照らし合わせ、
「ごめんなさい。貴方にとってもきっと聞かれたくない話なので……答えられる部分だけでも答えて頂ければ幸いです」
「あの……わ、わた、私もうさっきの人に全部……」
「いえ、他のことです」
本当にゲームとは別人のようにおどおどした彼女に、そっと切り出す。
ジルベール宰相が聞き出してくれたのは、彼女の特殊能力についての認識とサーカス団に所属してからのこと。そして私が今聞きたい殆どは、その前の話だ。
意味がわからないように不安げな彼女に、潜めた声で尋ねる。
あくまで言葉を選んだけど、それでも意図を理解した彼女の瞳が酷く揺れるのがわかった。口が俄かに空いたまま微弱に唇が震え、血色が引いていく彼女になるべく答えやすい方式で尋ねてみる。
サーカスに所属をしてから、触れた覚えのある相手はいるか。そして、サーカスに所属するまではどのような生活で、……具体的に言ってしまえばどのくらいの期間、どういう流れで奴隷だったのか。
あくまで私からは〝奴隷〟の言葉は使わず尋ねれば、やっぱり彼女も自分からはその言葉を使わなかった。どう考えても奴隷だとわかる内容だけれど、その言葉を言うのも認めるのも嫌なのだろう。……当然のことだ。
「……わかったわ。辛いことを聞いてごめんなさい」
ありがとう。必要な答えを聞き終わり、私は感謝を伝えてから一度口の中を飲み込んだ。
そっと肩に触れたかったけれど、今は安易に許されないのもわかっている。その分せめて声だけでも彼女に伝わるようにと願い、音を立てずに立ち上がった。ジルベール宰相お相手でもないのに答えてくれたのも、そのまま私達に協力してくれる意思の表れだ。
私が一歩引いたところで、アレスとラルクも拘束から開放された。
すぐさま元通りに彼女に左右で挟み守る姿に、……これが能力ではなく本心での存在だったらと過ってしまう。でも、今の二人はどちらも仮初だ。
怯えた眼差しの彼女と目を合わせたまま、後ろ歩きで私もアーサー達の元へと戻る。
大丈夫ですか、と尋ねてくれる言葉に返しそこでオリウィエルから目線を外し、彼らにまた向き返った。アレス達にも聞こえないように、小声を選ぶ。
「……話して、くれました。……やはりダリオの推測通りでしょう」
最初に結論を告げる。
目を大きく見開いたセドリックを目で示し、息を呑む音が複数聞こえた。ステイルも、アーサーも、この場の全員がきっとその意味をわかっている。
彼らの息遣いに気付きながら、私はオリウィエルの返答を説明する。頭の中で並行しゲームとの関連を思考しながら。
……正直、私の今までの十年の行動が巡りに巡ってゲームと異なって彼女が奴隷の経緯になっていたらと少し怖かった。
けれど実際に聞けば、ゲームでも語られなかった彼女の過去は、私が想定した以上に最初から壮絶だった。
物心ついた時には両親はおらず召使のような生活で、子どもの頃に奴隷商に売られ、そこから娼館。そこから使えないと放り出され、行き倒れていたところを偶然団長に拾われ今に至るらしい。
放り出された経緯あたりから話しながら震えも増えて目が泳いだから、何か怖いことがあったのだろいた。本当は逃げ出してきたのかもしれない。
けど、少なくとも彼女の物心つく前から私の人生が影響しているとは考えにくい。
「前の主人の元では、自分と同じ立場の女性か主人か客にしか会っていなかったそうです。放り出されてから団長に会うまで他の誰に触れられた覚えもなく、サーカス団に所属してからは彼女に触れたのは団長と医者の先生、同性である女性団員。そして、……世話をしてくれたラルクだと」
そういう店に所属して奴隷として働かされていたのなら、偏見はあるかもしれないけれど店主も関係者もそして客も恋愛未経験の可能性は低い。いや恋愛感情持った経験とそういうのがイコールではない。でも、彼女が特殊能力を開花してから触れた相手が全員そうだったと言われても納得はできる。
女同士が大丈夫なのもこれで確証にはなった。奴隷だった時は周りも女奴隷ばかりで芋部屋に敷き詰められても何も起こらなかったらしい。
そしてサーカス団で彼女を連れたのは団長。あの人がもうとっくの大昔に恋愛経験済みなのは間違いない。
その後は彼女が酷く怯えるから同性である女性団員に身嗜みとかは世話してもらい、その後は本人の強い希望で特別に個人テントで引き篭もり。そして面倒をみる役に団長からの信頼も厚くオリウィエルと年齢も近いラルクが選ばれ、……触れた。
「ダリオの仮説と予知、全てが綺麗に当て嵌まりますね」
なんか、すごくすごく不憫だ。ラルクが。
ステイルの言葉を聞きながら首が重くなる。「聞いて下さりありがとうございました」とお礼を言われても返事の声が無意識に低くなった。
つまり彼女はとっくに特殊能力を開花させていて、ただそれまでは気付く機会どころか効果がある相手にも遭遇せず、そして初めて特殊能力をかけられる条件に合ったのがラルクだったということだ。
彼女の生い立ちも不憫の一言では言い表せないほど凄惨だけど、ラルクは見事にとばっちりの不幸。まさかアレスだけでなくラルクも狙ったわけではなかっただなんて。
ゲームでは最初からドヤ顔でラスボスが「貴方達もこうなりたい?」とラルクを堂々と見せしめ扱いにしていたから、てっきりラルクはお気に入りとか好みとかで狙って支配下にしているものだと思っていた。
「それでは、一先ずは仮定とされた安全条件の二つはどちらも確定ということで宜しいのでしょうか……?」
挙手からステイルの許可を得て尋ねてくれたのはマートだ。
きっかりと確定事項を再確認する彼に、ステイルも同じく私も肯定で返した。セドリックからの頷きが合わせられ、その答えにアーサーがほっと胸を撫で下ろす。
今までは初恋とか条件については未確定で通していた部分が大きいから、これが立証されただけでも大きい。対応策も打ちやすい。
私としてもオリウィエル本人が自分から特殊能力を解く為に協力的になったから、彼らに共有されて良い機会でもある。あとはなるべく段階を踏んで特殊能力を解ければ。
その方法も、目処はついている。
「残す問題は、どうやって特殊能力を解くかですが……これまでの彼女の話で、可能性が一つ。ジャンヌ、貴方も気付いているのでは?」
ジルベールも同意見でした、と。さっきジルベール宰相を城へ送った時に話したのだろうステイルの問いかけに、私も一言返す。やっぱりステイルも気がついていた。
セドリックが「やはり」と呟き、アーサーとマートも確かめるようにオリウィエルの方へ小さく顔を向けた。もう皆、同じ結論があった。
特殊能力を使用したのが彼女の人生の中でラルクが初めて、そしてアレスが二回目だとすれば。今日起きたもう一つの謎も解決する。
ゲームでも明らかにされなかった彼女の弱点。
特殊能力においての〝効果の減少〟だ。
アレスが特殊能力に掛かったと同時だった、ラルクの変化。彼女の力は操る人数が増えるほど、薄まる。
「人数に比例して薄れる種の特殊能力だとすれば、ラルクの変化も説明できます。おそらくは支配下に置く人間が増えたことで一人における効果が半減したのでしょう」
ステイルの説明に頷きながら私は口の中を飲み込んだ。
周囲に目を向けても皆同意の意思を示す様子に、やっぱり間違いないと確信する。
最後にちらりとオリウィエルの方へ目を向ければ、ラルクが引き出しから取り出した新しい毛布を頭から被り直し、今は膝を抱いて小さくなっていた。
ラルクが泣き出した理由もわかっていない彼女は、恐らく自分の能力が薄れた実感はまだないのだろう。
「……ヴァル。君、もしかして知らなかったのかい?」
「あーー?テメェら坊ちゃんやバケモン共と違ってこちとら特殊能力者に会う機会もねぇんだ」
あっても商品ぐらいだ、と。……またとんでもないことを声を潜めず言うヴァルとレオンの会話がテント一枚隔てて聞こえた。
一瞬薄く覇気を感じて身が強張ったけれど、……まさかのすぐ傍にいるマートだ。てっきりいつもみたいにハリソン副隊長かと思った。
いつもは落ち着いた大人の男性の印象のマートなのに、今はちょっと鋭い。アーサーはもう聞き慣れたものだろうけれど、マートにはやっぱり彼の発言と前科を考えると腹立たしいのだろう。
レオンが突然投げかけるということは、テントの向こうでヴァルは私達と同じ結論には至らず意外に驚いていたのかなと思う。
ヴァル自身は特殊能力者だし、セフェクとケメトもそうだけど確かに自分達以外の特殊能力者に会う機会は少ないだろう。……むしろ遭遇率が低くて良かったとしか思えない。
彼もセフェクもケメトの特殊能力有無関係なく、人数で薄れるという特殊能力ではないから知らなかったのだろう。ケメトも効果が薄れると聞いたことはないもの。
テントを隔てて「君も特殊能力者じゃないか」というレオンの心の声が聞こえてきそうだけど。
特殊能力と一括りにしても、能力の内容も違えば人によって効果の強さに持続に制限にと個人差がある。
実質同じ予知能力である母上と私そしてティアラだって、できることはバラバラだ。予知をする頻度も違うし、母上は月に数回でティアラは年に二回程度だった。私に至っては実質年に一回かも怪しい。
寸前の予知は意識的にできるけれど、それ以外で公式とされた予知はその殆どが前世のゲームの知識だ。
そしてティアラは予知した未来を人に見せることもできる。
通信の特殊能力だって視点固定や、目に見える映像や、単に声を送るだけのものもある。
そして、特殊能力の制限だって人それぞれだ。
ステイルみたいに成長と共に瞬間移動できる重さも自分入れて大人六人に増える場合もあれば、セフェクみたいに成長した後も水の量が大きくは変わらない場合もある。ヴァルだってケメトのブーストがなかったら土壁や自分の周りでドームを作るくらいが限界だし、あんなに自由自在に土や瓦礫を動かせない。
オリウィエルはまだ特殊能力に目覚めてから使った回数も極めて少ない。自分の特殊能力が人の数に比例して薄まるなんて知るわけもない。……少なくとも、この現実のオリウィエルは。
そう考えると、自然と自分の血がサーと冷たくなるのを感じる。意識しないと今にも目が遠くなってしまいそうだ。
彼女がこのままゲーム通りの道筋を通っていたら、一体どうやってそれを知ったのかを考えると恐ろしい。ゲームの彼女は間違いなく自分の限界値を知っていたもの。
今ならわかる。ゲームで何故彼女が他の団員達には脅すばかりでラルク〝しか〟特殊能力で配下に置かなかったのか。「ラルクみたいになりたい?」や「猛獣の餌にしちゃうわよ」にするわよとばかり言うだけで彼女が基本的に操っていたのはラルクだけだった。
実際にラルク以外を支配下にしようとするのは、ゲームの最終局面くらいだ。ゲームでのご都合かと気にしなかったけれど、きっと一人に絞らないと完璧に言うことを聞かせることができなかったのだろう。……さっきのように。
ゲームで彼女は自分の特殊能力が女性には効果がないとか初恋の相手だけだと自分の弱点もわかっていて、アレスも知っていた。きっと、団員で色々と試したのだろう。
一体団員の誰がどういう目にあったのか、想像もしたくない。……ゲームで、ラスボスの弱点を知っているのは支配下のラルクとそしてアレスだけだったのだから。