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Ⅲ161.侵攻侍女は予見する。


「猛獣達……そういやあいつらって元々どこで仕入れてきたんだ?」

「僕がいた頃にはもう全員揃っていた。前任者の置き土産だと昔団長が話していた」


……やっぱり、ラルク薄まっている気がする。

二人に挟まれておどおどするオリウィエルをよそに、アレスとそしてラルクまで想定以上にしっかりと相談に対応してくれた。

変わらずオリウィエルを守るぞ体制ではあるけれど、こうして彼女への問いかけに彼らも加わってくれる。アレスはもともと協力者側だったからそこまで違和感がないけれど、ラルクは大分すんなりした方だと思う。

ステイルの話だと最初の異変が起こってからは色々こちらの言い分にも素直だったと話していたし、これも彼女からの洗脳が薄れた影響だろうと思う。

オリウィエルに話があると言った時は揃って警戒されたけれど、彼女の特殊能力を制御できるようにする為だと説明すればむしろ彼女よりも前のめりに聞いてくれる。……そういうラルクとアレスは操られている自覚がないのが本当に恐ろしいのだけれども。

私達の会話を聞けば、少なくとも彼女が彼らに特殊能力をかけていること前提で話を進めていることはわかることだ。それでも疑念の一つも見せない二人に、私は眉が少し寄ったままちらりと視線を合わす。


「……話を聞いていたらわかることとは思いますが、貴方方の特殊能力を解く為の相談でもあります。宜しいですね?」

「お前達がそう言いたいならそう言えば良い。彼女が力を制御して外に出ることができるようになるのなら協力は惜しまない」

「いやそもそも操られてねぇよ。オリエが特殊能力者だってのもさっき知ったんだぞ」

淡々とした声で典型文のような言葉を返すラルクと、見事に無自覚百パーセントのアレスに頭が痛くなる。あまりにも綺麗に答える彼らに、嫌な記憶が過りぞわりと総毛立つ感覚に両手首を掴んだ。

わかってはいたけれど、精神系統の特殊能力にかかった人間に自覚はない。第三者にいくら言われようともそこで自分を省みた上で納得できるわけがない。……うん、知っている。


ゲームでも、ラスボス……オリウィエルの右腕として主人公達の敵に回っていたラルクは攻略対象者にいくら操られていると言われていても認めなかった。「なにを訳の分からないことを」と言い捨て、そのまま聞く耳持たず敵として行動していた。

洗脳されている人間が自分の行動に疑問を持つことは難しい。特殊能力者の奴隷が施される〝調教〟と同じだ。あのライアーだって、今はレイ達と平和に過ごしているけれど、奪還戦では何の躊躇いもなく騎士を相手に戦闘を繰り広げたのだから。……そしてヴェスト叔父様の記憶消去と同じで、いくら自分で思い出そうとしても思い出せない。

個人による優劣はあっても基本的にこれが精神系統の特殊能力だ。


傍に立っていたカラム隊長達も、これには想定内とばかりに落胆する様子もなく表情は変わらなかった。私が目を合わせた時だけ同調してくれるようにカラム隊長もエリック副隊長も肩を落とした。

するとそこでさっきまで無言だったオリウィエルから「あの」と細い声が掛けられる。視線を向ければ、さっきと変わらない怯えた表情に顔の血色が更に青白くなっていた。見開いた瞳を微弱に揺らしながら、確かめるように頭から被った毛布を押さえる指に力を込めた。


「も、……もし私……特殊能力を解く……できたら、…………こ、今度は──……」

ちらっ、ちらっと話しながら彼女の視線は交互にラルクとアレスを差す。

呼応するようにビクビクと肩を揺らし跳ねさせる中で、彼女が何を言いたいのかはわかった。どうした?何か心配事か?と彼女を心配する二人は、まさか自分達からの報復を恐れているなんて想像もしないのだろう。

きちんと自分のことは……良くも悪くも思考が及ぶ彼女に、私も少し苦く笑う。いや、正しいのだけれども。

ステイルへと視線を向ければ、なかなかに彼女へ向けての冷ややかな視線が落とされていた。中腰で彼女と視線を合わす私と違い、他の皆は佇んだままだから彼女には余計圧が強いだろう。ジルベール宰相のカウンセリングと説得がなければまた泣かれていたかもしれない。

私から代表として「大丈夫です」となるべく柔らかい声と笑顔を意識して言葉を返す。ね?とアーサーへと同意を求めて視線を投げればすぐに「はい」と迷いなく返事をくれた。


「ジャン……フィリップ達に協力してくださる限りは貴方の安全も俺らが保証します。…………だから、絶ッ対誰にもそれは使わないでください」

お前達が保証せずとも僕らが俺らがと、ラルクとアレスが声を上げるのも今は受け流して言葉を続けるアーサーに、オリウィエルもこくこくと小刻みに頷いた。

うっかり私の名前を最初に言いかけたアーサーだけれど、一応はこの場で一番の代表者はステイルだ。

アーサーからステイルを肘で突けば、ステイルも眼鏡の黒縁を押さえながら「勿論です」と答えてくれた。特殊能力さえ私達に使わなければきちんと守るという条件に、彼女も今回はちゃんと受け取った上で了承してくれる。

更には彼女の反応を受けて、ラルクとアレスも早速積極的に……というよりも彼女の為に動くべく顔を見合わせる。


「確か猛獣共全部雄だったな?」

「象は雌だ。僕が三匹とも連れてくる。お前はその間に彼女を守っていろ」

わかった、と。アレスの返事を受けるよりも前にラルクが立ち上がる。

中身がはみ出した棚の引き出しから新たな鞭を取り出した。あくまで外に出たがらない彼女の希望を通す為に、ライオン達の方をここまで連れてきてくれるらしい。今だけは猛獣使いの彼が頼もしい。……というか、…………駄目だなんだか今は素直に二人の会話を喜べない。


口には出さず眉間の皺を指で押さえながら唇をきつく結ぶ。明らかに、ラルクとアレスが普通に協力関係を築けている。

恐らくこれはオリウィエルの洗脳が薄まっている関係ではなく、……彼女の特殊能力下にいる影響だろう。本人達は無自覚でも、いまラルクとアレスは特殊能力者であるオリウィエルの支配下だ。同じ洗脳下同士、彼女を愛する同士の協力関係がたぶん強制的に結ばれている。

アレスも確か、もともと私達を妨害する策をラルクと相談したのにラルクが拒絶したから単独行動したと話していたし、もう支配下に落ちた時点で仲間カウントになるのだろう。なんかやだ、すごくゲームのシステムっぽくて怖い。


何より、アレスがあそこまで望んでいたラルクとの和解が、こんな形で成立しているのが怖いを通り越して気持ち悪い。

ゲームのバッドエンドルートにもハッピーエンドにもなかった、メリーバッドエンドルートを見せられている気分だ。ラスボスの支配下同士で仲良く暮らしましたとか主人公が含まれても含まれてなくても考えるだけでぞわぞわする。指先で永遠と背中を撫でられているような感覚だ。手首を掴んでいた手で腕を交差して擦ってしまう。

キミヒカは一応全キャラ全ルートやった私だけどそんなルートは絶対地雷だ。早く彼らを正気に戻さないと会話すら見ていて辛い。お願いだから仲良く会話するならゲームみたいに正気状態でして!!


「アラン!すまないが一応ラルクについていってくれ。猛獣達をここに連れてくるそうだ」

「じゃあマート!こっち代わってくれ!リオ殿を頼む」

「いっそ僕もアランに付いていこうか?猛獣達には興味もあるな。ヴァル、君達もどうだい?良い気分転換だと思うよ」

「!僕っ僕もさっきの動物見に行きたいです!狼もきっと見れますよ!」

「アァ?めんどくせぇ。……セフェク、どうする」

頭に引っかかる感覚を覚えながら、テントの内と外の往来会話を聞く。

カラム隊長からラルクの見張りを任されたアラン隊長と一緒にレオン達までとなるとなかなかの団体行動だ。ラルクの顔がわかりやすく嫌そうに歪んだ。「見張りなんかいらない」ときっぱりと開口一番に切ったけれど、多分誰も聞かない。

細い身体でテントの外へと出たラルクが猛獣小屋の方向に歩き出せば、わかりやすくぞろぞろとアラン隊長からレオン達も続いていた。ヴァルもケメトと一緒にセフェクを挟んで歩いていたから、多分セフェクが行くと言ったのだろう。

オリウィエルの悲鳴を聞いてからずっと元気がない様子だったし、少しは気が晴れると良いのだけれど。きっとレオンもそれで提案してくれたのだろう。


オリウィエルの悲鳴は私も恐怖心を引きずり出されるくらいのパニック声だったし、同じ女性のセフェクにも怖かったのは当然だ。

今はオリウィエルのお陰でラルクも協力的だし、運が良かったらセフェク達に動物セラピーとかしてくれると嬉しいけれど。


『僕以外でこんなに懐いたのは始めてだ。……きっと君が優しい人間だからだろう』


「…………」

今、一瞬頭にラルクの台詞が。淡く優しく微笑む中性的な青年が頭に浮かぶ。間違い無くラルクだ。多分ゲームのスチル映像だろうか。

やっぱり、ラルクも攻略対象者なのかしら。明らかに主人公に言うような甘い台詞だ。

今までずっとラルクのルートが具体的に思い出せなかったから攻略対象者かどうか疑問だったけれど、今頭に浮かんだ場面はどう考えてもラルクとの恋愛イベントとしか思えない。むしろ他のキャラとだと浮気じゃないだろうか。そうなると私が思い出せないだけで、ラルクのルートもあったのか。

両手でこめかみを押さえながら頭を捻るけれど、これ以上は思い出せない。一体ラルクはどうなっているのだろう。

けれど、今はまずそのラルクとそしてアレスを正気に戻すことが先決だ。象は駄目だということだから、取り敢えず最高数で三匹分彼女の特殊能力を薄めることができる。少しずつ、……少しずつ解けばきっと。


「……アーサー、カラムさん、エリックさん、マート。この後のことなのですが……」


立ち上がり、オリウィエルの前から再びテントの出口側へ移動しながら騎士達に呼びかける。彼女とアレスに聞かれたらまたパニックになるか中断になるかもしれないし、ここは聞かれない方が良い。

私の移動に合わせてステイルとセドリックも続いてくれた。彼女達に聞かれないように距離を取ったところで、カラム隊長とエリック副隊長は特に私の傍でもオリウィエル達から視線は外さず注意してくれる。

今は協力的だし問題無いと思うけれど、……怖いのはこの後だ。セドリックの推理であれば、この後猛獣に特殊能力を使えばそこでラルクの特殊能力も薄まるし解けるかもしれない。

アラン隊長に任せてこの場のとどまってくれたマートも含めて騎士が四人。さらにテントの裏にはジェイルもいるし、この場に姿が見えない騎士もいる。ステイルとセドリックだって心強い中で、この面々ならきっと最悪の展開は免れると確信はある。


「懸念が。……少し、留意しておいて欲しいことがあります」


それでも、念には念を。

ちゃんと皆に相談して、その上で万全の体制で彼らを救いたい。

〝予知〟にするまでもない。彼らにもきっと想像できる事態だ。私からの潜めた声での一言に、全員の緊張感がピンと張り詰めるのを感じながら私は彼らへ警告を鳴らした。


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