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Ⅲ144.侵攻侍女はひと息吐き、


「ごめんなさい、応援に行けなくて」


本当は行きたかったのだけれど……と、正直な感想で謝る私に、戻ってきたステイルとアーサーはそれぞれ一言で許してくれた。

ラルクとの賭けがかかった第二部が始まってから暫く、未だ私はカラム隊長との猛練習に忙しかった。最悪全部アドリブ即興でなんとかしようとはお互い決めていても、やっぱり成功させるならカラム隊長にご迷惑かけない為にも練習をしっかり詰めたかった。


ハナズオ連合王国の祝勝会では時間もなかったし怪我の負担もあったけれど、幸いにも今はどこも怪我していないし元気いっぱいだ。トランポリンが利用不可になった以上、今の私にはこれしかない。


その為第二部までの間だけでなく、始まってからも引き続きカラム隊長とのダンス練習と打合せが続いた。というか、私がお願いして突き詰めさせてもらった。

カラム隊長は何度か休みを入れましょうとか、この辺でもう安心でしょうかとか、私の体力を気遣ってくれたけれど、やっぱり成功を収めたい欲が買った。

その結果、私達よりも先に演目があったステイルの演目も今回は見にいけなかった。アーサーとアラン隊長にも先にお断りを入れている。ラルクの妨害が終わったとも限らないし様子を見に行くべきだったけれど、ステイル達も大丈夫ですと快く遠慮してくれて、本当に申し訳ない。……いや、密かに怒っているのだろうか。

戻ってきた今も、ステイルもアーサーも揃って顔が赤い。明らかに顔ごと私に向けてもくれないし、表情も固い。いやでも着替えで一悶着してからずっとだから、そっちの方のままという方が正しいだろう。


アンジェリカさんのコーディネートで、化粧はともかく衣装でものすごくごねてしまった。

レラさんも巻き込んでしまったけれど、お陰でなんとかアンジェリカさんとお互いの妥協点をすりあわせることができた。本当に、レラさんはすごい頼りになる女性だなぁと思う。

気弱なところはあるけれど、意見はどれも間違いないし私の我が儘にもアンジェリカさんの主張にもしっかり耳を傾けてくれる人だもの。


そして露出を当社比で言えばなかなか控えることができた衣装を、テントの外で待っていてくれたステイル達にお披露目した。

ただしアンジェリカさんのまさかの激怒事件でうっかり外に出てしまったから、私も待っていてくれた皆もお互い心の準備をすることができないままでのドッキリ発表になってしまった。……結果、やっぱり露出が高いのだと自覚した。

当社比は当社比で、100が0でなったわけじゃないのだと思い知った。全員顔が真っ赤だったもの。

ステイルは眼鏡まで曇らせて出ないようだったし、アーサーも見られないといわんばかりに腕ごと使って口や目を塞いでいた。

ステイルは衣装を見られるのが恥ずかしかったのもあるかもしれない。白と黒に血糊で以前アネモネ王国で見た服屋さんの吸血鬼ファッションを彷彿とさせられた。……ステイルは知らないけれども。

あれよりは遥かに地味だし装飾ないし礼服に近いし、第一部の時よりも大人しめで普通にお似合いだったけれど。


今でこそ普通にダンスを見守ってくれているアラン隊長もあの時は表情筋が見事に固まったまま大きい目に唇がぴっしり結んでいて、ダンス練習に付き合ってくれたカラム隊長も口を片手で覆ったまま瞬きをしていなかった。

もう、その反応だけでどれだけ自分が恥ずかしい格好をしていたのか再認識した。

王女である私でなくても、普通の身近な女性が突然この格好で現れたら同じ反応をしただろう。……駄目だ、考えれば考えるほどまた顔が熱くなってしまう。


ステイルとアーサーは最初こそ「麗しいと……思います」「きっ、れいです……はい」とは言ってくれたけど、もう明らかに目が一点を避けていた。

一番最初に「まともな会話を再開してくれたのはアラン隊長だろうか。手でパタパタ顔を仰ぎながらも「いやー可愛すぎて驚きました」と笑って流してくれて、本当大人の男性ありがたかった。カラム隊長はカラム隊長で、もう最初は直視辛そうだったのにそれでも練習にはすぐに応じてくれて、無理矢理リハビリしてくれたからこれはこれで大人の対応力だと思うけれども。組む手が真夏のようにじゅわりと熱かった。


本番に行くまで口数が少なかったステイルと、同行すると声高に名乗り出たアーサーは、未だ変わらずこの調子だ。

まだこの格好が見慣れないのか、訓練所から出て行く前から殆ど俯いていた二人だから無理もない。

私は私で、カラム隊長と一緒に大分ダンスの段取りも余裕が出てくる程度には習得できてきたから、こうして二人にも気づけたけれども。最初は二人の存在にも気づけないくらい熱中してしまって、あれはあれでまずかった。カラム隊長の休憩も頭に入らなかったもの。


「……一度、休憩を入れてもよろしいでしょうか。ジャンヌさん。そろそろアンジェリカさんも合流してくださるでしょうし、それから三人でまた合わせましょう」

ステイルとアーサーの帰還に集中力を切らせてしまった私に、カラム隊長が気遣って提案してくれる。

はい、と言葉を返しつつ今回は素直に受け止める。私の身体を気遣ってこまめに休憩提案を入れてくれるカラム隊長に、私も三回に一回はちゃんと受けるようにした。そうしないとカラム隊長の休憩の機会も奪ってしまう。

特にこの衣装で着替えてからはカラム隊長の熱が直接肌でわかったから積極的に休憩提案も受けた。私よりも体力があるとはいえ、カラム隊長も人間なのだから当然疲れるに決まっている。


私の着替えと化粧を手伝ってくれたアンジェリカさんだけど、他の演者さんの化粧をしに回ってから別の場所で練習をしている。

時間を合わせて合同練習するまでは、アンジェリカさんは一人で練習したいという希望だった。最初はカラム隊長にまたビシバシ怠けているのを怒られるのが避けたいからかなと思ったけれど、……本人の言葉を聞いてすぐに思い改まった。


『ジャネットちゃんの練習は見たいけど無理ぃ!もう見るだけでお腹とか心臓がヒュッってして気分悪くなるからごめんね~!あとで合わせよっ!』


アンジェリカさん、見事にトラウマになってしまった。

いや、もうそんな気配していたから意外ではなかったけれど、本当に私が飛び上がったり落ちたりするのを見るだけで思い出して駄目らしい。前世でも友達に落下アトラクションを見るだけで拒絶反応起こしている子いたし、きっと同じだろう。

カラム隊長と二人で組んでいた時は、ご自分が落下と高所が怖いことを知られたくないから場所を移していたアンジェリカさんだけど、今度は私達の練習姿をずっとは見たくないという理由で移動してしまった。

カラム隊長もアンジェリカさんに余計にトラウマを増やしてしまったことは申し訳なさそうだった。アンジェリカさんはそのことについて怒ってないようだったけれど。むしろ怒っていたのは……。


「…………」

「ジャンヌさん、どうかなさいましたか?」

うーーーーーん、と思わず去り際のアンジェリカさんを思い出して顔が微妙に引き攣ってしまう私に、カラム隊長が心配して声をかけてくれる。

いえ、と慌てて目の前の現実を思い出しながら笑い返せば、すかさず水を手渡してくれた。水分補給用にアラン隊長が持ってきてくれた水差しから私用のコップに注いだ水を私を先に譲ってくれる。

さっきから休憩の度にこうして水井分補給を促してくれるカラム隊長は本当に相変わらずの配慮だと思う。流石は騎士団でも部下や後輩から三番隊に関わらず支持の高い隊長だ。

カラム隊長から私が水を受け取る間に、今度はアラン隊長がドバッと勢いよくカラム隊長のカップに水を注いだ。また若干跳ねて零れているけど、もうご愛敬に思える。

最初は何度か一言言っていたカラム隊長も、諦めたように「すまない」の一言で受け取った。


「フィリップは演目どうだった?ラルクからの妨害は……」

「だい、じょうぶです。はい。……~っ、こちらから手を打つ必要もなく恙なく成功しました」

いつもの倍ゆっくりとした足取りで私達の元まで歩み寄ってきてくれたステイルに投げかければ、絞り出すような声で答えてくれた。また眼鏡がうっすら曇って見える。


それでも、ステイルの演目は何ごともなく無事に済んだという言葉にはほっとする。

まだラルクが白旗を揚げたとまでは楽観視しないけど、それでもさっきみたいなめちゃくちゃをされなかったというだけでありがたい。特にステイルは一番直接被害に遭っているから、流石に二度目はやめてほしかった。

今回は上着とかは脱いで身軽な格好ではあるけれど衣装姿のままだし、少なくとも濡れずに済んだのだというだけでも良かった。あの時は一番ステイルも不機嫌だった。


ステイルとアーサーが辿々しくも説明してくれた話によると、ステイルの大道具に今回は何も細工がされた痕跡もなければ演目中にラルクが姿を現すこともなかったと。本当にこれもアレスのお陰だ。

ラルクを演目から外せないからとはいえ、サーカス団員さん達のフォローのお陰でもある。

中にはアレスに変わってラルクの見張りをしようとしてくれる団員さんもいたらしい。ただ、最終的にラルク相手に絶対無事で済むのは自分だからということでアレスが断ったと。……まぁ、そうだろう。

鞭を没収しても猛獣達がラルクの味方なのは変わらないし、サーカス団で猛獣を嗾けられても攻防できるのは氷の特殊能力を持つアレスだけだ。

アラン隊長達ならまだしも、普通の人間じゃ猛獣相手に勝てることはまずない。ゲームでは団長を殺しているくらいの殺傷力の高い猛獣だ。本当にあんな猛獣をどこで仕入れてきたのか。


「フィリップも水飲む?」

「ありッ、いえ!俺はまだ大丈夫です。ジャンヌとカラムさんこそ本番まで体力温存の為にも水分補給はこまめに行ってください……」

本番後で疲れてもいるだろうステイルに自分のカップを差し出せば、一瞬伸ばしかけた手を勢いよく引っ込められた。同じカップが駄目だったのかなとは思うけれど、ここにはカップ二つしかない。

一瞬合ったと思った目がすぐに逸らされ、塗ったように顔がまた赤くなる。

……せめてこの顔くらいは許して欲しい。アンジェリカさんの化粧はアレスと同じくサーカス仕様の濃いめではあるけれどきちんと衣装にも特殊能力の顔にも合わせてくれている。

一度動かした手の行き場がないように開いた手をぎゅっと握るステイルはそこで眼鏡を外した。眉が寄ったまま眼鏡の曇りを拭きながら、大きく息を吐いてから言葉を続ける。


「それよりも、次のアランさんとアーサーも気を抜かないように。その前にラルクの演目もありますし、その際にまた何か破壊工作をする可能性もあります」


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