Ⅲ160.侵攻侍女は一歩詰め、
「まぁそういうことだな」
「君以外の女に目移りするわけがないだろ」
……居たたまれない。
ラルクをカラム隊長が起こした後、オリウィエルの口から尋ねてもらった質問に彼らは即答だった。
今まで、恋愛対象になったのは自分が初めてなのかという気まずい問いに。
なんかもう、乙女ゲームみたいな台詞というか乙女ゲームの登場人物なのだけれど、そういうことさらっと認めちゃうのも今彼らが特殊能力下だから胸が痛い。ゲームであれば主人公に言っている筈の台詞なのに、ラスボスに言っている。ラルクはゲームと同じ状況だけれど、そもそもアレスが特殊能力にかかるなんてゲームのバッドエンドか他攻略キャラルートだけだ。
私が聞けと言ったのだけれど、なんだか恥ずかしげもなくあっさり認める二人に私の方が顔を両手で覆ってしまう。そしてラスボスの特殊能力本当に末恐ろしい。
目を覚ました直後は少し混乱しているように周囲を見回したり「どうなっているんだ?!」とテントの中に大勢詰めかけている状況に騒いで鞭を探したラルクだけれど、オリウィエルが私達が味方だと訴えてくれればすんなりと応じてくれた。
鞭はカラム隊長が没収し返していない。それでもラルクは彼女の傍にアレスと一緒に付ききりで今もこちらを警戒している。
そんな三人に私だけではなく、事情を知っているアーサー達もなんともいえない表情で視線を注いでいる。
「……やはり共通点ではあるようですね。勿論、彼女に気を遣って偽っている可能性も無しとは言い切れませんが……」
ハァ、と。ステイルが眼鏡の黒縁を指で押さえながら唸る。途端にアレスとラルクが「そんなわけねぇだろ」「僕の想いを侮辱するつもりか」と殆ど同時に異議を唱えるからもう耳を塞ぎたくなる。
ステイルの言い分も最もだ。今の彼女を喜ばせる為に二人がそれぞれ初恋経験を隠している可能性もある。今までの経緯から考えても、彼女の特殊能力は彼らを思い通りにする能力ではない。
私はゲームの知識があるけれど、ステイル達にはあくまで第三者が彼女の特殊能力をそう語っていたとしか言っていない。
アレスとラルクの抗議を私と同じく聞こえないふりをするステイルは、顎に指関節を当てながら彼らに背中を向けてこちらに向き直る。本当ならカラム隊長やエリック副隊長のご意見も聞きたいけれど、二人はあくまでオリウィエル達の同行を見張っていないといけないから仕方が無い。
今ステイルと一緒に彼女の特殊能力解明に思考を巡らせているのは、セドリックそして護衛のアーサーとマートだ。
マートなんて今までこうして王族と一緒に作戦会議なんてなかっただろうから肩身も狭いだろうと少し申し訳なくなる。けれど、姿を隠しているだろうローランドとハリソン副隊長にも聞けない今、一人でも多く意見は確認したい。
マートも確か騎士としてはアラン隊長達と同じくらい経験のある騎士だ。特殊能力者についても造形は深い方だろう。
レオンとヴァル達、アラン隊長のいるテントの外に一度移ろうかとも思ったけれどあまりテントの外で大勢でいて目立ちたくもない。さっきも団員の声の後にアラン隊長が上手く誤魔化してくれている声が聞こえてきたくらいだ。
今はテントの外ではないけれど、私達のこそこそ会話を彼女に聞かれないように入口の前での井戸端会議で間をとっている。ここなら声を張れば彼女にも聞けるし、外のレオン達にも耳を澄ませて貰えれば聞こえる距離だ。アラン隊長が見張ってくれているし立ち聞きされる心配もない。
それに、やっぱりオリウィエル本人から質問に答えて貰える方が都合も良い。
ステイルへ頷いたセドリックが「気になることが」と顔の位置で挙手をする。真剣な眼差しで声を潜める彼は、男性的に整った顔を険しくしてステイルへと目を向けた。
「彼女はラルクに特殊能力を発現したのは突然だったと主張しております。しかし、特殊能力というものは差はあれど基本的に発現するのは未成人の間が殆どであった筈。勿論、例外の事例もありますが……」
「確かに。オリウィエルがこのサーカス団に所属したのは一年ほど前だったな……」
「あのっ!すみません、オリウィエルさんおいくつですか?!」
しっかり我が国の勉強も図書館でしたのだろうセドリックの知識に、ステイルも腕を組む。
我が国特有の存在である特殊能力者だけど、その殆どが未成人の内に特殊能力を発現させている。つまり特殊能力を発現したのが一年前ということは、彼女は少なくとも現在で十六歳からそれ以下ということになる。けれど、……正直外見だけでいうとそうは見えない。アーサーが直接本人に尋ねるのも当然だ。
女性である私自身、初対面が下着同然の姿で色っぽく見えたのもあるかもしれないけれどもっと年上に見えた。アレスの年齢が確かゲーム開始の時点で二十代。ラスボスは厚化粧の所為もあってもっと大人っぽく見えた。つまり今のアレスと同年齢もしくはそれ以上だろう彼女が、今十六歳前後には思えない。
アーサーの質問に、大きな声だった所為でびくりと少し身体が跳ねたオリウィエルだけど、その後は思い返すように視線を浮かせていた。
「……たぶん……い、一年くらい前に言われてたのは十六だから、今は十七だと思います……?」
「十七か。……。すまない、ならば別におかしくはなかっ」
「十九だ」
おっ、と……?
まさかの、彼女の答えに納得しかけたセドリックの言葉をテントの外がうわ塗った。ヴァルだ。
自信なさげに答える彼女の細い声に聴覚を集中させていた私達に、テント一枚向こうのヴァルの声は遙かに大きく聞こえた。若干苛立ち混じりの低い声に、私も入口に駆け寄り顔だけを外へ覗かせる。
私に向けて滑らかな笑みで手を振ってくれたレオンの隣でテントの壁に寄りかかっていたヴァルは、どうやらレオンと同じく話は聞いてくれていたらしい。
随分と断定した言い方に、アラン隊長も興味深そうにヴァルへ目を向けていた。「あー、たしかに見えるな」と言いながら笑うからどうやらヴァルと同じ意見らしい。
レオンが視線を私からヴァルに向けると「君、遠目でしか見てないじゃないか」と首を傾けた。
「彼女が年を誤魔化しているということかい?」
「誤魔化してんのは〝店〟の方だろ。二十でもおかしくねぇが。女は若いほど高値で売れるから誤魔化される」
どうせ高く売る為に一番若い年齢で誤魔化したんだろ、と。そうつまらなそうに言うヴァルに色々納得する。……と、同時に年齢詐称の理由が腹立たしい。前世でもネットで見たドロドロ事情問題を思い出す。私の前世では十代なんて全員お若い扱いだったけれども!!
店、というヴァルの言い方にやっぱり彼女はその立場だったのだなと突きつけられる。
レオンも少し納得したように声を漏らしたけれど、アネモネ王国はもともとあくまで純粋な労働力としての奴隷使用が主流だったし、売買自体は禁止されていたから我が国と同じで知らないのだろう。
十九から二十歳というのはどこから判断したのかヴァル に尋ねれば「見りゃあわかる」となんとも抽象的に一言で切られあ。前に夜目が利くと話していたこともあったし、目が良いならここからでも彼女の顔はしっかり確認できたのかもしれないけれど、つまりはあくまで彼の中の定規での話だ。
ケメトがセフェクを抱き締めながら「ヴァルなら絶対合ってると思います!」ときらきらした目で太鼓判を押してくれたけれど、根拠としてはやはり弱い。……成人女性である私を未だに〝ガキ〟呼ばわりする人だし。そう思い返すと、今は関係ないのにヴァルを上目に睨んだまま頬が膨れてしまう。年齢をそこまで自信満々に断言する人に私は一体何歳に映っているのか!
私の不満の視線に気付いたのか、ヴァルも目が合うと「なんだ」と片眉を上げてきた。
今はそこを言い合いする暇はないので一言断ってから助言のお礼だけする。どちらにせよ、一言言ってくれなかったらこのまま十七歳で話が進んでいた。
テントに戻ると、当然のように聞こえていたのだろうセドリック達も「十九か」とオリウィエルに目を向けていた。
その本人は自覚もないらしく、不安げに顔を萎れさせていた。さっき悪夢のように怒鳴ったヴァルの声が聞こえて怖かったのもあるかもしれない。
「細かい数字は置いておくとして、見かけ通りの年齢ではあるということだ。それで、続きを聞かせてくれダリオ」
「はい。……つまり、その遙か前から彼女が特殊能力を実際は覚醒していたのではないかと。しかしそれでも発現しなかった理由が、……サーカス団に身を置くまでの彼女の立場と件の〝条件〟に起因すると考えると納得はできます」
流石に女性が安全圏かどうかはまだわかりませんがと。そう言いながら途中から更に声を小さくしてステイルに返すセドリックの言葉に、やっと彼の言いたかったことを私も理解する。
少なくとも今のオリウィエルが奴隷だったのは、あの焼き印から間違い無い。いつから商品にされたのかはわからないけれど、特殊能力を発現した以降からはそういう色恋未経験などありえない場所で生かされていてもおかしくない。
裏付けの為に質問を……と思ったけれど、またとても聞きにくい内容で理解したらしいアーサーも流石に今度は大声は出せなかった。苦々しそうな顔で横目に彼女の居る方向を確認する。やはり、ここは女性である私が尋ねるべきだろう。
一歩彼女の方へ歩めば、次の瞬間アーサーとステイル二人同時に腕を掴み引き止められた。
ぱしっと、引っ張られるほどではなく掴まれただけの腕にそのまま足が止まる。女性は予知でも大丈夫と断言したけれど、やはり彼女が危険人物扱いなのは変わらない。でもだからこそ、ここで他の女性に任すこともできない。彼女がどこかのタイミングで逆上したり、……今も私達への反撃を狙っている可能性もある。
「大丈夫よ。女性同士話したいの。カラムさんとエリックさんもすぐそこにいてくれるし、ちゃんと避けるわ」
不意さえつかれなけば、予知で避けられる。
今セドリックが一つの仮定を上げてくれた以上、ここは確認したい。彼女の特殊能力制御の為にも必要なことだ。また仕事に戻ったジルベール宰相を呼ぶわけにもいかない。……ジルベール宰相も異性だし。
顔の部品が中央にぎゅっと寄ったアーサーとステイルが、オリウィエルの左右に阻むカラム隊長とエリック副隊長を私と交互に見比べる。まるでファーナム兄弟のように動きも順番もぴったり合っていた。
最後は二人互いに目を合わせた後、ゆっくりとだけど私の掴む手を離してくれた。
ありがとう、と信頼してくれた二人に感謝して彼女へ今後こそ歩み寄る。
「オリウィエル。少し聞きたいことがあります」
なるべく静かな声で呼びかければ、カラム隊長エリック副隊長も間には入ったままそれでも私と彼女分左右に少し空間を作ってくれた。
同性の私にも今は怯えるように肩を縮こませる彼女に、アレスとラルクが逆に彼女と私の間に入るように互いの距離を狭めた。途端に、カラム隊長がアレスを、エリック副隊長がラルクを左右に掴んで止めてくれた。
腕を伸ばす形でそのまま自分の方に引き寄せる二人に、アレスもラルクもそれぞれ抵抗する中私はそっと彼女の前で腰を下ろす。
視線を合わせ、なるべく怯えられないようにと声を潜めた。
自分の味方である二人から数十センチでも距離を置かれ、彼女は首を左右に動かしまた背中が丸く小さくなっていった。
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