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Ⅲ143.義弟はやり過ごす。


「なるほど。演目でのみ舞台名を使う演者と、そのまま改名する演に分かれるのですね」


どうりで、と。ステイルは納得したように呟いた。

隣に並ぶアーサーへ最初に外した仮面を預け、上から一枚ずつかさばる衣服を脱ぎ始めるステイルは今さっき自身の演目を終えたところだった。


第一部と異なり、第二部の今回は全身水浸しは避けられたまま成功を叶えたステイルだが、同じ感覚ですぐに衣服を脱ごうとしたところで周囲の団員に一度止められた。

演目はこれで終わりだが、今回も舞台挨拶はしないのかと尋ねる彼らにステイルも即答した。もともとラルクの条件を達成した今、舞台での栄光に興味もない。終幕前に舞台で並び観客の喝采を受けて挨拶する瞬間は演者としては幸福な時間だと思うが、あくまで自分は潜入中の王子である。


第一部では衣装が濡れたことと団長との打ち合せもあり免除されたが、第二部では衣装が無事である以上舞台挨拶を進めるのも団員にとっては当然のことだった。本来ならばステイルのデビュー戦でもある。

しかし団員の体調によっては舞台挨拶をしない場合もあることを告げられれば、ステイルも当然のようにそちらを希望した。「謎めいた存在の方が良いと思いますし」と断るステイルが、そのまま流れるように話題ごと変えるべく尋ねたのが「そういえば何故皆さん演目後も僕らを演者名で?」だった。

第一部を終えてから、急にステイルも含めた新入り全員が今まで呼ばれていた名前ではない芸名の方で周囲から呼ばれることが増えたのには少し違和感もあった。名付け親である団長からや、他に一人二人ならばわかるが突然一気にころりと全員から呼び名を変えられるのは気味の悪さもあった。


「お前ら皆仮面付けたがったから、てっきり正体隠したい組だと思った」

舞台名は基本的に演者全員与えられる。そして素性を隠したい演者ほどそのまま舞台名で生きていくのが大半だった。

そうなった者ほど暗黙の了解でテント敷地外での買い物も全て下働き達に任せ、安全な敷地内から離れずに済ませるように配慮される。下働きでも望んでそういった団員は多い。

別段それは演者の義務でも通過儀礼でもない。ただ、公演中に舞台名を呼ばれるのは、その団員が客に〝演者〟として認められた証でもあるのだと説明されれば、アーサーも「へぇ」の口のまま半分開いた。

つまり第一部を終えた時点で、自分たちはサーカス団からも演者としても正式に認められたのだと思えばありがたい気持ちもする。

聞かれ慣れているように答えた裏方の団員は「演者っていうだけで幹部の次に偉い役職持ちの立場だしな」と続けた。そのままステイルから脱げる分の上着や、アーサーが預かっていた仮面も両腕で抱えるように受け取る。新入りの二人よりも遙か前に団員であるも、今では下働きとして演者の二人よりも下の立ち位置である。


「二個覚えるのも面倒だしな。まぁ褒め言葉みたいなもんだよ。公演も終わりゃあまたいつもの呼び方に戻るだろ。ラルクとアレスも来た時からそのままだし」

「アレスは本名なんですか?」

「本、名……?……いや、まぁ、ほら。舞台じゃ魔術師で通してるだろ?」

そういうことそういうこと、と。早口で最後は無理矢理まとめた裏方は、そこでステイルがもう脱ぐものがないことを確認すると衣装を抱えて一度テントの外へと去っていった。

下のシャツとズボンだけの身軽な格好になるステイルは、首元のボタンを緩めながら少し首を捻る。アーサーと目を合わせ、無言で会話をしてからまた団員の背へ目を向けた。急に逃げるように早足で去って行った団員は、もうテントの外へ姿を完全に消していた。

なんとも気になる引きではあるが、身軽になったステイルは首をぐるりと回しながら息を吐いた。アレスについて調査していた時はあったが、今はラルクとオリウィエルを追い詰めることが先決だ。アレスはあくまでプライドが助けたい相手であって、加害者ではない。


「調子はどうだ?ペンドラ」

「わざと変な省略すんな」

衣装に合わせてガチガチに固められた髪を手ぐしで落ち着く位置までステイルは戻す。最後に懐にしまっていた眼鏡を掛ければ、そこでやっと落ち着いた。

フーーーーッ……と意識的に長い息を吐いた後、背後から聞こえる次の演目の歓声で、無事終わったことに遅れて安堵する。


首の次は肩をぐるんぐるんと回し、舞台から遠のき歩き出すステイルにアーサーも「おつかれ」と肩へ手を置いた。直後にはステイルから上げられた手の平へパチンと叩いて返す。

護衛として舞台裏からステイルの様子を見ていたアーサーだが、彼がカラムとプライドの次に大変な立場だったことは知っている。


第一部から第二部までの間、ずっと団長を引きつけるべく相手をしていたステイルは結果自身の演目も別物と呼べるほど過剰演出に切り替えられた。相談内容がそれだったのだから当然である。

元々は縛られ箱ごと吊り下げられそして制限時間後に水槽へ落とされるというだけの魔術から、大分派手にされたものだとステイル自身思う。

時間配分と補助する裏方の負担を考えてなるべく段取りは変えずにと制限をかけたにも関わらず、団長の案は文字通り底なしだった。中には現実的に不可能な案も多かったが、その中でも可能な限りステイルも団長の希望を叶える方向で知恵を絞った。


まず縛られるのに縄と鎖の二重構造にされ、無意味に目隠しまでさせられた。

箱も第一部の演目で使用した仕掛け入りの箱ではなく、わざわざ下働き達に買いに行かせ、安物とはいえ棺桶まで用意された。無駄に費用がかさむ上に冒涜的だと切に思ったステイルだが「墓場に行けば一つくらい転がっているかもしれないが」と団長がとんでもない中古使用発言をした為、買いに行く方向で同意した。

棺桶に入ることよりも、使用済みの棺桶を使わされることの方が嫌だった。棺桶代金を自分が払えば良いだろうと決断し「不良品でも良いですがくれぐれも未使用品で」と下働き達に代金も支払った。

生きている間に棺桶にはいる人生など自分でも想像しなかった。

既にこの時点で「仕掛けは言えませんが、同じ演目内容で良ければ大概のことは対応できます」と言ったことを後悔した。ふん縛られ棺桶にしまわれる姿などジルベールに見られなくて良かったと本気で思う。


「よくお前があんだけの希望叶えたな」

「映えるようにその分衣装は地味にと提案したら通ったからな。それならばいくらでも派手で好きにしてくれと思った」

どうせ自分は棺桶の中から何も見えない。と、半ば投げやり気味に答えるステイルに、アーサーも少し半笑う。「なるほどな」と言いながら、よほど第一部の衣装は嫌だったのだなと思う。

棺桶に入れられ、その棺桶も蓋を閉じられた後からは本当に好き放題されていたとアーサーは思う。本当ならばあとは水槽の上に吊し秒数を数えるだけだったところを、まずは客の目の前で蓋を釘打ちするところから始まった。カンコンカンコンと土木現場のような音が響き、更に鎖と縄が巻かれてやっと吊り上げられた。用意された水槽には水だけでなく、無意味に魚まで入っていたのは見ていた自分は少し笑いそうになった。「本当は鮫を入れたかった」と緊迫感を煽る為の団長の提案だったが、たった数時間でそんな大物が手に入ることもなく、結果としてただただ魚が泳いでいる平和な水槽にされた。

水槽上に吊り下げられ、そこで呼びかけられたステイルがコンコンと棺桶を内側から鳴らし、それから秒読みが始まった。


「もう途中からは濡らされなければどうでもよくなったな……」

「棺桶ごと燃やされンのもどうかと思うけどな」

悪趣味過ぎンだろ。と、正直な感想をアーサーが言えば、今度はステイルがブフッと笑った。「同感だ」と言いながら、やはりあれをどうかと思ったのは自分だけではなかったのだと苦笑で顔ごと向ける。

今回は空気穴を開けられる代わりに、十秒後に油を掛けられた。当然棺桶の中にいるステイルにではなく棺桶自体に垂らされたが、そのまま火を放たれ水槽に燃え落ちる棺桶の姿は、瞬間移動で避難したステイルも遠目に見てなかなか容赦なかったと思う。

自分が特殊能力者だからできためちゃくちゃだが、そうでなければ余程入念に計算し尽くされた仕掛けでもない限り不可能な徹底ぶりだった。案の定観客は盛り上がったが、冷静な目で見ればラルクよりも団長の方が自分を殺す気だったのではと疑うほどだった。


しかし結果的には濡れることも焦げることもなく予定通り無事に客の前で姿を現すことができた。水槽の上で一度返事をする為に暫く棺桶の中で窮屈な思いをしたこと以外は疲労もない。

アーサーと肩を並べ舞台裏を後に外に出れば、そのまま真っ直ぐにプライド達の訓練所へと向かう。


「ンで?結局ラルクからの妨害、今回はなかったんだな?」

「全くだな。まぁ、アレスが張り付いて見張っているのだから当然だろう」

人の出入りが多い舞台裏から外に出たところで確認するアーサーに、ステイルもすんなり答えた。

第一部では明らかな妨害を仕掛けてきたラルクだが、今回は一つの狂いもなく順調そのものだった。第一部の終幕から一秒もラルクから離れずに見張り続けたアレスを前に、悪さをできるわけもない。その分団員達への負担は傾いているが、舞台の成功の為という意味では正しい判断だとステイルは思う。

第一部の時はラルクが本当に妨害に及ぶかもわからなかったが、今は有罪が決まっている。その中で、特殊能力者でもあり護衛対象でも護衛者でもない内部の人間であるアレスが自ら動いてくれたのはステイルにとっても都合が良かった。

いっそ、王子という立場でさえなければ演目を終えた自分が一人でラルクを見張っても良かったとも思う。たかが鞭で動物を操るだけの男相手ならば自分が負けるとは思わない。


「アレスの演目ン時はどうすんだろうな」

「その前にラルクの番が来るようにしたから大丈夫だ。……本当ならばアンジェリカさんの言うとおり終始拘束できれば良かったんだがな」

フンと鼻息を鳴らすステイルに、アーサーも今度は返す言葉がすぐには出なかった。

第一部で本人がいくら否定しようとも、ラルクが妨害をしたのは明らかだ。ならば第二部中は見張るなど言わず拘束しておくのが一番良い。本人に責任能力がないと知っていなければこの国の衛兵に突き出しても良いくらいだった。

彼が、サーカス団の花形である猛獣使いでなければ。

毎年客が目玉として楽しみにもしているという目玉演目の一つである猛獣使いの演目を取りやめにすることはサーカス団にできなかった。こちらの都合で「猛獣使いの演目以外は檻に入っていろ」などもできない。

結果、今もアレスが見張るだけの野放し状態である。


「奴が演目を終えればやりようもある」

その為にわざわざアレスとラルクの演目順も変えるように、団長とも話を付けた。

流石にラルクの演目自体を中止にすることは頷かれなかったが、前後するアレスとラルクの演目順を入れ替える程度であれば支障もなくすんなり通った。目玉演目の一つの順番を大きく変えることは用具運搬や配置をする裏方達の負担から考えても難しかったが、二人の演目が前後だったのは偶然の幸いだった。アレスが見張ったままラルクを舞台まで送り出し、そして次の演目でアレスが舞台へ離れる時にラルクを拘束するなり意識を奪うなりすれば良い。あとは平和に自分達が約束を守り、そして守らせるだけだ。


静かに鋭くなったステイルの眼鏡の奥に、アーサーは確実に腹黒いこと考えているなと察する。しかし、自分達だけでなく最後のプライド達の安全の為にも必要であることも理解し今は飲み込んだ。

訓練所に辿り着き、開けられたままの入口の前で二人は殆ど同時に足を揃えて止めた。いつもならばそのままためらいなく訓練所の中に踏み入れていたが、今はまだ心の準備が必要だった。互いが足を止めたことに何か言う気にもならず、言葉も要らず理解し合う。

深呼吸を五回繰り返し、それからやっと意を決し訓練所へ踏み込んだ。未だ目も頭も心臓も慣れていないと自覚しつつ、奥歯を噛んで挑む。



「!二人とも。おかえりなさい」



第二部開演前からの衣装を身に纏ったプライドに。

……不意打ちにもすぐに笑顔で呼びかけられてしまった二人は、深呼吸の回数もむなしく熱が回った。


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