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Ⅲ159.侵攻侍女は推測する。

第二部開演前。


「何度言えばわかるんだ僕に関わるな。ッこれ以上先に来たら猛獣の餌にするぞ……!!」

「うっせ。さっさと衣装テントいくぞ。お前が着替えにいかねぇと俺も着替えれねぇんだよバーカ」


第二部の為に演者が着替えを行っている間、ラルクの見張りを自ら名乗り出たアレスはまだいつもの身支度のままだった。

自分も着替えたいが、その間にラルクがまた妨害工作する可能性も高い。第二部こそ間違い無く成功させる為にもここは張り付いたまま着替えも一緒に行うのが一番だった。

てっきりこのまま着替え用テントへ行くのだと思っていたが、向かっていた先にを理解したところで悪態を吐きたくもなった。辿り着いたのはオリウィエルが控える団長テントだ。


またあの女かよ、と。彼女の特殊能力を知らないアレスは面倒そうに顔を顰める。

ただただラルクに何かしらを吹き込んだとした思わない彼女とは、アレス自身接触したいと思ったことはない。しかし真っ直ぐに団長テントへ入ろうとするラルクに続き明日止めずに動かせば、テントの入口で振りかえられた。

くるりっと自分に正面を向けてきたラルクが睨んでくるのを見返しながらアレスも首を傾げる。何の言い分かはわかったが、もうとっくに第一部を終えてから行くところ行くところ全てに付き回した後である。

「お前は入るな」と言われても、当然言うことを聞くつもりなどない。


「何度言わせるつもりなんだ……!彼女は誰とも会わない。新入りとの賭けもまだ終わっていない。お前はここで待っていろ」

「アァ?させるかよ。別にあの女に用はねぇ。そんなに嫌ならお前が会うのを二部が終わってからにしろ」

「ッ少し話しをするだけだ!彼女を安心させる為に一目会って話を……」

言葉に引っかかり、アレスの眉がピクリと揺れた。

賭けの約束が約束なだけに、オリウィエルがその賭けの内容を知っているだろうことは驚かない。しかしここで話となると、何かしら吹き込まれるのではないかと考える。

例えばこの後の二部の妨害工作もオリウィエルからの指示で動くとすれば、このままラルクと二人で会わせるわけにもいかない。


自分を止める為に入口の前で敢えて立ち止まったラルクへ、アレスは更に距離を縮め歩み寄る。「来るな!」「近づくな!」と言われても気にしない。

そんな拒絶の言葉など、今までも飽きるほど吐かれてきたアレスには今更なんとも響かない。無理矢理押し入るつもりはないが、ラルクをこのまま彼女に会わせること自体阻むべく、入口を前にラルクへと頭突きができる距離まで詰め寄った。

当然後退るラルクだが、それでも入口に背が当たるところでとどまった。このままでは彼女のテントの入口に背中から入ってしまう。そうすれば当然アレスも続いてテントに踏み込ませてしまう。

彼女が自分以外の人間に会いたくないことは誰よりも理解している以上、アレスをはね除けない限り自分も安心して入口をくぐれない。


「ッ今度こそライオンの餌にされたいか……!!」

「できるもんならやってみろ。そっちが餌ならこっちは氷像にしてやる」

鞭を握り身構えるラルクに、アレスも氷をいつでも掴めるように包帯を右手に巻き直す。

猛獣達はここに来る前に檻の中に入っているのをアレスもラルクと共に確認している。ここで喧嘩をすれば間違いなく勝つのは自分の方だとアレスもわかった上で睨み返した。

さっさと着替えに行くぞと、着替えテントへ促すがそれでもラルクは立ち止まったまま動こうとしない。彼女が今、賭けの行方にどれだけ怯えているか知っていればここで報告せずにいられるわけがない。

たった一言、大丈夫だと。二部でこそどんな手を使ってでも失敗させるからと彼女へ正直に告白した上で決意を表明したかった。彼女の手を握り、そう口にするだけで自分も覚悟が定まる。


しかし、それを自分を見張るアレスの前でできる筈もない。

彼が自分に張り付いているのもそもそも妨害工作をさせないのが目的だということはわかっている。

ギリギリを白く整った歯で下唇を噛むラルクに、アレスはしびれを切らす。自分からテントを守ろうとするラルクにやはり黒幕が彼女なのかと思うと同時に、……そもそもそのテントが〝誰の部屋か〟を考えれば発作的に苛立ちが高まった。

発言より先に手が動き、包帯の巻かれた手が氷ではなくラルクの胸ぐらを掴む。自分より細い彼の身体をそのまま無造作に横へと引っ張り突き飛ばした。

まさか本当に手を出してくるとも思わなかったアレスからの攻撃に、ラルクも目を見張るしかできなかった。突き飛ばされるまま地面に尻餅と両手を付き、そこでやっと「なにをする!」と怒鳴る。


「話が違う!まだ彼女には近づくな!!約束は二部も終わってからだろ!!」

「うるせぇ。あんだけ妨害工作やっておいて偉そうに言ってんじゃねぇよばーか。さっさと着替えに行くぞ」

あっさりとテントの前から剥がされてしまったことに取り乱し、アレスがこのままテントに入ってしまうのではないかと血相を変えるラルクにアレスも舌を打つ。

まるで正々堂々約束を守れという言い分はラルクらしいとも思うが、しかしその為に妨害工作や猛獣をけしかけてきた相手に言われたくない。そもそもこのテントは彼のものでも彼女のものでもない。自分達が唯一認めた〝団長〟だけが使うことを許された部屋だ。


せめてラルクからの早とちりを訂正すべく着替えテントの方向を顎で差し促すアレスに、ラルクもぐっと奥歯に力を込めながら睨み上げた。ここで自分が揉み合いになってもアレスに勝てるとは思えない。

彼女に会いたい、怯える彼女を慰めたい。しかしこんな乱暴な奴をテントに入れてしまう可能性を考えればここは一度従って着替えに引き返すべきかと考えたその時。



テントから伸ばされた細い手が、アレスを掴んだ。




「ラルク……!今の、今のどういうこと……?!」

閉じられた入口から手だけを伸ばした女性は、テントに背中を向けていたアレスに触れ、手探りのまま掴んだ。

あまりに突然のことに、アレスも触れられたことがわかった後も首で振り向くことしかできなかった。攻撃されたわけでもない、ただ女の貧弱な手で〝掴まれた〟だけだ。

ラルクの声がテント越しにうっすら聞こえていたオリウィエルは、部屋の中から自ら入口まで歩み寄ってきていた。いつもなら少し誰かと口喧嘩をしてもすぐにテントに入ってきてくれるラルクが来ないことに不安も覚え、しかも耳を立てれば信じられない会話が飛び込んできた。


「二部が終わってからって……?!私、私会わないって言ったよね?!絶対会わない、会いたくない、ラルクも絶対そんなことさせないって言ってくれたよね?!」

外に誰かがいることはわかっている以上、顔は怖くて出せない。せめて早く部屋に入ってきてと〝ラルクの手を〟入口の隙間から手を伸ばし掴んだつもりだった。

姿も見えない中、混乱する頭では握ったその腕と入口越しの影が別人であることにもすぐには気付けない。いつもならば入口の前に佇んでいるのは必ずラルクだけだった。

本物のラルクも、そして腕を掴まれたアレスも発言できずに固まる中、不安をひたすら煽られる彼女は「私嫌だよ?!」と更に縋り叫ぶ。非力な腕の力で入口に引っ張っても成人男性の身体は動かない。


「こ、公演はちゃんと成功して欲しいよ?お金、もうないんでしょ?でもお願いっ……お願い誰にも会いたくないっ……!!怖いのっ……誰にも会いたくない、お願いだからそんな、賭けに負けたなんて言わないでっ…………!!」

サーカスの第一部が終わってからずっと「賭けの心配は無くなった」の朗報を待ち続けていた彼女にとっては限界だった。

てっきり第一部の時点で賭けの相手が失敗をしてくれるかラルクがなんとかしてくれることを他力本願に願い続け、休まることなく毛布に包まり続けていた。

もうラルクはくる筈と思ってもずっと来ない。やっと来たと思えば誰かとまた言い争いをして入ってもきてくれない。そうしている内にラルクからまるで二部が終わったら自分は他者と会わせられるかのような発言が聞こえれば真偽を疑うよりも恐怖が勝った。

腕を掴み強く握りしめ、ひたすらに縋り付く。いつもなら優しく抱き締め慰めてくれる彼が何も言わないことに、今も余計に不安が煽られ



「……わかった」



ぴしり、と。ラルクのものとは違う低い声が返される直前、彼女も一瞬だけ身が強張った。

言葉では言い表しようがない、覚えのある感覚に疑問が過ったがもう遅い。掛けられた静かな言葉に、自分が掴んでいた腕が知っている腕ではないと気付く。

ラルクのものよりも色も焼け、ゴツゴツとした男性らしい筋肉が腕だけでもわかった。サーーーッと血が引いていく中、しかし自分がやってしまったことを自分はもう取り戻せない。

ラルクにやってしまったことと同じことを今、自分はラルクの喧嘩相手にもやってしまったのだと気がついた。


ラルクではなかった事実と、そしてまたやってしまったという過ちに掴んでいた腕から離れようとしたが、直後に逆に自分の腕が掴まれた。

思わず悲鳴を上げたが、今度はラルクから引き留める声すら上げられない。迷いなくテントに入ってきた侵入者を押し出す勇気もなく腰が抜けかける彼女に、アレスは真っ直ぐとその腕を掴んだまま見下ろした。

今までまともに顔を合わせたこともない見慣れない男性は、ラルクと同じ眼差しで自分を凝視した。


「俺がなんとかしてやる」

任せておけ、と。そう断言するアレスを前に、彼女はさきほどの違和感が気のせいではないと確信した。

ラルクと同じ、自分の為に動いてくれる人間がまた増えた。

一人どころか二人もやってしまった。今度こそバレたらと足をガクガク震わせる彼女は、そのまま床に崩れ落ちた。力強い腕で「大丈夫か」とそっと自分を支えてくれるアレスも彼女にはまだ少し気持ちが悪い。

今まで殆ど接点もなかったのに、急激に馴れ馴れしい。しかしはね除けるような心の余裕が今はない。


助けを求めるように、自分が唯一慣れた相手であるラルクを入口の隙間から目で探す。アレスが身体をねじ込んだ隙間では足りず、カーテンのようにして自分で腕を伸ばし開いた。

見れば、ラルクも今は自分と同じように膝から地面に崩れている。力なく首を垂らし、鞭の握る手も地面に落ちていた。自分のテントに侵入者が出たというのに関わらず、呆然とするラルクに彼女ももう何がなんだかわからなくなる。アレスから「まだ賭けに負けたわけじゃねぇ」と説明されてもすぐには頭に入らない。

今までラルクと言い争いをしていた男が急に「おいラルク!お前も良い考えはねぇのか!」と呼びかけ、自分の望みを無条件に叶えようとしてくれるのをただただ口を開けて眺めた。


俯き続けていたラルクの目から涙があふれ出していたことにやっと気付いたのは、その後だった。





……









「すみません、戻りました」


無事、見送りましたと。ステイルがジルベール宰相を瞬間移動し終えて戻ってきてくれるまで時間はかからなかった。

オリウィエルもアレスに守られラルクを膝元において今は落ち着いている。ジルベール宰相が充分過ぎるほどの情報を引き出してくれ、知性派のステイルが戻ってきてくれた今やっと情報を纏められる。ジルベール宰相が引き出してくれている間は、私達から横やりを入れて邪魔をしないように黙視し続けていた。

オリウィエルは、と尋ねるステイルに落ち着いてくれている以外は変わらないことを伝えた私達は、やっと知恵を纏めることになる。

彼女達からは少し距離を取り、声を潜め合いながら話し合う。


「まず、彼女自身はまだ特殊能力については殆ど理解していません。おそらく件のことを知るのは大分後のことなのでしょう」

私の〝予知〟した彼女の特殊能力だ。自分に恋をさせる特殊能力とはいえ、まだ彼女自身もその弱点は気付いていない。初恋限定であることも同性には効果が無いことも彼女自身はまだ知らないままだった。


ステイルから「僕らがこうして介入したことで既に変わった可能性もありますが」と断りながらも、仮定を並べてくれた。

確かに、団長が殺されなかった時点で未来はゲームとは異なっている。やはり今のところは、それが彼女が自分の力に溺れるきっかけになると考えるのが自然だろうか。…………そして、人間を使った実験場がそのままサーカス団になったと。

今はそのつもりがなくても悪用されれば大変な能力だ。今は、彼らにかけてしまった特殊能力を解きたいという彼女の意志を尊重する方向で、彼女にも今の内にある程度は自覚してもらいたい。……それが、彼女自身の生き安さにもきっと繋がる。

本人の協力さえ得られれば、特殊能力は我が国の得意分野だ。どうしてもわからなければ、専門の研究家に知恵を頼ることもできるけれど、幸いにも私もステイルもフリージア王国の王族としてそれなりの知識は持っている。特殊能力者を相手に戦闘もする騎士達もまた、経験から造形は深いだろう。


「正直、本人の意志関係なく条件に合う対象に触れれば見境なくと考えれば、一時的にでも枷をかけたいくらいです。が、……それは二人を解放してからでしょう」

ちらりと横目でオリウィエルを確認するステイルに私も同意する。

特殊能力者用の枷をすれば彼女にこれ以上被害を広げさせることはなくなるけれど、同時に特殊能力自体を扱うことができなくなって今操っている二人の洗脳を解くこともできなくなってしまう。

ジルベール宰相も、彼女が特殊能力を使ってしまった相手はこの二人だけだと確認をとってくれたし、枷をするかしないかの前にまず二人を解放しないといけない。……できれば、ラルクは段階を踏んで。


「まず、本人がわかんねぇんじゃ、解けねぇ特殊能力の可能性もあンだろ?」

「ある。しかし今までの言い分を考えると、彼女の場合は解ける可能性の方が高い」

最悪の可能性を最初に確認するアーサーに、ステイルが首を横に振る。やっぱり、ステイルも気付いていたらしい。

前世でゲームの展開を知る私はルートの展開でラルクの特殊能力が解けたルートも覚えがある。けれど、それ以外にも、彼女の特殊能力の弱点は現状で垣間見えている。

マジか、と目を丸くするアーサーに私も頷く。

傍に立つセドリックを見れば、彼も勘づいているようだった。自分の顎を撫でながら、眉間を寄せて私と同じように頷く動作を見せる。流石我が国で図書を読み漁っていただけがある。


「しかし危険な特殊能力であることに変わりは無い。まずは、今特殊能力にかかっている二人に…………非常に気が進まないが、件の条件について確認すべきだろう」

「……答えてくれるかしら………?」

「あまりにも個人的な事情の為、他人である我々に踏み込んで良いものか……」

「ジ、あの人にそれも聞き出して貰った方が良かったンじゃねぇのか?」

「問題無い。オリウィエルが尋ねればきっと容易に答えてくれるだろう。彼女のご機嫌取りになっているわけではないからな」

彼女も協力的だ。と、ステイルの断言に、改めてオリウィエルに視線を合わせる。

クスンクスンと鼻を鳴らして泣いている彼女は、今は私達に関心も示していないけれど同時に怯えてもいない。ジルベール宰相のお陰だ。

私達の視線がオリウィエルの方へ集まったことに、彼女を監視していたカラム隊長とエリック副隊長も眉を上げた。彼女ですか、と尋ねるように視線で彼女と私達を交互に見比べ確認してくれる。ステイルからも、私へ確認を取るように視線を合わせられ、ここは私の口からお願いすることにする。


「カラムさん、エリックさん。ラルクを起こして下さい。アレスと彼に聞きたいことがあります」

びくっ!!と私の声にオリウィエルの肩を大きく跳ねた。ラルクの髪を梳いていた手がぴたりと止まり、アレスも警戒するように身構える。

けれど私から「大丈夫」と言葉を重ねる。別に尋問したいわけじゃない。必要なことは全部ジルベール宰相が聞いてくれた。



「オリウィエル。貴方自身の特殊能力を知る為に必要なことです」



彼女の特殊能力の制限と限界。それを知る事が彼らを救うことにも繋がる。

アレス達を刺激しないように、そっと彼女の膝にいるラルクを起こすべくカラム隊長が歩み寄るのを見つめながら、私達は早速二人の解放へと動き出した。

手がかりは、私の前世のゲーム知識。そして被害者である彼ら自身だ。


Ⅲ142-2


新作「純粋培養すぎる聖女の逆行」略して「ぴゅあ堕ち」が一度完結しました!

https://ncode.syosetu.com/n1915kp

こちらも是非よろしくお願い致します。

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