そして相対する。
後書きにご報告ございます。
「オリウィエル。僕だ、入るぞ」
テントの入口で合図代わりにノックを鳴らしたラルクは、そのまま最低限の隙間だけを開いて中へと入っていった。
アレスも続こうとしたけれど、当然のようにラルクに「来るな」と拒まれる。彼女の特殊能力では同じ支配下に入っても支配下同士が急に連帯感を持つわけでもないらしい。それとも、単純にしんめりと湿ったアレスを中にいれたくなかっただけか。
ラルクが姿を完全にテントの中へ消したところで、アラン隊長達騎士の動きは速かった。
包囲するようにエリック副隊長、騎士のジェイルとマートがテントの裏側に回り込み、そして入口の左右にアラン隊長とカラム隊長が分かれた。
アレスはなにやってんだと言いたげだけど、最悪の場合オリウィエルやラルクが飛びだしてきても確保する体勢だ。
テント際に立つカラム隊長達と同じく、私達も口を結んでテントの向こうへ聴覚を集中させる。入口を閉じたところで、厚くても布製のテントだから意図的に声を潜められなければ拾える。
最初は、誰の声も聞こえてこなかった。オリウィエルどころか、テントの中に入ったラルクの声さえも。
けれど数十秒も待てば、とうとう今まで姿を現さなかった彼女の声がテントを通して零れてきた。
「いや!!!絶対嫌!!みんな追い返してラルク!!私絶対誰にも会わないって言ったでしょ?!」
「落ち着いてくれ、大丈夫僕が付いている。君は何も答えなくて良い、ただ少しだけ顔を合わせて欲しいだけなんだ」
いや!!!!!と、耳を澄ませなくても良い金切り声に、たまらず耳を逆に塞いで背中を反らす。
女性の声の方はすごい早口だったけれど、一応は聞き取れた。確かにものすごい拒絶してる。
ドタン、バタンとさっきまでの沈黙が嘘のように物音まで激しく立てられる。ラルクの「オリウィエル!!!」という叫び声と「いや!!!」という金切り声が、なんだか別のハラハラ感を覚えてしまう。中が見えない分、会話だけなら怖い痴話喧嘩だ。
全員の顔色を目で確認すれば、皆も同じようななんとも言えない表情をしていた。
きっと誰の耳にも癇癪持ち女性を宥める苦労人の会話にしか聞こえないだろう。ヴァルだけがつまらなそうに欠伸を溢している。横にくっつくケメトも首を傾げるだけだけど、セフェクは既に顔が青くなってヴェルの腕にしがみついていた。
「私が嫌ってこんなに言ってるのに!!なんでいつもみたいに言うこと聞いてくれないの?!ねぇどうして!ねぇ!!」
「ッすまない!本当にすまない!僕の力不足でっこんな……!!でも、もう僕はっ…………」
バタバタと揉み合うような音と、苦しげなラルクの声も漏れてくる。どうしよう、思っていたのと違う不安感が襲う。
自分でも血の気が引いてくるのを感じながら、入口脇のアラン隊長とカラム隊長に目を合わせる。騎士であるお二人にも同じ判断に行き着いたらしく、私と目が合うなりに殆ど同時に頷かれた。
いくら待ってもラルクから入室許可どころか、揉み合う音と金切り声が悪化していく中で、アラン隊長が手の合図をアーサーに向ける。それを受けたアーサーが私の傍からアラン隊長へと駆け寄り、入口に控えるのを交代した。
カラム隊長がテントの入口の隙間へ手を差し込み、閉じられたそこを小さく数センチだけ最初にめくった。どうやら突入するのはアラン隊長らしい。
ステイルに「下がって下さい」と私は腕を前に伸ばされ、一歩後退する。合わせてレオンとセドリックも下が、……ると思えば女性である私を庇うように一歩前に立った。
王族三人にまで守られ、最後尾に立ってしまったと思えばそこでドンと背中がぶつかる。振りかえればさっきまで私達からも距離を開けて座っていたヴァルが来てくれていた。腕にしがみつくセフェクと、セフェクをヴァルと挟むようにして抱き締めるケメトも一緒だ。
傍に来てくれたのは嬉しいけれど、ヴァルには面倒そうな顔で見下ろされた。もっと前に出ろという意味だろうか。確かに私から始まったのだし女性で特殊能力安全圏なのに、後ろに隠してもらうのは悪い。
ならやっぱり前にと、前のめったけれどレオンとセドリックの背中が頑なで通れない。
隙間からはテントを見れば、花瓶が割れるような音を皮切りにカラム隊長が開いた入口にアラン隊長が突入していくところだった。アレスが気付いて止めようと動いたけれど、アラン隊長の突入とアレスを阻むアーサーの動きの方が遙かに上回っていた。見事なまでに速やかな動きに、気配も消しての突入にすぐにはラルク達も気付いた音は聞こえない。変わらず物騒な音と喧噪の中、それは突然だった。
「いや!!!絶対に会うなんてっアレス!アレスはどこにっ……!!!いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁあああああああアアアアアアアアッッ!!!!!!」
断末魔とも聞き違える悲鳴に、わかっていても息が止まる。
今までの騒ぎ声とは比べものにならない声に、テントの外にいた私達だけでなく離れた場所にいた団員さん達からも「どうした!!?」と声がいくつも聞こえてきた。しかも足音まで聞こえれば、間違い無くこちらに駆けつけようとしている。こんな悲鳴が聞こえれば当然だ。セフェクも「ひっ」と小さく悲鳴を溢すほど強烈だった。
あまりにも大きくて長い悲鳴の後、ラルクの怒声も聞こえた気がするけれどそれよりもガッシャンガッシャンと物音が凄まじい。
アラン隊長がこんな音で暴れるとは思えないから、ラルクかオリウィエルだろう。血相を変えたアレスが氷の棒を形成して乗り込もうとし出したけれど、それもアーサーが羽交い締めして止めた。
ヴァルが「囲うか」と、周囲に集まってきた団員さん達へ顔をぐるりと虫を見るような目を向けながら私に尋ねてくれる。腕にしがみついていたセフェクが、今はヴァルの胴回りに完全にしがみついていた。
確認は、土壁で隠すかという意味だろう。でも、それはそれで絶対別の騒ぎになってしまう。ただでさえ今日、彼は舞台で私の為に能力披露しちゃった後だ。
私から首を横に振り、断る。実際、物音は長くは続かなかった。最初にラルクの声が聞こえなくなり、物音もなくなり、…………騒ぎを聞いた団員が目視できる距離まできた時には、もう静かなものだった。
なにか声は薄く聞こえるかなくらいで、もう悲鳴はない。
開かずの門扱いのテントの周りで団員さん達も「どうした」「何が起こった」と言い合う中で、よく通る声がテントの内側から放たれた。
「……お~い、カラム。ちょっと入ってきてくれ」
アラン隊長の落ち着いた呼びかけ声に、入口脇のアーサーとカラム隊長がお互い目を合わす。
アーサーはアレスを取り押さえているし、カラム隊長はちょうど空いている。入口から手を離していたカラム隊長は、一度正面に立つとすぐには中に入らずに両足を揃えて止めてテントを見据えた。
「アラン。オリウィエルについての心情は?」
「……ないない。アンジェリカさんと同じくらいないから。指一本触れてねぇし。多分、本当はジャンヌさんが良さそうなんだけどさあ」
私???
やっぱり特殊能力の対象として確実に安全だからということだろうか。全員が一度私の方向に丸い目で振りかえってから、またカラム隊長へと視線を戻す。
カラム隊長も前髪を指先で整えながら「わかった」と難しい顔で言うと、今度はゆっくりと慎重にテントの中へ入っていった。少し身構えた様子だったのは、彼女というよりもアラン隊長が万が一にも支配下になっていたらの罠を警戒してだろう。
どうしたアラン、と。短く隠さない声が漏れ聞こえた後に、また小さな声がうっすら聞こえるだけの沈黙だった。
ステイルがアレスに周囲の団員さん達を人払いするように指示をすると、彼女がこれ以上注目を浴びさせるのも嫌なのだろう彼も素直に協力してくれた。アーサーの拘束から解放される、一度私の方まで後方に下がり横切られるところで、ヴァルが私の肩へ腕を掛けた。
抱きついてくるセフェクとその傍のケメトを右腕に、そして左腕で私のことも肩ごと引き寄せてくる。
多分、アレスに警戒しろと言いたいのだろう。守ってくれるようにも思える腕の重みに、私も手を添えながら彼の方に身を寄せた。
私よりもヴァルのことを一瞥するようににらみ返したアレスは、そのまま通り過ぎて周囲の団員さん達に持ち場へ戻るように呼びかけてくれる。
「……アラン、ひとまず私がやるからお前はそのまま頼む」
「いや俺より~……、エリック~!それとマート!悪いけどお前らもちょっと入ってきてくれ!大丈夫だから」
再び指名制で新たに人員投下される。
テントの裏側に回っていたエリック副隊長と騎士のマートが「はい!」「俺が?」と言いながら入口に駆けてきてくれた。
てっきりすぐに安全確保されて中に入れると思っていた私達は、一人一人騎士がテントの中に吸い込まれていくことに状況が掴めない。
薄い不穏感にステイルが「どうかしたのですか!」と声を張れば、最初にカラム隊長が返してくれた。
「少しお待ちください。簡単に足の踏み場を確保します」
順番に入っていくエリック副隊長、そしてマートもテントへ姿を消すけれど、今度はすぐに「あ~」とか「これをか……」と比較的、気の楽な声が聞こえてきた。
ガシャッガシャッとまた物音が聞こえたから、おそらく足の踏み場がないくらいに物が床に散乱していたのだろう。アラン隊長から「エリックはこっち」「マートは俺とこっちのでかいの」と指示が聞こえてくれば、あとは不穏感のない引っ越し作業のような音しか聞こえてこなくなる。
アーサーと騎士のジェイルを外の護衛の残し、騎士三人によるテントの清掃が行われる。
ラルクとオリウィエルの言い合いの倍近い時間を掛けての片付けの後、とうとう内側から「どうぞ」とマートにより入口が大きく開けられた。誰を、と指名することなく開かれた扉にステイルが首を傾ける。
「入るのは僕とアーサー、ジャンヌだけでしょうか」
「いえ、どなたでも大丈夫です。我々が安全も確保しましたので」
「大丈夫です!もう誰入っても変わんないんで!」
ステイルの問いに、マートそしてアラン隊長からも元気な声が返される。変わらない……とはどういう意味だろう。
まだ掴めないように、開かれた入口に最初はアーサーが最初に顔を覗かせ安全確認をする。それから、中には入らず入口脇に立った彼は顎でステイルに入れと促した。
それを受け、ステイルが慎重に入り、そしてアレスが追うように突入する。その後をセドリック、レオンと順々に入……、ろうとしたところでマートに一度止められる。
「申し訳ありません。リオ殿は一度こちらでお待ち頂けますでしょうか」
マートの通行止めにきょとんと眉を上げるレオンは、深々を頭を下げられながらもそこで一歩下がった。
その横を私が通ろうとすれば、すんなりマートに通される。更には後ろに続くヴァルもマートに止められる様子はなかった。
ただ、セフェクが「私はちょっと」と言ったところで舌打ちをしてヴァルもセフェクと一緒にテントの外で待つことになった。ケメトも「僕もセフェクといたいです!」と言って、レオンとヴァル達がテントの外で待つことになる。
最後の最後に私達の安全確保をしてくれていたアーサーが、マートに外を任せる形で中に入ってきた。
予想外に大所帯になった団長テントは、騎士の清掃が入って尚、物が散乱していた。
家具とかは立て直したのだろうけれど、小物や破片は元の場所にと言うよりも隅に寄せられた印象だ。何か壊れたのか硝子の破片までも隅に固まって集められていて、確かにこれじゃあ人を入れられない。
テントの最奥へと顔を向ければ、テントの外からは聞こえなかった声が耳に引っかかった。
クッションや人形がひっくり返ったベッドは、元は団長の部屋とは思えないくらい女性向けに飾り付けられていた。今はビリビリのレースも本来はかわいらしいベッドの装飾だったのだろう。
そのベッドの中央に、彼女はいた。
ベッドに横になるではなく足を崩して座る彼女は、意識もあった。その眼前にはおそらくアラン隊長に昏倒させられたのだろうラルクが再び横たわっている。アレスが彼女の傍に行きたそうに前のめりながらも、アラン隊長に押さえられていた。
彼女は、私が入ってきてもアーサーが続いても、大勢に囲まれる中でその態度は一向に変わらない。テントの外で聞いていた金切り声が嘘のように今は
鼻をすすり、泣き噦っていた。
「アーサーこっちに来い。お前の意見も聞きたい」
「ジャンヌ本当に、この者が件の…………?」
アーサーを最前列へと呼ぶステイルとセドリックの戸惑う声に、私もすぐには言葉がでない。
ひっ、ひっく、ひっぐ。顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら真っ赤な顔の彼女は喉も酷くしゃくり上げていた。とても話せる状況に見えない。
背中を丸くして小さくなり涙の大粒がラルクの前に落ちて水溜りを作る。安全の為にとエリック副隊長とカラム隊長に腕で一定距離以上は阻まれた状態の遠目でも、彼女が酷くガタガタと震えているのがわかった。
涙を拭うことなく俯いたまま溢れさせ、鼻水を小さく垂らし、もともとは整えられていたのだろう髪をぐしゃぐしゃに乱した頭を両手で抱えるように蹲る彼女は、もう私達が見えていないようだった。同情や油断を誘うための嘘泣きにも思えない。本気で怯えているようにしか見えない。
「すみません」と前に出てステイルの隣に立ったアーサーも、彼女をまじまじと見るべく首を伸ばしたけれどすぐに首を捻ってから最後にゆっくりと頷いた。その反応にステイルが眉をひそめる。
セドリックが泣いている女性を前に狼狽するように視線を彷徨わせた。私へ身体ごと振り向き、男性的に整った顔で瞳の焔を細く揺らしてくる。
言いたいことはわかる。これではまるで私達の方が悪人だ。……ただ、それでもやっぱり、オリーブのような暗緑色をした長い髪に怪しげな紺色の瞳をした彼女は
四作目の悲劇の元凶その人だった。
【ご報告です】
明日から、新連載を開始致します。
「純粋培養すぎる聖女の逆行」
……サブタイトルもございますが、ちょっと長いのでそちらは明日ご確認ください。
〈クソデカ感情〉〈執着〉〈ラブコメ〉〈仲間オタク〉
〈ある意味:純愛〉〈ある意味:相思相愛 〉などをキーワード予定です。
報復モノではなく、ラス為くらいの明るさなので是非明日からご一緒にお楽しみ頂けると嬉しいです。
明日の20時から投稿です。
https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/1248483/
こちらの一番上にアップされると思われます。
是非お楽しみ頂ければ幸いです。
連載に合わせ活動報告も更新致しますので、よろしくお願いします。