そして中断させる。
「ダリオ、舞台でアレスの様子がおかしかったというのは本当?」
「猛獣使いのラルクではなくてか?エリックさん、貴方の見解もお聞かせ頂けると幸いです」
声を潜ませた同士とはいえ私達がセドリック達と話し始めたことで、団員さん達もこちらに目を向けるけど呼びかけては来ずにそっとしてくれた。知り合いと話しているのならと思ってくれたのだろう。
アラン隊長とカラム隊長には何人かがテントに戻れと呼びかけていたけれど「俺らはジャンヌさん達と話があるんで!」とアラン隊長が笑顔で流してくれた。
人が減っていく足音と気配の中で、セドリックとエリック副隊長が周囲には聞こえない声で説明してくれるのを聞くと、二人も気にかかったのはラルクではなくアレスの方だったらしい。
セドリック曰くラルクも第一部と比べたら更に淡々とした部分はあったけれども、もともと愛想もなかったし肝心の演じる猛獣達が本調子だから大して差はなかった。それよりも遙かにアレスの演目がおかしかったと。
第一部の時よりも舞台を張り巡らせる氷の量は二倍はあって、舞台どころかテントまるごとが一時は真冬くらいに冷え込んだ。……更には、第一部では無駄な動きを殆どしなかったアレスが、妙に多動だった。
マントを大きく翻す動きやお客さんの声援に応える手振りや投げキスと、まるで別人のようだったらしい。衣装や兜で姿を隠している範囲が広い分、別人じゃないかとエリック副隊長は思ったくらいの変わりようだった。
それを見て一番違和感を覚えていたのが団長で、ずっと深刻な表情だった。さらに私の演目で氷の攻撃が来たから、演目が終わってすぐに観客席から立ち上がったらしい。
最初は危ないし動かないでくださいとエリック副隊長が止めたけど、それでもジッタンバッタンと今すぐ様子を見に行きたいと騒ぎ出す団長にセドリックが折れて騎士の護衛と共にこちらへ様子を見に来てくれた。……と、なんだか本当にセドリックにもエリック副隊長達にも申し訳ない。
ごめんなさい、と押しつけた立場の一人として謝ればセドリックと一緒に揃ってエリック副隊長達も頭を横に振ってくれた。無事で良かったと改めて私とカラム隊長の演目について言ってくれる彼らに、やっぱりセドリック達にも心配をかけたのだなと思う。
今はまだハリソン副隊長やカラム隊長の頑張りも言えないけれど、その気持ちだけでもちゃんと受け取っておこう。
「…………団長。そもそもなんでオリエがあんな追い詰められなきゃいけねぇんだよ」
ぼそり、と。人の数がまばらから私達以外が背中を向けた状態で距離がとれたところでおもむろにアレスが呟くような声を落とした。
俯き気味のアレスに真正面から見つめ返す団長は「んんん??」と首を捻りながらわからないようにアレスを見つめ返す。いきなりそんなこと言われたら当然の反応だ。
アレスにとっては訴えたくて仕方ない状況なのかもしれないけれど、あくまでそれは彼の頭の中だけの状況だ。団長から「どういうことだ??」と疑問いっぱいの色で尋ね返される。
風向きのおかしい会話に早々にセドリックとエリック副隊長達も気付いたのか、少し前のめりに彼らの会話へ耳を傾け出した。
ステイルがセドリックに、そしてエリック副隊長達にはアラン隊長がそっと横に立ち耳打ちしてくれる。彼らの会話よりも、事情をはっきりわかっているこちらの説明の方が間違い無い。
それぞれから息を飲む音を聞きながら、私はアレスと団長の様子を伺う。いつもと殆ど一緒な彼が、今どういうつもりなのか把握しておきたい。
「そもそもよ、アイツがうちにいるのは別に問題ねぇだろ??ユミルとかレラの奴も元々結構って聞いてるしよ……」
「??そうだな。アレス、何故お前までいきなりラルクと同じようなことを……。まさかお前も私に出て行けとでも言いたくなったか?」
「いやそうじゃねぇ!そうじゃねぇけどよ……!でもなんでラルクに追い出されるようなことになったんだよ団長。アンタがオリエを追い出せとか言ったんだろ?」
「いいや?オリウィエルじゃない。私を追い出したのはラルクだ。いや、まぁ彼女も無関係ではないのだろうが……いや、良い女というのはいつの時代も男を狂わすな?」
…………どうしよう。この二人、会話にならない。
多分、もともと会話らしい会話のキャッチボールが一歩通行直球投げな団長と、そして彼女の支配下に落ちているアレスの会話だとどっちもどっちで意見がおかしい。もしかしてラルクと団長が決裂したのもこういうことだろうか。
二往復しても全くお互い掴み切れていない会話に口が「い」のまま固まってしまう。
苦しげに顔を歪ませるアレスと、変わらずキョトン顔の団長の見合わせが余計カオスだ。私が察しが悪いだけかしらと、彼らに目をちらちら向ければ同じような顔だった。アーサーは首が九十度曲がっているし、ステイルは顔の中心に筋肉が寄っている。アラン隊長は半分笑って苦そうな顔で見つめているし、カラム隊長も困り眉だ。
せっかくの新たな情報源なのに逆に謎が深まる会話についていけなくなる。言葉はわかるけど、二人とも考え方が理解できない。
まずアレス。ここまで団長にいろいろやらかしたラルクと、裏で糸を引いていること明らかなオリウィエルに「居るのは問題ないだろ?」というのもおかしい。部活だったら即退部レベルのことを彼女はやっているのに。
しかもどうやらラルクも似たようなことを既に団長に言っているらしい。更には団長、ここまできてラルクにだけでなく彼女にも居て良いって肯定しているし!!
さらに団長出て行け理論には否定するのに、それでも悪いのはやんわり団長だと言い出すアレス。そしてオリウィエルが追い出したわけじゃないと言っておいて、最後は女が男を狂わす理論の団長。誰か翻訳して欲しい。
アレスが「どういうことだよ」と問うけれど、私達もまるっとお二人に繰り返しその言葉を向けたい。
問いかけるアレスに、団長はくるくると首を回して周囲に私達しかいないのを確かめる。そこで大きく息を吸い上げ、肩を落とした。
「ハァァ……」と息を音に出して吐き、それから今のアレスと似た動作で頭を掻く。
「お前も知っているだろう?私をあの夜追い出したのはラルク。そして発端は、……このサーカス団を彼女に譲って欲しいと言い出した。私はそれを断ったからああなったんだ」
「ハァ?!」
やっと、団長からもアレスからも納得いく発言が上げられた。そりゃそうだろうと、二人両方に対して思う。
アレスもサーカス団のことは知らなかったらしく、瞼がなくなったほうに目を見開いていた。彼女の特殊能力がかかった状態でこの反応だから、そうじゃなかったら何言ってんだの暴言付きだったかもしれない。数秒は大きく空いた口のまま固まって言葉にならないようだった。
そのアレスを前に、団長はなんでもないことのように笑って話し出す。
「だが、後継者は大昔に決まっている。それを今更他の人間に譲るわけにはいかない。しかも彼女は演者どころか今まで一度もサーカスの裏方にすら携わっていない娘だ」
「いやっ……あっ、で、でもよ。んなもん俺らがこれから教えてやりゃあ良いだろ!下の連中で支えるもんじゃねぇのかよ」
いやいやいやいやいやいやいやいやいや……
思わず私は首を激しく横に振ってしまう。それはない、絶対ない。今までずっと何もしてこなかった人が急に上に立ったところで人がついてくるかも疑問だ。本当ラスボスの特殊能力怖い。
アレスが今正しい意味では正気ではないとわかりながらも、若干軽蔑に近い感情を抱いてしまう。組織の上というのはあぐらを掻いてお金を数えていればいいだけのものじゃない。今の団長さんも色々とまぁちょっとなところはあるけれど、それでも替えの効かない人望と経験がある。
団長がアレスの言葉に「後継者どころか今すぐ譲ってくれと言われた」と続ければ、もうそこで頷かなかっただけ団長はちゃんと判断能力があったのだなと思ってしまう。……やや、なら後継者として育てる方向なら彼女を認めたのかと不安になるけども。
「そろそろ下働きでも始めてくれないかと提案したところで、まさかのサーカス団丸ごと譲れだ。しかも彼女は人前には出ない仕事も絶対しないできない嫌だと言い張っているんだ。下働きすらしたくない女性に団長の重荷は背負わせる方が酷だろう?」
ごもっとも!!!!!!
初めてかもしれない、この団長さんに対して全力で拍手を送りたくなる。そりゃあ当然百人中百人が断るに決まっている。
アレスももともと弁論が得意じゃないのもあるだろうけれど、半歩退いたまま背中まで反り出した。支配下にいて尚フォローのしようがないという状態も相当だとどこか遠い気分で思う。不思議なくらい団長がまともな考えの持ち主様に思えてくる。
う、あ、と溢すアレスの方が心配になってきた。
明らかに狼狽するアレスへ団長はハハハッと軽やかに笑いながら、その肩へポンと手を置いた。悲しげに憂いを帯びた瞳でアレスを見つめ上げる。
「お前が今日まで触れてこなかったのも私とラルクを想ってのことだとわかっていた。が、……まさかお前にまでこれほど私は信頼を失ってしまったとは……」
「!!いや!そうじゃなくっ……ッでも待てよ!オリエだってきっと色々あったって団長もわかっ」
「クリストファー団長。申し訳ありません、全てお話しします」
しゃがれた低い声でアレスを諭す団長と、戸惑いを露わに心情と理解が追いつかないアレスにもうこのままにはしておけない。
もう、このまま誤解の会話はさせられない。
誤解したまま傷付いている団長もそうだけど、この後正気に戻って傷付くのもアレスだ。もう居た堪れないどころじゃない。
今までアレスが団長に問わなかったのも、きっと団長の言うとおりだろう。それを言ってしまったことも、彼の中の信頼が崩れたのではなく全部はオリウィエルだ。
はっきりと通した声で二人の間を割れば、振りかえってくれた二人だけでなくステイル達からの視線も刺さった。
私だって可能ならこのまま団長にもアレスにも特殊能力のことは伏せておきたかった。けれどアレスまで巻き込まれた以上、こちらも責任がある。もうラルクやオリウィエルの改心や離脱で納得される事態じゃなくなった。
視線をステイルに向け、そして次にアーサーへと向ければ二人もそこで汲むように一拍おいてから頷いてくれた。
ステイルから「アレスは」と短く問われ、私が首を横に振ればそこでステイルの合図よりも先にアーサーが動いた。地面を蹴ったと思えばあっという間にアレスの背後へ回り込み、首への手刀を打ち込む。
「ぁ……」と微かな一音後に振りかえる間もなく意識を奪われた。脱力し前のめりに倒れるアレスを、アーサーは腕を回す形で支える。
あまりにあっという間だったのだろうことに団長も目を見開いてアレスの名前を呼ぶのは、彼にアーサーが肩を貸す形で担いでからだった。
アレスに話してもきっと彼の中では何も変わらない。むしろこちらの開示した情報をラルクやオリウィエルに漏洩されることの方が大変なことになる。
「ダリオ、団長をありがとう。後は私達が話すわ。貴方はエリックさん達と一緒にリオの元に。予定に変更はないわ」
「わかった。そう伝えておこう。何かあれば呼んでくれ」
すぐに引き取りにも行く、と。言ってくれるセドリックにお礼を伝え、見送る。団長だけをまた私達が引き取った。アレスも無力化し、私達ももう団長から離れることはない。
レオン達も心配しているかもしれないし、ここは一度彼らを返した方が良い。私達の都合は私達の都合、最低限サーカス団にこれ以上迷惑はかけない為にも集合するのは終幕後なのは変わらない。
終幕挨拶までに団長に説明をし、アレスとそしてラルクの全てが本意ではないのだとオリウィエルの危険性も伝えないといけない。
そしてサーカスの幕が完全に閉ざされたその時が、彼女との対峙だ。
「カラムさん、先に行って医務室テントで話をつけてきて貰えますか。ラルクもアレスもそこで見張りましょう」
ステイルの提案に応じ、カラム隊長が駆け足で医務室へ向かってくれる。確かに気絶したアレスを見られたら医務室テントにいる医者も流石にそのまま退席はしてくれないだろう。
それよりもラルクの見張りも兼ねてカラム隊長に入れ替わって貰う方が良い。
アレスを運ぶアーサーと、戸惑う団長をアラン隊長が促して私達もゆっくり追うように医務室へと向かった。
アレスも医務室に預け、私達は場所を移す。
団長に正しく事実へ伝えるべく歩きながらも説明内容を思考し続けた。
…………まさか、把握した第一声が爛々とした笑顔の「素晴らしい!!!!」になるとは、想いもせずに。