Ⅲ165.侵攻侍女は促し、
「マート。すまないが、隅で彼を見ていてくれ。鞭さえ持たせなければ恐らく平気だが、突発的な行動に出ないように見張っていて欲しい」
ラルクを抱き抱えたカラム隊長がマートに預け、彼の鞭だけをそのまま没収した。
彼の第二の部屋になっていたことから考えてもまだどこかに代えもあるだろうけれど、騎士のマートがみてくれれば心配はないだろう。
カラム隊長に了承を返してラルクを抱えたマートは、テントの外には出ずに部屋の壁際で彼を床に下ろした。大分騎士が片付けてくれたとはいえ、細かい破片も床には散らばっているからか自分の上着を先に床に敷いてラルクを寝かせてくれた。
カラム隊長の手心が加えてあるし、きっと衝撃自体は簡単に目を覚ますこともできる程度だろう。ただ、精神疲労で自然に目を覚ますのは難しいかもしれない。最初にアレスの影響で特殊能力が薄まったあとも眠ってしまったのもその所為の可能性もある。
ゲームでは特殊能力が解かれた後すぐ行動に移していた彼だけれど、決して平気だったわけがないもの。少なくとも私の思い出せる記憶では最終局面で正気に戻ったラルクは
自ら死を選んだのだから。
『僕は、殺し過ぎた』
だから、なるべく段階を踏んで、完全に正気に戻った彼が衝動的な行動を選ばないようにしたかった。
正気に戻った後のラルクは、止める攻略対象者の手を振り払い猛獣達と共に、燃えるテントへと消えていった。
『もう、生きられないっ……』
……ただ、今までの感覚だとゲームでラルクとの恋愛もあった気がしないでもないからラルクも攻略対象者なら彼のルートでは主人公が引き留めたのだろう。
けれどアレスルートで、ラルクの死は変わらない。ただ、彼のルートはラスボスが死ぬ前にラルクが正気に戻って、追い詰められていた主人公とアレスを助ける友情展開はあった。
正直具体的な理由もわからなかったしゲームのご都合展開としか思わなかったけれど、……今は違うとわかる。あれは単なる奇跡じゃない、今回と同じ現象が起こったからだろう。
アレスルートの最終決戦。主人公とアレスを前に、次々の他の攻略対象者達が無力化される。ラスボスの支配下に落とされたり、猛獣に押さえつけられたりと様々だった。
仲間も頼れず絶体絶命と思ったその時、正気に戻ったラルクが猛獣達を使ってアレスとそして主人公を助けた。きっと特殊能力の許容量を超えてラルクが弾かれた結果だろう。
他のキャラのルートによってはラスボスが死んだのにラルクが後追い自殺するパターンと、正気に戻るパターンがあった。もしかするとラスボスが死んだとしても、支配下の数で特殊能力が薄まっているかラルク一人が支配下になってるかが関わっていたのかもしれない。……攻略対象者も思い出せない今、キャラごとのラストも思い出せないけれど。少なくともラスボスが死んで攻略対象者以外みんなが後追い自殺したストーリーは記憶にない。
そして最後は、他ルートと同じ死を選んでいた。せっかくラスボスも倒してハッピーエンドになった直後にアレだから、作品として暗い印象が残ったのをよく覚えている。
特にアレスルートは辛かった。辛い過去も明かされた彼は、ラルクの死に主人公に支えられながら地を叩き嘆いていた。
悲しみ嘆く彼を抱き締め支える主人公は天使のようだったけれど、…………そこは救済ルートにして欲しかった。ゲームのレビューでも確か私と同じような感想の人がいた気がする。
次の場面になれば時間経過と共に主人公のお陰で気持ちを持ち直したアレスが「良いんだ」「ラルクは最後に自由になれたんだ」と落ち着いた雰囲気で一応ハッピーエンドの終わり方ではあったけれども。
「もう大丈夫だオリエ。ラルクのやつも目が覚めたら落ち着くだろ」
「ごごごご、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ……」
なんで謝ってるんだと、そう言いながら怯え頭を抱えるオリウィエルをアレスが落ち着かせるべく抱き締める。現段階で仮定として彼女への恋心が〝好意〟で止まっているとはいえきっと都合良く、急に態度の変わったラルクと被害者のオリウィエルという感覚なのだろう。
それでも今は彼女自身も素直にアレスには縋れないように抱きしめられた身体をただただ頭を抱えた体勢で縮こまるだけだった。
これからアレスに、ラルクと同じ言動を受けるのをもう予感しているのだろう。味方のアレスからの優しさも本意ではないことを彼女は知っている。今まで自分に尽くしていたラルクが、目の前で憎悪を露わにしたばかりなのだから。
血色も悪いまま、再び謝罪を繰り返し泣き出す彼女に舌打ちが聞こえたと顔を向ければヴァルだった。
またさっきと同じ方法をしたいのか、単純に苛々しているのか片足が貧乏揺すりのように地面を繰り返し踏んでいる。
流石に二度目は使いたくない。私から「ヴァル」と呼びかけ、視線をくれた彼に首を振って断る。途端にさっきより大きい舌打ちが返された。
「……フィリップ、ジャンヌさん。どう致しましょうか。また休息を間に置くべきか、……アレスの方も、なるべく早々に戻したいところではありますが」
アレスとオリウィエルの監視をエリック副隊長に任せ、カラム隊長が私達へ直接尋ねるべく歩み寄ってきた。
殺気を浴びたばかりの彼女へ配慮しつつ、それでも現状で一番の被害者であるアレスを早く解放したい気持ちもよくわかる。
何より、次ラルクが目を覚ました時にまだアレスがこの状態だったら同じことの繰り返しだってあり得る。
結果としてオリウィエルの特殊能力を少しずつ解くことができたけれど、それでもやっぱり完全に支配下から解放された衝撃は段違いだった。
その上、アレスがまだ解放されていないなんて知ったら彼女を殺しかねない。いや、絶対殺そうとするだろう。さっきのあの目は脅しではなく本気だった。
カラム隊長から「ラルクもそう長くは眠っていません」と本当に軽度まで手加減してくれたのだということを伝えられる。
ならば本当に短時間だけ休憩を挟むか、ラルクを一度別の場所に移動するか、もしくは彼女に強引にでも断続をお願いするかだけれど……さっきのラルクの発言でライオンにも怯えを見せ始めていた彼女に頼むのはまだ難しいかもしれない。人間のアレスにだってあの状態だ。
ステイルも同じ考えなのか、薄い音で唸りながら眼鏡の黒縁を指で押さえて難しい顔で僅かに俯いた。レオンとセドリックにも意見を聞いてみようかと考えた、その時。
グルルッと、唸り声が耳に届いた。
息を飲んで聞こえた方向に顔を上げれば、オリウィエルの方だ。ラルクが気を失ってから、待てをされていた猛獣達が再び自由に行動し始めていた。暴れるまではいかないけれど、虎と狼がじわじわと彼女の方へ距離を詰めている。そして唸られているのは、……エリック副隊長だ。
「!!エリックさん!彼女から距離を!」
「「エリックさん離れてください!!」」
私とステイルアーサー、更に「エリック離れろ」と隊長二名も含んで私達全員が殆ど同時にエリック副隊長へ声を上げる。
カラム隊長に任されたのと、仮に護衛対象であるオリウィエルとアレスの傍に一定距離を置いて付いていてくれていたエリック副隊長が一人見事に虎と狼に敵視された。
私達の命令と許可を受け、エリック副隊長もすぐに後ろへ跳ねる形で下がった。狼と虎にとって、今はエリック副隊長だけが威嚇対象だから無理もない。
きっとエリック副隊長も状況はわかっていたけれど、立場上ここで離れるべきか戦うか悩んでくれたのだろう。
ラルクの命令下から離れた彼らにとって、今の最優先順位はオリウィエルだ。
エリック副隊長が離れた途端、すぐに隙間へ滑り込むようにして狼と虎が彼女に寄り添った。抱き締めるアレスを足蹴や大きな身体で邪険に押しやりながらも、彼女を慰めるようにべろりべろりと頬を舐めだす。
突然狼と虎に集まられ、短い悲鳴を上げた彼女だけどすぐに撫で返す形で止まった。頭を抱える手も緩み、今は狼と虎をそれぞれの手で撫でている。抱き締めていたアレスの方が、動物に押しやられたまま今は虎の右前足に肩を踏まれて半分潰れかかっている。「重い!!」と怒鳴るけれど、当然彼の言うことを聞く虎ではない。
唯一ライオンだけは仲間に入らず今は気を失うラルクの近くにいるけれど、こちらはマートに威嚇するほどの気配はない。
動物の効果あってか、直接的に顔を舐められたからか少し我に返った様子の彼女に、こちらから呼びかけてみる。
「オリウィエル。きっと次で最後です。ライオンに触れて貰えますか」