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Ⅲ168.担う者は出会い、


「まったくよぉ、調教はできても身体の成長はどうにもならねぇのが困りもんだな」


経理奴隷として売り出すには充分な見かけの身体に成長するまで、奴隷商の商品棚に並べられることになってからあと二ヶ月くらいで一年になるらしい。

ずっと檻の中だけど、経理についての勉学は忘れないように義務づけられたままだ。店の中全部が檻だから、前の場所ともあんまり変わらない。高額商品用の檻は全部一人に檻一つだけど、俺はまだ売れない扱いのせいで十人纏めての安物の檻に入れられた。

入れられる時に見た標品札には「事務」とざっくりした区分と一緒に大体の値段の範囲も書かれていた。

高級品と違って、安物の檻は中にいる奴隷がどれでも大体それくらいの値段らしい。

経理奴隷の俺は、安物といってもその値段がまぁまぁだということはわかった。


売られるまでの放置期間があると、奴隷商の会話でわかった俺はそこまで危機感もない。

檻の中は俺よりも年上の奴隷ばっかだった。中には爺さんまで入っていた。この中でも俺は、ちゃんと待てばその内売られると言われているから処分もされない。それに多分俺は年さえ食えば、ここよりもうちょっと高い奴隷の檻に移動される。高額奴隷の枠が空いていれば個室かもしれない。


そんな風に、一人だけ勝ちが決まっているつもりで身体が成長するのを待った。

さっさと商品を売りたい商人からは、たまに餌の中に肉もいれて貰えるようにもなってわりと良い暮らしだ。処分さえなければずっとこのままでも良いくらいで、経理知識は必死に頭に維持しながらたまに客や商品の仕入れと補充を見るのも週間になった。

経理奴隷の俺は、いつか金と帳簿以外にもこういう金を実際に使う場面にも同行させられる場合があるって調教で聞いたから売れる時の為にちゃんと見る。

檻の中にいる間は、背中を伸ばさなくでも足を組んでいても罰を受けないから気も楽だ。


高そうな服に身を包んだ奴らが高額奴隷をすげぇ詳しく商人から説明を聞きながら選ぶのとか、親子連れが子どもの世話役にとかペットに買いにくる時もある。わりと大した服を着てない奴らも買いに来る。

店の人手とか、親の介護とか、文字が読める奴隷が欲しい、演奏ができる奴隷が欲しい、しゃべれない奴隷が欲しいとかいろいろある。たまに経理奴隷を買いにくる奴もいるけど、子どもの俺よりも大人や老人ばっかを買っていく。

ジジイなんかなんで俺より売れるんだと思ったけど、何より一番安いし〝使用期限〟が早い方が良い場合もあるらしい。使い捨て、っていう言葉も何度か聞いた。

奴隷が売れれば売れるだけ、またすぐに商品は補充される。俺を売る奴隷商は生産所と繋がってるから利益も出しやすい。

客は一組だけが店の真ん中で寛ぐ時もあれば、人が混みやすい時間帯もある。商人が相手をしていない客は勝手に商品札と檻越しに俺らを眺めて選ぶ。特に俺はやっぱりガキらしく、何度か似た年のガキの客に話しかけられることも



「やあ君!君だよ、そこの。茶色髪の、黄色の目をした君だ。ちょっと、こっちに来てくれたまえ」



……そう、俺を指差しながら檻の向こうで呼んできたのは、子どもじゃないおっさんだった。

今まで客のおっさんに話しかけられたこともないから、一瞬本当に俺かわからなかった。周囲を見回して、同じ檻の奴隷達の顔を見たけどおっさんが言う容姿は俺以外いなかった。鏡もないからたまに自分の容姿も忘れかける。

でも、おっさんのきらきらした目は気持ち悪いぐらい俺へ向いていた。


客に呼ばれたら前に出るように調教されている俺は「はい」と一言返して鉄格子の前まで歩み寄る。

行けるところまで行きすぎて、途中で足枷にガチャンと止められた。檻の中は自由に行き来できるけど、それでも逃げないように片足は繋がれている。つんのめったところで、客より低い位置になるようにその場に足をたたんで座る。

愛想が無いって理由で売れなかったことがあるから、一応口を引き上げてみたけど笑っていたかはわからない。けど、客のおっさんの顔は笑顔のまま変わらない。「やあやあどうも」「良い子だ」と猫撫で声で言われるのを右耳から左の耳へと聞き流す。


「君、年は?」

「十五でございます」

「そうじゃない!違うんだよ違う!……〝本当の〟年齢だよ……?」

命じられた通りの年を言ったら、おっさんは顔の筋肉全部を中央に寄せて首を大きく振った。

最後はちらちら商人に聞かれていないのを確かめてから声を潜めて尋ね直された。どうやらこのおっさんは奴隷の年齢偽装も知ってるらしい。俺がまだ十五には見えない所為もあるんだろう。

聞かれても、俺が正式に教えられている年齢は売り出されてからこの先もずっと〝十五のまま〟だ。

十六を名乗れるのはたぶん、本当に十六になった時だけだろう。若いから売れない俺は、なるべく成人に近い年齢で決められている。

俺がもう一度「十五でございます」と頭を下げたら、おっさんがもどかしそうに唸り出す。それからまたチラチラ商人を見て、口元に手を置いてさっきより小さい声でこっちに囁く。客のくせに懇願するように眉を垂らして俺の前で指を組む。


「君が安い理由はさっき盗み聞いたから知っている!私は若ければ若いほど良いのだよ!!だから君の本当の年齢が知りたいんだ!なぁ、助けると思って頼むよ、絶対店主にも誰にも言わないから」

「……………………十三歳……かと……」

俺がいつ成長するんだそろそろかと商人達が話してる時に聞いた。盗み聞きだから本当にバレたらまずい。

素晴らしい……!!と、おっさんは噛み締めるような掠れた声で拳を握った。若ければ良いって、女の奴隷ならたまにそういうの欲しがる客もいるけどなんで男の俺に言うのかわからない。

間違われたら返品か処分だから「私は男ですが」と言ったら「それで良いのだよ」と満面の笑みで歯を見せられた。調教役が発散で鞭振るう時を思い出して反射的に肩が強張る。

けど俺の向こうのおっさんは「ありがとうありがとう」と奴隷の俺に感謝するだけどころか、檻の隙間から手を突っ込んで握手までしてきた。

握手された時とか「はい」「ごめんなさい」「すみません」以外の返し方をわからなくてだんだん手のひらまで湿ってきた。客の手を汚したらそれこそ鞭だ。


「この店に入ってすぐに目に入ったよ!君、こちらに歩いてきてくれた時も見たがやはりなかなか良い身体をしていたね。姿勢も悪くない。身体の機能に障害や怪我は?」

「あ、ありません。お褒め頂きありがとうございます……」

「これはまさに運命だ。いや本当に嬉しいよ。まさか三件目で君のような子どもに出会えるとは」

歯を見せてにこにこ笑ってくるおっさんが子どもの奴隷が欲しがっていることはわかった。

子どもの奴隷なんかどこの店にもあるんじゃねぇのかと思ったけど、事務用の奴隷が欲しかったのかと思い直す。この檻じゃ一番若いのはガキの俺だ。

今までの客にも「ここは質は良いのにその所為で若すぎる時がある」とか「質が良いだけあってどれもわりと高い」と言っていた奴はわりといた。奴隷の中でも教育された奴隷は価値が上がるのは俺も知っている。

どういう理由で事務用の子ども奴隷なんか欲しがってやがるのかはまだわかんねぇけど、あとはこのおっさんの趣味か。

「すまないね勝手に喜んでしまって」とそこで頭を掻いたおっさんは一度頭の帽子を取った。「君」と呼ばれ、奴隷の俺なんかにきちんと挨拶する前みたいな態度で帽子を胸に声まで低めてきた。



「どうだい?私の〝息子〟にならないか」



は、と。最初は間の抜けた音が出た。

奴隷同士だったらもっと思い切りハァ?と言いたかった。子ども用奴隷や愛人奴隷なら聞いたことあるけど奴隷を養子になんか聞いたことがない。

俺がガキだからとからかっているのかと思って首を捻れば、おっさんは「私は本気だ」ととうとう鉄格子に掴まってきた。余計に鼻先がこっちに入るほど顔を近付けられる。

俺の視線に合わせようと、おっさんまで檻の向こうから膝を突き出した。おっさんの異様な行動に、他の客もこの檻だけは避けて見てみない振りをする。せっかくの上等なおっさんの服も裾が檻の方にはみ出して早速汚れた。


「何を隠そう私は由緒正しきサーカスというものを商っていてね。どうしてもどうしても我が子という名の後継者が欲しいのだよ。君は若い、これから仕込めばきっと立派な団長にも成長できる」

「さ……サーカス……?」

こそこそ声と一緒の早口は、商人が相手を説き伏せる時と悪巧みか詐欺だと学んだ。それと似たしゃべりにやっぱりからかってるだけじゃねぇかと思う。

どうせ奴隷の俺に決定権はねぇんだから買いたいならさっさと店主に言って買えば良いのに、そうしないのが証拠だ。

けど客に間違っても失礼な言い返しはできない。他の奴隷達にも聞かれてないことを首を左右に振って確認すれば「しーーーっ」とおっさんが口の前に人差し指を立てた。

「これは私と君との交渉だ」と言われて、このおっさんは奴隷が何なのかまず知らねぇのかと思う。奴隷相手の交渉ってなんだ。店に金さえ払えば俺らになんでも命令できるだろ。


「そうかそうか君はまずサーカスを知らないか。すまなかったまずそこから始めよう聞いたら驚くぞ?サーカスというのはだな、一言で言えば全ての人間を笑顔にする夢のような世界であり仕事だ。王様にだって簡単にできることじゃない」

王様に殺されねぇかこのおっさん。

もう訳がわからなくて「はい」しか言えない。俺の同じ言葉の相槌に、まさかの奴隷の前でペラペラと饒舌に話し出したのは〝サーカス〟の仕事内容どころか歴史からだった。

俺には聞こえていても他の奴隷や客にはごにょごにょぶつぶつ言ってる頭のおかしな奴だろう。店主が客の相手してなかったらひっぱがえされてるし、奴隷だったら鞭数回は打たれてる。

それでも主人になるかもしれない客の話は全部聞かないといけない。失礼なことをしたら店の評判にも関わる。


おっさんの長話を聞いていれば、サーカスっていうのが大勢の集めたところで芸を見せて金をもらうものだというのはわかった。

客が喜べばまた観に来てくれると聞いて、つまり笑わせて満足させる仕事かと理解する。そういうのは道化用の奴隷とか探した方が良いんじゃねぇかと思ったけど、このおっさんが欲しいのは子どもの奴隷だ。取り敢えずは、……その〝笑わせる〟っていうのが今の俺らみたいに嘲笑われることとは違うんだなってことは奴隷の俺にもなんとなくは理解できた。

長々歴史からサーカス自慢まで語り終わってから、おっさんはまた「どうだ??」と目を輝かせる。鼻先どころか、今度は鼻を完全に突っ込んでくるほど顔を近付けた。


「興味が沸いたか?ならば君も共に行こう!私の息子として生き直してみようじゃないか。こんなところと違い暖かなベッドもそれに毎日は無理だがお腹いっぱいまでご馳走もしよう!今までの君が知らないような明るく眩い未来を約束しよう!!」

そう言って、再び檻の隙間から手を伸ばされた。

年のわりに少しゴツついた血管の浮き出た手を、俺は瞬きも忘れて見続ける。俺に握手を求めたままの形の手に、また〝選択権なんかないのに〟と思う。でもここで手を取れば、もう処分される心配はない。

予定よりも早く買い手がついて、この暇からもおさらばできる。本当に息子かなのか期待しねぇけど、少なくとも主人の中ではわりと良い扱いかもしれないと思う。

どうせ俺はここで売られる為にいるんだから商人に調教された通りにこれも素直に飛びつくのが良い。

失礼ないように膝の畳んでおいた手を浮かせる。いつもより喉が妙に渇いて、なんでかわかんないけど心臓が今までになくバクバク鳴った。交渉の意味もまだわからない、ただ人生初の交渉を前に早く、早く商人にも奴隷達に気付かれる前にと逸る。夢かもしれない、頭がおかしくなった俺にしか見えないものかもしれないと半分疑いながら檻の隙間から差し出され続けた手を












「……〝ラルク〟を、買って下さい…………」












「…………ラルク??」

……掴めなかった。

膝の上に浮かせかかった手をぐっと拳にして押しつける。

明らかに期待と違った反応をされたと顔に書いたまま眉を寄せ目をぱちくりさせるおっさんから一度顔を伏せる。「ごめんなさい」「すみません」「申し訳ございません」と覚えた言葉をそのまま使う。自分でも今言ってることとやってることがやばいとわかる。

一回口にしちまえば、心臓が余計に激しく内側を叩いた。このまま死ぬんじゃねぇかと思うくらい、風邪か病気かと思うくらい息まで苦しくなって首の根を服ごと掴んで紛らわす。気付けば指の先まで震えてた。

〝譲る〟ことじゃない、奴隷の自分がこんなことを客に言うことが死ぬほど怖い。処分という言葉が何度も警告みたいに脳裏で光る。

まだ引き返せるもう引き返せないと反対の言葉が頭に鳴りながら、ガクガク腕ごと震える指先でおっさんの背後を指差した。俺の檻から唯一見える、向かいの檻だ。こっちと同じ複数の奴隷がまとめて入れられている、安売りの商品棚だ。俺のいる奴隷より、もっと安い




処分前の格安奴隷の檻だ。


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