そして念を押す。
「おいラルク、睡眠薬ぐらいオリエ本人に取りに行かせればいいじゃねぇか」
「あの女に睡眠薬を預ける方が怖い。処方を間違えたら睡眠薬でも死すと先生も言っていた。もう良いから早く済まそう……。早くテントに戻りたい……」
「お前まだアレ食い終わってなかったのかよ」
一度の鞭音で猛獣達を自由にしてから大股で進むラルクに、アレスは少し溜息を吐く。
サーカス団に戻ってから自分は器を傾け一口で完食した卵菓子を、随分時間をかけて食べるなと思う。しかしよくよく思い返せば、収容所にいた頃も食べるのが遅くて食べきる前に奪われたり訓練に連れて行かれたりネズミに分け与えていたような奴だった。そう思い出せば、今度はまた違う溜息が零れる。
団長にボウル一杯渡された時にも赤い顔で戸惑っている様子のラルクだったが、もしかして食べきれなくて困っていたのではないかとまで考える。
「食いきれねぇならユミル達にやれよ」
「いやだあれは僕一人で食べる」
背中を向けたまま頑として断るラルクに、アレスも頭を掻いた。
ラルクとアレスが揃って医務室テントへ去って行くのを視力で追えるまで見届けてから、改めて大きくレラは息を吐く。取り敢えずはオリウィエルにも納得できそうな手段が見つかって良かった。
放置されたままの動物の檻は気になったが、またすぐに二人が戻ってきてくれるなら大丈夫だろうと判断する。あとは二人が戻ってくるまでに怯えるオリウィエルの気持ちを少しでも晴らせるにはどうするべきかと思考を回す。
アレスとラルクがいなくなったことでその場に座りこんでしまうオリウィエルに合わせ、レラもまた膝を折り彼女へ向き直った、その時。
「はいレラちゃん。団長からのおやつ、まだ貰ってなかったでしょ?」
「!あ……ああありがとうアンジェリカちゃん……」
差し出された器とスプーンに、レラは両手で受け取りながら一度目を丸くする。
もう原型は大分くずれているが、色とうっすらと甘い香りからさっき団長達が配布していたものだとすぐに理解する。オリウィエルに夢中で受け取ることもすっかり頭から抜け落ちていた。
そういえばオリウィエルも受け取る間もなく、団長と一緒に配布係をしていたアレスに急かされ逃げたのだと振り返れば、甘い香りに誘われるようにオリウィエルも両目がまっすぐレラのプリンに向いていた。
さっきまで泣きじゃくった後はあるものの、今はしゃくり上げよりもじゅるりと涎を啜る音の方が先にレラの耳に入った。ラルクに甘やかされ続けたオリウィエルも、一度も食べたことのない贅沢な甘味だ。
涙で潤っていた目をこれみようがしにきらきらと輝かせるオリウィエルに、アンジェリカは軽く睨みながらラルクとアレスが過剰になったのも少しだけ納得した。
レラの分は確保したアンジェリカだが、オリウィエルの分は確保するまでに至ってはいない。気遣う相手になるほどまだオリウィエルとは親しくない。……しかし、目の前で食べたそうにしている顔をしていればそこで無視できないのがレラであることも知っている。そこについては諦めた。
「お……オリウィエルちゃん、半分こしよっか?もう取りにいっても残っているかわからないし……ね?」
さっき無理強いに加担したお詫びも兼ねてと、自分が食べる前にスプーンと器を差し出してくるレラにオリウィエルもこくんと頷いた。
片手ずつ順番にスプーンとそして器を受けとり、スプーンで掬い口へと頬張る。とろける甘さ口いっぱいに広がり、痺れるような感覚まで覚えた。スプーンをくわえたまま余韻に浸れば、泣いた分カラカラに乾いた口から喉まで染み渡るかのようだった。
「美味しい?」とレラに聞かれてもすぐには答えれず、先にちらりと小さな器の中に残っている大盛りだったそれを確かめる。
「……。レラちゃんの分、半分以上食べたら今度は私がぶっ飛ばすからね」
ビクッッ!!!と心を見通したアンジェリカの発言に、思わず正直にオリウィエルの肩が上下した。
半分以上〝うっかり〟のふりで食べてしまってもレラなら怒らないんじゃないかと、打算的なことを考えかけた頭が白くなる。ぶっ飛ばす、と暴力的な言葉も怖かったがそれ以上にアレスとラルクを撃退したアンジェリカにまで敵になる方が怖い。
舌が麻痺したように味がわからなくなったところで、パクパクと二口スプーンでかきこんでからレラに突き出すように明け渡した。
アンジェリカの目から見てもしっかり半分より少し多いくらい残っているプリンに、レラも遅れてやっと口をつけた。
「!……わ、お……美味しい……。アンジェリカちゃんありがとう……ごめんね、私の為にわざわざ……」
「良いの良いの~!もうリヴィアちゃんもユミルちゃんも他の女の子達はみ〜んなも食べた後だし~」
「あ……ああ、あの……、ささささ、さっきは………………」
あまりの甘さと美味しさに頬を緩めるレラに、アンジェリカも同じ視線になるまでしゃがみ自分の膝に頬杖を付く中、もう一人の声が二人の間に割って入る。
言葉を酷く吃又らせなら呼びかけるオリウィエルに、レラもスプーンを止め視線を向けた。まだ一口欲しかったかなと思ったが、彼女の視線は今はレラではなくアンジェリカに向いている。
一緒に作業をすることもある相手であるアンジェリカだが、まだレラを介さずにはまともな会話殆どできていない。それでも、必死に勇気を振り絞り声を出すオリウィエルにアンジェリカも口を閉じたまま視線を合わせた。
「さささ……さ、さっきはありがとうございました……。あああアンジャリカさんのお陰で助かりました……。あの人達、すごく怖くって……」
「べっつにぃ~?ていうかあ、動物じゃなくて二人の方が??」
ビクッッと、どこか棘のある声色にオリウィエルの肩がまた震える。
言葉の綾ではなく確信犯で言ってしまった言葉だからこそ切り返しがすぐに出てこなかった。アレスとラルクを共通の悪者にしたい気持ちを、敏感にアンジェリカに察せられてしまったと理解する。
ぺこりと頭を下げた体勢のまま首ごと固まるオリウィエルだが、アンジェリカの女特有の刺すような視線だけは怖いくらい感じ取れてしまう。
ふぅ~ん、と鼻から音を鳴らすアンジェリカは、やっぱりさっきも怖がっている半分甘え半分だったのかと考える。
自分の目から見てもオリウィエルが怖がっていたのは動物の筈だ。しかし、引っ張ってきたアレスと加担したラルクにも、しおらしい態度以上に根に持ってそうだと感じ取る。強い立場の人間に媚びを売るのを見ると、ここに来る前はそういう媚び諂いが必要な仕事でもしてたのかとまで推理できた。
サーカス団でもそういった女性団員は過去にいたが、基本長続きしない。団長を媚びの標的にした時点でアンジェリカは終わらせると決めている。
「……団長にちょっかい出したらラルクより先に私がぶっ殺すからね??」
かわいらしい口調に反し、恐ろしいことをさらりと言うアンジェリカに、オリウィエルも一瞬息が止まる。
一緒に作業する時にも似たようなことを言われたのに、それをまた釘を刺すというのは警告にも近い。ヒッと思わず息を変に引き、壊れたおもちゃのようにガクガク首を縦に振った。
目だけが怖いアンジェリカとそして大人しくなったオリウィエルをレラも見比べる。一口一口味わいながら、アンジェリカが怒っている理由を想像すした。
強い立場の人間に媚び諂い利用する類いの人間が最終的に標的として辿り付くのは最高権力者である団長だと思えば、その先の推理も難しくない。
「ラルクとアレスみたいに私甘くないから~」
ピンッと指先を空気を弾くように伸ばし、オリウィエルの額に突きつける。
触れられた感覚にオリウィエルも気付いたが、顔を上げられない。
今の二人のどこが甘いんだと過ったが、確かに自分の前の職場と比べたら殴られても蹴られても嬲られてもいないから否定できない。アレスに至ってはあんなに触るな触るな言ってきたのにもう自分を引っ張るためとはいえ触ってきた。何故自分が特殊能力を使うと思わなかったのだろうと、実際標的にしかけたことも思い出しながら疑問も浮かぶ。
反応の殆どしないだんまりのオリウィエルを見ながら、アンジェリカは軽く肩だけを回す。二人の当たりが強いのは明らかだが、恨んでいる態度としてはまだ甘い。自分だってレラが預かっている子でなければあそこまで庇わなかった。
「私だったら自分かレラちゃんが操られたら絶対ここから追い出すしぃ。ていうか檻に引っ張るどころか中身引っくり返して肉ひっつけて野犬に襲わせるくらいするから~」
ヒィッッ!!と、今度ははっきりとオリウィエルの悲鳴と、そして想像したレラからも悲鳴が上がった。
アンジェリカが本当にそれくらいやるとわかっているからレラは余計に怖い。そして、今自分が見たアンジェリカの目は本気だった。
その反応に、アンジェリカは愛想ですら笑わない。ラルクとアレスに言ってやった言葉は本心だが、自分に何も言えず肩を狭めたラルクを思い出すと今更にふつふつとラルクが今まで自分に冷たかった原因への腹立たしさが沸いてくる。レラと団長の保護がなければ頬をつねるくらいはしてやりたい。
完全に蛇に飲みこまれる前のカエルのようになったオリウィエルに、レラもプリンの最後の一口を味わった後に目を泳がせた。アンジェリカと仲良くなって欲しいが、今は少し距離を置かせるかそれとも自分が間にあってなんとかできるかと考え
「ッおい先生!!どこに連れてくんだお前ら!!!」
……ついさっきいなくなった筈のアレスの再びの怒鳴り声に、女性三人は同時に彼らの去った方向へ振り返った。
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