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Ⅲ173.侵攻侍女は想いを馳せ、


「……この辺でなら良いかしら」


声を潜め、ステイル達に尋ねながら私は木に背中を預けて腰を下ろす。

アレスを置いてラルクのテントを出た私達は、声や気配を拾えてしまうテント超しではなくその向かいにある木々まで歩いた。距離で言えば五メートル程度しか離れないけれど、ここでなら会話をしても彼らに気にされることはないだろう。オリウィエルの洗脳もなく正気になった二人の昔語りを盗み聞きするわけにはいかないもの。


確認した私に、ステイルが「一度腰を上げてください」と言って私に貸してくれた自分の上着に続き、その下に着込んでいたチョッキを地面の下敷きに敷いてくれた。

アーサーを含める騎士達が少し申し訳なさそうに頭を低くした。いつもの騎士団服ではなく衣装だから、皆はいつもみたいに貸す上着が今はなかっただけで気にしてくれていたのだなと思うと自然に口元が綻んだ。相変わらず皆本当に優しい。


アレスとラルクの話だって、オリウィエルのことも話すならあのまま立ち聞きをと一人くらい食い下がっても良かったのに、皆が一緒に下がってくれた。ゲームの知識がある私と違って、皆は彼らの事情も殆ど知らないのにそれでも察してくれた。

貸してくれたチョッキの上に腰を下ろせば、その隣にステイルを腰掛けた。アーサー、アラン隊長、カラム隊長も並んで立ってくれて、風よけになってくれていると少し理解する。少し寒くなってきたし、そろそろ暗くなるかなとぼんやり空模様を見ながら考える。

ラルクのテントには移動してきたばっかりだけれど、なんだかんだサーカスの二部が終わってからと考えれば随分経つ。もしかしたら他の団員さんはそろそろ着替え始めている頃かもしれないな。

早くこの衣装も返さないとと思うけれど、その前にレオン達を迎えに行かないと。それに今はまだここから離れられない。まだラルク側から聞きたいことは残っているのだから。


けれど今はそれでもと。座り込んだまま膝を抱えて身体を小さくする。

意味も無く顔を大きく仰ぎ、深呼吸する。まだ問題は山積みだけれど、ラルクを引き留められただけでも安堵が大きい。

ぐっと目を閉じ、記憶の中にいるゲームの彼を思い出す。物語で死を選んだラルクは、こんな風に悩む余裕もなかった。

団長を殺して何年も経って、彼女の命じるまま多くの人間も猛獣達に命じて手に掛けた彼は正気に戻ったところで生きていくことはできなかった。攻略対象者だったのならば主人公が頑張って引き留めることができた世界もあったのかもしれないけれど、アレスルートではアレスと主人公を助けはしても、最後は猛獣達と共に罪を償う心中を選んだ。……そして、今のラルクもきっと一歩間違えれば近しい道を選んだのだろう。あの姿をみれば確信できる。


『いっそまた全部白に戻りたいっ……あの女に溺れてた時の方が楽だった……!』


「………………」

わからない、こともない。オリウィエルに心から隷属した状態にではなく、ただただ考えることも悩むことも放棄して自分という存在もなくしてしまいたくなる衝動は。

今でさえあんなに苦しんだ彼が、ゲームのような人生を重ねていたらどれだけ自分に絶望するだろう。……そして、目の前でラルクを死なせてしまったアレスの絶望も。

ゲームのアレスルートでは主人公が寄り添って支えになっていたから、その死も受け入れられただけ。他のルートでもただ物語の焦点が当てられなかっただけで、嘆いていたのは一緒だ。 


アレスが引き留めてくれて、本当に良かった。それとも団長を殺す前に止められて、と考えるべきだろうか。

ほんの数日遭遇が遅れていれば、きっとアレスの説得でもラルクは死を選んだだろう。彼らにとってはそれだけ団長は大事な存在だ。自分達を生かしてくれた存在なのだから。

そしてそんな団長を殺すという手段をラルクに選ばせたのは、どういう理由であれオリウィエルの存在に他ならない。

彼女をこの先どうするか。衛兵に突き出すにしても、幸いにもといっていいのかまだ彼女は大きな怪我人も出してはいない。我が国の法であればいくらかの刑罰に科せられるだろうけれど、特殊能力が根本にないこの国では……


「ジャンヌ。……先ほど、アレスに掛けた言葉は。やはり〝アレ〟ですか。それとも誰かから……?」

ステイルの囁くような声を隣から掛けられる。

もしかして私から言い出すのを待ってくれていたのだろうか。考えることが多すぎて置いてしまったけれど、彼が尋ねるのも当然だ。座り込んだままステイルから顔の角度を上げれば、アーサー達も気になるように私の方に視線を向けていた。

アレスに掛けた言葉。ラルクが目を覚ます前に、私から彼に頼んだ言葉のことだ。単純に経験者として何か言えればと思ったのだけれど、途中からつい彼らの過去に触れてしまった。先に入団したアラン隊長達とも情報共有を欠かさなかった中で、私だけがアレスとラルクの過去をほのめかせていれば疑問に思うのも当然だ。


「……ん」

ステイルからの問いに、一度全員から視線を外してから一音で肯定すればそれぞれから息を飲むような音が聞こえてきた。

予知をまたと、そう思われても仕方が無い。実際はゲームだし、過去のことなのだから誰かから聞いたとも言えなくは無いけれど……彼らの本当の過去を知っているのはラルクとアレスお互いだけだ。

団長でさえ、その深奥までは知らないかもしれない。アレスにとってもラルクにとっても口にしたくないような悍ましい過去だ。


「ちょっとだけ。……アレスが、誰かに言っていたの。本当は自分の入団よりもずっと前にラルクに出会っていて、……一緒にこの世界でもう一度と決めたのにその時の彼を知るのはもう自分と団長だけだって」

そして団長はもう居ない。そう、ゲームのアレスは悲しげに顔を歪めながら主人公に語った。

もうラルクの味方になってやれるのは自分だけだ。だから、絶対にラスボスからラルクを解放してやりたいのだと。

第四作目の王道ルートであるアレスとの恋愛では、共にラルクの知られざる過去とそして過去に囚われたままのアレスを救うことが主軸になっていた。

結局ラルクは死んでやっと解放されたという流れで終えてしまったけれど、……本当に彼が望んだのはラルクとまた人生をやり直すことだったのだろう。

ゲームでの彼の悲しげな横顔を思い出しながら言えば、自分でも弱い声になってしまう。少し疲れてしまったのだろうか。それとも単純に安堵によるものなのか。


「団員から聞いたやつ、アレスさんは元奴隷で、その頃にラルクさんが特殊能力者の演者を欲しがってた団長へ見つけ出したとか。あれのことですかね」

「ええ、噂の全てが真実かはわからないけれど……」

アラン隊長が、以前団員から聞き出してくれたことを上げ、私も苦笑しつつやんわりと答える。

団員でそう噂が広がっているのも、きっとラルクが元奴隷だと隠す為だ。だから団長もアレスもそれを否定せず、そのまま団員内の事実として置いているのだろう。私達は部外者だしここで明かしても言いふらさなければとは思うけれど、軽く話して良い過去じゃない。


「アレスがオリウィエルの特殊能力にかかる前の、……ずっと昔の。ラルクの本質を理解してくれている人ならと思ったの。……犯したことを許されても、一番救ってくれるのはやっぱり本当の自分を思い出させてくれる存在だから」

膝を抱えた手から、自分の手首をぎゅっと掴む。

笑ってみせながら自分でもなんだか疲れたような、ちゃんと笑えていないような気がする。その証拠に私を見返すカラム隊長達も表情が曇ってみえる。私に言われると色々と笑えないのもあるだろう。いっそ説得力あると笑い飛ばしてもらえれば気も楽だけれど。

ラルクのことを話しているつもりなのに、身体にも力が上手く入らない。

でも今は座り込んだままだしと、背もたれの木に背中をさっきより預けながら言葉を続ける。


「だから、ラルクにも……引き止めてくれる人がいて良かったわ」

それがアレスで、本当に良かったと思う。

本人達にとって望んだ形の再会にはならず遅くなってしまったけれど、今日やり直せたと思いたい。

ラルクだけでなくアレス本人にとっても、まだ癒えきれてない傷もあるのだろう。ラルクが変わらないと言いながら笑った彼は、哀しそうに暗い影も差していた。それでも、ラルクとも分かり合えてまだサーカス団も団長も残っている今からなら、このサーカス団でなら、……彼の傷も癒してくれると思いたい。

ゲームでは「俺は今も、ラルクの為に買われた奴隷のままだ」と言っていた彼だけど、主人公が不在でも今は彼にそれを否定してくれる人が二人もいる。


「……少し冷えてきました。宜しければ一度どこか中に入りましょう」

「ありがとう。けれど大丈夫です。今はここでこうしていたいの」

私の方へ屈んでくれるカラム隊長に、細い声のまま断る。

心配してくれているのかなと思いつつ、だけど今はなんとなく動きたくなかった。オリウィエルや彼女を見張っていてくれているレオン達も気になるけれど、今はアレスかラルクが出てくるのを待っていたい。それに、寒いとは思うのに風に当たっていたい感覚だった。


「じゃあ俺何か羽織れるもの借りてきますね!」

アラン隊長が声を上げるのとほとんど同時に、近くのテントへ駆け出してくれた。

小さくなっているし風も少し出てきているから、風邪を引かせないように考えてくれたのだろう。隣に座るステイルも、温度を分けようとしてくれたのか肩が振れるくらいに自分から近づいてくれた。アーサーも、座っている私に合わせて風除けになってくれようと片膝をついて風向き方向に背中を向けなおした。カラム隊長と同じように私と同じ視線までしゃがむと、手首を掴んだまま固まる私の手を両手で包んで温めてくれる。

本当に、私の周りには優しい人ばかりだ。

私からも感謝を込めて心からの笑みを今度は返せた。


アラン隊長が毛布を抱えて戻ってきてくれるのは、それから三分もしなかった。

抱えた毛布の山に「お待たせしました!」と私とステイルに、三枚ずつ毛布を配布してくれた。私が一枚受け取って肩に羽織ったところで更に膝上、そして身体を巻くようにと厳重にカラム隊長とアラン隊長二人に包まれる。まさかの私とステイルの分だけで使い切ってしまった。

アーサーとカラム隊長もアラン隊長と同じく自分達は大丈夫だと、再び立ち上がって風から庇うように並んでくれた。三人だって寒そうなのに。

これでよしっ!と明るく笑うアラン隊長はそこで空気を変えるように、視線を猛獣のテントの方向へと向けながら投げかけてくれた。


「いやーそれにしてもどうしましょうね猛獣達。象は良かったとして、今残りの猛獣全匹オリウィエルの味方ですし」

そりゃラルクさんの命令はきくみたいですけど。と、頭を掻くアラン隊長に、確かにと私も首を傾けて考える。うっかりステイルが近いのを忘れて軽く頭突きしてしまった。コツンと軽い音に、慌てて謝ればステイルは一言で返しつつ話題を戻す。


「猛獣の脅威……もそうですが、ラルクがこの後許すかもわかりませんね。恐らく猛獣達が彼女の支配下のままなど愉快ではないでしょうから」

おお……と、これには私も口の中を飲み込む。

一時的な応急処置として許してくれただけて、確かにラルクにとっては大事な我が子達みたいなものだ。結果として操られていた〝人〟は解放されても、他の動物ならばともかく猛獣達の意思をラルクだけは気にするだろう。自分が操られた側だから特に。


「今後オリウィエルをどうするかにもよりますが。少なくとも彼女と今後の周囲の為にも何かしら特殊能力を制御する方法も得たいところです。最悪フリージアに連れていくべきでしょうか」

「補助も難しいし俺らの手枷をあげるわけにもいきませんしね」

「それだと猛獣達が今度はそのままですし……」

「その前に手枷の生活がずっとは厳しいだろう」

ステイルの言葉に、アラン隊長、アーサー、そしてカラム隊長も意見を交えてくれる。

確かにそれも今のうちに考えておく方が良いだろう。時間はものすごく有限だ。

もふもふに毛布で包まれたおかげか、私も少し頭が回ってきた。もしかして自分が思っていた以上に凍えていたのもあるかもしれない。思考を巡らせ、毛布を内側から掴み引き寄せる。


「彼女の特殊能力は危険だし、確かにフリージアで……。でも、彼女の特殊能力じゃ特別処置までは難しいでしょうね。少なくとも暫くは彼女の身の回りにいる人も厳選すべきだと団長にも協力を求めましょう」

先ずはやはり女性がいる方が良い。そうなるとやはり猛獣ではなく、彼女が味方にしても危険じゃない生き物にせめて変更すべきだろう。

安全な生き物……って何気になかなか限られる気はするけれど。馬車の馬だって人を蹴り殺せる殺傷力がある。


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― 新着の感想 ―
不透明なのだけれど、 ゲームではどうやってオリウィエルは能力の検証をしたの? 3人を効力は弱まるとしても支配下におけるのはわかった。 現状見た感じでは、ローテーション式のようだけど、ゲームでは、ラルク…
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