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【アニメ2期決定!】悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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そして出会う。


「それで、思ったんですけど……ラルクさんはなんで舞台でも〝ラルク〟のままなんですか?」


それか。

たまに疑問に思われるのは知っていたが、直接聞かれるのは久々だ。

演者は、全員団長に舞台用の名前を貰う。けれど僕だけが舞台でも変わらず〝ラルク〟で通している。団長にも頼んだら良いと言ってくれたし、別段名前を知られて困ることも僕はない。

そもそも仮名をつけることにしたのは、観客に正体がバレないようにする為だと団長から聞いた。過去の自分と切り離したい団員や、舞台で一目に晒されることで経歴として過去を知る人間に見つかるとまずい団員もいる。だから伝統的に演者と、そして本人の希望でがあれば下働きにも団長が新しい名前を与えている。中にはアンジェリカのように演者としての名を普段も通している人も多い。

ただ、普段と違う仮の名前を舞台で語らない演者は現在このサーカス団で僕だけだった。


「……僕は僕の名前じゃないと落ち着かないからこのままで通してる。それだけだ」

「じゃあ団長がくれなかったわけじゃないんですか?」

「違う。お前も欲しいなら団長に頼め。きっとすぐに考えついてくれる」

むしろ僕はこの名前で通させて貰っている側だ。

そう思いながら団長テントの方を指で示せば、新入りは首を横に振った。「俺は演者としての名前が欲しいから!」と言う彼は、将来アンガスと空中ブランコに出たいと歯を見せて笑った。今は下働きだが、どうやらそれが目標らしい。


「そうか。……うん。……」

「ッ本気ですからね?!」

僕の返事が素っ気なかったせいか、眉間に皺を寄せて言われた。こういう……きらきら輝いた目で言われるとどう反応すれば良いかどうにもわからない。団長みたいにもっと盛り上げてやれれば良いのに。

最後には他の下働きに手伝えと呼ばれ、彼は走ってその場を去った。アンガスも前の相棒には逃げられたままだから、今の新入りが空中ブランコ乗りになってくれたら喜ぶだろうな。彼はまだ若いし、きっとこれから背も伸びる。今からアンガスについて学べばきっとなれる。



『〝ラルク〟はいるか?』



「……………………」

……この名前を変えるのに、どうしても抵抗がある。怖さに、近い。

過去の家族には未練がないのに、この名前だけは二度と変えたくなかった。檻の向こうから団長に呼んで貰うまで……忘れてしまっていたあの感覚が今も汚泥のように残っている。次手放したら二度と戻ってこない気さえする。四十六番が教えて団長が見つけてくれたこの名は一瞬すら手放せない。


三年前に団長と約束したあの日から間もなく、団長はケルメシアナサーカスを四十六番と僕に出会った地に移動してくれた。

テントを張り出してすぐに僕と団長はあの店に行ったけど、予想通り既に四十六番らしき奴隷は売られていなかった。団長が店主に上手く聞き出してくれると「もしかすると一年前の奴隷が」と店主が言っていた。当時、まだたった一年前まで彼がここに居たのだという事実が最初に衝撃だった。

しかも、その奴隷は店主によると途中で「事情が変わって」かなりの高値で上客に売られたらしい。どういう事情なのかは何度聞いても教えてはもらえなかった。団長の予想だと、外見がよほど良く成長したか、何かしらの血筋が判明したか、前の家族など元々彼を探している人間がいたか、フリージアという国の人間かその特殊能力者かもしれないと複数があげられた。

その日から、街でだけでなく個人の屋敷にもサーカスへの小規模公演を受け付けると団長が方針を立ててくれた。

それなりの有力者や有権者であれば、高額な奴隷のことなら覚えているかもしれないし所有者や手がかりにあたるかもしれない。屋敷に招待されて公演をする中でそこの主人に団長も聞き込み、そして僕も許される限り屋敷内を探ってみたけれど四十六番の手がかりはどこにもなかった。

今もあの街に滞在する度に、滞在期間も屋敷への小公演の引き受けも増やしてくれている。団長も僕と同じで決して四十六番を諦めてはいない。


─それでも、たまに思う。


「!ラルク!!そこに居たか!!」

響く声に振りかえる。団長がさっきとまた別の新入りを連れて僕に駆け寄ってきていた。今度はつい昨日招き入れたばかりの新入りだ。

皆の前で紹介こそされたが、今度こそ直接話したことが全くない相手だ。呼ぶ団長に僕からも歩み寄りながら、ディルギアからのさっきの苦情は頭から捨てる。

この人が身よりのない人間を拾い上げるのは今に始まったことじゃない。ただ、今までは出て行く数がもっと多かっただけだ。

団員の数が増えて支える数も出費も増えたのは事実で、そろそろ手に負えないから経理を雇いたいと団長も話していた。でも、僕ら団員が支える数と一緒に僕らサーカス団を支えてくれる下働きも増えている。規模が増すのは悪いことじゃない。


─このまま四十六番が見つからなければ、僕はどうなるか。


「なんですか団長。新入りに案内なら次の興業地で行うと昨日話していたじゃないですか」

「違う違う!今日はお前に頼みたいことがある。……彼女だ」

昨日は公演が全日程終わった後の、しかも深夜での紹介だった。サーカスやテントの案内は次の公演準備の時に行うからと、まだこの新入りは僕らのことを詳しく知らない。

昨日と変わらずビクビクと肩を狭める新入りは、当時のレラを彷彿とさせた。さっきの新入りの少年とは違う、僕らの代に多かった新入りの類の人間だ。

本当にこの人は隙あらばどうやってこういう人を引き寄せるのだろう。それだけは未だに永遠の謎だ。時々テントから変装して街に降りているのは知っているけれど、「宣伝活動」くらいで詳しくはわからない。僕が団長になることが決まったら教えてくれるらしい。


─ 考えるまでもない。今の幸せな日常の延長だ。


「オリエ、……いやオリウィエル!彼女はきっと将来我がサーカス団でアンジェリカに次ぐ花となるだろう!!」

昨日過去は捨てた知らない戻りたくないと泣いていた新入りは、早速新しい名を団長から貰ったようだった。しかも早速演者にする気満々だと、名前からして予想できる。

確かに綺麗な女だ。昨日女の下働き達が文句を言いながらも深夜に身体を洗ってやった甲斐もある。猛獣達への毛繕い用の水がまるっと使われた。

びくびくと団長の背中に顔ごとくっついたまま目に見えて震えている新入りは、何も話さない。団長の「花」という言葉を聞いた瞬間、首をふるふると横に振ってみえたが声は出ないようだった。

人相手に声が出ないのは僕も経験があるからわかる。察するだけでも彼女は色々と僕に近しい経歴がありそうだ。先週の新入り少年に続いて、また団長が歓迎してしまう気持ちもわかる。僕も多分彼女を見つけたら同じことをしただろう。


─……そして、四十六番から奪ったままになる。


「というわけでだラルク。今日からお前が彼女の面倒をみてやってくれ」

「はい。……え?…………えっ?!!!」

うっかり聞き流した直後に二度聞いた。

よろしく頼む、今日は荷車で寝るが次のテントでは暫く彼女のテントにも通って欲しいと、瞼をなくす僕に団長がどんどん話を進めていく。これはもう決定事項になってるまずい。

未だに団長の背中にひっついて僕に顔も見せない女を何故僕が面倒をみないといけないんだ。同じ新入りならさっきの少年の方がずっと良いと、……そこまで考えて気付いた。

今までこういう人間がサーカス団でなじめるように面倒を見ていたのは団長だ。男だけじゃない、レラやアンジェリカ達だってそうだった。だから彼女もてっきり今後も団長が暫く面倒を見るという話だと思ったけれど……とうとう僕の番になった。

それが何を意味するのか気付かないほど僕は馬鹿じゃない。


─ ずっとこの、自分の居るべき場所がどこにもない、夢を見続けているだけのような不安定な幸福が一生続く。


「お前も猛獣使いとしても幹部としても立派に活躍してくれている。……そろそろ次の段階に進んでも良い頃だ」

そう言って、ポンと肩に手を置かれた。優しく笑んでくれる団長に、自分の血色が赤や青になっていくのが鏡をみなくてもわかる。

団長に認められたのは嬉しい、期待されたのも任されるのも嬉しい。……けど、自分の未熟さも何よりこれは僕が受けるべき栄誉じゃないと知っているから。


─四十六番を助けたい。全部返したい、返さなければならない。


「彼女の生い立ちはお前もいくらか察しがついているだろう。……優しいお前なら、わかってやれることも多い筈だ」

耳元に顔を近付けられ、囁くように低い声で告げられた。

団長に、僕が収容所でどういう暮らしだったかは話していない。けれど、以前レラが入団した当初に色々僕がわかってしまえたからそれで団長も察しがついたのだろう。そんなつもりはなかったのに団長の目を哀しませてしまったのは今も後悔してる。あくまで専用は汚物で、アレはさわりだけで「骸骨相手じゃ誰も喜ばねぇ」と諦められて済んだのに。そう説明するのももっと悲しませそうで言えなかった。

本音では言いたかった。嫌です。しかも人を怖がる彼女は下働き達の共有テントでもなく個人テントだ。そこになんで好きでもない僕が毎日通わないといけないんですかと。後継者は僕では無くて……と、言いたかった。

ぐっと顎に力を込めて団長を見返せばそこでもう敵わない。眉を垂らして本気で僕に頼んでくれている団長に逆らえるわけがない。居場所のない人間にと、それがサーカスの理念だと教えてもらったのも、覚悟があると言ったのも僕だ。


─ ……早く、楽になってしまいたかった。


「わ、……かりました……。~~っ……僕にできるか、わかりませんが……」

「!おおぉ!良かった!!流石だラルク。なにか悩みがあればいつでも相談にのろう。なに、私がいつでもついている」

顔の筋肉だけでなく奥歯に力が入りそうになりながら頷けば、嬉しそうに声を上げた団長にそのまま抱き締められた。

団長の背中にひっついていた下働きの女が「きゃあっ」と悲鳴が一瞬上げたから、多分団長につられて一緒に前のめったんだろう。彼女に僕がどれだけのことができるかはわからないが、それでもできる限りは歩み寄ろうと新たに覚悟を決めた。


─ そんな時に、出会ってしまった。


荷車で次の興業地に一週間かけて移動し、僕に近付かれるのも怖がった彼女がやっと少し落ち着いたのは興業地で個人テントを得てからだった。自分だけの場所を持つのが安心するのはわかる。

道中一度も服を着替えない、髪を解かさない、顔も洗わず荷車の隅で小さくなっていた彼女にせめて髪ぐらい解かそうと提案したのも却下された。何日も、何日もかけ、ある雨上がりの夜に彼女の気分転換に少しでもなればと外の景色を見てみないかと提案した時だった。

外に出るまでしなくて良い、テントの入口に立って空を見上げるだけでと言って差し出した僕の手を取ってくれた瞬間




強制的に世界が塗り替えられた。




まるで、今までの人生全てを薔薇色に書き換えられたかのようだった。

四十六番と団長への罪悪感も、四十六番が見つからない不安も、世界のどこよりも幸福だったこのサーカスが自分の在るべきでない場所だという空白感も全てがどうでも良くなった。

ひび割れた隙間に塗り込むような埋没感と幸福感。今までの心音が嘘のように身体に心地良く響き、彼女が目に映るだけで全てを忘れられた。彼女のことしか考えられなくなった。……考えなくて良くて、済んだ。

彼女の為になにかしたい彼女の望むままに叶えたい彼女に従いたい彼女こそがこの世の幸福そのものだと、そう思えて仕方が無くなった。胸の鼓動が心地良くて、彼女の幸せだけで全ての不幸を忘れられそうな高揚感、今まで持たなかった居場所をそこにやっと得られたような感覚は



─ 初めて触れた快楽だった。



彼女へ服従する以外の選択肢などなかった。


区切り関係で明日も更新致します。

よろしくお願いします。

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