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2122/2200

Ⅲ154.侵攻侍女は辿り着き、


「それでは皆様、また夢の中で会いましょう!!」


尽きない歓声やこちらに手を振ってくれるお客さんに私達からも手を振り返す。

サーカス団員さん達がそれぞれポーズを取ったり声を掛けたり投げキスしたりと個性を出す中で、終幕挨拶とアンコールまで終えた私達は静かに幕の向こうへと下がった。挨拶の為に一度舞台に出た団員が全員舞台からいなくなったら一気に観客も退場に動き出すのだろう。


私が背中を向けて幕へ歩き出した時には、もうアレスも舞台裏に向かっていた。まだ若干足下がふらついて見える。

医務室に先生が戻ってきて終幕挨拶時間になった私達はすぐにアレスを起こした。アーサーの峰打ちは見事なもので、ちょっと強めに揺さぶりながら声を掛けたら起きてくれた。

最初は自分が倒れた理由もわからないように黄色の目を白黒させたアレスだけど、先生が一緒に連れてきてくれたガタイの良い裏方のジャレッドさんが「挨拶!!」と怒鳴るとすぐに慌てたように椅子から飛び上がった。……髪!!とか衣装!!とか鏡を探しながら本人も凄い声を荒げていたけれど。

そういえば第一部と違って今回は衣装も髪染めもそのままだったなと思う。お陰で今からセットしなくても済んでアレスもほっと胸をなで下ろしていた。あれも私達を邪魔する為に着替える時間を惜しんだのだろうか。

少なくとも終幕挨拶イコールがお着替えと髪染めに焦る程度には、演目終了後リセットが彼の中では常習化していると思える。

目覚めてからすぐに血圧を上げて下げてをした所為か、それともアーサーの当て身の所為か、オリウィエルの特殊能力の所為か。どれにしろそれからずっと足下がふらついているアレスは、一度も私達へ攻撃してくるそぶりもなかった。まさかオリウィエルの特殊能力が解けたんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。


「お疲れ様でした。それではラルクの元に急ぎましょう」

「あ゛ーーーちょっと待て頼むフィリップ。頭……髪、せめて水被らせてくれ痒い……」

拍手と声援に惜しまれながら舞台裏へと下がった私達に呼びかけるステイルに、アレスが待ったをかける。

当然のようについてくるつもりの彼は、さっそく兜を外すと自分の髪を両手でカシガシと掻き乱していた。ガシャガシャガシャッ!!とシャンプーでもしているのかのように髪を乱す彼に、ちょっと可哀想になる。いつもなら中間で一度染料を落としているから良いけれど、今回はずっとだったからそりゃあ辛いだろう。


一度手を休ませたと思えば今度は流れるように衣装を脱ぎだした。慣れているように裏方さんがアレスの背後から受け取る。

私も私で着替えないのかとアンジェリカさんに訪ねられたけれど、今はちょっと着替えるほど悠長していられる気分ではない。代わりにステイルが自分の衣装の上着を脱いで私に羽織らせてくれた。いつもは騎士の誰かだけれど、今は三人とも脱げれる上着がない。


「却下です。大変申し訳ありませんが、今の貴方の指示を聞くことはできません。先ほども〝急に倒れられた〟くらいですし、自室で休まれたらいかがですか。同行して頂かなくて結構です」

「いやお前らこれからオリエんとこ行くんだろ。何するかわかんねぇしラルクもぶっ倒れたんだから俺がついててねぇと……」

うん、まだばっちり支配下だ。

オリウィエルの特殊能力の支配下にいる彼の意見を聞くわけにはいかない。態度は普通でも、あくまで今彼はオリウィエル側の人間だ。私達への足止めの可能性もある。

ラルクは仲介役として必要だけど、アレスは単体であれば一緒に全て行動する必要もない。本人が付いてくる気満々だけれども。


今のオリウィエルの傍に居てやんないと台詞も、ゲームでは主人公に対して似たような発言をしていたなぁとうっすら記憶が蘇る。本当に、本心からの言葉だったら男前だったのに。

上半身の上着だけで飽き足らず今回はシャツも脱いで上半身裸になる彼に、思い切り私は顔を背ける。一瞬痛そうな傷痕や火傷のあとも見えたのも自分がめざといようで恥ずかしい。

まさかこのまま半裸で出歩くつもりかと思えば、私が指摘するよりも前に別方向から「アレス!」という声と一緒に白い物体が飛んできた。思わず顔を向ければ、いつもの彼のヨレた服だ。男性も確か着替えテントは使えた筈なのに、他にも視界の隅でちらちらと露出し出す男性達がいると、もう着替えるのに移動自体が面倒ということだろうか。

まさに男性部員の運動部室みたいだな、と思ったところで……視界の隅にアンジェリカさんが今度は脱ぎ出す背中が見えた。アンジェリカさん女性なのに!!!!


あっちもこっちも露出の山で、淑女として目にしてはいけない罪悪感で堪らず先頭を歩くステイルの背中に顔を突っ伏す。途端に「ジャっジャンヌ?!」と叫ばれたけれど、電車ごっこのように彼の両肩に掴まりながら強制的に目隠しさせてもらう。


「ごめんなさいフィリップ……とりあえずここ離れるまでは良いかしら……?あまりにも裸が……」

「そッ、そうです、か……~~っ、わかりました……。では、すぐに向かいましょう……」

前世であればたかが上半身裸なんて気にならなかったけれど、第一王女として見てはならない感でどうしても直視できない。

突然子泣きババアのように背中にひっつかれた驚きで肩を上下させたステイルだけど、少し背中を丸めてだけで許してくれた。目元をぐっとつけて目を瞑る間、じんわりとステイルの背中が熱くなる感覚にもしかしてステイルも本当はアレスみたいに着苦しくて脱ぎたかったのかと思う。

アレスに「おい待てもう少しぐらい」と言われながらも、私達は構わずテントの外に向かった。私達を引き連れて歩いてくれるステイルだけでなく、前を見ない私にそっと肩に触れてくれる感触がしたから、多分騎士の誰かだろう。なんだか泣いていると勘違いされそうで恥ずかしい。


すぐに外には出られたから、テントの外に出た瞬間にすぐ顔を上げた。

ステイルにお礼を言って、それから振りかえれば肩に腕を回す形で支えてくれていたのはアーサーだった。ありがとうと同じくお礼を言ってから、姿勢を伸ばして前を見る。……こちらもわりと肌色が多かったけれど。

再びステイルの背中に隠れ、今度は足下を俯いて歩くことにする。これなら少なくとも支えられずとも転ぶ心配もない。


「すみませんジャンヌ……、まだ着替えの男性が多かったのでお声をかけなかったのですが、俺から喚起すべきでした……」

「いえ、こちらこそごめんなさい……。もうちょっと、医務室までこのまま歩かせてください……」

「見慣れろよ。ディルギアのおっさんなんかほぼずっと上脱いでんだろ」

別に男性の上半身見ても別に恥ずかしくはないのよ?!とアレスに心の中で叫ぶけど、前世ではフォローになっても今世でそんなこと言ったら逆に淑女として引かれてしまう。


わかりましたと一言返してくれたステイルに、よくよく考えると電車ごっこというよりもお化け屋敷を進む時の体勢だなと思う。

私の歩速に会わせて進んでくれるステイルの背中を頼りに医務室テントへと向かった。下を、下をと足下から視線を落とした状態で周囲も確認すれば、暫く歩いてもずっと団員さんの行き交いが続いた。


第一部の後は終幕挨拶どころか私はカラム隊長と猛練習の缶詰で忙しかったからわからなかったけれど、やっぱりお客さんと違って舞台側の人は幕を閉じた後も忙しいんだなと思う。

途中アレスが「おいレラ!!それくれ!!」と叫ぶのが聞こえて、やっぱり付いてきていたのだと耳で把握する。レラさんから戸惑いの吃り気味の声が続いた後、バッシャーン!と盛大な音に思わず身体が跳ねる。

バッとアーサーが私の傍から位置を変えたから、多分水飛沫から庇ってくれたのかなと思う。水はかからなかったけれど「ジャンヌにかかるじゃないすか!!」とアーサーが叫んだからわかる。


「うわー、アレスさんそれ衣装洗った後の水じゃありません?けっこう汚れてましたけど」

「アァ?!良いんだよ!!あーーー生き返る……」

ガシャガシャバシャッビッシャンという音に、多分アレスがまた濡らした頭で染料を落としている音だろうなと思う。なんだか犬を洗った後みたいな音にちょっと口が笑ってしまう。

アラン隊長の気の抜けたような声掛けに返すアレスは、危機感どころかちょっと呑気に思えてきた。…………せっかく着替えたのに水浸しで団長テントに入るつもりだろうかとちょっと気になる。


一回顔を上げて振りかえろうかなと思ったけれど、地面を見つめる視界の中にまた男性のものであろう鍛え抜かれた太い生足が目に入って流石に目を瞑った。視界が潰れる分、またステイルの肩を掴む指力を入れてしまう。

アレスが「おい!!客に見られたらどうすんだ!!」と怒鳴ったのが聞こえて、流石に真っ裸で外を歩くのはサーカス団でも反することにほっとする。そういう本人はおそらくずぶ濡れだけど。


「!ジャンヌ。ダリオ達です。もう来てくれていたようです」

そうステイルが教えてくれたのは、無事医務室にたどり着けたところだった。

続けての「着きましたよ」の声に大きく息を吐いてから顔を上げて視線を開ければ、医務室テントの前にセドリックとエリック副隊長達、そしてレオン達も立って待っててくれていた。……いや、ヴァルは地面に座っている。結構待たせてしまったらしい。

医務室テントの場所はおそらく団長に聞いたのか、と思えばその団長が見当たらない。


「団長さんは僕の護衛と一緒だよ」

既に医務室テントに入っているのかなと少し顔の角度を変えれば、レオンがこちらから挨拶するよりも先に教えてくれた。

お待たせしてごめんなさい、と。私がのろのろ歩いていた所為で待たせてしまったことを皆に謝りながら、レオンに歩み寄る。話によると、団長さんはここまでレオン達を案内した後に逆走する形で舞台テントに戻っていったらしい。これを機会に公演後の客の反応に耳を立てたいと人混みに再突入する意気だったと。一応レオンがアネモネの騎士達を付けてくれたから大丈夫だろう。

何より、アレスもラルクもここにいる。残すは団長テントにいるであろうオリウィエルだけだ。


「リオ殿、申し訳ありません。すぐにラルクを連れてきますので」

そう言って医務室テントを自分で開いて私に譲ってくれたステイルは、やっぱり背中が暑苦しかったのか、それとも男性の半裸程度で電車ごっこさせる私にくっつかれて恥ずかしかったのか、無表情にかたどった顔が紅潮していた。

レオンも滑らかな笑みで快諾してくれる中、一応は団員の私達だけが中に入る。流石にレオン達は部外者だし、なによりこのテントに全員収納は狭い。


おかえりなさい、お疲れ様と声をかけてくれた先生と裏方さんに挨拶をすれば、アレスにびっくりした先生が私達への挨拶返しよりも先にタオルを手渡してくれた。私も改めてみれば、想像した通り足下までびっしょり濡れてしたたっている。髪の染料が肩のシャツにわかりやすく染み付いていた。


ベッドに目を向ければ、幸いにもラルクは目を覚ましていた。まだ起きたばかりなのか、ぽわんとした呆けた目だったけれどベッドから上体を置かした彼はパッと見はあまり異常はなく思える。

ラルク、と呼びかければすぐにこちらに振りかえってくれた。私を守るようにステイルが前に立ち、賭けの当事者として彼に笑いかける。

眼鏡の黒縁を指で押さえながら、声を低めた。


「約束を守って頂きます。僕らはこれから団長テントへ向かいます。勿論同行してくれますね?」

「…………わかった。ただし僕が先に入って話を通す。それまでは絶対入ってくるな」

もう私達がオリウィエルに会うことは大前提にして話を進めるステイルに、ラルクからも否定はない。

ステイルが「まだ話していなかったのですか」と意外そうな声で尋ねたら、すぐに一言で否定した。彼女は私達の賭けもラルクから聞いていて、その上で嫌がっていたと。そういえばアレスもそんなことを話していた。


ゆっくりとベッドから降りたラルクは、連行する必要もなく医務室テントを出て真っ直ぐに団長室テントへ向かってくれた。

アレスもラルクの隣に並びはするけれど、注意深く見てもラルクから彼に話しかけるそぶりもない。ただ並ぶだけだ。

医務室テントからはそう離れていない団員用の居住テントエリア、そこの一角にドンと構えている団長テントまでは大した距離もない。それでも、……やっとここまでこれたと早くも私は溜息が漏れた。

潜入中も視界には入っても、近付けられなかったここにやっとだ。口の中を飲み込み、そして閉ざされたテントを前に足を止める。

もう耳を澄ませれば会話が聞こえるほど近くに来た。


「オリウィエル。僕だ、入るぞ」


明日ご報告がございます。

よろしくお願い致します。

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