そして備える。
「それよりも、次のアランさんとアーサーも気を抜かないように。その前にラルクの演目もありますし、その際にまた何か破壊工作をする可能性もあります」
大丈夫だとは思いますが……と言いながらステイルは訓練所の空中ブランコへ目を向けた。
本番用の実物はもっと大きいし高さもある。ラルクの扱う猛獣に空を飛ぶ生き物はいないし、猛獣を使ってブランコにまで何かするのは難しいだろう。ぎりぎりできそうなのは象だろうか。象の中では小さい方だったし、高さだけいえば空中ブランコの高台の方が上だ。あるとしたら高台自体へ突撃とかだろうか。
もし空中ブランコの高台を壊された場合などは……と、ステイルも同じことを考えていたらしく、問題に上げればアラン隊長が「まぁなんとか」と笑いながら手を軽く手首だけで振った。
その時は、高台と梯子なしで空中ブランコに飛び乗って全部通すと軽くいい除けるアラン隊長にアーサーも赤い顔のまま頷いた。……ずっと、って。演目中つまりずっと空中ブランコにぶら下がり続けるという意味だけれども。
体力的にも高台の有無じゃ天地の差だけれどそれを平然とやってのけると言い張るのは流石この二人だ。そしてアーサー、そろそろ私にも目を合わせて。
やっぱりこの格好が駄目なのだろうと思いながらも、私自身は意識しなければ視界に入らない分もう麻痺してしまった。むしろそうやって目をそらされると恥ずかしさを思い出してしまう。
こういう時にティアラがいてくれたらなと故郷の天使を思い出しつつ、カップの水を飲みきった。私はカラム隊長とのダンスで大道具は使わないし、罠があるとしたら落とし穴とか降ってくるとかだろうか。どちらもカラム隊長と一緒ならなんとかなると思うけれど。
今ならアーサーがアラン隊長と組むのが心強いと言っていた理由がわかる。アラン隊長が私やアーサーと組みたいと言ってくれた理由も。
「ラルクは演目終わったらどうします?アレスさんの演目中代わりに見張ってるより、なんならちょっと眠ってて貰いましょうか」
「そうですね。幸い医務室も完備ですし、そこでジャンヌの演目が終わるまで眠ってて貰いましょう」
終幕挨拶があるので深くは意識を奪わないように、と。アラン隊長からの提案にさらっとステイルが同意する。確かにそれが確実ではあるけれど、訓練所で堂々と恐ろしい会話をしてしまっていることに口の端が微妙でヒクついてしまう。
訓練所に練習しているのは当然私達だけじゃない。第二部も成功させようと団員達が第一部と変わらず張り詰めた空気で練習している中で、私達だけがこそこそ話しているだけだ。こんなところで大声を上げたらまた団員さん達に怒られること間違い無いだろう。
ラルクの武器はゲームでも同じ。鞭とそして従う猛獣達だ。彼本人が意識を失えば当然猛獣を操る人もいなくなるし、目が覚めてから成功したの事後報告でも約束上は問題ない。
騎士のアラン隊長ならある程度気絶させるのにも加減は難しくないだろう。……以前、思いっきり丸一日意識奪っちゃったことはあるけれど。いや!でもあれは本当に緊急事態だったから!!
まずはラルクの演目、そしてアレスが入れ替わりで演目に出るところでラルクを気絶させて確保。そうすれば事前に破壊工作とかされていなければ私達の空中ブランコとダンスも何事もなく成功できる。
ちょっと手荒ではあるけれど、彼が第一部で私達にやったことと比べれば全然平和だ。本当にあそこまでされてしまうと、ステイルとの賭けを私達新入り限定にして貰えて良かった。もしサーカス団全員成功とかになっていたら被害はこの程度では済まなかっただろう。そう思って私が一息吐いたその時。
「おっまたせ~!ジャネットちゃん練習合わせよー!」
「アンジェリカさん!声っ、声もうちょっと抑えた方がっ……!!」
まさかの、古くからいらっしゃる方だろう演者アンジェリカさんの大声が訓練所に元気よく響き渡った。空中ブランコと違って今私達がいるのは比較訓練所の入口の傍なのに。
しーっ!!と私の方が唇に人差し指を立ててお静かにと止めに入ることになる。カラム隊長からも「アンジェリカさん……」と少し呆れたような呟きがうっすら聞こえた。ネイトといいアンジェリカさんと言い、本当に自由奔放な人をお任せすることが多くてなんだか労いたくなる。肩たたき券とか贈呈するべきだろうか。ただでさえ騎士団でも面倒見の良いお人なのに。
大きく手を振ってご機嫌で現れたアンジェリカさんは、相変わらず可愛いバレリーナ姿だ。約束の時間より五分早いお着きは正直ちょっぴり意外だった。
私からの呼びかけに「あっごめーん!」と明るい声で私達だけでなく練習中の団員の人達にもまとめて謝ったアンジェリカさんは、まったく悪びれもなくスキップまじりに駆け寄ってくる。
軽くこちらに振りかえった団員さん達もすぐにまた練習に戻った。なんというかアンジェリカさん古株だからか人気だからかか、もしくはその人柄故に許され愛されてるのかなぁと思う。
昨日まではちょっと色々すごい人だなという印象だったけれど、実は苦手なのも我慢してカラム隊長とダンス頑張ったり、舞台では顔色一つ変えなかったり、レラさんのことで本気であんなに怒ったりとしているのを見た後だと純粋に強い女性だと思う。
小柄だけど見かけは大人っぽいしで年齢は未知数だけど、なんだかもう一月くらいすれば尊敬できる先輩と呼べる気がする。
「えっ?なにぃ?まだペンドラとピーニ照れてるの~?純情過ぎない??逆にやらしぃ~~」
「?!そんなつもりじゃねぇです!!」
「その呼び方はやめてください……」
アンジェリカさん!!!
私の傍に並んですぐ、アンジェリカさんがおかしそうにアーサーとステイルを指差してププッと笑い出した。まさかの大暴投に私も開いた口が塞がらない。やめてすごい誤解!!
勢いよく否定するアーサーに、ステイルは眉の間をぎゅっと狭めて小さく俯いた。冤罪をかけられたことを怒っているのか、それともあまりにもな省略のされ方が嫌なのか。二人とも元々の名乗った名前の面影もない。
アラン隊長とカラム隊長と違い、まだ私の格好に顔の赤みが抜けない二人をアンジェリカさんが全力に馬鹿にする。
せっかく尊敬してたのに!!とりあえず二人に厭らしいなんて冤罪やめて欲しい。
私から「誤解です」と声を抑えて否定するけれど、アンジェリカさんは「え~?」とまた楽しそうなままだった。彼女、弄るのもこれが最初ではない。私が最初のこの衣装をカラム隊長達にお披露目した時もものすごく爆弾を投げつけていた。第一王子と騎士様に。
「ていうかなんで私じゃなくてジャンヌちゃんばっか照れんの~?可愛さだったら私の方も負けてなくない??」
こんなに可愛いのに!!とどちらかというと男らしく自分の胸をバシンと叩いて示すアンジェリカさんに、私も半分笑ってしまう。仰る通りだけど、むしろ今のポーズは可愛いより格好良い。
お披露目した時に男性陣があまりの露出に固まった時も同じようなことを言って怒っていた。……所詮男は胸なんでしょ、みたいなことを大声で言われた時はこっそり私もクリティカルヒットした。
ステイル達にも失礼極まりない言いがかりだとも思ったけれど、同時に自分の体型や格好が厭らしいと言われた気がしてへこんだ。衣装選んだのは殆どアンジェリカさんなのに。
真っ赤になるアーサー達に向かってアンジェリカさんがバシバシとオブラート無しの恐ろしい発言を言うものだから、レラさんが止めてくれるまではなかなかの地獄絵図だった。
「大概の男は結局そうだよね~!中身より顔より若さか身体目当てっていうか~!!ジャンヌちゃんがちょっと色気出すだけでフラフラッとか。ど~せ昨晩も同室になったらジャンヌちゃんにいやらしいことするつもりだったんでしょ~!ねぇカラムもそう思わない?!」
誤解です!!!!と、直後にカラム隊長よりも早くアーサーとステイルが叫んだ。怒号というより絶叫に近い。赤みが引くどころか悪化している。周囲からの白い視線がちょっと痛く感じた。
そういえば昨日も三人で一緒の部屋にとお願いしたなと思い出せば、アンジェリカさんの中でどんどん二人への評価が地に落ちている。
今もアンジェリカさんはカラム隊長の隣に移動すると肘でつんつんと突く。トラウマのきっかけになってしまったかとは思ったけれど、なんだかんだで今の呼び方がそのままなじむくらいには仲良くなったんだなと思うとほっこりする。……誤解まみれの今はほっこりする余裕を持つべきではないけれど。
「アンジェリカさん、誤解です。アーサーもフィリップも慎み深いだけです。紳士と呼ぶならまだしもそういって見下すのはどうかと」
「そういうカラムだって最初はジャンヌちゃんに見惚れてたくせに~!舐めるようにじぃ~って見てたの知ってるからぁ」
「いえっ!それはっ……!!」
カラム隊長まで!!!!!!!
アンジェリカさん無敵だろうか。あまりの冤罪の連撃に、カラム隊長まで熱湯を掛けられたように顔が赤くなった。
カラム隊長が僅かによろめくのを見逃さないようにアンジェリカさんからまた「や~ら~し~」と投げられる。カラム隊長にまで不名誉な容疑が!!
カラム隊長が切り返しに困るように唇を結ぶと、そこでチラッと私と目が合った。次の瞬間には首ごと回して逸らされてしまい、改めて自分の衣装を思い出す。
本当にこんな格好でダンスにがっつり付き合ってくれるカラム隊長には感謝しかない。そして恥ずかしい。
「ねぇア~……。アランでいっかー!とにかくそう思わない??絶対私の方が可愛いのに皆してジャネットちゃんにばっかとかおかしすぎぃ!私にも赤くなってないとおかしい~」
今度はアラン隊長にその場から投げかける。これは切り返しを間違えたらカラム隊長みたいに反撃をされる流れだろうか。
途中で呼びかけてやめるアンジェリカさんに、アラン隊長のことはまだ名前を覚えていないのかなと思う。どちらも略称のしようもあまりないものね。
アンジェリカさんの投げかけに、半笑い状態だったアラン隊長は「あー……」と一音を溢しながらカラム隊長を見つめていた。いつも理路整然としているカラム隊長が切り返せなかったのが同期のアラン隊長にとっても意外だったの
「いや〜俺はジャンヌさんの方が好みなんでなんとも」
?!?!?!?!??アラン隊長?!?!?!!!
ゴフッ!?と咳き込み噎せる音がステイルとアーサー、カラム隊長だけでなく周囲からも聞こえた。あまりの切り返しに自分の瞼がなくなるのがわかる。
物凄く平然とすごいことを言った気がするアラン隊長は、いつもと変わらない抑揚だった。頭を掻きながらの笑みに、アンジェリカさんがわかりやすく「えっ!」とショックを受けている。
納得いかないとばかりに私とアラン隊長とを見比べるけれど待って私も今顔熱い!!!
恐るべしアラン隊長というか。確かにこの言い分がアンジェリカさんには一番言い返されないと理解する。実際、ご本人は「なんでぇ〜!」と唇を尖らせるばかりだ。さっきみたいな恐ろしい冤罪発言はない。
「わ、私だってもうちょっと背が伸びたら出るとこも出て色気もでるしぃ!!」
「色気なくてもジャンヌさんですねー」
「うっそだあ!確かにジャンヌちゃんも性格良いけど顔は私の方が絶対」
「中身も外見もジャンヌさんですねーすみません」
「そんなこといえるの今のうちだから!!あと二、三年したら」
「ジャンヌさんがアンジェリカさんと同い年でも圧倒的にジャンヌさんですねーアレスさんの話だと今15でしたっけ?」
わははっと、笑いながら見事闘牛士のようにアンジェリカさんの猛攻を受け流す。
会話だけ聞くとアンジェリカさんが言い寄っているようにも聞こえる。ただ目を向ければ高身長でもあるアラン隊長の正面まで詰め寄るアンジェリカさんは、小柄なせいかどちらかというと妹さんに見えてくる。今も「私は永遠の18歳ですぅ!」と唇を尖らせるアンジェリカさんにアラン隊長も笑って流しているというよりは普通に楽しそうだ。
すごい会話がただただ私が照れるばかりで顔が茹るけれど、二人の様子はなんだか微笑ましくて心臓が速くなったりゆっくりになったりで身体の負荷が酷い。
アラン隊長、受け流しの為とはいえ物凄く褒めてくれるのは嬉しい。だけど心臓危ない!!社交界で王国貴族に褒められるのと身近なアラン隊長じゃ破壊力が違う。お願いだから発言の威力もうちょっと自覚して!!
その証拠にアーサーもステイルも真っ赤のまま目が溢れそうだ。カラム隊長に至っては本当に風邪じゃないかと思うくらい赤いし頭を抱えている。今は私の衣装ではなく間違いなくアラン隊長の発言だ。
でも結局はアラン隊長のおかげでアンジェリカさんも落ち着いた。今も「私の方が可愛いのに!」「好みって人によって違いますし」「そんな慰めいらない〜」「団長からご褒美貰ってたから良いんじゃないですか?」と賑やかではあるけれど、さっきみたいな破壊力はない。なんとも手慣れていらっしゃる。……煩いという意味ではまた視線刺さってきたけれど。
いっそ皆で外に出ようかしらと頬を指で掻きながら考える。
「それよりアンジェリカさん、ジャンヌ達と練習しなくて良いんですか?」
「あ〜そうそう!…あっ。空中ブランコそろそろ舞台裏来いだって」
早く言って!!
さらりとアラン隊長が軌道を戻してくれたと思えばのアンジェリカさんの伝言に、叫びそうなのを我慢する。もう話し始めて結構経っている気がするのだけれど。
まさか遅刻?!と時計を見れば、カラム隊長からもアンジェリカさんへ報告は先にと注意が入る。
アンジェリカさんはアラン隊長にくっついたまま唇を尖らせた。
「まだ出番まではあるから大丈夫だよ〜!まだ次ラルクだしぃ」
「!んじゃあ俺ら急ぎましょう!」
アランさん!とアーサーがびしりと姿勢を伸ばす。
ラルク封じを決めたばかりだし彼の演目が始まる前には舞台に控えておくべきということだろう。
アラン隊長もこれには一言応じて早速出口へと向かった。アンジェリカさんが「大丈夫っていってんのにぃ」と細い眉を寄せるのも、アラン隊長がポンと肩を叩いて流してくれた。
伝言ありがとうございます!と声を掛ければ、アーサーも続くように深々アンジェリカさんへ礼をした。
「俺らも応援とかは大丈夫なんで、アンジェリカさんと練習頑張ってください!」
「戻ってきたら報告します!!」
大口で笑って任されてくれるアラン隊長に、アーサーも声を張る。また大声になっちゃったけれど、代わりにやっとパチリと私とも目が合った。頑張ってと手を振れば、また顔が赤らみはしたけれど今回は逸らした後にまた自分の意思で目を合わせてくれた。コクンと、頷いてこちらにも礼をしてくれる。
空中ブランコ組の二人が揃って駆け足で訓練所を去れば、私とカラム隊長も早速アンジェリカさんと合同練習を始めた。
二人が帰ってきたらとうとう私達に期待と全責任が掛かってくる。ステイルが見守ってくれる中、三人で配置につく。
「いくよーじゃあ私からね」
落ち着いたアンジェリカさんが軽い合図と軽やかな足取りで踊り出せば、私も姿勢を正しながら口の中を飲み込んだ。
これさえやりきれば、第四作目の悲劇の元凶への直線道が繋がると信じて。
まさか、事態が急変したとは思いもせずに。
それを知れたのは、アーサーとアラン隊長が訓練所に戻ってきてからだった。