Ⅲ151.侵攻侍女はドン引く。
「申し、……すみませんジャンヌ。ラルクを見張っている間にまさかアレスがとは……」
「自分も、アレスさんにはさっき会ったのに全然気付きませんでした」
いやそれを言ったら俺も!と、ステイルそしてアラン隊長に続きアーサーも思わずといった様子で声を上げる。
駆けつけてくれたステイルと情報共有したところによると、彼らが見張ってくれていたラルクの方は逆にずっと大人しかったらしい。
私達の出番になっても何も変わったことをする様子はなく、まだオリウィエル側の主張は続けていたけれど会話にも応じてくれたと。医者の先生にドクターストップで結果としては医務室テントに軟禁状態だったから今まで遭遇率も低かった彼としっかり話を聞くにも都合は良かった。
ステイルの目にもやっぱりラルクが泣いていたのは演技に見えなかったらしいし、そうなるとアレスの言うとおり打つ手がないという理由で嘆いていたということになる。ラルク本人は泣く理由も頑なに言わず、真偽を確かめるにはまだ難しい。
なにせ、二人ともオリウィエルの支配下だ。
第二部前からアレスが彼女側に落ちていたということは、ラルクが泣いて気を引いてその間にアレスが奇襲という可能性も高い。
申し訳ありません、とお互い立場は秘密だからその言葉は言えずともアラン隊長とアーサーが謝罪してくれることに、私も両手を振って否定する。
アレスの変化に気付かなかったのは無理もない、私達だって彼の言い分を聞くまで全くわけがわからなかったのだから。
「気付かなかったのは仕方がありません。どうやら彼女のは本人の人間性までは変えないもののようですし。アレスが引っかかったのは由々しき事態ですが、そのことが知れたことは大きいです」
オリウィエルの特殊能力。その言葉を伏せながら告げるステイルに私も大きく同意を首肯で示す。
特殊能力もその優劣や個人差によってどう精神に作用するかはわからない。……ヴェスト叔父様みたいに精神でも人格操作には関係ない記憶系統の特殊能力なのに、がっつり記憶を消した結果性格にも反映されるようなケースもあるけれども。
少なくともオリウィエルの特殊能力は本人の人格はそのまま維持されて操るものだということはステイル達にも無事証明された。私もゲームで知っ……?ていたような気がするけれど。
オリウィエルの支配下から解放されたラルクも覚えはあると思う。ならやっぱり攻略対象者なのか……まさか操られて人格までまるっと変わっている人と恋愛進めるとは思えない。なんというかラルクの印象は未だ薄い。
ゲームのバッドエンドルートだと、オリウィエルの支配下に落ちてしまうキャラはいた。そして主人公を殺してしまう。その時のキャラはそんな変わらないというか、ラスボス側に心変わりした気がする程度だ。
第四作目だし、キャラのバッドエンドなんて特に記憶が薄い。大体第四作目はハッピーエンドもハッピーエンドで恋愛はさておきストーリーとしてはあんまりだったもの。
「アレスは、どうしましょうかフィリップ。団員達にも説明は必要になるでしょうし先ほどの演目がアレスの故意にか、それとも演出の一環かも気にしている者は多いです」
「そうですね……。重ねて確認ですが、本人は賭けに僕らが勝った以上もう悪足掻きするつもりはないのですよね」
カラム隊長の確認に、ステイルは眼鏡の黒縁を指で軽く押さえながらアレスを見た。カラム隊長も情報共有の間に本調子に戻ってくれたようで良かった。
アーサーに拘束されている間も氷を出すどころか抵抗する様子もないアレスは、まるで首輪をされた忠犬のように大人しい。アーサーがしっかり押さえつけてくれているのもあるだろうけれど、これも彼の人格に大きくは作用していないからが大きいだろう。実直というか、ラルクと比べても私達への邪魔の仕方が乱暴かつそして雑だったのも彼らしい。
そう考えると、やはりあの妨害方法はラスボスの指示じゃなくて彼自身が考えた方法なのかなと思う。今問い詰めても絶対彼は自分の判断でやったと言い張るだろうけども。
大声を上げることなく観念した様子のアレスは足を組んで座りながら、こちらに首を向ける。ステイルの確認に「ああ」と生返事に近い音で返してくれた。
「けどアイツになんか手ぇ出すつもりなら黙ってねぇからな。会う時は俺も一緒に立ち会う」
「ならば面会まではもう何もしないと約束できますか。この後も僕らと行動は共にし、団員達にもこちらの指定通りに説明してください。ならば解放、……でいかがでしょうか」
アレスさん、見事にラルクみたいなことを言っている自覚はあるのかしら。
最後にちらりと私に意見を求めてくれるステイルに、私も頷いた。今のはアレスにではなく私への問いかけだろう。
特殊能力の強制力にもよるけれど、少なくともここまで全くの無抵抗だったアレスが手を放した途端に逃げたり暴れ出すとは思いにくい。オリウィエルの特殊能力というよりも、ここでは彼の性格としてだ。
ここまで人格がそのままなら、平然と断言したことならきっと約束も守るだろう。ラルクだって約束は守るつもりなのは今も変わらないらしいもの。ステイルもそう判断したのなら大丈夫だと思う。
ステイルからの指示にも「わかった」と一言で返すアレスは、そのまま頷いた。
「フィリップ、ちなみに指示というのは……?」
「まずジャンヌ達に行ったことは認めた上でオリウィエルのことは伏せてもらいましょう。今そんなことをアレスが言い出しても混乱するだけです」
団員達には今回の妨害の理由にオリウィエルの名前は出さず、あくまで私達との諍いによるものだと。そう私達もそしてアレスも言い張ることにする。
彼としてもオリウィエルを庇いたい今は彼女の名前を出すなというのは願ったりだろうし、彼女の支配下から解放されるまでは彼も要注意人物であることは変わりない。この後すぐにアレスの特殊能力を解いて貰えるかもわからない以上、これからのアレスを警戒する為にも団員さん達にもアレスが私達にやったこと自体は事実として明かした方が良いというステイルの意見に、私達も賛成した。
操られているアレスには悪いけれど、彼がオリウィエル側から抜けるまではラルクと同じく最低限の警戒はさせて貰うべきだろう。
ステイルからの指示にアレスはやっぱり一言で合意した。それを受け、やっとアーサーが手を放す。拘束されていた腕を肩ごとぐるぐる回すアレスはやっぱり逃げる様子もない。「ほんとつえーなお前」とアーサーを見上げながら地面から立とうともしなかった。
「……結局オリエがどうするってんだよ?ただ巻き込まれる側っていうだけの可能性も……」
「今の貴方に何を言っても無駄ですので省かせて頂きます。平和的に面会の場を与えて頂けるのであれば、こちらも手荒な真似はしません」
貴方を奴隷扱いして働かせるのですよ、なんて言えない。
今のアレスにそんなことを言ったら間違いなく、オリウィエルの味方としての意見しか言わない。
場合によっては我が国に返還され罰せられるなんて知ったら、間違い無く暴れ出すのだろう。氷の鈍器片手に暴れ出す彼の姿が目に浮かぶ。だって、今は第一優先が彼女なのだから。
的確かつ冷ややかな返答に「約束だぞ」と念を押すアレスに一息吐く。天才策士ステイルのお陰でなんとか一区切りついたというところだろうか。……問題はむしろ増えているけれど。
少なくとも洗脳状態によっては本当にアレスは縛るか気絶させるかもあり得たから、中身は彼のままなのは本当に良かった。残すはラルクが約束さえ守ってくれれば。
「そういえば、ラルクは今どうしているの?」
「泣き疲れて寝たので今は先生に見て貰っています。もし出歩いたら知らせてくれます。この後の終幕挨拶にも出さない方向でサーカス団も決めたようですし、大人しい分は良かったのですが……終幕を待たずに今すぐ約束を果たさせたいですね」
子どもか、と。ステイルが最後に掠れるような薄い声で悪態を溢すのが聞こえた。若干黒い覇気まで零れている。
傍に立つアラン隊長も苦笑い気味に後ろ首を掻いていて、こっちはこっちで大変だったんだなぁと思う。
終幕を待たず、というのは私も気持ちは一緒だけれど、実際は難しいだろう。せっかくのオリウィエルとの対談は間違い無く時間がかかる。その途中で「終幕挨拶です」とかお呼ばれされても抜けれる気がしないし、中断されても困る。一人二人ならまだしも、アレスとラルクもいれたら七人もの演者が挨拶に出ないのは認めてもらうのも難しいだろう。
ここは大人しく終幕挨拶を終えてから全員総出でがっつり話させてもらうのが一番良い。
低い声になったステイルによると、ラルクは質問には一応大方答えてくれた後だから良いけれど最初は泣き止ませるのに時間がかかって、質問の後は勝手に爆睡されてなかなか腹立たしかったらしい。その間に私とカラム隊長は氷上ダンス中だったから、それを気にしてくれているのもあるだろう。
「この後リオ殿達と合流したら全員で話を付けましょう。決して逃がしません」
「!おい、アイツに何もしねぇって話だろ。ラルクと賭けしたのはお前ら三人だけだ」
ただでさえ誰にも会いたくないって言ってるんだと、アレスがステイルに目を尖らせる。
確かに、賭けの中身には新入り全員が入っていたけれど賭け自体はステイルとラルクそしてその場にいたステイルと私、そしてアーサーくらいだ。……あの時はアレスも賭けでいえばこちら側だったのだけれども。
まぁ、ある意味もう彼は問題無くオリウィエルに会える立場ではある。本当に、オリウィエルに関しての話題になると過剰反応するところとか、見事にラルクと一緒だ。
でも、合流は私も賛成だ。もう二人目の被害が出てしまったのだし、細心の注意を払っておく必要がある。最悪彼女がラルクとアレスを連れて逃亡したらとんでもない。
アレスの息巻きに、ステイルも目線を外したまま断った。あくまで話すのは賭けをした三人とラルクのみで団長テントの外では待つと言うステイルも見事包囲網を作る気満々だ。……実際はもうちょっと中に入る人数増やすのかなぁと、漆黒の眼差しのステイルを見ながら思う。いやでもハリソン副隊長はできれば外組でいて欲しい。失礼ながら色々な意味で一番怖い。
「寄ってたかってあいつを追い詰めてどうすんだ……。会えばわかるだろうけど、お前らが思ってるような奴じゃねぇよ」
「ええハイそうですね。ですから会うのが今から待ち遠しいです」
「アンタ、後々のことあるンであんま思っても今は言わねぇ方がいいですよ」
ステイルに続きアーサーまで目がちょっとひんやりし始めている。まぁ気持ちはわかる。
あくまで今操られているとわかっている上でアレスの発言を聞くと、なんというかアレスがすごい駄目男感が凄まじい。ラルクの時は最初から敵対していたしラスボス側だったからそこまで気にならなかったけれど、アレスは手のひら返しのギャップがすごい。
数時間前までオリウィエルのこと良くは思っていなかった筈なのに、いきなりそんな「俺はわかってるぜ」みたいなこと言われると居た堪れない。ステイルの聞き流しもアーサーの助言もある意味親切だろうか。……アレス、ゲームのルートではすっっごい男前で世話も焼いてくれる心強いリーダー系だっただのに!王道キャラとして恥じない格好良いキャラだったのに!!
出会ってからも違和感はちょっとゲームより口が悪いくらいだったのに、今はセドリックとの初対面時と同じくらいのギャップだ。
ゲームのアレスルートでは、無愛想で、不器用な優しさと世話焼きなところも相まって逃亡生活を続けながら少しずつ主人公と心を通わせていくのが格好良いくらいだった。……。……ああ、これは一気に好感度が高い状態で乙女ゲームが始まったようなものだろうか。相手は主人公ではなくラスボスだけど。今だけはものすごくここがゲームの液晶画面に見えてくる。
うっかり私まで遠い目をしかけた、その時。
「いた!!アレス!いたぞ!!」
「こっちです!!!」
「なんでそんなとこいんだ!!」
「ちょっとこっち来いバカ!!」
とうとう、見つかった。
一人の団員さんの声が呼び水になり、あっという間に裏方さんと出番を終えた演者を含めた団員さん大勢がこちらに向かい駆け込んでくる。
猛獣用の入口へ向かったのを目撃されている私とカラム隊長を追ってきてくれたステイルとアラン隊長と違い、きっと彼らは主犯のアレスを探していたのだろう。アレスの話だと実際は天井も地面もテントの外から手だけ伸ばして氷を広げたらしいけれど、あの場にいた人達にはテントの中にアレスが隠れてやらかしたと考える方が普通だ。
きっと今までテントやアレスが普段いそうなところを探し回っていたのだろうなと思う。あまりの大勢の塊の突入に、テントの向こうに聞こえてしまわないか心配になる。
カラム隊長が彼らの正面に、アーサーがアレスと私の間に入るようにして立って守ってくれる。ステイルもアラン隊長の背中に守られながらアレスから距離を取った。彼らの目は間違いなく私達ではなくアレス一人へと向けられているのが視線の熱さですぐにわかった。
アレスも逃げる気はないように頭をグシャグシャと掻きながら顔を顰めのろりと立ち上がった。私達の横を抜け、団員さん達がアレスを囲むように立ちそしてまず最初の皮切りは
アンジェリカさんの容赦ないボディーブローで始まった。
「最ッッ低!!!」と。……ガンギレという言葉が似合うアンジェリカさんに、私も血の気がひいてよろりと背中をカラム隊長に支えられた。
やっぱりアレス、拘束しなくて良かった。
7月2日ラス為書籍11巻発売致します…!!
活動報告更新いたしました。ご確認ください。