人間としてみればすぐに自然と認識できた。
ご無事で何よりです、と。この場で跪くことはできずとも声を潜め礼をする騎士達にステイルも手の動きでそれを受けた。
「ところでフィリップ様。失礼ですが、〝侍女〟はどちらに……?」
「一度父上の元へ〝見送り〟ました。今頃母上の元にも報告が届いているでしょう」
これから宿に戻りますと告げたステイルに、騎士は同行を申し出たが断られる。
宿といっても、商人として借りた宿を中継しなければならない。王族の護衛に既に騎士は充分いることも背後で示しつつ、ステイルは配慮だけを受け取った。
今はティペットの捜索中である彼らに、引き続きの捜索を頼み宿へ向かう。通信兵も連れていない彼らでは、どちらにせよ今以上の状況は持っていない。
彼らと別れ、市場から逸れた道を歩けば宿はすぐだった。もともと治安の悪いサーカス敷地への道沿いにあった宿だ。
自分達の階に上がっても、やはりまだ話さない。先に階の部屋全てへ温度感知の騎士による安全確認を受けてから、いつもの話し合いをする一番広い部屋へ全員が集まった。温度感知の騎士とそして透明の特殊能力者であるローランドを扉前の見張りに置き、残りは近衛騎士達も含めた全員が部屋に入り扉を閉じた。
この場ですぐに瞬間移動するならば不要の見張りだが、そうではないことは口を閉ざし続けるステイルの沈黙で示されていた。
「一度ここで止まりましょう。母上の宿に戻れば、こうして一箇所で話す暇もお互いあるかわかりませんから」
カタン、と椅子に腰掛けるステイルに、近衛騎士達はそれぞれ合意を返す。むしろここですぐに瞬間移動をと言われた方が戸惑った。
足を止めるステイルの意思表示に、ヴァルも荷袋を音を立てて床に放り落とした。壁伝てに背中を預けるが、今は座る気にはなれず無言でステイルを睨む。プライドを瞬間移動させたことに文句はないが、明らかに本題を引き延ばされているのが気分が悪い。
さっさと言えと言わんばかりの眼光にステイルも気付きつつ、今は甘んじて受け取った。それよりもと、会話になるだろう近衛騎士達へと視線を向ける。
「……ジャンヌを見送った理由は皆さんもいくらかは察しがついていると思います。僕自身も平静ではなかったこともあり、信用できる妹に托しました」
突然のことに驚かせたことは謝罪します。そう繋げるステイルに、アーサーも口を結んだまま見返した。あの時のプライドに、自分やステイルだけではないこの場の全員が感じていたと思う。
平静では、なかったと。
「純粋培養すぎる聖女の逆行~闇堕ちしかけたけど死んだ仲間に会えて幸せなので今度は尊い彼らを最善最優先で…って思ったのになんで追いかけてくるんですか?!~ 」
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こちらは引き続き毎日20時更新連載中です。
略称は「ぴゅあ堕ち」になります。
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