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Ⅲ148.観客は見惚れ、


最初に現れたのは、アンジェリカだった。


しっとりとした照明感と、第一部と同じ音楽で彼女が軽やかなステップと共に現れる。それだけで彼女の出番を待っていた客は歓声を上げて迎えた。

第一部を見た観客やその噂を聞いた客の中には、彼女にとうとう相手役の男性ができたことに邪推をした者もいたが、だからこそ彼女一人の参上でいつもの倍は盛り上がる。

アンジェリカの相手がどんな男だと目の奥を光らせながらも、今舞台で誰よりも注目される彼女を見守った。

爪先を立てながらくるりと回り、両手を鳥のように広げる彼女は今も昔も変わらず可憐そのものだった。


「……まだか」

「まだ導入だよ。本来は彼女が主役だろうから」

第一部と殆ど変わらない舞台への導入からのダンスに、ヴァルは早くもまた欠伸を零した。頰杖を突きながら、仕方なく眠気と戦う。第一部時よりも時間帯都合上暗闇が強い分、寝やすい状況なのが今は腹が立った。


てっきり女性であるプライドも彼女と共に現れるかと想像していたが、むしろアンジェリカのダンス導入部分が長い。

次第に第一部ではカラムの出番がきた曲調になっても、アンジェリカのバレエが続く。今日一日のサーカスしか知らないレオン達にとってはバレエが延びたと感じたが、毎年サーカスを目にしている観客にはいつものアンジェリカのダンスとして映る。


演奏担当の音楽に合わせ、足を広げ空へと飛ぶがそれもバレリーナとしては優秀な高さは、第一部で見せたような常軌を逸した高さではない。それでも、彼女自身が魅せる軽やかな跳躍に観客は息を飲み目を輝かせた。

連続で回転を繰り返し、羽ばたくように両手を広げ跳ねるダンスに何度も拍手が巻き起こる。第一部の短縮版ではない本来の形に近い分、アンジェリカにとっては呼吸も慣れ何より舞いやすかった。


観覧していたセドリックの目には、第一部よりも遥かに技術の点でもそして演じる表情の柔らかさも全てが勝っているのがわかった。こちらの方が彼女の真骨頂なのだと確信する。充分、社交界でも通用する域だ。

跳躍の浮遊時間も回転数も、バレリーナとして一流と呼べる彼女の技量にレオンも第一部と同じく拍手を送る。本来、カラムやプライドが不在でも彼女一人で観客を射止める実力を持っていると認める。

まるまる曲の一章分をアンジェリカか舞ったところで、演奏が二周目に入る。同じ曲の二章目に入ろうとしたところで、とうとう舞台端からカラムが現れた。


「あ、カラムだ。ヴァル、次に移ったよ」

「!……アァ?また赤毛じゃねぇか」

ポン、と軽く手の先で弾くくらいの感覚でレオンがヴァルの肩を叩いた。

視線は舞台に向けたまま手の動きだけで呼びかけられたヴァルも、気安く肩を叩かれたことに文句を言うのも忘れた。思った以上にアンジェリカのバレエが続いた所為で半分瞼が落ちかけた。暗転とまったく良さのわからないダンスが続き、買い込んだ酒も飲みきってしまった。

レオンに起こされ、目を凝らしたがそれでも視線の先にいるのはアンジェリカとそしてカラムのみ。プライドは見えず、今更また第一部のように二人で組んで踊り出した。

まさか何か変更があってプライドは出なくなったのかと、ぼんやりした頭で考える。顔を顰める形で力を込め、大きく欠伸を零した。近くに座る者の迷惑など考えず、腕ごと頭上へ伸びをする。

ある程度目が覚めたが、その間もカラムとアンジェリカのダンスは続く。第一部のように男女の密接な振り付けもなければ、放り投げることもない。まるで白鳥に追って触れては逃げられるようなダンスの流れに、教養を持つレオンとセドリックは次第に集中力が増していった。


第一はプライドの安全と成功だが、今はバレエの中の物語を読み解くことにも思考する。

最初からしっかり見てはいたセフェクやケメト、エリック達騎士にはあまり第一部との違いは大技が減ったこと以外は汲み取れないが、王族の彼らには物語性が変わったことが早くも読み取れた。その証拠に、観客からも第一部のような騒めきがない。

カラムとプライドの本来の関係性を知るレオンとセドリックの目にも、今は直視しやすかった。むしろ白鳥に遊ばれているようなカラムに、やんわりと口の端が緩む。


「彼、最初に見た時よりもダンスが上手くなったなぁ。あの白鳥に鍛えられたのかな」

「あー?どうせ主とのを期待してやがったんだろ」

純粋に感心を示すレオンに、ヴァルはケッと吐き捨てた。

カラムのことなど心底どうでも良いが、その分また眠気に襲われないように今は無駄にでもレオンの呟きへも相槌を打つ。ケメトもセフェクも舞台に目も奪われたまま一音も溢さない。瞬きすら忘れて魅入る二人に、自分から話しかけようとも思わない。レオンと自分との会話すら耳に入っていない様子の二人だ。

特にセフェクは第一部の時よりも夢中になっているのが横顔からわかれば、動物の人形の次はまさかバレリーナの人形まで買いに付き合わされるんじゃないかと早くも予想だけでヴァルはうんざりと息を吐いた。

そうしている間にも、とうとう舞台が動く。

カラムの手から一度離れたアンジェリカが、そこから軽やかな足取りで今度は彼の横を通り抜けていく。舞台の袖まで消えた彼女を追い、カラムもまた袖へと歩む。彼もまた幕の向こうへ消えると思わせたところで、アンジェリカと手を繋ぐ




薔薇の精が現れた。




おおっ、とこれには観客も演目が始まって初めてどよめいた。

男女のダンスとバレエかと思ったところで、また一人登場した女性に自然と期待を込めた拍手まで送られた。観客の目には素朴な女性だが、華やかな化粧で彩られた彼女を地味と思う者はどこにもいない。何より、身に纏った衣装が彼女の存在を充分以上に主張していた。真紅の薔薇の造花が幾つも縫い込められたドレスだ。


「……連中には髪の色も違って見えてるんじゃねぇのか」

「偶然だと思うよ?薔薇といえば赤だから」

白鳥と王子との共演には合っている、と。その言葉を伏して飲み込みながら、ヴァルへ解答する。

舞台では、白鳥のアンジェリカと共に現れたプライドが流れるようにカラムと手を取り合ったところだった。

既にこれまでのダンスとプライドの姿で、この演目のテーマと流れが読めてしまった。しかもさっきまで退屈そうだったヴァルがわかりやすく頰杖ついた顔を起こしたのに気付けば、笑ってしまいそうなのを抑えながら必要な返答だけを意識する。

ヴァルがプライドの本来の髪の色との違いを気にするくらいには、薔薇のドレスが彼女に似合っていたということになる。


確かに綺麗だな、と。レオンは改めてプライドの衣装へ目を向けた。

普段彼女が身に纏っているドレスと比べれば、遠目でもわかる明らかな安物だが、それでも舞台衣装としては良いデザインだと思う。全身を包むべく縫い付けられたいくつもの薔薇が映えるように、下地は黒の生地。ドレスのスカート部分まで全てが薔薇だ。

特殊能力が施された自分達の目には真紅の髪を靡かせる彼女が写りさらに美しさが増すが、観客には彼女の顔だけでなく髪の色も異なって見えるのだと思えばいっそ勿体無いなとすらレオンは思う。

こんなに綺麗で似合うのに、と改めてネイトから買い取った発明を持ち込まなかったことを静かに後悔した。第一部の為の衣装も彼女に似合っていたが、レオンにとっては今の格好の方が遥かに魅力的だった。

カラムと共にくるりくるりとプライドが弧を描く中、白鳥のアンジェリカが静かに幕の向こうへと去っていく。曲に乗りながらの軽やかな交代に、客もアンジェリカが消えたのにすぐには気付かなかった。新たに現れた女性が大きく弧を描く度、共に大きく揺れるドレスの薔薇が鮮やかだった。

本当に薔薇の妖精のようだと、レオンも顔の熱が上がるのを感じながら見惚れてしまう。そのまま前のめりに頬杖を突いてしまいそうになったその時。


「……!あれ」


はた、と。最初にレオンが気がついた。頬杖をつこうとした顔が再び浮き、目を疑う。

姿勢を正し、まさかと思いながらもう一度確認する。続いて今度はセドリックが「やはり」と声を漏らした。大きく目を見開き、ぱしりと口を片手で覆う。

見間違えと思いたがったが、次第に観客からの反応も声に漏れ出した。ヴァルからも「あー?」と片眉が上がる。

次の瞬間には誰もが疑う余地なくはっきりと目にした。舞台の上でカラムの腕に支えられるプライドが大きく背後へ身を反らしたその時、同時にピンと伸びた足の先が天井へと向けられ


スカートの長い切れ目から長く細い足が魅せられた。


おぉ……!と、ダンスの鮮やかさに歓喜の目が奪われる。大衆向けに明らかに露出された胸元も目に入らないほどの美しい脚だ。

スリットの入ったドレスから伸ばされた足は軽く上げるだけでも裾が開き、ふくらはぎどころか太腿まで顕になった。通常のステップならばいくら素早く動かそうとも膝下を見せる程度だが、大技をいれれば簡単にそれ以上も見せることになる。

王族の女性であるプライドにしてはあまりにも思い切った露出に、彼女を知るものは静かに顎を外した。更にはダンスだけではない、そこから彼女達の真骨頂が始まれば直視して良いのかすら全員が躊躇った。


音楽に合わせ、カラムの手により空へとプライドが放たれる。

空中ブランコと同じ高さまで単身で跳んだ彼女は、笑みを崩さないどころかそのままくるりと宙返りを披露した。一回転二回転と落下中に繰り返す余裕も見せる。

その間、スリットの入った彼女のドレスからは足が付け根近くまで露わになっていた。ダンスの為の硬い靴と共に二重のタイツが彼女の長く細い足を隠していたのにやっと気付けたのはその時だった。

シルエットだけではわからないピッタリと彼女の足の形がわかる曲線で、目を凝らせばドレスの薔薇と同じ濃い赤のタイツの上に深緑の網が重ね履きされているのがわかる。お陰で彼女の足の細さはわかってもその肌は隠され見せられない。薔薇があしらわれたドレスと、蔦に覆われているかのような足が相まってまさに全身が薔薇の精霊そのものだ。


空中からくるりと弧を描き、地上へと着地する彼女をカラムが両腕で抱き取めれば落下の風圧と衝撃で造花の花弁が複数散り舞った。

落下の勢いを和らげるように受け止めたままにカラムも回り、そして彼女を緩やかな流れで降ろす。回転のまま足に地をつけたプライドも、片手はカラムと繋いだまま揺らぐことなく再びダンスのステップに戻った。

再び社交ダンスを何事もなく再開させれば、観客からも拍手が再び鳴らされた。

空中へ放たれた時と回転技、それに続きの喝采はほぼ連続した音となり繋がる。


「……珍しく色気のある格好してやがると思えばそれか」

「いや、かなりの露出だよ。……というか君、残念なのかい??」

「少なくとも私には刺激がかなり……」

可愛い!すごいです!とセフェクとケメトが観客と同じようにはしゃぐ中、プライドを知る彼らだけが別の意味で平然としていられない。

ハァ、と溜息まじりに呟くヴァルの発言に、レオンもやっと我に返った。チラリと目を向ければ肘を突いたヴァルは、今は驚きの名残もなくつまらなそうに舞台へ目を向けていた。

そんな反応にレオンも少し口が笑ってしまう。

王族であるレオンにとっては、デザインとしてスリットの入ったドレスから足を出していることも、本来ならば膝下以上見せない筈のラインまではっきりわかってしまう衣装も、どれだけプライドにとって羞らいを覚えるものだったかを理解できた。

社交界や舞台ですらあそこまで見せることはまず無い。改めてプライドはやはり足が長いのだなと思ってしまえば、そんなことを考えてしまった自分にレオンは静かに羞らった。


そしてセドリックに至っては本気で直視を後悔した。

片手で顔ごと目を覆い、堪らず俯いた。うっかりダンスの美しさと宙返りに目を奪われるまま注視してしまったが、結果としてプライドの足のラインをしっかりと見てしまった。絶対的記憶力を持つ神子の頭に、間違いなくそれも記憶された。

今後プライドと相対する時に、記憶を返せばどんな荘厳なドレスを着ていても彼女の足のラインが露わ同然にわかってしまう。他でもないプライド相手にこんな記憶は欲しくなかったと切実に思う。


更には彼らの背後に並ぶ騎士達もプライドのことは知る分、護衛対象の一人とは思いながらも目を逸らしたくなった。そして最も顔色に出てしまったのは近衛騎士でもあるエリックである。

彼にはレオン達同様にプライドの本来の姿が見えているのだから。

最前列でプライドの華やかな衣装姿だけでも熱が上がったが、ドレスの隙間にからあんなに足を出すなど不意打ちだった。第一部のトランポリンでの衣装姿も似合っていたが、やはりプライドには愛らしい衣装が似合っていると思ってしまう。よくあんな姿のプライド相手に平然とカラムは踊れるものだと畏敬すら覚えてしまう。……と、同時にちょうどプライドに後ろ首へ両手を回されたカラムの耳が赤いのに気がついた。

愛らしいだけではない、あんなに脚まで見せるプライドを何度もその腕に抱き支え、そして放り上げては抱き止めなければならない。

見ているだけで自分は心臓が危ういのに、その上観客の前で踊るなど動悸で死んでしまうと思う。

そうしている間にも、しっかりと倒れた彼女を腕で抱き留め引き寄せる。

第一部ほどではないが、男女の密着技も組み込まれている。カラムに下心があるわけがないと判断すれば、ただただ純粋にプライドとカラムが真面目に客へ見せるダンスを思案した結果か、また団長かアンジェリカの無理難題に応えたかのどちらかだろうとエリックは理解した。


しかし、ヴァルにとっては男の履くズボンと大して変わらない。

再びダンス中、プライドが宙へと上がる。空中へ上がるのも高所は当然、落下も恐怖では無いプライドにとっては宙返り中に捻りを加えることも容易である。観客の歓声に応えるように、自由な空で回転しながら笑ってみせる。

自分一人でも無事着地できる地上で、カラムが受け止めてくれると信じ自由に上空でも舞う。

まるで重さなど存在しないように空で遊ぶプライドの姿は、カラムが特殊能力者だと知るサーカス団員達の目にもどちらが特殊能力者なのか疑わしい。

落下することなど本来想定されていなかったドレスからその度に薔薇の花弁が舞い観客を酔わせた。


何度空へと舞わされても、着地と共にすぐダンスへ戻り再びまた観客の意表をつくように飛び上がる。

アンジェリカが白鳥であれば、プライドは重さの存在しない精霊そのものだと、レオンは火照る頭で冷静に分析する。ダンスのテーマ自体が第一部の白鳥の姫と王子の恋から、第二部は白鳥に導かれた王子と薔薇の精の恋になっているのだから間違い無いと、そう思う。


これ以上プライドを直視することに罪悪感を覚えるセドリックが視線を観客の方へ移せば、第一部とは異なる反応に眉が上がる。

アンジェリカとのダンスでは興奮の中にもひたすら焦燥する客も少なからず見てとれた。しかし今はただどの歓客も夢中に見つめるばかりだ。アンジェリカのダンスが最初にしっかりと観れたことの満足感も大きいが、男女のダンスが彼女ではないことが安堵の理由だろうかとセドリックは考える。

自分もまた今この場で見知らぬ男と男女の仲睦まじいダンスをするのがティアラであれば落ち着いて見られない。

アンジェリカと呼ばれるバレリーナは、余程人気の高い女性なのだろうと考える。第一部で焦燥や顔色を変えていた男性客は妙齢の若者から年配の男性まで幅広かった。

彼女のバレエの腕を思えば理解できるが、それを言えば今のプライドもダンスの技術は引けを取らない。むしろ遥かに上級である。

伯爵家のカラムもまたダンス技術は高いことを考えれば、今この場で披露されているダンスは庶民が到底目にできないものでもある。観客の高揚した反応を見ても第一部と同様の喝采が期待でき




─ 悲鳴が、上がった。




急激な観客の声と顔色に、セドリックも考える間もなく舞台へ振り返る。

余所見をしている数秒で、先ほどまでの静けきった優雅な舞台が一転したことを理解する。観客達だけではない、その悲鳴に二拍遅れて気付き演奏をしていた音楽家達まで手を止めてしまった。血色を無くした白い顔で言葉を無くし、指も動かない。

つい今の今までは美しくも溜息の漏れそうなダンスや信じられない高度へ跳躍する空中技でこれ以上なく順調に進んでいた。しかし、今は息をするのも忘れてしまう。特別席に座り瞬きもせず見守っていたレオン達でさえ、すぐには反応できなかった。

段取り通りに腕の中へ引き寄せたプライドを、くるりと一回転と共に再び空へと投げる直前にカラムも目を見張り指に力を込めたが、足りなかった。瞬時の指よりもその前の投げ放つ力の方がはるかに強い。既に何度も行った空中芸、その間の僅かな時間にそれまでなかったものが突然表出していたことに息を飲む。プライドが放り投げられたその先にずらりと連なった





鋭くも夥しい鋭利物が。





─ 瞬間。紫色の眼光が四つ、光った。


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