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Ⅲ170.担う者は辿り着き、


「おい団長!!ほぼ全財産じゃねぇかふざけんな!!」

「今日という今日は我慢できるか!!!俺らをなんだと思ってやがる?!俺らは飼われてる覚えもねぇぞ!!」


ケルメシアナサーカス。

ジジイ、……〝団長〟と呼ぶことになったそいつは、サーカス団の団長らしい。噴水で顔を洗ってから団長に上着だけ借りて道すがら説明を聞けば、サーカス団っていうのは見世物小屋みたいなもんらしい。

それなら俺なんかより道化用の奴隷でも買えば安くついたのにと思うけど、団長は「君が欲しかったのだよ!」と言ってばかりだ。


大昔、本人曰く〝六年前〟に俺を買おうとしたおっさんが団長なのは思い出したけど、もう当時のことは断片的だ。その後の地獄が濃すぎてうわ塗られちまった感覚だ。

ただ、サーカス団について説明する団長の話はどっか既視感もあった。昔もなんか色々早口で説明された気がするから、たぶん同じようなことを説明されたろんだろうなと思う。

サーカス団は見世物小屋っていっても、ただ嗤いものになる為の安い芸じゃなく、客をあっと言わせるそうな演目を見せる。空中ブランコ、猛獣芸、玉乗り、空中浮遊に重量挙げ。なるほど俺の特殊能力を知ってるなら欲しがるわけだとわかったけど、……それじゃあまたあの変態ジジイみたいに飽きられる日もくるんじゃねぇのかと背筋が冷たくなった。その時は今度こそ死んでおきてぇ。


顔洗って水を飲んだら本当にすぐにサーカス団まで早足で歩かされた俺は、四十四番……〝ラルク〟に、手を引かれ続けた。

女でもできたらしく、始終そいつのことばっかを口にして早く帰りたいをほざくラルクはそれだけでも昔と大分空気が変わったのがわかった。

でかいテントまで辿り着いた後は、団員を大声で呼ぶ団長と俺を置いてラルクは早足のままどっかへ消えていった。たぶんずっと言ってた女に会いに行った。

そんで集まってきた団員達は全員俺を見て、それからすぐに目を皿にしてまた団長を見た。新しい団員として俺を紹介すれば、説明される前に誰かが「奴隷か?」と言うのが聞こえた。

団長の上着を借りた分格好はまともに見えても、首や手足の枷の痕は残ったままだから背中の焼き印を見せるまでもなく気付かれた。

もうこの時点で嫌がられるかとは思ってけど、意外にそこは平気だった。「とうとう拾うどころか買うまでいったか」と溢すぐらいで。

俺を指差した団員の一人が、口を開くまでは。


『……それで団長、そいつにいくら使ったんだ?』


俺が奴隷なの前提に尋ねたその答えに、次の瞬間団員全員が騒然とした。

飯は?!肉は!!?次の公演決まってねぇのに!!と。俺が奴隷ってことなんかどうでも良いらしく、それよりも飯の心配が殆どだった。もしかしてここ、奴隷を買う金もねぇくらいに貧乏なのか。

それなら急に俺みたいな中古とはいえ高級奴隷を買ってきた団長にぶち切れるのも当然だと、他人事で思う。今も目の前で頭を抱えたり地面を踏み鳴らしてやつあたりしてる奴や泣き出すガキに、団長は「まあまあ聞いてくれ」と変わらずのヘラヘラ顔で笑っていた。

今日帰るのが遅れたのも馬車を借りる金もなくなったんだと訴えているのを聞いて、どうりで日が傾くまで歩いたわけだと思う。あんなに長い時間歩くのは初めてで流石に何度かへばりかけた。……俺よりも、もう奴隷じゃねぇラルクの方がゼェハァ言ってやがったけど。

ずっと箱の中にいた俺以下ってことは、あいつまだ体力がゴミのままだ。背は伸びてもそういうのは成長してねぇらしい。

団長に眉を釣り挙げている奴らは、どいつもラルクより身体つきもしっかりしてる。ここに来るまですれ違った道ばたの奴らと見比べても、ラルクは今も細いままだ。

ずっと長い距離歩いている間に、少しずつだけと昔の四十四番だったラルクの顔は輪郭も思い出してきた。けど顔は昔の面影はあんまないとやっぱ思う。


「確かにケルメシアナサーカス至上最高の投資をしたことは認めよう!しかし、彼にはそれだけの価値がある。本当ならあんな金額では手に入らない逸材だった」

『いや運が良かった。君が暴れてくれたお陰で競争相手が出なかった!』

……目の前で笑う団長の言い分を聞きながら、噴水の後に言われたことを思い出す。あの時も今と同じようにハハハッと笑いながら背中で言われた。

団長の話だと俺が競売で暴れ出した騒ぎが原因で、他に値段をつり上げる奴がいなくなったらしい。むしろ中断になりかけて団長が名乗りをあげたところで、特殊能力者の奴隷じゃあり得ない捨て値で買えたと。

単純にあいつら全員ぶっ殺したくて暴れただけだったけど、団長には「よくやった!」と褒められて流石に首を捻った。いっそ団長も客席にいたんなら俺に殺され掛けたかもしれねぇ。


続けて団長から俺が特殊能力者なのが説明される。途中、何人かに「本当に??」「まさか偽物掴まされたんじゃ」と疑われてるのを見てこのジジイは威厳がねぇんだと思う。

団長に言われて氷を出せば、その誤解はすぐに解けた。「おおお!」と声を挙げる団員達に、旦那様の最初の客を思い出して少し目眩がした。あの変態ジジイも客も、飽きた特殊能力に価値はない。


「これから彼は我がケルメシアナサーカスに絶大な利益で貢献してくれるだろう!!皆、仲良くしてやってくれ!来週にはさっそくドカンと元を取るからな!」

「?!団長待て!!そいつ来週にもう出すつもりじゃねぇよな?!せめてその痣消えるまでは下働きにしとけ!!奴隷買って芸させてるなんて噂が立ったらどうする?!!」

「衣装と化粧で隠せば良い!!せっかく公演後で皆も身体が温まっているだろう?客も前評判を忘れていない!!来週までに宣伝をすればきっとまた来てくれる!!」

なによりそうしないと金がない!と、勢い任せで大声に宣言する団長に団員の殆どの顔が真っ青になった。

抗議して顔色にもはっきり出せる分、奴隷よりはまともな生活はしてるらしい。後は食い物の心配くらいか。

何人か団員が血管を浮き立たせて「やってられるか!」と背中を向けたのを皮切りに、他の団員達も解散していった。団長も「さあ明日からまた忙しくなるぞ!」と両手を広げて解散を促す。

顔が青い団員もガキもいる中で、ふらふら歩く奴らもいる。「今日こそお肉食べれると思ったのに……」とぼやく奴もいる中で、当然奴隷の俺のことを気にする奴は殆どいない。ガキや女がちらちらと怯えるように見上げてくるくらいだ。……なんとなく聞き逃した気がするけど、俺も出るのかそのサーカス。


奴隷の見世物はねぇって言ってたけど、結局変態ジジイと似たようなことはさせるんだなと胸の底が尖るようにイガついた。けどもう箱にいれられなけりゃあ何でも良い。

バシンと背中を叩かれて、気付けば背中が丸まっていたと今わかる。反射的に調教された反射で全部が伸びきってから顔を向ければ、団長だった。


俺を紹介するまま隣に立っていた団長が、歯を見せて俺に笑いかける。

もう昔は気にしたこともある愛想も忘れた中で、団長は「まぁ皆わかってくれるさ」と何故か慰めた。やらかしたのどうみてもテメェの分際で。

一人若い女が「団長~!!と両手を伸ばして駆けてきたのも「すまないアンジェリカ」と俺を理由に断った。……途端に、その女だけは俺を上目ではっきり睨んで来やがった。屋敷や家によっては奴隷嫌いもいるらしいからそれか。

女は特に「汚い」という理由で奴隷を買うこと自体を嫌がる客もいた。


「さて、私の部屋においで。古いが着替えならたくさんある。早く君の演目の演出と、衣装も明日には決めたいな」

今日中に寸法を測って貰おうと、自分の顎を撫でながらいう団長は相変わらず上機嫌のままだ。

俺の腕を掴んだまま、今日誰よりも疲れ知らずに歩いていた団長に引っ張られるままでかいテントの裏側にまで通された。すれ違った団員へ「明日から頼むよ!」と声を掛けながら進んだ団長に、どいつもぐったりと奴隷みたいな顔で笑うか睨むのかのどっちかだ。たまに大枚叩いた原因の俺も睨まれて、気がついた奴だけ睨み返しながら進んだ。


団長の〝部屋〟は、部屋とは名ばかりのテントだった。さっきまで団員達が集まっていたでかいテントと比べると小さい、俺のいた飼い箱よりはでかいくらいの大きさのテントだった。

やれやれ疲れたと一人で溢しながら中に入った団長は帽子をテーブルに置くと、早速椅子に腰掛けた。


「君も座ると良い。疲れただろう?……ああ違う違う。床じゃない、椅子に座るんだ」

ここだここ、と。団長の座る椅子の向かいの席を手で示される。床だろ普通。

旦那様……変態クソジジイからも奴隷として正しい座り方を教えられた覚えはなくて、大昔調教された頃と同じように椅子へ真正面に腰を下ろす。両足揃えて手を膝に置いて背筋を伸ばせば「くつろぎたまえ」とまた難しいことを言われる。なら床だろ。

首を右に、左にと傾けてから、取り敢えず団長の真似で少し足を開いて背もたれに上体を掛けた。「すまない、今水差しも切らしてる」と言われ、ハッと棚に置かれた水差しに今気付く。本当は一番に俺から水を汲んでくると言うべきだった。やっぱ駄目だ、あの六年で奴隷としても殆ど抜け落ちてる。

「あの様子だと、……また何人か抜けるな。まぁ団員が増える際の恒例行事のようなものだ。それよりも、今は大事な話をしなければ」

「大事って……俺を演目にって話か?別にもう買った以上アンタが主人だ。命令なら好きにしてくれ」

「そうかそうか。なら最初に、いくつか私の質問に答えてもらえるか?正直に、君の心からの答えを聞かせて欲しい」



『君の心からの答えを聞かせて欲しい』



また頭にぼんやりと、昔の記憶が過る。あの時も団長に色々聞かれた気がする。この団長は質問するのが好きらしい。

当たり前の返事をして、息を吐く。主人の質問に答えるなんかそれこそ義務として教え込まれてきたことだ。背もたれ部分に背中が支えられる感覚が落ち着かなくて、結局また背中を浮かす。丸めた背中でテーブルに両手を付けば、こっちの方が今は楽だった。

こんな態度奴隷が許されねぇとわかるけど、あの時のおっさんが団長だと思うとこのくらいは許される気がした。最初は前の変態ジジイと同類かとも思ったけど、……コイツが違うのはもう知っている。


ありがとうでは遠慮無く、と。笑いながら言う団長の言葉に耳を傾ける。てっきり俺が暴れた理由とか特殊能力がどれだけとか聞かれると思っていたら、……変な質問ばかりを投げられた。

好きな食べ物は、苦手な食べ物は、女の好みは、腹が減っているか、疲れているか。好きも何も食い物なんか吐かずに食えるものなら奴隷はなんでも食う。苦手な食い物は、……薬さえ入ってなければ良い。そう言った途端、空腹を聞かれれば今はあんま食欲がわかなくなった。

暫く口に突っ込まれることが多かった所為で、食うのも苦手になったかもしれねぇ。疲れもよくわかんねぇし、奴隷に疲れなんか関係ねぇのに聞く意味もわかんねぇ。

そんなことを考えながら思いつくまま答える間、団長は変わらず笑ったままだった。そうかそうかと相槌を打ちながらまた言葉を続ける。


「じゃあ食べ物以外でも苦手なものや嫌いな物。そして、君が絶対に〝して欲しくない〟ことを教えて欲しい。いくつでも構わない」

「ジジイ。あと焼き印と口に突っ込まれるのと寒いのと暑いのと、………………箱」


ぼうっと、頭が鈍く薄まった。


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